「…やァお帰りラル。クラルさんはどうだった?」
南の城に戻ったザイスィは居間で本を読んでいた。ライエルが帰ってくると本を閉じた。
「その様子じゃあまり良くないらしいね、君の王子様は。まァムリもないかな。俺にとっ
ては、おもしろいゲームだけど」
そう言うとライエルを見下し、笑っていた。ライエルは、自分の部屋に戻った。

  ザイスィがこうなってしまったのは、やはり訳がある。彼は昔からライエルを憎んでい
た。生まれながらの立場の差、そして母親の愛の向き方だ。今から約16年前の話だ。
「弟のラルは本トに可愛いわ。力も兄のザイより上よ。自慢の息子よ。それに比べてザイ
は、兄のくせに四天王の後を継ぐのに相応しくないわ」
母親の一言一言、5歳とはいえ心が痛かった。母は俺が大きくなるにつれ、俺をそんな目
で見る様になった。弟のラルは無邪気に俺になついてきた。それを時々思い切り強く、も
う治る事がないくらい潰したくなった。そんな時、母の言った言葉だ。
「あなたなんか私達の息子とは認めないわ!!」
…俺はそれが妙に嬉しかった。今までのどんな言葉より汚く、エゴイストな魔族を思い出
せるから。そこから少しずつ狂い出した。‘ザイは昔から僕程笑わなかったし、可愛くも
なかったから当り前だよ’とラルが、言っている様に聞こえる笑い声。俺がどんなに汚い
言葉で傷付けてもラルは、俺の後をついて来た。そのうち俺は、それをいつか利用してや
ろうかと思った。母の愛は相変わらず、ラルに向きっ放し。別にいいと思えたかもしれな
い。たかが母親、中身はただのクズだ。

 それらの事があり6年前、やはりどこかで母を想っていたのか俺は、ラルの目の前であ
いつを殺してやった。いや初めは、ラルを殺すつもりだった。母親が庇ったりしなければ
こんな事にならなかったのに…。血にまみれた部屋と俺達を死んだ父はどう思うだろう。
彼女の死骸の横でラルは、俺が大切だと言った。こうまでして俺がいいと言うラルの気が
知れなかった。ただ面白半分にラルを利用してやろうと思い、その場で切ってやった。
 死んではいない、ただそのショックでほとんどの感情がなくなる。そんな奴を見るのは
この上なく楽しかった。お詫びに、一生消える事がない、一生俺に従うよう呪いの印をい
れてやった。あいつはそれも望んでいたと言い張った。そして、宝珠を取るのに動きやす
いようラルを四天王とおき、クラル達と出会う。

 1つおもしろい事。何故俺は名前も変えず、兄である身で弟と称しても誰も何も言わな
かったか。親は、あいつは俺の名を世に出してはいなかった。あいつは、息子をラルだけ
として生きてきた女だった。馬鹿げた話だな、結局は俺のいいように使われるだけだった
のに…。
 あんたの可愛い息子は、一生帰ってこないと土の下にいる母に言ってやった。そんな俺
を、今の今まで慕ってきたラルが、心を動かした奴…クラル・ギル。奴は殺してやればさ
ぞおもしろいものが見れるろう。
「宝珠のついでにおもしろいものが手に入りそうだ」
クスクスと嘲笑い、黒い闇に呑まれていった。

                                     *

 クラルは、赤い指輪を握りしめた。
「サァ。一体何処まで行ってたんだ? 捜してたんだぞ」
ルーファウスは焚き木のそばで、サファエルに話しかけた。
 あれから夜になるまで、サファエルは一行から離れていた。確か人家を捜すと言って出
かけてから、ずーっと帰ってこなかったのだ。
「ちょっと道に迷ったんだ…」
「何やってんだよ」
あははと苦笑してルーファウスとリーウェルの間に座るサファエル。3人のそばでクラル
は、何か思いつめたように立ち上がる。6つの目がその音に反応した。
「ちょっと…すぐ戻る」
下を向いたまま静かに立ち去っていった。
 アンはいない…正確にはクラルと一緒。けど彼の心には重くのしかかる。みんなわかっ
ていた。

「…うっえ…」
木の陰で口元を押さえる。気分が悪い。思い出す悪夢…赤い炎、血。
「俺が…悪かったんだ…」
アンは彼の手の中…宝珠の中だ。“許して”ほしいんじゃない。いっそ“憎まれて”罰を
受けたかった。首まわりをきちんととめた服を緩める。上着はみんなの所に置いてきた。
ルーファウスはその様子を少しうかがっていたが、後ろから背中をさすった。
「ル…ルゥ…。いいよ…」
その手をのける。自分は大丈夫、そう思い込みたかった。茶色の目はきつく前を見る。肌
の色は月の光でより青白く見える。今は目の色にも衰えを感じる。汗が出て苦しそうだ。
髪はしっとりと肌にひっついている。しわをよせる眉は彼らしくない。胸元をおさえ座り
込んだ。
「無理するな。今のお前も…俺は治せない」
「してない…!!」
力強く叫ぶ。立とうとするが立てない。足に力が入ってもすぐに体が崩れる。

