クラルとアンが気を失ってしまい、ルーファウスとラーファは慌てた。
「お兄ちゃん、クラルとアンが−っ!」
「落ち着けよ。気絶しているだけだ。」
「でも−。」
ラーファは目を潤ませている。そんな可愛い妹の頭を、そっと撫でてやる。するときゃっ
とルーファウスに小さい体をよせてくる。こんな可愛い動作をされてお兄ちゃんはメロメ
ロ…。
「(あ〜、可愛いなあ〜…)」
ほら、もう違う世界に…。

 髪を撫でていると、少し変な事に気付いた。髪止めの辺りが少し熱い。フッと目をやる
と、髪止めの白い宝石が淡く輝いていた。この髪止めは生前彼らの母親が付けていた物で
ある。外見的にはパールの様に見えるが、光にかざすと7色の光を放つ。しかし、光にか
ざさない限り光らないはずの宝石が、自らほんの少しだけ光を放っている。
「お兄ちゃん…?」
なかなか髪の毛を撫でてもらえず、ラーファが下から考え込んでいる兄を見つめた。ラー
ファは少しふてくされて兄の胸に頭をぶつけた。相手にしてもらえず、また泣き出しそう
になった。ハッとルーファウスが気付きそっと撫でてやり、ラ−ファは嬉しそうにする。
宝石はいつの間にか輝きを失っていた。さて、どうしてラーファが泣くのか、疑問を持っ
ている人は少なくないだろう。ラーファは人より倍に感情が激しく、周りの感情にすぐ呑
まれてしまうのだ。兄にも未だに理解しきれていないのだが、髪を撫でているとそのまま
寝ついてしまう。どうしてかも謎である。今回もやはり寝ついてしまっている。そんな妹
を見ながら、またルーファウスは考えを頭に巡らせた。

「この宝石…一体何なんだ? 一度家に帰ってみるのが…一番だな…−!!」
外が突然騒がしくなったのにルーファウスは気付いた。
「何だ…この忙しい時に…。」
少し体を動かすとラーファが起きた。目をこすりながらただならぬ気配を感じとった。
「お兄ちゃん…。」
ブルーの瞳が不安気にルーファウスを見つめる。ポンと軽く頭を撫でて、落ち着かせた。
「大丈夫。何があっても俺が守ってやるからな。」
力強い兄の言葉に、ラーファは勇気づけられた。
「この気配はモンスターだな…。武器を捜すぞ。」
2人は来たるべき敵のために武器を捜し始めた。誰も気がつかなかったが、一筋の光の様
なものが通り抜けて行き、消えた。

                                       *

「ナーガ様あっ!」
幼い中にもしっかりとした性格が伺える可愛らしい声が、今その走ってきた廊下中に響い
た。同時に奥の扉が音もたてずに開く。12歳程と見れるその声の主は、背の白く透ける様
な翼と基本的には短い淡緑の髪を落ち着かせた。扉内の者は微笑してそれに声をかけた。
「ど−したの、『エンジュラ』。」
「良かったぁ、いらっしゃって。ナーガ様っていつも出かけてらっしゃるから。あ、そう
だ。大変です。宝珠の守護者のカギの方がついに亡くなられたんです。それなのに継承者
が未だにはっきりしなくって…。前の守護者は随分前に亡くなられてるのに。」

『ナーガ』と呼ばれた方は外見は15程だが雰囲気が落ち着いていて、やはり翼を背に持っ
ていた。光がこぼれる感じのその白に、夕暮れ時の空の様な青の髪がよく映える。長いの
でポニーテールとして、一つに束ねられている。
「知ってるわ。‘奴ら’もついに再び動き出したわね。」
「レーダーに映らない宝珠とかは、もう奪われてしまったんでしょうか…。」
「それはね、その宝珠に元の封印プラス隠すための封印がかけられたのよ。だから場所が
わからないの…スゴい封印ねぇ。でも奴らの方が手に入れたわけじゃないから。」
「良かった−…あ、でもどうしてわかるんですか? そんなこと。」
「だってこの間魔界行って、奴らのこと調べたもの♪」
「…ナーガ様、天使が魔界に入れるわけないじゃないですか…冗談やめて下さいよ。」
ナーガが天使だということは当然、一緒に話をしているエンジュラも天使で、その2人が
いると言えばやはり天界である。その中のここは天宮といって、天使が住む場所だ。ここ
以外に人は住むことは出来ない…何故なら、天界というのは魂の住む高次元の領域だから
だ。そしてその魂の出入りを管理するのが天使で、だからこそ天使のみが天界の、‘黄泉
の扉’よりもこちら側、まだ辛うじて生の領域に住むことが許されている。
「でもあたしの知り合いの中に、魔族だけどここに来れるの、いるわよ。」
「ハイハイ。そんなことよりも、奴らが動き出したってことは、私達はどうすればいいん
ですか? …やっぱり、見てるだけなんですか?」
天使の言う‘奴ら’というのは、魔界の魔族を指す。当然の如く敵対関係にあるのだ。

