サファエルはシーファーの腕の中で気を失っている。ピクっとサファエルの眉が動き、
目を覚ました。
「大丈夫ですか?サファエル様。」
「あぁ…―!!」
自分がシーファーに抱き抱えられている状態に驚き、暴れた。
「下ろせ!!  何故こんな風に…」
「貴方様が倒れてきたんですよ。私の所に。」
言い返せない自分が悔しかった。
「とにかく下ろせ。」
肩を貸しながら下ろした。少しフラついたが平気な様だ。じっとサファエルを見つめてい
たシーファーは、おもむろに言った。
「困りましたね、あのお方には。…ちょっと失礼。」
「―!?  何をする!!」
バッとサファエルの服の前を開けた。急にこんなことをされたので少しパニくったサファ
エルだが、バッと隠した。
「お可哀いそうに…息子にまで手を出すとは…。」
見られた。人には見られたくなかった自分の素肌。父にやられた拷問の傷痕の残るこの体
を…。
「見るな…。」
じっと自分を見つめている真紅の瞳から視線をはずし、サファエルはいった。シーファー
はそっと服に触れた。ビクッと一瞬体がこわばった。
「やめろ…触るな…。」
だがシーファーは器用にサファエルの手を解き、はだけた素肌に触れる。
「やめろ…これ以上俺に…。」
苦しそうに体を震わせている。そっと抱きしめてやる。サファエルの意識はまた飛びそう
になった。

「やめて下さい!!」
急に飛び出してきた物体がシーファーに体当りをかました。ラゴである。シーファーは驚
いてサファエルを離し、その前にラゴは立ちはだかった。小さい体を一生懸命張って。
「ラゴ…?」
朦朧としている意識を振り払い、目の前の現状を見た。シーファーは目を丸くしてラゴを
見つめている。そして急に笑い出した。
「アハハハハ。こりゃびっくり。いや−お強いですね、貴方の召喚獣。ハハハ…。」
まだ笑っている。笑っているのが気に食わないのか、サファエルに手を出したのが許せな
いのかどうかはわからないが、顔(?)を膨らましてラゴは怒っている。笑うのをやめた
シーファーは出て来た涙を拭きながら、サファエルに手を差し出した。
「スイマセン、いけないことをしてしまって。しかし強いですね。見かけではそれ程…。
おっと失礼。本当にスイマセン。」
深々と頭を下げた。ラゴはふんぞり返って言った。
「今後はそんなことしないで下さいよ。」
「はい。わかりました。」
ニコニコ笑いながらシーファーは言った。そんなやりとりの間にサファエルは服装を整え
ていた。
「あら速い…。」
「さあ、行くぞ。」
シーファーをムシして先にもう進んでいるサファエルをシーファーは急いで追っかけた。
「全軍に告ぐ。只今からここより東のチャランポの村を襲撃する。」
サファエルの勇ましい声によりモンスターの軍隊はチャランポに向け動き出したのだ…。

                                     *

  時間は元に戻る。倉庫では魔法陣が描き終わり、ルーファウスはその魔法陣の前に立っ
た。他の3人はただじっと見守った。
「次元を司る精霊よ…我が願い、聞き届けたまえ…。」
スッと手を魔法陣にかざすと、中央から光が溢れ出した。
「うわぁー…」
クラルは思わず感嘆の声をあげてしまった。光は剣の型を造り、ルーファウスがその柄の
部分を掴むと光は消滅し、ルーファウスの手には剣が残った。
「スッゴーイ…。」
クラルとアンは2人揃って声をあげてしまった。
「これで何とか戦える。」
一度剣を引き抜き、光に照らし又鞘に戻した。
「じゃ、早く助けに行きましょ!」
アンがルーファウスを急かした。その時急に倉庫の入口が開き、人が入って来た。
「その必要はない。」
白いマントに身を包んだ金髪の青年(?)と赤い服をまとった青年が、モンスターを率い
て入って来たのだ。

