「あっ、お兄ちゃん、起きたよ。」
ラーファが武器を探している兄を呼んだ。無言でルーファウスはこちらへ来た。そしてク
ラルの肩を掴んで言った。
「何故泣いているかはわからんが、それより大変な事が起きている。」
「大変な事…?」
クラルはごしごしと涙を拭いて尋き返した。ルーファウスはしっかりとクラルの瞳を見つ
めて言った。ラーファと同じ色の瞳には吸い込まれそうになる。
「モンスターが村にいる。」

‘モンスター’その言葉にクラルはハッとなった。‘モンスター=悪魔’!?そういう連想
が頭によぎった。アンはがばっとルーファウスの服を掴んだ。
「村は?  一体どうなってるの!?」
「わからない。武器もなしで外に出るのはムチャだ。」
‘わからない’その言葉を聞いてアンは外に走り出そうになった。しかしルーファウスに
よってそこに留まらされた。
「離してよ!」
「武器も無しでモンスターとどう戦う!?お前なんか殺されるだけだ。」
ルーファウスの言葉にアンは、その場に泣き崩れた。
「お兄ちゃん!」
「ルゥ!!」
ラーファとクラルに2人で責められ、ルーファウスはたじたじしたが2人を突っ返した。
「そりゃ今のはキツかったかもしれないが、本当のことを言ったんだ。もし助けに行った
としても、モンスターに殺られりゃそれこそお終いだ。」
その通りである。助けに行って死んでしまい、家族が逃げ延びていたら死に損だ。家族の
誰もが深い悲しみに堕ちるだけだ…ルーファウスはそのことをちゃんと理解している。3
人の間に気まずい空気が流れたが、その空気をアンが断った。
「武器があったら助けられるの?」
涙を拭いながらルーファウスの服を掴んで聞いた。ルーファウスはその瞳から決意を感じ
取った。しかし…。
「…あるのなら精一杯やってるさ。だが武器はこの倉庫には1つもない。」
「ちゃんと探したのか?」
「うん、なかったわ。」
ルーファウスのかわりにラーファが答えた。

「じゃあ…。」
「不可能だ。」
泣き出すアンをクラルはそっと抱いてやった。クラルはルーファウスを見つめた。
「どうにかならないのか…?」
ルーファウスは少し考えた。そしてボソっと言った。
「…ないことはない。」
「え?」
「案がないことはない。」
今度はハッキリ言った。パッとクラルの顔が輝いた。
「どうしたらいい?」
「黒鉛かチョークがあればいい。」
「え?  …−あ!ある、ある!」
クラルが何故か運良く(?)黒鉛を持っており、その黒鉛を受け取ったルーファウスはラ
ーファに渡した。
「武器を召喚する。」
「!?」
クラルは目をパチクリさせた。その時にはもうラーファが円陣を描き始めている。
「召喚…って…あの精霊とかを呼ぶ時に使うやつだろ?  (本で読んだだけだけど…)武器
を…ってそれにそんな魔法使えるの?」
「…使いたくはなかった。俺達はその能力のために人々から迫害されてきた。だから秘密
にしておきたかった。しかし非常事態だ、そんなこと言っているヒマはない。」
「ルゥ…」
少し雰囲気がまずくなったので、クラルは話題を変えた。
「でもどうしてモンスターが…。」
「…それはわからない。だが…。」
そこでルーファウスは言葉を切った。少し間を開けて言った。
「何かとてつもない事が起きようとしている。」
「……。」

                                       *

  今から数時間前のこと−木々が覆い繁る大地がある。その大地はメイやチャランポの村
と同じ大陸の西の果てにある。一見、森が広がる美しい大地のはずだが、上空はいつも曇
り、太陽を防ぐ分厚い雲からは稲妻が時々走る。森には不気味な鳥が飛び交い、森の奥に
は城がそびえ建っていて、稲妻の光によって不気味に光る。更にその光で映える人影の様
なもの…しかし人ではなく吸血鬼だ。吸血鬼は人の血を奪い生きている。ここの吸血鬼達
も昔はよく暗躍していたが、この頃は動きが無い。…下手に動くことが出来ないのだ、吸
血鬼達の人界でのテリトリーである森の分城より更に奥にある、異端のある城の所為で。
その城の主と吸血鬼達は敵対しているのだ。深くふれると長くなるので簡潔に言うと‘馬
が合わない’、たったこれだけのことだが。そして今は冷戦状態である。互いの城の監視
を日々怠らず現在まで来ているので、うかつなことは出来ない。

