アンはそっとルーファウスの肩に手を置いた。ルーファウスの涙は止まっていたが、立
ち上がる事が出来ない。アンはさっき拾ったラァーファの髪止めを黙ってルーファウスの
目の前に出した。
「…。」
ゆっくり取り上げると、髪止めを強く握り自分の胸あたりに当てた。アンはそれを見ては
いられなかった。そこから少し離れ、さっきクラルが開けた穴を見た。
「(これから何があるというのだろう…。)」
言い様のない不安である。昨日からの事を考えると普通の人間では、きっともたなかった
ろう。目を閉じ、そっと祈った。
「(どうか、もう何事も起きませんように…。)」
瞳がまたカベを映した時、クラルがボロボロになって帰って来た。下を向き、何かあった
様だ。先程の事以外で。
「クラル!! 炎は? みんなはどうしたの!?」
「…アン、ごめん。」
ポンポンとアンの肩を叩き、ルーファウスのそばへ行った。
「…俺も弱い。あんただけじゃネ−よ。」
いつも子供っぽい彼が、今は大人に見えた。涙を流さず、手を血のにじむまで握りしめ、
他人の事を思っている。

「クラル、何があったの! もう上へは行っていいんでしょ!? 私ちょっと!!」
「無駄だよ。」
「え」
「誰もいない。炎は止めた…けど、誰も助からなかったよ。」
血の気が引く様だった。父も母も。もういないという事だ。この村にいるのはクラル、ア
ン、そしてルーファウスだけだ。
「アン。おじさんとおばさんだけど…土に埋めてお墓作っておいたよ。顔…見たかったろ
うけど…とても、おばさんの方は見せれないんだ…。2人一緒に入れてあげたくて…。」
アンの頬を撫でて、クラルはルーファウスの方を向いた。
「…。ちょっとじっとしてろよ。」

 放心するアン、ルーファウスを置いて1人外へ出た。2人にこの村の焼けた所は見せれ
ない。そう思ったのだ。クラルは、1人1人の墓を作り、それはもう綺麗な花を植えてや
り、犬や猫、鳥の墓も作った。手はもう血まみれである。
《やァクラルさん。気分はどう?》
「…。」
クラルが焼けた他の家へ行く道で例の花に話しかけられた。クラルは花をにらみつけた。
「何か用か…。またそのムカツク口聞く気なら踏み潰すゾ!」
《やだなぁ。落ち着いてよ。これは始まりなんだから。》
「…。1つ尋く。何でお前は焼けてないんだ?他の花は…。」
《あハハ…、それはわたしがトクベツだからさ。》
「お前みたいな、外見だけの見てくれヤロ−がか。不公平なもんだな。」
《そんな口きいてていいの?私は君に“力”を与える者だよ。》
「力?…力なんて必要無い。」
《何でさ。力があれば何だって出来るよ?君の思い通りだよ?》
「…人1人守れないで…。そんなもんいらね−んだよ!!うせろ!!」
《おもしろいコだね。いいよ、ゴウカク。》
「!!?」
その花はカッと光り、辺りが真っ白になりはてた。
《今まで誰も、私にここまで心通わせはしなかった。クラル・ギル、君は私の力を受け入
れるに最も相応しい。》
「お前…、誰…だ?」

そこには、金髪の男女とも言える程の美しい男があった。長い美しい髪。それに似合う白
い肌、顔はさっきまで憎らしい口をきいていた者とは思えない程美しかった。
《私は『エルーナ』。花に化け、いつもあなたを…石を守る者を見てきました。そして…
最も相応しいと思いし者に、我が力を与えるのが役目。》
「俺が…相応しい?」
《そう、君は、優しくて強く、赤の石を持つのに最も相応しい。》
「強くなんかない…強かったら皆を守れたはずだ!母さんを死なせなかったはずだ!!」
《いいえ、あなたは強い。今までの中で誰よりも。今までは、その力に体を奪われたり、
私を殺そうとまでした者さえいる。だが君は、口では言っていても決して体は動かなかっ
た。優しいからですよ?》
エル−ナの美しい顔から瞳をそらすクラルの頬に、優しく両手で手を添えた。
「優しいだけなんて…何も…。」
《人は、強さの中から真の優しさを得ます。…もっと気を楽にしなさい。前のあなたはど
こへ行ったのですか?アンもそれを望んでいるでしょう。あなたの母上も。》
「…あんた…。」
《いいですか?これからは心で周りを見なさい。そして四天王の正体を見抜くんです。恐
い顔の者が悪いとは限らないんですよ…。四天王にも心がある。それを忘れぬよう。》
「…あんたも俺に戦えってのか? …俺は…そんなことしたくないんだ!!」
《誰だってそうです。けど、見たでしょう?あなたが望まずともそれは起き、あなたやあ
なたの周りの者を不幸にしていく…。母上は望んでいましたよ?あなたが幸せになれる様
に。そのためには、戦わなければ…。》
「…俺が、周りの人を不幸にした…。」
《それは違います。アンや母上、父上はあなたの幸せを願っているではありませんか。》
優しく微笑んでくれる。本当にさっきの花とは思えない。
《さァ、あなたはどちらを選びますか?このまま不幸を続けるのか、自らの手で幸せを手
にするか。》
「…エルーナ…。俺は…もう周りの人間を不幸になんかしたくない!!」
…−そうだ、父さんも言ってた。‘自分で生きろ’って…。

