その国は天にあった。といっても数百年以上も前の話であって、今は誰もそんなものは
信じていないだろう。ある少年を除いては…。

  その少年の名前は『クラル・ギル』といい、年は15、6くらいに見えるが実は19歳。見
た目は愛らしいが、口を開けば幼馴染みの少女『アン・サザキ』とケンカばかりし、運動
だけはやたら出来る、母親からすればどうにも厄介な子なのである。
  彼は母親と2人で住んでいる。別に食べ物に困るようなことも無く、いたって平和な所
だ。しかし、平凡な訳ではない。彼が住む『チャランポ』村では何故か、人々が空を飛べ
る、“不思議な力”というものがあった。中でもクラルは、空を飛ぶだけではなく他にも
色々と力が備わっていた。彼の父もそうだったと聞くが、何故彼の家系だけがそうなるの
か、彼くらいの者達は誰も知らなかった。それはともかくクラルのその力は、周りに色々
と迷惑をかけているのは、言うまでも無いのではないだろうか。

「ちょっとクラル!  いる!?」
勢いよくクラルの名を呼び、彼の部屋のドアを壊れる程叩きつけて開けたのは、幼馴染み
のアンだ。彼女はクラルと違い大人びた感じで、瞳はパッチリと綺麗な黒で月の光によく
似合う色、髪はストレートで、瞳の色と同じ黒。光にあたるとブルーを彷彿とさせる。
「何だアンか。そんなバカ力で俺んとこの物壊さないでよォ。」
「何言ってんのよ!!」
アンの綺麗な瞳がクラルに向かってキッとにらみつけられた。
「何だよ、本トのコトでしょ〜。」
「遊びにも程があるのよあんたは!!  うちの花壇の花!!  全部どっか逃がしたでしょ!!」
「ああ、あれか。その内帰ってくるんじゃない?」
「あんたねぇ…」
「まァまァ、わかったよ、元に戻しとくよ。だからそうにらむなよ、しわが増えるよv」
「うるさいわねチビ!」
彼らのこの口ゲンカは今に始まったことではないので放っておいて。クラルの力のことだ
が、彼は空を飛べるだけでなく物に命を与えることが出来る。しかも、彼のその時の心の
中の違いで与えられた命の性格が決まってしまう。今の場合、いたずら心だった心を与え
られた花もさぞ迷惑だろう。
「もういい加減にしてよクラル…」
「ハイハイ。」
「ハー…↓」
さすがにマイペースなクラルについていくのはしんどいらしい。

                                       *

  さて、チャランポの村から1つ山を越えた所に『メイ』という商業都市がある。海に面
した活気の溢れる港町だ。店の前を通れば売り込みがかかり、ちょっと気の弱い人なら強
引に物を買わされるかもしれない。大きくて広く、商業の栄えるこの町にはやはり店が多
い。食料品を売っている店もあれば、訳のわからない薬品を売っている店も、武器を売る
店もある。常連になってしまえば、タダ同然で買うことの出来る店もある位だ。こんな賑
やかな町でも少し奥に入ると、山々に囲まれた静かな丘が広がっている。農業も盛んなこ
の町、奥では牧場で牛が草を食べ、とんびが悠々と空を飛んでいる。そんな喉かな風景が
町と対照的でまた良いのだ。今から、この奥地に住む不思議な兄妹の話をしよう。

「お兄−ちゃ−ん。」
森の中で木刀の素振りをしていた少年が、可愛らしい声の聞こえた方に、素振りをやめて
振り向いた。少年の名は『ルーファウス』という。少し癖のある茶髪に、大人びた感じの
顔つき。目に少し幼さが残るが、スラっとのびた背や体つきに隠されあまり目立たない。
歳は16歳になったばかりだが外見からでは判断しにくく、いつも数年上に見られる。彼は
人前ではあまり笑顔を見せないが、先程の声の主が駆けてくると無邪気に笑顔を見せた。
「どうしたんだ、ラァ。」
「お弁当持って来たの。」
彼女はルーファウスの妹で『ラーファ』という。大きくぱっちりした目は、見ている人を
捉えて放さない不思議なブルーの色をしている。肩まで伸ばした髪はルーファウスと一緒
で茶色だ。まだまだ幼さの抜けない顔だが、彼女は14歳。見た目は11、2歳に見えるが明
るく可愛い女の子だ。ルーファウスはこの妹が大好きだ。小っちゃくって、まるで兎を抱
く感じがする。幼い頃両親を亡くし、2人で今日まで生きてきた。そのせいかルーファウ
スは、異常な程のシスターコンプレックスになっていた…。

  この2人には、人と違った能力が生まれつきあった。ルーファウスには、修行を無くし
ては修得できない“精霊魔法”が。ラーファには傷を癒す“回復能力”が。そのせいで多
くの人々からは異端視されてきた。しかしくじけず、助け合いながら今まで生きてきた。
この町でようやく落ち着き、今の生活がある。
「お兄ちゃん、今日のお弁当はお兄ちゃんの大好きなハンバーグよ。」
「おいしそうだな。頂きます。」
切り株にお弁当を広げ食べていると、動物達も寄ってきて楽しくなった。2人がこの様な
日常を、ある事によりもうすぐ共有出来なくなるとは誰も思っていなかった…。

