西の大陸から南の島に向かう船に乗った、クラル、アン、ルーファウス、サファエル、
リーウェル、ザイスィは。
「何か多人数の旅になったね。」
彼らは船の上。アンはクラルと2人で、夕日で赤くなった海を見ながら話をしている。
「クラルの頭の傷。船を降りる頃には治るわよ。思ったより浅かったから。」
「うん。」
浮かない顔つきでクラルは言った。手摺りに腕と顎を重ねて乗せ、溜め息までついた。ア
ンが見ていると、クラルは口を開いた。
「今までジタバタしても仕方ないと思って色々頑張ってきたけど。静かになると余計な事
まで考えちゃうな…。」
一人言の様に言った。

「誰かに振り回されてると思ってる?」
「…そんなんじゃない。旅をするのを決めたのは俺自身だ!」
顔を起こし、アンにくいかかる様に言った。アンは目を丸くしてプッと笑った。
「じゃあ、そんな顔しなくてもいいでしょ?」
「違うんだ。あいつだよ。『ライエル』。」
「え?あの人がどうかしたの。」
少し考えこんだ。するとアンが、いつもより優しい顔つきでクラルをのぞきこんだ。
「何でも言ってよ?もう2人だけなんだよ?」
クラルは、アンの目を見て止まっている。クラルは何か言おうとしたが。…物音がした。
客はもう部屋に入ってしまっていたのに。
「あれ?クラルさんに…あ−。すみません、僕邪魔しましたか?」
ザイスィがにこにこ申し訳なさそうに出て来た。アンは慌てて
「べ…別に、いいわよ。そんなの  じゃあクラル、また明日。」
いそいそと入ってしまった。特別な事は本当になかったが、言われると照れる。クラルは
真顔でヒラヒラと手を振って見送った。

「すっかり邪魔をしてしまいましたね。」
「別にそんなんじゃ…。」
ニコニコと笑うザイスィにクラルが尋いた。
「なァ、ザイ。あんたの兄さんだけど…何でああなったんだっけ?」
「…四天王になるためです。」
目の色が変わっていった。
「何故そんなに兄の事を気にしてるんですか?」
「…わかんないナ。ただ何となくね。あの人は苦しんでるんじゃなかと思って。」
「…以前言いましたっけ? …兄は、母を殺した事。」
ザイスィから優しそうな目が消えていた。
「…ああ。ザイも危なかったって…。」
少々申し訳なさそうに言った。ザイスィはまっすぐ前を向いた。
「兄は変わってしまったんですよ。双子の弟である僕でさえ止める事は出来なかった。お
そらく、宝珠の主であるあなたでもムリでしょうね。彼は、運命に縛られていた。だから
壊れてしまったんです。」
ザイスィはクラルを見て言った。
「あなたもやめてしまいたいのならそうしたらいいんですよ?石など捨てれば自由だ。も
う悪魔も来ない。‘平和な人生’がおくれるはずです。」
クラルはボー然とした。

「人は弱いもの。悪魔だってそうだ。すぐ逃げるけどそれはずるいことではありません。
自分自身を守るための方法にすぎないんですから。」
クラルは、クッと吹き出した。
「やめてよ、ザイ。俺は俺の意志でここにいる。そして南へ向かっている。」
「…。」
「何の苦しい思いもしないで取った道なんて、ムナしいだけじゃん。それってやっぱ逃げ
てるんだと俺は思うよ。」
ポンポンとザイスィの肩を叩き、部屋へ戻っていった。
「強いんですねェ。クラルさんって…。」
ザイスィは不気味にもそんな事を言い残し、その場を去った。


  すっかり夜もふけってしまった。再び四天王ライエルが住む南の城。
「ライエル様、夕食です。」
「…。」
相変わらず何も言わないで食べ始めた。ケレナはいつもの事だという顔で見ていた。夕食
が終わるとさっさと寝てしまったライエルを後ろから見送って溜め息をついた。
「君も頑張るんだね。ケレナちゃん。」
1羽の鳥がケレナの近くに飛んで来た。するとドロンという煙と同時に人型になった。
「またあなたですか。何か? ベスト。」
「つれないですねェ−、せっかく様子を見に来たのにィ−。」
「結構。この城への侵入者と見做されたくないならば、出て行きなさい。」
強い口調で言った。
「ハイハイ。けどケレナちゃん。ラル君は君がどんなに想ってもムダなんだよ? 何てっ
たって悪魔の王様だしねェ。」
「…この場で血祭りにあげられたいですか? 人界のここの兵は私1人ですが、あなたご
とき私1人で十分ですよ。」
ニッとベストは笑った。
「ケレナちゃんったら  」
「…。」
「怒った顔もプリチーv」
ブチッとケレナの頭部から聞こえた。ベストは急いで鳥になり、出て行った。