「誰だ!」
クラルはアンを庇い、ルーファウスはラァーファを庇いつつ剣を構える。
「答える必要はない。宝珠を貰いに来た。」
金髪の青年…いやまだ少年であろう男が淡々と言った。
「宝珠…もしかして…。」
クラルはアンと顔を見合わせた。すると赤い服の青年が、2人を服と同じ真紅の瞳で見つ
めた。
「それですよ、お2方。どこにあるのです?」
「知らないね。俺は持ってないし彼女も持っていない。」
クラルの話を間に受けたのか、青年は黙りこくった。何か考えている様だ…。
「おい、金髪のヤロー。ここに宝珠なんてないよ。」
クラルは少年の方にも言った。が、少年はクラルをムシした。
「お前なんかキョーミない。俺はこいつらの宝珠が欲しいだけだ。」
そしてルーファウスとラァーファを指す。ルーファウスはキッと少年をにらんで言った。
「宝珠なんか俺達は持ってない。人違いだろう。」
「いいや…。」
ニヤっと少年は笑ってルーファウスの目の前に移動した。そして素早くラァーファの手を
掴んだ。
「キャーッ!!」
「ラァーッ!!」
素早くルーファウスは剣を払った。しかしマントの裾を少し切ったぐらいだ。
「残念だったな。宝珠とカギは頂いた。」
少年はククッと笑った。
「お兄ちゃん!! 助けて、お兄ちゃん!!」
「ラァ!! この−っ!!」
少年に切りつけようとしたが、モンスターに阻まれた。
「くそっ!!」
クラルとアンはその一瞬の攻防に見とれてしまうばかりだ。まるで昔読んでもらった御伽
話のようだ。

「西の方。」
フッと青年が喋り出し、2人はハッと我に返った。
「どうやらここにはないようです。」
「そうか…なら俺は退くが…。」
「私も退きましょう。」
少年はラァーファを青年に渡した。ラァーファはいつの間にか気を失っている。
「待て! 逃がすか!!」
ルーファウスは去っていく少年に切りつけた。が、ガードされていた。
「甘いな…。まだ甘いよ。」
少年はヤリを持っていた。そのヤリの後ろでルーファウスの腹を突いた。
「がっ!!」
ルーファウスは吹き飛んだ。少年は笑いながらこう言い残し去っていった。
「西の城で待っているよ。」

 2人が去って、クラルとアンはルーファウスに近よった。
「大丈夫か…ルゥ…?」
ルーファウスの目から涙が溢れた。
「ちくしょう…ちくしょう…。」
「ルゥ…。」
2人はただ見守るしかなかった。フッとアンは床を見た。
「これは…ラァちゃんの髪止め…?」
そこには白く虹色に輝く髪止めが落ちていた。


  城に向かう途中少年サファエルは、青年シーファーに尋ねた。
「何故宝珠をとらなかった?」
「何故でしょうかね…主から手を出すなと言われたとでも言っておきましょうか。」
「そうか…。」
その後2人は無言で城へ向かっていった。

                                     *

  そしてチャランポ村。村はもう火に包まれようとしていた。
「ルゥ!! しっかりしろよ!! おい!!」
大事な妹をみすみすさらわれ、涙を流す彼に戸惑ったが、そうも言ってられない。火がも
うそこまで来ている。村人を助けなくてはいけないのだ。
「クラル、今は…」
「…わかってるよ!」
しかしルーファウスのことが心配だ。1人で放ってはいけない。
「大丈夫よクラル、ここは地下だし、私がついてるわ。逆に今外に出たら危ない。この近
くの人達を早く地下室へ入れてあげて!!」
「…わかった…。絶対外に出んじゃね−ゾ!!」
動けなくなっているルーファウスを悔しそうに見つめ、向きを変えた時…ハタとした。
「…‘帰ったら…部屋の奥’…って。」
「え?…クラル?」
父の言葉を思い出したのだ。何故かそれだけは、やりとげなくてはいけない気がした。
「どこだ?出て来いよ。」
すっと目を閉じて言う。部屋にもう扉は無い…ということは隠してある。壁に力を使い、
自分で開けさせようとしているのだ。すると突然、左の壁が大きな音と共に壊れた。
「な…っ」
「ありがとう、悪いね。」
横目で見てその壁の方へ行き、1本の長い棒と言うべき物が祭られてあるのを見た。
「…ちょっとはいしゃく…。」
手に取ると、棒の上下にあるガラスの様な石が輝いていた。


