−次の日の朝。
「へぇ〜。昨日の夜そんな事あったんだ…。」
サファエルが少しコゲ目の入ったトーストをかじりながら言った。
「あんなに騒いでたのに知らないのか?」
コーヒーをぐいっと飲んで、クラルは言った。
「部屋も潰れかけた。」
ルーファウスはそう言って紅茶の入ったマグカップを口に近付けた。クラルはバツの悪そ
うな顔をした。
「ねぇ、結局どうすんのよ? 南に行くの?」
アンはトーストにジャムを塗りながら、全員の顔を見回した。
「調べたから、大丈夫。南の島経由の西行きの船が出てるはずだよ。」
サファエルはトーストをほおばりばがら言った。ルーファウスがイヤそうな顔して尋く。
彼の目的は何と言っても西へ行き、ラーファを助け出す事なのだから。
「遠回りじゃないのか?」
「No  problem♪  この世界には‘ワープゲート’があります」
クラルとアンは目をパチクリさせてサファエルに尋いた。
「ワープゲートって何?」
「ワープゲートっていうのは各地に散らばってて、そのゲートのある所なら、一瞬で行け
ちゃうんだ。」
正確にはゲート同士が繋がっていて、その繋がる先へと送られるので一つの運送ルートの
ようなものだ。但し運送時間が一瞬という事でもある。しかしこれは行き先が『固定』さ
れたゲートの話であって、『未固定』であるゲートは何処のゲートに飛ぶのかわからず、
更に固定未固定は自然の産物であるため、今の所は『固定』されていると認められたゲー
トの方が少なかったりする。
「へぇ〜。」
2人は同時に感嘆の溜め息をもらした。村の外は広い…つくづくそう感じた…。

「じゃ、食べたらすぐ出よう。」
きちんと後片付けをして5人は港へ向かった。
「この船だよ。これに乗ったら南の島へ行けるって。」
サファエルのテキパキした指示により5人は船に乗り込んだ。

  どこまでも広がる青い海。水平線にヨットが走る…?
「うわ〜キレイ…。」
個々で海の旅を満喫していた。そんな5人に降りかかる災難はあるのだろうか。いや、あ
るのだ。作者はそんなに甘くないv 
「わ−、大王イカが出たぞ−!!」
「女の子が1人捕まったぞ!!」
出た、出た、出た−! 船旅のお約束、大王イカだ!!
「イヤ−、助けてクラル−!」
吸盤のある足に捕まっているのはアンだ。クラルもクラルで慌てるばかりである。
「アン−! どうしよう…あ−、どうしたらいいんだ〜!!」
OH  MY  GOD! と叫ばんばかりにクラルは慌てていた。ザイスィはポンポンと肩
を叩いて宥めた。
「落ち着いて、ね、クラルさん。」
「だってよ、アンが〜!」
ダーと涙を流しながらザイスィに訴える。その間アンは振り回されていた。
「いや〜、目が回る〜。」
慌てているクラル達を横目で見ながらルーファウスは、サファエルに目で合図した。急に
サファエルが大王イカに向かって躍り出た。
「兄ちゃん方、ムリだ、やめとけ。」
おっちゃんが慌ててルーファウスを止めた。
「心配するな。あいつは強いから。」
そう言ってルーファウスも走り出した。先に飛び出したサファエルは躍り出た状態で宙に
六芒星を描いた。その六芒星が光を放ったと同時に槍が飛び出した。
「たぁ−っ!!」
その槍を手に取りサファエルは、大王イカの目を突いた。
「グガーッ!!」
と苦しそうに大王イカは暴れた。そこへすかさずルーファウスはアンを捕らえている足を
切って、アンを抱き抱えた。

「大丈夫か?」
甲板に降り立ってからルーファウスは尋いた。甲板に座り込んでアンはうなずいた。
「ちょっと腰抜けたけど…。大丈夫。」
クラルとザイスィがかけよって来た。
「アン−、大丈夫か!?」
その時大王イカが断末魔の叫びをあげた。どうやらサファエルが仕留めたらしい。
「やったか?」
とん、と甲板に降り立ったサファエルにルーファウスは声をかけた。
「多分ね。でもああいう奴はしつこいから。」
サファエルの言った通りだった。ぐわっと再び大王イカが現れサファエルを足で狙った。
「アブナイ!!」
そうクラルが叫び、サファエルが振り返った瞬間大王イカが又声をあげた。そして海の中
に沈んでいった…。甲板には切り落とされた足がピクピクしており、すぐそばに剣が突き
刺さっていた。
「何だったんだ?」
船の上のサファエル以外の人々はそう思った。
「(この剣は…)」
サファエルがふとマストを見上げると、人がいた。
「油断禁物♪ ってね  」
クラル達は声の主を捜した。スタッと突き刺さっている剣のそばに14、5の少年が立って
いた。
「何だ?あの子供…。」
クラルはしげしげとその少年を見つめた。その視線に気付き少年は笑いかけてきた。
「そんなに見つめちゃ俺、テレちゃうよ  」