                                     *

  夜の海はルーファウス達を乗せた船を運んでいる。静かに、静かにゆっくりと運んでい
る。その静かな海に同調するかの様に船の上も静かだ。時折、船室から大きなイビキが聞
こえてくるぐらいである。船室は2人部屋で、ルーファウスとサファエルとリーウェル、
クラルとザイスィ、そしてアンという風に分かれていた。ルーファウス達の部屋からボソ
ボソと、人の喋る声が小さく聞こえてきた。中では2人起きており、思い出話にふけって
いた。密航(?)してきたリーウェルは寝る所がないので、この2人の部屋にお邪魔して
いた。今はサファエルに抱かれる様にして寝ている。
「あの時は良かったな。お前の母さんを本当の母さんの様に慕ったもんだ。」
「うん、楽しかったね。あの時は。」
2人は目を合わせて笑った。もちろん、噛み殺してだが。ル−ファウスとサファエルの母
親は姉妹で、この2人は本当は親友というより従兄弟なのである。しかしただの従兄弟同
士というよりも、余程強い信頼関係のある眼差しで互いを見ていた。小さい頃は一緒に暮
らしていたが、それでもやはり『親友』なのだ。

  フッとルーファウスがリーウェルを見て不思議そうに尋いた。
「そいつ、お前によくなついてるな。」
「えっ!?あ−、そだね、何かほら行方不明のお兄ちゃんにオレが似てるとか何とかで、
なついてるみたいだよ。」
一瞬ビビったが何とかごまかせた様だ。
(あ−ビックリした。気付かれたかと思った…。)
「どうした?」
フウと溜め息をついたサファエルをしげしげ見つめながらルーファウスが尋いた。
「何でもないよ。」
慌てて手を振って話を変えようとした。その時。
「あれ…サァ、今揺れなかった…?」
「揺れるのは当り前だろ…うわっ!!」
初めのルーファウスの科白の時は波がキツくでもなったのかと思ったが、次のサファエル
の科白であきらかに波の揺れではない事がわかった。まるで、船に何かが体当りしてきた
様であった。甲板上が騒がしくなってきた。
「ふえ−、どうしたの?」
その騒ぎにリーウェルも気付き、寝惚け眼をこすりながらサファエルに尋いた。
「多分、昼間のイカだろう。」
リーウェルだけに聞こえる様にサファエルはボソっと言った。
「甲板に出てみよう。」
3人は甲板に向かって部屋を出た。

 そして−甲板。
「昼間のイカだ!!」
「イカが大軍で攻めて来たぞ−!!」
焦る船乗りの1人をルーファウスは捕まえて、何事か尋き出した。
「ほら、昼間来た大王イカが子分ひきつれてリベンジに来たんだ!」
3人は驚いて声も出なかった。船乗りがルーファウスに気付いて声をかけてきた。
「兄ちゃん達昼間倒しただろ、あの大王イカ。又やっつけてくれよ。船が沈んじまう!」
3人は顔を見合わせ、そろって走り出した。
「俺とサァで行くから、リーウェルはひっこんでろ。」
「ヤダ。」
即答で返された。ピクっとルーファウスの眉が一瞬引きつったが、すぐいつものポーカー
フェイスに戻り、リーウェルに抗議しようと思ったらリーウェルの方が先に口を開いた。
「俺とルゥ兄ちゃんで行くから、サァ兄ちゃんは船のおもり。」
何の意志があるのか、リーウェルはルーファウスの服を引っ張り、海に躍り出た。
「ルゥ! リーウェル!!」

  急に引っ張り出されたルーファウスは焦ったが、そのまま剣を抜き、切り払った。
「おい、何のつもりだ!」
離れた所にいるリーウェルに大声で尋く。リーウェルも剣でイカの足を切り刻んでいく。
「兄ちゃんの力試し!」
「はぁ!?」
いきなり何故こんなガキに力試しさせられるのか少しムカっとしたが、今はあれこれ考え
ている余裕が無い。何せ数が多い多い…。1匹目のない大王イカが船に近付いた。昼間サ
ファエルに目をやられたイカだ。
「しまった!!」
ルーファウスとリーウェルは急いでかけつけようとしたが、雑魚の軍団がそれを防いだ。
「うわぁ−、来た−!!」
甲板では人が走り回っていて、クラル達はその人ゴミに押されて船室から出れなくなって
いた。
「出れないなあ…一体上で何が起こってんだ?」

