俺達が生まれる前の話だ。俺の父さんと母さんは、空に浮かぶ国の人間だった。その国
には5つの宝珠があって、その宝珠は不思議で、そして巨大な力を持つ。この世界はその
宝珠の守護をはるかなる天界の血をひくものに任せ、彼らはそれを親子代々何千年にも渡
り守ってきた。けれど  年前、魔族が軍勢を率いて空の上まで宝珠を奪いにやって来た。
魔族にもその力を使える者が存在するのだ。宝珠は使う者の心により聖にも魔にもその力
を出すことが出来る。だから俺の父や他の守護者はその国を捨て、この地上に降りた−
  全ては、  年前の話だ。今もどこかでそれぞれの宝珠はその主人の元で光を放ち、互い
にひき合っている。そして魔族はその力に今も目をくらませている。

「俺が西へ行くのは、その悪魔を倒して、自分自身にケリをつけるためだ。」
「…。」
少年達は、星の下で静かに話した。
「アン。俺は行くよ。母さんや父さん、おじさん達のためにもね。」
「私も行くわ。私だって悔しい。」
少年と少女の堅い決意であった。夜はもう明けようとしていた。
「西へ行く。でもまずは東へ、メイへ。俺の街に行こう。すぐ近くだ。」
「まずそこを目ざそうか…。」

  紙の上での世界は、何と小さなものだろう。3人はメイに向かって歩き出す。この時代
こんな山の中を通るのは旅人くらいで、歩くしかない。ルーファウスはともかく、クラル
とアンは自分達の住み慣れた地を離れさぞ不安だろう…。が。
「お前ナ−!!  ちったァしゃべりやがれ!!」
「…へらず口。」
「きっ、気持ちわり−んだよ!!  ボソッと言うナァ−!」
「…フーッ。」
「〜っ!!」
「ちょっとクラル、少しだまんなさいよ。もうすぐ人通りのはげしい所に出るのに恥ずか
しいじゃない。」
結構楽しそうである。彼らはケンカの真っ最中。アンが1つ溜め息をつく。その時、木の
陰から物音がした。
「誰だ!!」
さっきまでギャーギャーとやかましく開いていた口をそのまま木の陰へ向けた。
「…。」
ルーファウスはそのまま黙って見ている。任せる気らしい。
「誰だ!?出て来い…。」
少々大人しく言った。ただの人だったら失礼だ、と彼も思う。

  しばらくして、木の陰から1人の青年らしき人が出て来た。クラルは見て驚いた。その
青年の髪の色は赤く、瞳の色も同じだ。まるであの炎から生まれてきた男(ライエル)の
様である。顔も、特に目元がそっくりである。ただ1つ違うのは青年にはあの冷たい瞳は
ない、という事だ。
「…!!お前。」
「え?クラル、どうしたの?顔色良くないよ。」
青年はゆっくりと近付いて来て、
「…、兄を知っているんですね?」
静かにクラルの目を見て言った。
「あ…っ、兄?」
クラルが、彼を見た途端殴らなかったのは、彼の髪の長さのせいでもあった。ライエルは
艶のあるロングの赤髪、しかしこの男はどちらかというと癖のある髪で、ライエル程の髪
の長さはない。男は、少々苦笑いをした。
「兄を…『ライエル』を知っているんですね…。」
「知っているのか…?」
小さくルーファウスが尋いた。アンもクラルを見た。クラルは男の瞳の色を見て、目を丸
くしていた。やっとで口を開き、告げた。
「…村を、炎に包んだ奴だよ…。」
「!!」
2人が声を出さず、驚いた。
「…やはり知っていましたか。」
「お前は?」
クラルは、気を落ち着かせ、男に尋いた。
「僕は、ライエルの双子の弟、『ザイスィ・トルア』といいます。」
「…ザイスィ?」
「ザイとでも…。」
男は下を向き小さく言った。3人は緊張にその表情をこわばらせていた…。

  ザイスィは兄のことを話すと言って、クラル、アン、ル−ファウスの3人をどこかゆっ
くりと座れる所へ連れて行った。
「あんたは、ライエルの弟。つまり…その…悪魔って事だ…ろう?」
「…ええ。そういう事になりますね。」
ザイスィは、ゆっくりと話を始めた。
「僕は…あなたに会いたいと思っていた。言っておきたかったんだ、兄は…ラルは、悪い
奴じゃないって事。彼は、元は優しい人でした。悪魔である事をうらんでいなかったけど
いつか人とわかり合いたいと言ってた。僕にも優しかったんです、昔は…。」
ザイスィは近くに落ちていた葉を手に取った。
「でも彼の力は成長するにつれ強くなり、やがて四天王と呼ばれることを知っていたので
しょうね。自分自身を苦しめ出して、狂ってしまったんです。まるで別人ですよ、花や木
を愛する人だったのに、自らそれを炎で包んで…母は彼に殺されてしまって、僕も危うい
ところでしたが…僅かなものですが‘四天王の家系の力’を使ってここに来たんです。」
「で、ザイは何故その事を私達に?」
アンが厳しく言った。いつも優しい彼女だが、ライエルの弟=悪魔となっては別だった。
「…知ってほしい。ラルは自分を失っているだけだって…僕はラルに戻ってほしい。」
「ラルが…大切だったのか…。」
ボソッとクラルが呟いた。
「で、俺達に何をしてほしいんだ…。」
ルーファウスが上から見上げた。冷たい瞳で。
「…。あなた達は、宝珠の持ち主。だからきっとラルの所に行くのだろうと…。」
「助けろと?」
クラルが割り切って入った。彼だけは落ち着いていた。
「母の愛も、全て兄のものだった。一時期は憎かった。自分の力を半分以上ラルが持って
いってしまったって…けど…ラルはそんな事考えてる僕にも優しかったんです。」
クラルは、ザイスィの手の中から葉を取り出し、
「俺はクラル・ギルだ。よろしくナ。」
と、静かに言った。ザイスィはにっこりと笑い、その顔は歳よりさらに下に見えた。