                                     *

「へぇ〜。リーウェル君、1人旅してんだ。」
「うん。行方不明の兄ちゃん捜すためにね  」
先程の少年はすっかり人気者になり、アン達(特にアン)と仲良くなっていた。他の4人
もそれぞれ雑談していたが、サファエルが急に席を立った。
「この後の予定尋いて来るよ。」
「俺も行く♪」
リーウェルもイスからピョンと飛び降り、サファエルに付いて行った。残った4人は気に
する事なく、また雑談を始めた。

  甲板のマストの上に2人はいた。サファエルはブスッとしていてリーウェルはちらちら
サファエルを見た。
「何故出て来た。」
サファエルが先に口を開いた。マストの上なら邪魔もなく2人っきりで喋れる。
「ん−と…サファエルがピンチだったから。…ね、俺も混ぜてよ。」
サファエルの服の裾を引っ張りながらリーウェルは尋いた。
「もう、何も言わない。」
リーウェルはパッと明るくなって喜んだ。
「ヤッター♪」

                                     *

  ここは南の小島にある城だ。相変わらず空の色は灰色と言うより黒色。今にも何か落ち
て来そうな程、雲は重たく浮かんでいる。
「ライエル様!! そのおケガは!? どうなさったんですか!!」
ライエルは正門から血を流して帰って来た。クラルにやられたのだが、本人は平気な顔を
していた。
「すぐ手当を…。」
迎えに出た女が慌てて言った。ライエルは、それを振り切るかの様に中に入っていった。
女は少し傷付いた様にライエルを見た。そして、気を取り直す様にまたいつもの自分に戻
り、ライエルの後を追い中に入った。ライエルは部屋に入り、いつもの様に窓際に座る。
「ライエル様。」
この城には、ライエルと彼女しかいない。だから彼女が薬などを持って来た。
「そんな物はいい。」
「…しかし…。」
「ケレナ。お前は私にあの人の言っている事を伝えるのが仕事だ…。」
暗い空を見ていたライエルは、冷たい目を『ケレナ』に向けて冷たく言った。ケレナは顔
は何もないかの様だったが、手に持っていた薬をギュっと強く握った。
「出て行け。あの人からまた何かあるはずだ。」
また顔を背けた。ケレナは、薬をおかず出て行った。ライエルは静かに立ち上がると額の
バンダナを取った。彼はそれを、人前では取らない。血に隠れる事すらない印があるから
だ。双子の弟、ザイスィには無い物。
「来い…クラル。これを消してみろ。」
下を向き、まるでクラルがそこにいるかの様に言った。

  ケレナは大きな鏡の前で何かを待っている。
「私が…消せればいいのに。」
自分の目を見ていた。何の考えも持たないかの様に彼女も装っていた。だが彼女の部屋に
は、幼き頃のライエル、そしてザイスィの写真があった。その写真の中には今では考えら
れないライエルの笑顔があった。無邪気にも2人お揃いの服を着て、何の悩みもないかの
様に見える。ケレナはそれをずっと大切にして来た様だ。写真は丁寧にしまわれていた。
ライエル、ザイスィの母か父が写したのか。そこに親が入れば家族写真になるだろう。だ
が今や父、母が死に、ライエルはあの様に心を閉ざしてしまっている。そしてザイスィも
姿を消す始末である。

  昔、まだこの写真が出来立ての頃だ。森の中で遊ぶ少年が2人。双子で声も顔もそっく
りだ。1人は、子供らしい笑いが絶えぬ子。もう1人は、大人びた雰囲気を生まれつき感
じさせていた。
「お兄ちゃんこっちだよ! 早く。」
「お前はどうしてこんな事で喜べるの?」
「お花がいっぱいあるんだよ?」
「1人で行ってくればいい…俺はお前をおいて帰るから…。」
クスッと子供とは思えなぬ笑みを浮かべた。その10年後の事だ。
「何故あなたはわかってくれないんです?…私がこれ程あなたを思っても。」
「母親を殺されたのがそんなに悲しかったのか?」
血まみれの中で言った。
「あなたは…変わったんですね。」
「俺は変わっていない。変わるのはお前だよ。」
「…どんな兄さんでも大切に思っています。」
「俺もだよ。お前は昔から可愛かったからな。無邪気で。そんなお前が憎らしいくらい好
きだよ。…だから…俺が一生面倒見ててやるよ。」
「さようなら…大切な兄さん。」
血しぶきがが飛び、辺りを真っ赤に染めた。その日から空の色は黒くなった。
「ばかばかしい。」
赤い瞳は下の者を冷たく見下していた。その6年後。

「ラルはどうしている?」
鏡の中の男は不気味な笑いを浮かべ、ケレナに言った。
「お部屋ですが…。」
「フンッ、石も奪れず何をしてしるんだか。」
「石を奪れなかったのですか?」
ケレナは意外そうな顔をした。
「何だ、何も聞いていないのか…まあいい、そちらの方が都合が良いな。」
「…私に…誰にも心を開かない方…ですか?」
ケレナは下向き加減で静かに言った。
「…奴に言っておけ。‘邪魔な奴らが2人もいる。当分は大人しく城にいろ。’とナ。」
男は姿を消した。ケレナは深々と頭を下げた。
                                       
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