  しかし、最近どうも城の方が落ち着いてきている。その点吸血鬼達は落ち着きがない。
それは、こういう噂が流れているからだ。‘どうやら、城の主が変わったらしい’。そう
なればこちらのものだと思いきや、‘しかも頭のキレる奴らしい’という、先代より強い
という印象が植えつけられてしまったのだ。先代の主は、魔族の故郷魔界の事実上の王の
‘魔王’の次に強かったと噂される側近の四天王の1人だ。しかし、他にも異名を持って
いた…‘拷問親父’といって拷問好きの変な奴である。やはり四天王とされるだけあって
吸血鬼の中に勝てる奴がいるかというのが現状だ。この先代、名を『モルゲニウム』とい
う。まだ年齢的に隠居は早いという意見もあったが、急にその意志を表明にして四天王の
座を息子『サファエル』に譲ったそうだ。もっぱらの噂では、趣味であり生き甲斐である
拷問に時間がかけたかったのだというのだが。真実の意は本人しか知らないだろう。

  さて、急に四天王になったサファエルは、こつこつと仕事をこなしていきはや5ケ月。
かなり慣れて周りのことは全て掌握していた。廊下を歩いていると、ピョンピョンと跳ね
ながら、玉葱を細くして手足を生やした様な生物がサファエルの向かいから来た。
「サファエル様!  サファエル様!」
「どうしたんだ、ラゴ。」
ラゴと呼ばれた生物は、この世のものではない。いわゆる1つの召喚獣にあたる。召喚獣
というのは知っている人も多いと思うが、この世界又はこの世界と少しだけ違う次元に住
む獣で、契約をすれば必要な時に喚びだし、力を貸してもらうことが出来る様になる。そ
の種類の多さは果てしなく、一番強力なのは竜系だと言われているが、契約するにはかな
りの力が必要となる。そしてこのラゴというのは、植物系召喚獣マンドラゴラの愛称であ
る。見た目は可愛いがその実力は計り知れない。なめてかかると痛い目をみるだろう。
「お父上様がお呼びですよ。きっと又グチを…。」
「ラゴ。」
庇うつもりではないが一応叱りつける。
「スイマセン…。」
「かまわないよ。『血の間』…だな。」
そう言ってサファエルは父、モルゲニウムのいる血の間に向かった。血の間とはモルゲニ
ウムが大抵いる場所だ。他にも『快楽の間』、『拷問の間』といくつかあるが、サファエ
ルが行くことは滅多に無い。

「お呼びでしょうか、父上。」
玉座に座り自分を見下ろしている父の前に跪ずく。
「宝珠は…見つかったか…。」
頭に直接響くような声。聞いていると気分が悪くなる。
「いえ…まだです。」
宝珠捜し。四天王の座に就いた時に課せられた命令だ。この5ケ月ずっと捜しているのだ
が、全然見つからない。が、つい先程レーダーに反応があった。だが敢えてモルゲニウム
には言わなかった。確信が無いからだ。

「何っ!?」
急にモルゲニウムは怒り出した。どうやら今日は虫の居所が悪いらしい。すぐさま高圧電
流のようなものが走った。
「うわぁぁぁっ!!」
「私は早く捜せと言ったハズだが?」
それは更に強くなり、サファエルの体に激痛が走った。
「あぁぁぁっ!!」
「どうした…何か私に言わなくてはならんだろ…?」
まるで赤ん坊をあやす様に優しく言った。
「うっ…あぁ…ス…スイマ…セン…。」
苦しみを堪えサファエルは謝った。フッと攻撃がやみ、モルゲニウムは言った。
「よいか…早く見つけ出せ、宝珠とそのカギを。次はこれぐらいではすまさんぞ。私の可
愛いサファエル。」
「はい。わかりました…。失礼します。」
痛みを堪えながらサファエルは、血の間を後にした。残ったモルゲニウムは薄く残忍な笑
みを浮かべ見送り、呟いた。
「あいつが私の手にある限り、奴は私の奴隷だ。フハハハハハ!」
気持ち悪い笑い声が血の間にこだましていた…。