  キッと目つきを変えたのを見てエルーナは、ニッコリと微笑み、言った。
《さすがは、私の見込んだコですね。》
エルーナは、光の渦になりかけた。そしてクラルのおでこにキスをすると、
《クラル。私がこの姿になり力を与える者は、あなたが最初で最後…。私のたった1回き
りの力です…。大切に思って下さい。》
「エルーナ!!」
指輪の中に光がどんどん吸い込まれていく。
《大丈夫、いなくなるんじゃない、眠るだけ…。私はあなたに全てを捧げます。だから、
幸せになりなさい。思うままに生き、あがいて、最後に笑って死ねるようにね。》
光は、全て指輪の中に吸い込まれた。
「ありがとう…優しいエルーナ…。」
指輪にそっとキスをした。

  クラルは2人のいる地下室へ向かった。
「!! ルゥ…。」
ルーファウスは、トビラの前で、立っていた。
「アンは、倒れたんで下にいる。」
「あ…ああ…ありがとう。」
ルーファウスを見上げた。もう大丈夫かと思う。ルーファウスはそれを読み取ったのか、
「いつまでも落ち込んでる奴は、何も進歩しないとか何とか言ったのは俺だ。」
そっけなく言って、地下室に入ろうとした。そして、後ろを向き、
「弱ければ、強くなればいい、それだけのことだ。お互い…。」
何があったのかは知らないが、もう大丈夫そうだ。そしてドアを開けたまま中へ入った。

  アンは壁にもたれて寝かされていた。クラルはそれを自分の肩に背負った。
「ルゥ、西へ行こう。」
そう強く言った。ルーファウスは何も言わないが、クラルの目を見た。
「西にラァちゃんはいる。それに、俺達がここにいてもまたあの四天王とやらが来る。」
「…死ぬかもな。」
「いいよ。何もしね−よりまし。」
「…。」
2人は、次の朝を迎えるまで、その話はしなかった。珍しく互いがわかったのだ。

                                     *

西の城−
「宝珠とカギを奪うのをしくじっただと!!」
拷問親父ことモルゲニウムは怒っていた。サファエルが任務を‘しくじった’からだ。
「申し訳ありません。邪魔が入ったもので…しかし。」
父の前で跪ずきながらサファエルは更に言った。
「村人は捕まえてきました。」
「ほう。」
少しは機嫌が良くなったようだ。モルゲニウムは指で宙に六芒星をなぞった。すると子供
が1人出て来た。
「久しぶりに見せてやろう…私の趣味をな。」
薄く笑い、その子供の首に手を当て絞め上げた。子供は恐怖のために目が見開き、ガクガ
ク震えている。泣く事も出来ない様だ。
「やめて下さい! 父上っ!!」
「クックック。」
モルゲニウムは自分の親指と中指を子供の目の部分に突き刺した。
「あああっっっ!!!」
そしてそのまま目の玉を掴み引き出した。
「あうぅ…。」
目の部分がなくなり、流れ出した血が涙の様だ。モルゲニウムはその眼球をなめながら、
子供の顔をサファエルの方に向けた。子供は残った方の目でサファエルに助けを訴えた。
「父上、やめて…やめて下さい!」
「フハハハハ。苦しいか?苦しかろう…。」
サファエルはモルゲニウムの方に向かって飛び出した。その瞬間、子供の首が飛んだ。
「!!!!」
もろにサファエルは返り血を浴びてしまった。そして、そのままモルゲニウムに捕らえら
られた。
「あ…あぁ…。」
「血だらけではないか…私の可愛い息子。久しぶりに相手をしてやろう…。」
ショックにより頭がまわらなくなっているサファエルの髪を撫でながら、モルゲニウムは
笑った…。

  どうやって部屋に戻ったのだろう。サファエルは自分の部屋のベッドで寝ていた。少し
体を動かしたが、激痛が走った。痛みの方に手をやると、包帯がまかれてある。
「気付かれましたか、サファエル様。」
「…ラゴ…。」
ラゴが枕元に座っている。しかしラゴに包帯はまけない。ムリに体を起こしてみる。一体
誰が…そうラゴに尋ねようとした時だった。隣の部屋から水の入った桶を持った少女とそ
の少女と喋りながら少年が出て来た。
「あっ、サァ君起きたんだ。」
少女がサファエルに気付き声をかけた。少年は走りよって来てサファエルに抱きついた。
「サファエル−。良かったよ−。」
「痛いよ、リーウェル。」
『リーウェル』。13歳の少年でサファエルを兄の様に慕ってくる。サファエルも弟の様
に可愛がった。しかし彼は魔界にいたはずだ。
「どうしてここに?」
「俺、強くなったよ。だからサファエルを守るために来たんだ。」
約束だった。サファエルが人界に出る時リーウェルもついて来ると言った。が、サファエ
ルは許さなかった。