「あたし達も奴らも、本来人界に干渉してはいけない…特に、あたし達の方は。宝珠が関
わった戦いにはね。あたしとあなたなんか、普通の天使ですらない、思念体だし。」
エンジュラ、ナーガの2人は特殊な天使で、魂のみで肉体が無いので性別も無い。生前は
女だったので、女としていいのだろうが。
 エンジュラは少しの間黙っていたが、再び重々しげに口を開いた。
「奴らの他の干渉を見つけたならば、止めてもいいんですよね、もちろん。」
「ええ。でも…まず普通は見つけられない。見つけれるのなら行っている。大体の場合奴
らは夜動くし、宝珠に関わることばかりだもの。」
「でも、エンジュラは頑張ります! 石に関わっていたって、酷い干渉もありますし!」
「そうね。でも気を付けてね。」
エンジュラは明るい笑顔ではい、と答えた。

「そうそう例外と言えば…。」
ナーガの目が糸を結び、口調はからかう様な感じになった。
「アラス君とやらは今どうしてるの? 顔は知らないんだけど。」
「…あいつが魔界の賞金首って話、本当みたいで…そうなるともう帰れって言えなくって
…でも吸血鬼…でも言えない…あ−、何かよくわかんないです…。」
「いいのよ、それで。ゆっくり考えなさい。あなたがそうまで思う程の子なんだから。」
「…はい!」
「答えなんて、一生考え続けるものだしね。それに…干渉も…。]
「?」
「(宝珠の守護者が魔族に狙われるのは…仕方ないことだもの…。可哀そうだけど、人間
が持てる以上の力を持つのだから…。不便なことね、この世界のシステムは…。)」
人界から帰ったばかりだったナ−ガはやれやれ、という感じで溜め息をついた。

                                       *                                

  夜もふけてきた。星や月は何だかいつもより近く見える様な気がする。
「お休み、クラル。」
「お休み…。」
あれから落ち着いた。何だか恥ずかしい…今まで母に泣きついたことなどなかった。父は
死んだと母から告げられた時も、彼は母の前では泣かなかった。
「クラル、お前の家はどこにも見つからんかった…。」
「…そう。ありがとう…。」
生まれて初めて話をする父にもっと何か言いたいが、何も思いつかない。そのままベッド
を用意してくれた部屋へ行った。

「は−っ…。」
勢いよくベッドの上へ。今日の出来事を頭から思い出した。
「(…何故ここに来たんだ?それに石って…あれどこいったんだろう。)」
ゆっくり起き上がる。星はいつも通り綺麗だ。
「ん…?」
誰かの影が一瞬見えた。窓からひょいと外へ出て、その黒い影が見えた方へ行ってみる。
追っていく内、クラルから逃げていることがわかった。
「誰だ! 出て来い!」
暗い森の中まで入って来た。しかしクラルの瞳はその黒い影を逃さなかった。
「きゃあっ!」
女の声だ。聞き覚えがある。月の光が木々の間から差してきた。
「…アン!?」
咄嗟に掴んだ手を引っ張った。月の光で見えた女はアンだった。
「クラル!?」

綺麗な瞳を丸くし、光によく映えてブルーに見える…その黒い髪も。アンもどうやらクラ
ルと一緒で、気がつけばここにいたらしい。ただ彼女は、誰にも会わず指輪を持ってさま
よっていたという。
「…何で?俺がしてたのに。」
「…わからないわ。それよりここどこよ!!」
アンの手は震えていた。半日逃げ回っていたのだ、無理もない。クラルから話を聞くと。
「どうしてそんなことになんのよ!? 19年前って生まれる前よ!?どうやって帰れるの!?」
「しい!  この森は危ないって父さんが  大きい声出しちゃダメェ!」
「父…さん? あ…あんたまさか! 自分家に…」
「し−っ!!」
「!?」
「あ…っ、指輪が光ってる!」
月の光などではなく、炎の色が光っている。