                                       *

 場所はわずかに西に戻る。メイの西といえばつまりは、チャランポ村での出来事だ。
クラルは母に頼まれ、村長の家まで使いに走っていた。アンの家である。
「アン、いるか?  母さんに頼まれたんだけど。」
「あら、いらっしゃいクラル。−何?おばさんまた、体の具合悪いの?」
「うん少し…薬くれる?」
「ええ、少し待っててね。」
彼の母親は最近になって体を壊し、しょっ中薬の作れる村長の所で薬をもらう。しかしそ
の薬はあまり効かず、かといって他の物は、全く効きはしないのだ。さすがのクラルも最
近は母親に付きっきり、いたずらもしなくなった。根が優しい子なのだ。
「ありがとう、アン。」
「いいよ。それよりあんた大丈夫?  今日は私が…
「いい。母さんすぐ良くなるしね!」
自分に言い聞かせるように言った、アンはそれがわかっていた。彼がこんなに辛そうに笑
うのは、彼の父が死んでいるとわかった時以来だった。

  クラルはアンに見送られ、ゆっくりと喉かな小道を歩いた。−少々気分が悪そうだ。ク
ラルは昨日一睡もしなかった。フラフラとしていると笑い声が聞こえる…−不思議な、人
形達が踊り狂うような…−頭に響いていた。そしてそれは、語りかけてきた。
《もうおしまいね。早く“赤いの”もらったら?》
「誰だよ!?」
《死んじゃうんじゃしょうがないよね。私がさっさとあげてもいいけど、それじゃあ代々
続いて来たことに背いちゃうから駄目なんだよ。》
「うるさい!  出て来いよ!誰が死ぬって!」
《もうわかってるでしょ?‘おかあさん’だよ。》
「…っ!  出て来い!お前の自由の利かないようにしてやる!]
《力を与える者にそんなこと出来ないよ。それにあんたは、私のことよく知ってるはずだ
よ。ほら真下…。》
見ると、今まで何度力をかけても効かなかった花があった。
「…?  お前…か?」
彼はいつの間に、自分が‘物の心’を読むようになったかを考えた。−いや、この花が話
しかけてきたのだ。クラルの力は、空を飛ぶことと物に命を与えること、そして命を司る
精霊を呼び出し力を借りることなどだけだ。‘心’を扱うことなど出来ない。彼は自分が
やったことではなく、この花自身が命と心を持っているのでは、と思った。

「お兄ちゃん早く、花がたくさんあるよ。」
その時、2人の兄妹がクラルの後ろからやって来た。森の中から来たので他の村の者だと
すぐわかった。クラルはぼう…としていた。目がかすんで頭と目がはっきりしない。−何
か体も重い…けれども、2人の姿をしっかり見ようとしていた。少女の方は可愛らしい背
の小さな…−兄の方は自分と同じ歳だろうか?−兄妹という事が一目でわかる様な茶髪。
頭を抱えながらそれだけわかれば良い方だ。が、クラルはそのまま倒れ込んでしまった。
少女が走りよって来てクラルに声をかけているが、何もわからず暗い世界におちた。

  
 ルーファウスとラーファは、ムーンフラワーによって照らされている道を歩いていた。
綺麗に舗装されている広い道だった。山の向こうにしたら上出来だ。2人の数m先ぐらい
に人が倒れているのをラーファが見つけた。
「お兄ちゃん、人が倒れてるよ?」
「ん?」
2人はかけよって青年に声をかけた。しかしどうして、2人は1つ山を越えたチャランポ
村側にいるのだろうか。確か先程までは…。

  ハイキングをしていたはずの2人は道に迷ってしまい、揃って半ベソをかいていた。
「どうして迷子になっちゃうのぉ〜…」
何故だろう?  昼の間なら迷子にもならない程度の山のはずだが…。少し遡ろう。お昼を
食べて気持ちが良かったので、ついうっかり寝入ってしまったのだ。気がつけば夜。暗所
恐怖症のルーファウスが一発でパニくった。
「うわ−まっくらだ−!!]
「お兄ちゃん、落ち着いてよ。」
「うわ−うお−!!」
「お兄ちゃん、精霊様をよんだら?」
「へっ?」
「何でもいいからまず明るくしようよ。」
ラーファのアイデアで精霊の力を借り、何とか灯りは手にいれたが。森は昼間の明るさと
はうって変わって、闇が周りを支配していた。
「す…少し進んでみよう。」
ルーファウスは恐さを隠して提案した。この闇の中、やみくもに歩き回っても更に迷うだ
けだ。しかし、そうする以外に手はなく、ルーファウスはラーファの手を引きながら歩い
た。少し進むと麓に明かりが見えた。
「見ろよラァ、明かりだぞ。」
「ホント。助かるのね、私達。」
その光に勇気づけられて、青年の倒れていた道まで降りてきたのだ。さて、話を戻そう。