                                       *

「うわ−っ!! ひっろ−いっ!」
クラルとアンは海に臨む街、メイを見て叫んだ。ルーファウスはやれやれという顔で、そ
のまま進んだ。ザイスィはそんな微笑ましい光景(クラルとアンの)を見て軽く笑った。
「あれ? ルゥは?」
はしゃいでいた2人はルーファウスがいないのに気付いた。ザイスィは向こうの方を指差
した。500m先ぐらい向こうに小さくなっていくルーファウスを見つけた。
「待ってよう−!」
3人はどんどん小さくなっていくルーファウスをバタバタと追いかけた。
「やっと追いついた…。」
「疲れた…。」
クラルとアンは息をゼェゼェ切らしている。ザイスィはケロッとしているが。ルーファウ
スは又歩き出した。
「待ってよ、ルゥ。歩くの速いよ。」
「遅いのが悪い。」
「何よ! そんな言い方ないじゃない!!」
アンがくってかかった。
「アン、ダメだ。俺達が遅かったんだから。」
クラルは一生懸命宥めた。少し気まずいムードが流れた。その時ザイスィが口を開いた。
「ルーファウス君だったっけ? 何があったのか知らないけど、‘急がば回れ’ってね」
「…あんたには関係ない事だ。それに俺はあんたを信用していない。」
「ルゥ! 待てって…ブッ!!」
「うわっ!!」
ザイスィにキレて歩き出したのを追いかけたクラルは、向こうから来た男にぶつかった。
「いてぇ−…。」
「大丈夫?」
アンがかけよってクラルを起こす。ぶつかった男もガバっと起きてクラルに謝った。
「ごめんなさい、急いでたもので…。」

  ―ハッとぶつかった男がルーファウスを見た。
「ああっっ!!」
「うげっ!!」
男が叫んだと同時に、クラルは張り手をくらった。
「ルゥ、ルゥでしょ?! ほらオレだよ、オレ。サファエルだよ。」
ルーファウスもはたとその少年を見て、手をポンと叩いた。
「サファエル…ってサァか?! うわ−、なつかしいな。」
「お…お知り合い…?」
起き上がりながらクラルは尋ねた。頭には怒りのマーク付きで。
「あっ、さっきの人、スイマセン。今度は突き飛ばしたりして…。」
少年がペコペコ謝った。どうやらルーファウスとは知り合いらしい。しかしクラルにとっ
て第一印象はサイアクだった…。

  ここは街の酒場。今は昼時なので、結構混んでいる。
「いやぁ、ホントにごめんなさい。オレ、おっちょこちょいで…。」
サファエルという少年はルーファウスと幼馴染みで同い歳、16歳。今は世界を渡り歩い
ているらしい。しかし3人が一番驚いたのは、サファエルと喋っている時のルーファウス
で、滅多に見せない表情をする。こう見るとルーファウスはやはりまだまだ少年だった。
「ところで、ルゥ達はどこに行くんだい?」
不意にサファエルが尋いてきた。
「西の…西の城という所だ。」
「西の城…。」
一瞬、サファエルの顔つきが変わったのをザイスィは見逃さなかった。
「(この男…隠してはいるが…すごい力の気配だな…。もしかすると四天王レベル…)」
「どうかしたの? ザイ。」
アンが険しい顔をしているザイスィに尋いた。ザイスィはハッとして首を振った。
「何でもないですよ。あっ、これ食べていいです?」
「ダメっ! これは私のよ。」
2人はじゃれている。残っているクラル達はザイスィの表情については、気付いていなか
った。が、サファエルは別だった。
「(…あいつは邪魔だな…。)」

                                     *

「ではナーガ様、行って来ます。」
「気を付けて。特に、四天王の城には、余程のことがない限り絶対に近付かない。わかっ
てる?」
「はい、気を付けます。」
ぴょこんとうなずくエンジュラに、ナーガは少しだけ厳しい表情を見せた。
「四天王の恐ろしさは、それぞれの操る火、水、風、地の力だけではなくて、他のところ
にある。それを忘れないで。」
「…わかりました。」
そしてエンジュラは、人界へと降り立った。彼女なりの、世界の姿の一つを探しに…。
                                       
                                            Tale-7 close