〔どうして連れていってくれないの!〕
〔お前が強くなったら連れてってやる。〕
〔サファエルを守れるぐらい?〕
〔そうだな。〕

リーウェルはにっこり笑ってサファエルを見た。
「俺、強くなったよ。大好きなサファエルのためだもん  」
サファエルはそんなリーウェルの頭を撫でてやった。
「サファエル様、ムシしちゃダメですよ。」
リーウェルはいけねぇ、という顔をして少女の方を見た。
「ごめんね、ラァちゃん。」
「ううん、気にしてない。サァ君、お久しぶりね。サァ君がラァを‘助けて’くれたんで
しょ?」
「…ああ。」
サファエルは嘘をついた。下手に騒がれたくない。
「お兄ちゃんもきっと会いたがるよ。‘幼馴染み’のサァ君にね  」
「ああ。俺も会いたいよ。」

                                     *

そして話は天界へとうつる…。

「魔族と天使の決定的な違い、それは…魔族は己の意志を守ることで、天使は神の意志を
守ることで生きていること。どちらも己のためにやっていることに変わりはない、が人間
にとっては天使の存在の方が利益になるもの、故に天使は天使と呼ばれ、魔族は魔族と呼
ばれる。…はぁ。これだけなの? 私達と奴らについて書いてあるのは。」
エンジュラは持っていた本を片付け、その場に座り込んだ。
「魔族にだって感情はある…でもならど−して、誰かが悲しんだり、人間の愚かさを糧と
したりすることをむしろ楽しんで出来るのかなぁ?」
一人でいたはずの場所に、ある声が響いた。
「人間にもいるわよ、そういう人。人間は両方の顔を持つから、あなたみたいに人間から
天使になるコは珍しいのよ。人間も一部では高尚な存在たり得るけどね…。」
「−はい?」
声のした方向にエンジュラは驚いて振り返った。

「ナ、ナーガ様。いつの間に…。」
「お勉強中? でもここには大した物は置いてないわ。」
微笑むナーガに、とりあえずエンジュラも「はぁ」と苦笑した。
「でも、わからないんです…。どうして奴らは、ああいう存在でいられるのか。弱肉強食
の魔界の摂理、人間の愚かさを利用した生活。嫌気がさすことってないんでしょうか?」
「つまりは動物と似た様な感じなのに、魔族は動物には無い理性も持っていて、そして感
情はあっても他人に対する情は無く、人間達の様に情の入った理性は持ってない。」
ってことでしょ?とナ−ガはエンジュラを笑って見た。
「ややこしくてかなわないわね、この世界全体のシステムが…特に人間の心。でも天使で
あれ人間であれ、魔族より正しいんだって思うのは間違いよ。」
「…そうですか?」
難しい顔のエンジュラに、ナーガは微笑したまま続ける。
「奴らは奴らなりに考えているのよ。産まれた時から弱肉強食、それで生きていくには、
奴らの世界では、殺し合いも当たり前のことだしね。」
それを割り切るのって意外と簡単なのよ、とナ−ガは付け加えた。そしてそれは人間同士
の間でもね、とも。
「だからって奴らに同情する必要も、奴らの干渉を許す必要も無いけど。」
―冷たいとも思える目つきと微笑みで、さらりとここまで言ってのけたナーガだった。

 エンジュラはしばらく、黙って考え込んでいた。
「…よくわからない、けど考えます。何となく、愚かさにつけこまれる人間も悪くないと
は言えない気も…でも弱さは人間誰でも持っているから、やっぱりいけないし…。」
ナーガはそう答えたエンジュラを見て、微笑んだ。
「曖昧なのも、悪くない。」
要領を得ない顔で首を傾げるエンジュラ。
「ナーガ様、私…ちょっと地上に降りてみようと思います。」
「そう。…アラス君でも捜して、話を聞いてみたら?」
「…はい。」
何やら初出の固有名詞が出たが、エンジュラはその対象をある程度知っているようだった。
エンジュラは考え込んだままその場から歩いて去っていった。ナーガはそれを見つめ、1
人で小さく笑うと場から奥の部屋に向かって歩き出した。
「(でも今の人界は酷ね、死天使がうろつくには…。―用心にこしたことはないか。)」
ふっと笑って小さくうなずいた。その笑顔にはどこか、魔性の美しさがあった…。
                                       
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