  地下室の階段を駆け上がると、クラルは地上へ跳び出した。物凄い風と炎。
「ク…っ、何だよこれ!!」
周りには人が数人倒れていた。
「!! おっ、おじさん!!」
一番近くにいた人を抱き起こした。アンの父親であった。
「しっかりしてよ!!」
まだ息はあった。
「待ってて! 今、中へ…!!…―!?」
地下室へ行こうとしたクラルの服を力強く掴み、止めた。
「クラル、俺の事はもういい…。アンを…アンを、…頼むぞ…。それから…石も…。」
「おじさん!!」
「いいか、お前は選ばれた者だ…でも、忘れるなよ。自分のために生きるってこと…」
「…しゃべんないで…。」
「…、お前は…昔から…優しい子だ…な。」
クラルにとっては、アンの父親は自分の父の様でもあったのだ。父のいない寂しさはこの
人が全て癒してくれた様なものだった。笑う‘父親’に頭を撫でられた。

「クラル…その石を、使えるのは、お前だけじゃない…、悪魔にも、その石を使える者が
いるはずだ…。それは、他の石も同じ…。おそらく…四天王がそうだろう…。奴らは、も
う動き出してしまった。このままでは…いられないだろう…。」
「…どうすればいいんだよ…?」
「お前は、行かなければ…いけない。けど…自分がしたいこと…をしろ。…っ…」
男の目はもうほとんど開いてはいない。ただ、クラルの服を掴む手が固まっていく様だ。
「…いつも…優しく…強い男になれ…」
「…。じょ−だんやめてよ…おじさ…」
男の目はもう開かなかった。ただ幸せそうにクラルの腕の中で息を引き取っていった。
「…っ!!」                                             
泣きはしなかった。もう涙も枯れてしまったのだろうか…ただ悔しかった。そして悪魔を
憎んだ。―…たった2日。たった2日で今までの自分の全てを奪い、あくなき業火で将に
今焼き尽くしていこうとする悪魔を…。

  もうぴくりともしないアンの父親をクラルはギュっと抱きしめ、燃え盛る炎の中、ある
一点を見つめてにらんだ。
「…出て来い…。陰でこそこそのぞき見してんじゃね−よ!!」
力強く叫んだ。すると炎の中からクラルと同じ歳格好の青年が現れた。
「さすがは、石の使い手…といったところだな。」
「うるせ−よ。お前か…この炎止めやがれ…」
無表情なその顔は、まるで感情がないのか凍りついている。
「あいにく…そういう芸は持っていない…。」
冷たい瞳だが色は燃えるような赤。髪はサラサラだ…。
「…初めまして…四天王の1人。『ライエル』という者だ。」
「四…天王?…っ!! お前か!! 俺の村や家族をむちゃくちゃにしやがって!!」
「…悔しいのか? 悲しいのか…。」
「知っててやってんだろう!!」
手から放していた宝棒を手に取り直し、ライエルに攻撃しようとした。だがライエルの瞳
は恐ろしい程に冷たく周囲の炎を消す様で、それを見たクラルは手が止まってしまった。

「…どうした?」
眉1つ動かさない。クラルは強く握りしめた棒を振りかざし、ライエルを打った。ライエ
ルは頭から血が出ているにもかかわらず1歩も動かず、今度は彼がクラルを飛ばした。
「てっ〜!!」
「もう少々本気を出したらどうだ。そんな事では、石もさぞ不満だろう。」
「てめェ!!」
「俺に何かするより、この火を何とかしたらどうだ?この炎は魔法だ。石の力でしか止め
られん。いつまでも下にいるわけにはいくまい…。」
そう言うとライエルはまた炎の中へ行った。
「まっ、待てー!! テメー!」
ライエルの行った方向にクラルも走ったが、とてもじゃないが行けない。それどころか自
分が炎の中に飲まれる。
「うわァ!!」
このままでは、自分ばかりかアンやルーファウスも危ない。
「くそォ!! そんな事、やった事ねェんだぞォ!!」
クラルは、炎に命を与え、自分から静まらせようとした。水も無いし仕方ないのだ。クラ
ルは、そっと目を閉じ、炎に手をかざした。一息すると、静かに言った。
「静まれ…。」
いつの間にかはめていた指輪が光り、途端に炎は消えた。ゆっくりと彼は目を開け、目前
の静寂を確認すると。フーッと肩をおろしたのだった。

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