  2人は声をかけたが、青年の起きる気配は全く無い。
「死んじゃったのかなあ?」
ラーファが指先で青年の頬をつんつんとつついた。ピクっと青年が動いたのでびっくりし
たラーファは、急いでルーファウスの後ろに隠れた。
「大丈夫、死んではいないみたいだけど起きちゃいない。」
ルーファウスは服の裾を掴んでいるラーファを優しく諭した。
「しかしこいつが起きないことには、ここがどこか尋けないな。ラァ。」
まだ服の裾を掴んでいるラーファをルーファウスは促した。
「回復したげるの?」
「ああ。」
こくっとうなずいたラーファは青年に近より、手を青年の上にかざした。ラーファの体か
ら優しい色のオーラが出てきた。そのオーラは青年を包みスゥ、と消えた。消えた瞬間ラ
ーファが後ろに倒れかかったが、ルーファウスが抱きとめた。
「大丈夫か?」
「うん、平気。」
ラーファがルーファウスを見つめ、にっこり笑った。
「(弱いんだよ…この笑顔…)」
と、心の中ではシスコン魂を爆発させているルーファウスであった。

「うっ…。」
青年が気づいた。体を起こし立ってみるとフラつき、頭を押さえながら道に座り込んだ。
「まだどこか痛む?」
ラーファが青年の顔をのぞきこんだ。青年は、自分を覗きこんでいるブルーの瞳から一瞬
にして目が離せなくなってしまった。何とも言えないブルーの瞳に見とれていたら、後ろ
から蹴りをいれられ、思わず叫んでしまった。
「痛っ!」
蹴られた方向を見ると、ルーファウスが立っていた。
「(この2人似てる…それに見たコトある…。)」
と思いながら記憶を探ると、すぐに見つかった。
「君達はいったい…見た限りじゃ兄妹で、村の人じゃないよね。」
青年は少しルーファウスに怯え、おずおずと話しかけた。
「その前に、倒れてたとこ助けてやったのに礼もなしか。」
ルーファウスがフンと言ってのけ、ラーファがそれを「めっ!」とか言いながら怒ってい
る。それを横目に見ながら青年は、さっきまでの疲れなどが全然無いことに気付いた。
「え−っと、もしかして看病してくれたの?」
「はい。回復魔法をかけました。」
ルーファウスではなくラーファが答えた。彼はすねているらしく、向こうを向いている。
「私はラーファと申します。ラァと呼んでください。向こうは兄のルーファウス。」
紹介されてもそっぽを向いたままだ。きっと青年に嫉妬しているのだろう。
「あっ、俺はクラル。クラル・ギル。この先のチャランポって村に…−!!」
クラルと名乗った青年は、指差した方向を見て驚いた。ルーファウスもラーファも何事か
と思いそちらを向くと…その方向の空は赤く染まり、ある場所からは煙が上がっていた。
「母さん!!」
クラルは二人の間を抜け、村への道を急いだ。ルーファウスとラーファも後に続いた。

                                       *

「…ナ−ガ様−、いらっしゃいませんか−? …今日もダメかぁ。」
何処とも知れぬ不思議な場所にいるある少女が、その場所には似つかわしくないかたい雰
囲気のする機械を覗きこんだ。
「はぁ…。−! あ…大変!」
その機械の画面が映し出したものを見て、小さく叫んだ。赤い炎が揺らめく…命の紅い炎
も。少女にはそれが2つとも視えていた…。

                                       *

  チャランポの村の、ある1つの家が炎に包まれていた。クラルの家である。炎の勢いが
強すぎて、村人達には消す事も出来ない。
「母さん!!」
「クラル!?」
どこからか物凄い勢いで走って来た。その後には、見かけない少年と少女がいた。クラル
は人集りを押し除け、おうおうと焼けている家で足を止めた。とても中に入れない。
「クラル!」
さっきからクラルを呼んでいたアンが駆けよって、茫然とするクラルの手を引いた。
「ここは危ないから早くあっちに!」
「…母さんは?」
「え…」
「まだ中にいるんだろ!!」
アンに掴まれた手を振り払い、炎の家へとまた走ろうとした時。ルーファウスが手を取り
直した。
「離せよ!! まだ中に人が!!」
物凄い力だ。炎で周りはとても熱い。だが、その様なことを感じていないクラルは、ルー
ファウスの手も振り払おうと必死だ。
「お前が死ぬぞ!」
今よりももっと力を入れ、クラルを後ろへ引っ張った。その間にも家は、炎の中に消えて
行く。
「っ… 離せェェ!!」
ルーファウスも辛いが、今離せばこの男は死ぬんだと思うと、離すことなど出来ない。兄
の気持ちがわかる妹は、その様子をただ見守ることしか出来ない。やがて家は炎の渦に倒
れ、形もわからなくなった…。

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