「ねェクラル…何か…焦げくさくない?」
「え…。」
チブリスの方から人々の悲鳴が聞こえるのが、見に行かなくてもわかる。森の中からでも
くっきり見えた…炎の竜だ。
「なっ、何だ!」
「あ…あれ…クラルの家を燃やした…。」
アンは足がすくんだ。クラルはそのアンを抱える様に走り出した。
「ちょっとォ!! 離してよ!」

  チブリスまで行くともう火の海だった。人々は森の方へ逃げて行くが、炎に飲み込まれ
てしまう。まるで火が人を飲み込むようだ。2人の前でも火が襲いかかる様子を見せた。
「!! −げっ、アン!」
「きゃァ!!」
咄嗟にアンを庇った。当然クラルは…と思ったが、赤い光が守る様に彼らを包んでいた。
「クラル!」
サイルだ。その光を見ても驚かず、2人の方へ走って来る。
「クラル、こっちだ、早く森へ行け。」
「まっ、待てよ  あんたどっち行くんだよ! 炎はもう止まらないぜ!」
2人を押し退け、自分だけ燃える家に向かおうとした父を止めた。可愛くない言い種だ。
「いいから行け!! 俺にはやらにゃあならんことがある!」
「死ぬ気かよ! あんた子供どうすんだよ! 後に残された者のことも考えろよ!!」
「クラル、火が!」
今度はサイルが2人を庇ってくれた。光は消えないでいたので何とか助かったが、普通は
恐いもので3人共目をつぶった。サイルはゆっくり目を開け、クラルに言った。
「悪かったよ、そう思ってる。けどどうせお前が1人で生きてけるようになったら死ぬ。
守り主のお約束だ。けどお前は違う。お前ならきっと自分で長生きできるだろうよ。」
「…え?」
「いいか、帰ったら地下室のさらに奥へ行け、クラル。」
「何言ってんだよ、あんた。」
「奴らを倒しゃァお前が長生き出来る。石なんて必要なくなるからな。いいか、俺みたい
な歳で死ぬんじゃね−ゾ。」
ポンポンと頭を軽く2回叩いた。

「…父さん?」
サイルは火の方向へ走って行く。
「まっ…待てよ!!」
「クラル危ない! 早く森へ!!」
サイルの元に行こうとした彼を止めてアンが叫んだが、クラルは聞いていない。
「ずるいよあんた!! 何今更父親ぶってんだよ!! あんたの分まで強くなんなきゃならな
い息子のことも考えろよ、ばかやろ−っ!!」
「クラル!」
「あんたがいなくてどれ程辛かったと思ってんだ! …っ。」
「…。」
「クソオヤジ−!!!」
自分はあっちに行きたいが、行けばアンが火にのまれる。歯をくいしばり森の方へアンの
手を引っ張って走った。
「(母さんを捜さなきゃ…。帰るより先に母さんを…。)」
走りながら色々なことが思い出された…小さい頃の自分まで。

「随分奥まで走ったわね。」
「ハァ…ハァ…か…母さんは?」
「…。−クラル!! あそこじゃない?」
「…え…っ、ど、どこ?」
そこから更に奥、マイラだ。マイラは何かを大切に握っていた。
「…指輪かナ…。」
声をかけようとした時マイラは、光と共に消えた。
「!? −げっ、母さん!?」
「…クラル…村の人も、いないわよ。」
「え?も…もしかして下…地上に…逃げたとか?」
2人は顔を見合わせた。その時‘地’全体から赤、白、青の3つの色の光が立ち昇り、天
空の国を包んだ。
「…。…指輪が光ってるよ。さっきと少し違う。」
アンはもう何が起こっても動じない様子だ。今度は、光の渦に飲まれるのが自分たちでも
わかった。

                    −昔空を見上げると泣けてくる時があった−


  クラルは母や父のことを知った。石のことも、そして母が地上に降りる前何か言ったこ
とも、光の中で知った様な…そんな気がする。
−この石達がいつかいらなくなりますように。…石なんて無くてもいい世界が来ますよう
に−
−…母さん。俺、何をすればいいの?ここで起こった事が本当なら、どうしたらいい?石
をなくせばいいの?−
−違う。石を集めて、他の人と力を合わせて空の国を見つければいい。…そしてまた全て
を…守ってくれれば…−
−…どうして?−
−父さん達が、まだ上にいるから−
−生きてるの?−
−眠れないだけよ−
−…わかった…−
−でも気をつけてね。悪魔がきっと来る。その石を使える者も来るよ。−
−俺にしか…特定の人にしか使えないんじゃないの?−
遠くにいる母の手を取ろうとした時、2人は目を覚ました。クラルの目には、涙が溢れて
止まらなかった。

                                            Tale-3 close