南の城−ケレナはライエルの部屋の前で、いつもの何も考えていないかの様な顔をして
ドアを見ていた。
「入らないの?」
ベストだ。いつもの様にどこからともなく出て来た。
「…またあなたですか。今度こそは…。」
「御用がないと入れないんだァ…。」
ケレナがベストをにらみつけた。彼は、お咎めなし、という顔で笑った。
「本トにケレナちゃんて、可愛いね−v」
ケレナは無視をしてその場から去ろうとした。ベストに付き合う気にはなれないらしい。
「つれないんだァ−。僕とケレナちゃんの仲じゃなァい!」
ブーッとふくれた顔で言うとケレナは、
「あなたの様な、魔族かどうかもわからぬ者と馴れ合ったつもりはありません。」
そう言って去っていってしまった。ベストは、いつもの人なつっこい顔で笑っていた。

                                     *

  クラルは、海に投げ出された様な感じだけは覚えていたが、誰が自分を抱えていたのか
全く覚えていなかった。まだ黒い暗い海岸に何人かの人が倒れていた。一番最初に目覚め
たのはクラルの様だ。ザイスィがいないという事に気付くのは、少々後である。
「…?」
ボーッとしていた。何があったのか、ここはどこなのか思い出そうとしていた。
「ああそっか、昨日船が沈みかけて…エート…。」
やっとそこまで思い出したところ、誰かが前から歩いて来た。
「…!! ザイ?」
初めはそうかと思っていた。が、近付いてくる程に何となく違う事に気が付いた。
「…ラ…ライエル…。」
クラルの2m程手前で止まり、クラルをじっと見ていた。クラルは表情を険しく変え、ラ
イエルを1、2分程見ていたが。
「何だよ…こんなとこで…。」
言い切っていないのにライエルが何かを投げてきた。
「これ…父さんからもらった…。」
「その宝棒…大切なものだろう。ならばもう少し大切に扱うんだな。」
「…お前が何で持ってんだ? 何故わざわざ…。」
何も言わずライエルはまた消えていった。クラルはそれを見終わってから、ゆっくりと立
ち上がった。


  ライエルは、南の城の前の木々の生えた所に降り立った。
「ラル。」
彼を引き止める者が後ろの木の陰に隠れていた。
「お前さっき何をしたんだ。少し大人しくしておけと言ったろう?」
どうやら彼の‘兄’らしい。その兄は、ライエルの全ての動きを知っている様だった。
「フン…お前みたいな人形でもあのガキには心が動くか? ばかばかしい奴だな。」
そう言うとライエルの方に近付いて行き、額のバンダナに手を当ててきた。
「ムダな事だよラル。これがある限り俺からは逃げられない。それにあのガキだってお前
を憎んでる。傷つくだけだ。最も、心を持たない人形のお前には、関係ない話だな。」
ライエルは何も言わなかった。男は額に当てた手を下ろし、ライエルに告げた。
「宝珠の主は、やはりあのガキだったよ。火の力を使えるらしい。」
男は、何故かそれを知っていた。
「わかるか? お前が心の中を見せるあの、クラルさんだよ。」
またしても不気味だ。その男には、見覚えがあったろう。瞳の色は燃える様に赤く、声、
顔はライエルとうり二つであった。その男は狂った様にクスクスと笑う。
「お前は、おとりになれ。俺が宝珠を奪ってやるよ。」
「…。」
「せいぜい死なせない様に頑張るんだな。ハハハハ。」
笑いながら黒ずんだ赤い光の中に消えていった。
「…人形? あなたの?」
小さく言ったその瞳の色は、どこか悲しい色だった。

                                     *

  朝日の中、全員目が醒めた。ザイスィはまだ帰ってきていない。
「大丈夫か?ルゥ、アン、みんな。」
「何とか…。」
頭を抱えながらルーファウスが、1人いないのに気付いた。
「…おい、あの男、ザイがいないぞ。」
クラルはハッとした。
「まさか…まだ海の中?」
アンが青い顔で言った。クラルはさっと顔色を変えた。
「僕ならここですよ。」
その時後ろからザイスィは、何気無くにこにこと歩いて来た。
「ザッ…ザイ!! 良かった!! どこ行ってたんだよ!!」
クラルは、小走りにザイスィに近よって行った。ザイスィはニコニコしながら言った。
「ええ、少し…我が国まで…。」
「え?」
足をピタリと止め、ザイスィの顔を大きな目で見た。その瞬間彼の中で、何かが走り去っ
た。ザイスィは不気味に笑って言った。
「冗談ですよ。」
「…。」
ルーファウスはそれを黙って見ていたが、明らかに不審な目で見ていた。

「…ザイ、もう本トの事言えよ。」
「…!!」
クラルは、ザイスィの手を取り上げた。するとその手には、黒い光を帯びた剣があった。
ザイスィには笑いがなく、クラルを見下ろしている。
「ザイ。初めからこうするつもりだったんだろう?」
「何の事ですか?」
アンがわけのわからない顔をしていた。ルーファウス以外はそうに見えた。後の2人は、
あたかもびっくりした様に見せかけていた。
「ラルを憎んでるんだろう? …あんたは、ラルを助けたいんじゃなくって…潰したいん
だろう!!」
ザイスィの服を掴み、クラルは悲しそうに目を細めた。
「さっきからあんたからは、悪魔のにおいしかしねェよ!! その剣で俺を殺そうとしたん
じゃないのかよ!」
「…何を根拠に? 僕はあなたを助けたんですよ? それにラルを潰すって…。」
「ラルを見てわかったんだよ。本トは人なんて殺した奴じゃない。」
「ラルは人殺しですよ。」
アンが見かねてかけよって来た。
「どうしたのよ、何が何だって言うの。」
「わかるんだよ…。何かわかんね−けど。何となくわかっちまうんだよ!」
ルーファウスが黙っていると、サファエルが口をはさんだ。
「クラル君の力の1つだよ。まさに未知の力だけど、未来、または過去の事がわかる…。
悪魔を防ぐための力なんですよ、ザイ。」
「サァ?」
ルーファウスが、何故そんな事がわかるんだという顔をして見ていた。リーウェルはあ−
あと思った。