  2人がザコの相手をしているとついに大王イカが船に攻撃を始めた。が当たる寸前で大
王イカの動きが止まった。と思った瞬間−
「風の精霊よ、目の前の目障りな低級魔族を切り刻め−“Wing  claw”」
呪文の詠唱が聞こえ、大王イカの体がバラバラに切り刻まれ、海の藻屑と消えていった。
「ヒュ〜♪ やるな〜v  さっすがサファエルv」
最後の科白はもちろん、こそっとリーウェルが言った。
「こっちもとっとと終わらせるぞ。」
「当り前!」
パッとリーウェルの武器が剣からブーメランに変わった。ルーファウスも既に呪文の詠唱
にはいっている。リーウェルが雑魚イカの半分を倒したところで、詠唱が完成した。
「炎の精霊よ、目の前にいる哀れな魔物を天へと誘え−“Saint  flam”」
残りの雑魚イカが一瞬で消滅した。
「(この海の上でこんな高等な炎の呪文使えるなんて…ラァちゃんの言うことは正しかっ
たんだ…けど、まだサファエルには手も届いていない。気にする事も…ないか)」
ルーファウスを見つめながらリーウェルは、冷静に判断した。

  船に戻った2人はサファエルと合流した。
「2人共スゴかったよ。」
「お前の精霊魔法もスゴかったぞ。」
やっと落ち着けると思ったら、まだ船員が慌てている。
「どしたの?」
リーウェルが慌てて船員の1人を引き留め尋いた。
「エ、エンジンが暴走を起こしてこのままだとすぐそこの大陸の崖にぶつかります!!」
暗くてよくは見えないが、前方に黒い影が目前にまで近付いていた。
「ぶつかる−!!」
船は一応入江には入ったものの、大半は壊れてしまった。

                                     *

「ギャ−(泣)何!? 何なの〜!!」
「アン、落ち着け。とにかくルゥの所に!! ゲッ、歩きづらい〜!!」
ルーファウス、サファエル、リーウェルがイカを倒している間、彼らはまだ部屋にいた。
クラルは何だかんだ言っても、ルーファウスを頼っている様だ。
「クラルさん、アンちゃん!! こっちですよ。もうこの船、沈むんですから早く!」
「「え−ッッ!!」」
「速くして下さい!!」
ザイスィが慌てた‘ふり’をして、クラルとアンの手を引っ張り外へ出た。
「あ…ありがとう。慣れてるね−。」
「一般客は既にボートで出ようとしてます。ぐずぐずしてたら、乗り遅れておっ死にます
よ。人はこ−いう時に本性が出るものだ。」
静かに淡々と言った。
「…?」
そして。
「クラル!! 何してるんだ。」
ルーファウスが珍しく叫んだ。
「ご…ごめ…。」
申し訳なさそうに言った。クラルは結構落ち着いているが、マイペースなだけである。客
はもう全員乗った様だ。クラル達もボートへ向かおうとした時、大波が船を襲ってきた。
こんな小さな、しかも沈みかけの船などひとたまりもないだろう。
「ゲ−ッ!!!」
全員の叫びである。向こうではボートは既に出てしまっていた。ザイスィはそれを悠長に
見送っている様だった。

「ふざけんなちくしょ−!! 火ぜめの次は水ぜめかよ!!」
「クラル、何する気だ。」
クラルが波の方へ向かおうとしたのをルーファウスが気付いたが、クラルは気にせず。
「俺はそんなに暑がったり寒がったりしてる程ひまじゃね−んだ−!!」
余程振り回されるのが嫌いなのか、その場に手をかざし例の力によって水の流れを止め始
めた。ルーファウスが一人言を言う。
「!! これで少しはもつか?」
「駄目よ! いくら何でも相手が大きすぎるわよ!! このままじゃクラルもたないわよ」
「何!?」
「水相手に“火の力”なんて効かないでしょ普通!!」
ザイスィがアンの声に反応した。さっきまで他人事の様に見、心配そうに装っていたが。
いきなりルーファウス達の前、クラルの所までかけだした。
「「えっ!」」
ルーファウスもアンも一瞬、誰かわからなかった。クラルはその間も必死で水を止めてい
た。しかしもう、さすがに限界らしい。
「くそっ…。血管キレそ…。」
もうクラルの力が切れかけてきた時だ。ザイスィが勢い良く飛び込んで来た。クラルは、
その瞬間にフラリと倒れかけた。ザイスィはそれを受け止め、そのまま持ち上げると再び
襲ってくる波に向かって飛び上がり、手の中の気を剣の形に変えると波を真っ二つにして
しまった。船の上に軽く着地すると、黒い海に映る月の光を不気味に浴びながら笑った。
「皆さん、海に飛び込みますよ。このままでは船と一緒に沈んでしまいます。」
「…近くに陸がある様だしね。」
サファエルが静かに言うと、ルーファウスはアンを引っ張り、サファエルはリーウェル、
ザイスィはクラルを抱え込んだまま海へ飛び込んでいった。
                                       
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