「クッ…。」
血の間を出て少し歩いた所でサファエルは片膝をついた。そして奥歯を噛みしめた。
「あの人さえ取り返せばあいつなんか…あいつなんか…。」
その声には憎しみがこもっていた…。そんな主人を陰で見ていたラゴは不憫に思った。サ
ファエルは手を壁に当て立ち上がったが、まだ少しフラつく。
「サファエル様…大丈夫ですか…?」
「ラゴか…大丈夫だ、心配するな。」
心配して飛び跳ねてくるラゴを見て、心は少し和んだ。ぴょいと肩に乗ったラゴは回復魔
法をかけてくれた。
「ありがとう。」
頭を撫でてやる。
「サファエル様を守るのがおいらの役目ですから。」
ラゴを見ていると昔の友人をダブらせてしまう。幼馴染みの少年のことを…。
  少し感傷的になってしまった…と思い、一度頭を振りラゴに話しかけた。
「通信の用意をしてくれるか?」
「はい。どこへでしょう?」
「南の城だ。」
コンタクトルームに向かった。

  ブンと音がなり、前の画面に人が映った。少し長い、赤に黒メッシュが入った髪を後ろ
で束ねて、美形の部類に入る顔の男だ。瞳は真紅で見つめていると焼けてしまいそうだ。
彼の名は『シーファー』と言い、南の四天王の部下で右腕がつとまる程の実力者らしい。
「おや珍しい。5ケ月ぶりですね、西の方。」
「ああ。」
彼とは5ケ月前に会ったのである。四天王に就任した時だ。四天王が変わる時、魔王に呼
ばれた時以外では滅多に顔を合わせないのが四天王なのだ。通信でしか連絡を取らず、通
信することもほとんどない。誰が何をしようと気にしないのである。四天王同士で集まる
ことは時々あったが、別に馴れ合うためではない。
「何の用でしょうか。只今主人は不在のため、私めにお申し下さい。」
何故不在か確かめたかったが、無理に問いだす必要も無いと悟り話を切り出した。
「宝珠のことだ。あなたの主人が探すべき『赤火の宝珠』と、オレの探す『虹白の宝珠』
が今、同じ場所にある。」
「ほお、それはすごい…と言いたいところですが…。」
一度驚いたふりをしてみせたが、すぐ戻して言った。
「そこは主人がすでに昨夜参りました。…が、『赤火の宝珠』はありませんでした。しか
し…貴方様の宝珠の反応はなかったように記憶しておりますが…。」
何かの間違いでは?と言わんばかりの顔をしている、がサファエルは気にせず言った。
「ついさっきレーダーに映っていた。あんたのとこと同じ場所に。」
「しかしこちらの方も見つかっていませんが…。」
少し困った顔をしているシーファーを見てサファエルは冷ややかな顔で見返した。

「地下倉庫を見つけたか?」
「地下倉庫?  …成程、少し特殊な場所ということですか。」
意外そうな顔をしたシーファーを見て少し愉快になった。地下だから見つからないのでは
なく、何らかの結界があったのだろう。するとシーファーは真面目な顔つきで呟いた。
「偶然か…または宝珠同士の共鳴か…。」
「それで。」
聞かぬふりをしてサファエルは続けた。
「オレ達と一緒に来て頂きたい。」
「それはまた何故?」
興味を持った顔で映像の向こうから見つめている。
「オレは『虹白の宝珠』とカギ以外の者は興味がない。もしあんたのところの宝珠があっ
てもオレは壊すかもしれない。興味がないからな。」
フンと言いのけた。それは困るという顔をしてシーファーは言った。
「わかりました。しかし主人不在のため私、シーファーが参りますがよろしいですね?」
「誰が来てもかまわん。宝珠が手に入ればな。」
「その心意気ですよ。それでは今から参りますのでワープゲートを開けてください。部下
は如何程?」
「好きなだけどうぞ。」
投げやりに言ってくれたのでシーファーはまた困った顔をした。
「では好意に甘えさせて頂きます。」
と言って通信は切れた。サファエルは立ち上がりラゴに言った。
「ワープゲートを開けてくれ。」
「わかりました。」
ラゴが操作したのを見届けてから、ワープゲートへと向かった。

                                     *

  サファエルも容姿は悪くない。ストレートに流した茶とも金とも言えない短めの髪。前
髪を先端で分けており、白い宝石のはめ込んであるサークレットが額に光る。目は淡いグ
リーンをしていて、全体的にかなりの美形に入るだろう。しかしシーファーと並ぶと可愛
く見えてしまうは背の高さと顔立ち故で、まだ幼さを残した顔立ちのサファエルと大人の
感じの漂うシーファーでは、少し劣って見えてしまう。多少悔しいがそんなことは少しも
顔に出さずに客を出迎えた。