「そんな力があったなんて、意外だったナ。父ですら知らずに死んだのに…嬉しいよ。」
クラルを突き放し、剣を握り直した。
「ザイ!!」
アンがかけよろうとした時、ザイスィは剣をアンにつきつけた。
「ばれてるんじゃ、これ以上のお芝居なんて意味ないナ。本トの事言ってやるよ。」
今までとは、全く違う彼にクラルもゾッとした。
「ラルは俺の兄じゃない、弟だ。今は、兄を演じてもらってるんだよ。‘城の主’はあま
り動けないからね。」
「ラルを傷つけたのか?」
「フン…何を言ってるんだか。あいつが望んだ事だ。俺の下僕にしてくれってな!!」
何とも恐ろしい瞳だ。
「母親を殺したのも、兄である俺の方だよ。あいつは、親には可愛がられて殺しなんて出
来ない腰抜けだ!」
「…お前…いつもそうやって人をだましてたのか? 兄を慕ってたのはラルだろう! そ
いつの気持ち、踏みにじって! 今までだましてたんだろう!!」
ピクッとザイスィが反応した。顔には笑みがなくなった。
「ふざけるな。何も知らないただのガキのくせに…!!」
ルーファウスが危ないと叫ぶ間もなくザイスィは、クラルに切りかかって来た。
「お前が知るのは、表面だけだ!! ラルが何をしたのかわかりもしない!!」
ザイスィは何度も剣を振り、最後にクラルを突こうとした。一瞬で何が起こったかよくわ
からない。ただ、刺されると思った時誰かが目の前に現れ、次には赤い血が飛び散った。

「…!? あ…アン!!」
血まみれのアンが、しばらく誰かわからなかった。彼女は、クラルを庇っていた。
「ハハハ!! 運のいい奴だな!」
ルーファウスが次に切りかかってきた。険しい顔をしている。
「君も情に溺れたの? 哀れな人だね。」
「(ブチッ)っ!!」
思い切りの突っ込みを退けるかの様に赤い炎がルーファウスの前で燃え出した。
「何!?」
「ルゥ!! 下がって!!」
サファエルが慌てて叫んだ。炎の中からライエルが現れたのだ。剣を突き立てている。
「ラル。お前をおとりにする必要がなくなったよ。彼らと遊んであげたら?」
「…。」
ライエルは兄の方をチラリと見た。そしてクラルとアンの方を見た。
「ルゥ、せいぜい俺の弟を可愛がってやってよ。」
そう言うと消えてしまった。
「待て!!」
ルーファウスが光へ向かおうとすると、ライエルがサッと間に入った。
「ラルはお前か!?」
「そうだ。ルーファウス、君とやる気はない。」
「クラルとか? 代わりに切ってやる!」
珍しく激しい口調で言った。ライエルが目をつぶり
「そうでもない。」
静かに言うと、クラルの方へ行った。

 クラルは何が何だかわからない状態で、血まみれのアンを抱きしめた。
「…。」
ライエルは、黙ってしゃがみクラルに言った。
「エルーナを呼べ。」
「…エ…エルーナ? …。」
少し震えていた。ライエルが誰かもわからない。
「彼ならその女、救えるやもしれない。時間はかかるが。そうだろう、エルーナ。」
ライエルが言うと、エルーナはクラルの懐に入っていた指輪から出て来た。
《…その通り…。よく知っているね。》
「…では、帰る。」
エルーナを見て、ライエルはまた消えようとした。それをルーファウスが止めた。
「待て!! お前は何者だ。これからもクラルを狙うつもりか!!」
空気がピリピリしていた。
「…兄がそうするなら…。私は兄のため以外の事はしない。」
「…大ウソだな。」
「…クラル・ギルに言っておけ…。‘兄を甘く見るな’と。」
ルーファウスは、しばらく考え込んでしまうところをハッとして、クラルを見た。
「エルーナとか言ったな。アンは助かるのか?」
《ええ。ただ、クラルが無事悪魔から指輪を守れたらね。守れなければ、どうなるかわか
りませんよ?》
「…わかった。おいクラル。しっかりしろ!!」
「ルゥ…どうしよう…。アン、起きないよ…。」
ルーファウスがクラルの肩を揺さぶると、クラルは、ルーファウスの方によりかかってき
た。完全に自分を失ってしまっていた。ルーファウスはその頭をポンポンと叩き、
「お前がそんなんでどうする。しっかりしろ!!」
《クラル。安心しなさい。男の子でしょう?私が彼女を守ってみせますよ。》
エルーナは、まるで母親の様にクラルの耳元で言うと、アンをとりあげた。
「…エルーナ…。」
《大丈夫…。あなたには、仲間がいるでしょう? いいですか、指輪を守りなさい。仲間
達と共に悪魔を倒せば、彼女もきっと目を醒ます。》
「…うん。ありがとう、エルーナ…。」
エルーナは、クラルの頭を撫でてルーファウスに微笑むと、指輪の中に入っていった。ア
ンの赤い血だけは消えなかった。クラルの頬にもこびりついた様になっていた。
                                       
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