「ようこそ。我が城へ。」
「主自ら出向いて頂けるとは光栄ですよ。」
そう言ってサファエルの手をとり、甲にキスをした。全身に鳥肌がたってしまったサファ
エルは慌てて振り払った。
「シーファー殿。変なことをしないで下さい。」
キッとにらみながら手をさすった。シーファーは可笑しそうに笑った。
「ファーとお呼び下さい。親しい者はそう呼びます。我が主はシーと呼びますが…。私は
貴方様と親しくなりたいのですよ。」
妖しい笑みをたたえてススっと寄ってきた。寒気がしたのでサファエルは一歩下がった。
シーファーはさも可笑しそうに笑った。
「サファエル様はウブなんですねv」
「ふざけるな!!」
頭にきたのでついつい語尾を荒くしてしまい、シーファーはまた笑った。
「喋り方…変わりましたね?  そちらの方が自然ですよ。」
そう言って頭を撫でた。撫でられている当の本人はワナワナ怒りに拳を震わせていた。

「さて、これからどうするのです?」
急に話題を変えられ拍子抜けしてしまったが、コホンと息をついてからサファエルは言っ
た。
「父上の所に行く。一応報告にな。」
「それまた何故?」
間髪を入れずにシーファーが尋き返した。
「兵を動かすには父上に一応許しをもらわなくてはいけない。もし行くのなら先に…。」
サファエルの言葉が終わる前にシーファーが切った。
「いいえ。かまいません、お付き合いしましょう。サファエル様のためですしv」
語尾のハートが気に食わなかったが、ついて来いと顎で示して歩き出した。

  拷問の間の前を通った瞬間、人の断末魔が響き渡った。
「今のは…。」
シーファーは眉をしかめ尋いた。
「父上の御趣味によって死んでいく人の、エモノの叫び声だ。くだらん趣味だ。」
サファエルはそう吐き捨てた。シーファーは無言で見つめた。
「父上はこの部屋にいる。」
先程の悲鳴の聞こえた部屋を指して、サファエルは言った。ノックをし扉を開けた。
「父上、失礼します。」
サファエルが入り、続いてシーファーが入った。先程の悲鳴をあげた者のかどうかはわか
らないが、手についた血をモルゲニウムはおいしそうになめていた。サファエルの方を向
き、さも血に染まった手をなめていた。
「もろいものだな…人間は。のうサファエル。」
……と、サファエルは答えなかった。すると、モルゲニウムは薄く笑った。
「フフフ…して、宝珠が見つかったのか?」
「はい。場所のみですが…。」

シーファーは、拷問親父と異名を持つこの男を観察した。黒いフードを頭から被り、黒の
マントで全身を包み、顔は全く見えない。唯口元だけが僅かな光に照らし出されている。
それがまた不気味だ。一般人が見れば‘死神’という印象が一番につくだろう。これで鎌
を持っていれば死神そのものだ。シーファーには気付いていないらしく、目もくれない。
「場所のみか…。」
少し不服そうな顔(雰囲気)だが、思いついたように言った。
「それは人がいる所か?」
「はい…。村です。」
父が何を考えているのかはわかっている。
「よし、滅ぼしてこい。」
ほらな…。心の中でそう思いつつ黙って聞いていた。
「そうだな…半数ぐらいは生け捕りだ。特に女、子供をな。」
逆らえないのはわかっているが、それはあまりにも…サファエルはそう思い、発言した。
「しかし、父上。」
「黙れ!!」
やはり怒り出した。どうやらさからう者は嫌いらしい。バッと手を前に突き出した瞬間。
「うわああ!!」
サファエルは見えない手に掴まれている様に宙に浮いた。首元を必死に掴んでいるという
ことは、首を掴まれているのだろう。
「まだわからぬか。私にさからうなと言っておるだろう!!」
「うっ…くあっ…」
後少しでサファエルの意識がとびそうになった時、シーファーが声をかけた。
「そのくらいにしてあげて下さい。」
「!?」
フッとモルゲニウムがシーファーに顔を向けた。今まで全く気付いていなかった様だ。
「お主は…。ふん、まあよい。」
手をスウっと下げた。と同時にサファエルが落ちた。シーファーの腕の中に。
「ご子息はきちんとお守りしますよ。モルゲニウム殿…。」
シーファーはサファエルを腕に抱き、きびすを返し、部屋の外に出た。残ったモルゲニウ
ムは少し考えた。
「何故奴がここに…。」
僅かながら何故か彼の重い声に、動揺の色が見てとれた…。

                                            Tale-4 close