「…アンの傷…俺は治せない…」
仕方なかった。あそこまでひどかったら、回復能力を持つラーファにだって治せたかどう
かわからない。人を責めるより自分が許せなかったんだ。ルーファウスに支えられてよう
やく立つ。体は衰えても心は前を向いていた。しかしそれも限界だった。瞳が閉じかかり
青白い肌と同じににごってきた。意識が飛ぶ。
「おい!」
目の前で倒れるクラル。ルーファウスは仕方なく担いでサファエルの所まで帰った。

「え…どうしたんだ!?」
「サァ、ちょい手ェ貸して」
ルーファウスは少々バツが悪そうだった。サファエルはそれが気になった。
「…こいつ、自分を責めてんだナ」
「ルゥ。彼はそういう人なんだよ、ルゥが重荷に感じることはない」
サファエルはクラルを寝かせながら思った。人間とは哀しい生き物、すぐに自分を責める
…クラルの髪をながした。サファエルはルーファウスに笑ってみせる。
「さ、彼も大丈夫だから。オレ達も寝よう。リーウェルもとっくに疲れて寝ちゃったし」
人とは強く弱く…妙な生き物だ。しかし思えば何にでも変われる、可哀想な生き物なのか
もしれない。人間と魔族のハーフである四天王として、そう思わずにいられなかった。

 「愛してる」。その言葉が言えるのは人間だけだろうか…。

                                     *

 翌日。
「とりあえず、近くの村へ行ってみよう」
サファエルの提案で4人は歩き出した。気まずい空気が4人の間に流れている。昨夜の事
からもわかるように、クラルには今回の事はかなりこたえているだろう。他の3人もどう
声を懸けていいのかわからず、その状態がこの場の雰囲気を気まずくしていた。
「ねぇサファエル、ザイがその、陰の…ホントの四天王の1人かよ」
ボソっとリーウェルは尋いた。サファエルはにっこり笑いながらリーウェルを見た。
「リーウェルは知らなくってもいいんだよ」
プーっとリーウェルはふくれて立ち止まって、サファエルにくってかかった。
「何で俺には教えてくんないの!! ズルイよ−差別だ−!!!」
後ろを歩いていた2人は、前で急にもめだしたのを見て目を丸くした。
「リーウェル、落ち着けよ;」
サファエルもかなり慌てている。しかしリーウェルは止まらない。
「ひどいよ! 人を子供扱いして!! いっつもそうなんだ、俺には何も教えてくれなくて
それで置いていっちゃうんだ!!」
クラルやルーファウスもどうすればいいのかと慌てている。サファエルは宥めようと、リ
ーウェルの頭を撫でようとしたが、リーウェルはその手を振り払った。目に涙を溜め…

「サファエルのバカ−!!!!」
いつもの数倍の声で叫ばれたので3人は、思わず耳を押さえた。
「グレてやる−!」
そう更に叫んでリーウェルはかけだした。
「待て、リーウェル!」
まだキンキン耳鳴りのする耳を押さえながら、サファエルを先頭に3人は追いかけた。
「一体どうしたんだよ!?」
とばっちりを受けたクラルは、うっぷんを晴らすかの様にサファエルに怒鳴りつけた。
「オレにもわかんないよ;」
本当にサファエルにもわからなかった。急に怒って走り出したのだ。
「絶対お前、いらない事言ったろ」
ルーファウスは冷ややかな目でサファエルを見た。
「うっ…言ったのかなあ…」
そう汗をたらしながら答えたサファエルの声と、リーウェルの叫び声が重なった。
「うわあっっ!!」
その叫び声が聞こえた瞬間、サファエルの目つきが変わった。そして声の聞こえた方へ先
程より更に速く走った。急に速くなったので残りの2人も一生懸命追いかけた。
「リーウェル!!」
サファエルが声の聞こえた方に着くと、リーウェルが倒れていた。その横には黒づくめの
男が立っていた。ルーファウスとクラルがやっと追いついたと思いきや、サファエルがそ
の男に向かい走っていた。
「貴様ーっ!!!」
サファエルの槍が男を貫いた。が、声をあげたのは男ではなくサファエルだった。
「カハッ」
腹を逆に突かれたらしく、息と共に血を吐いた。
「サァ!!」
ルーファウスは崩れ落ちる友の名を呼んだ。クラルは驚きで声も出ない。あのサファエル
がやられてしまったのだから。

「フフフ…ハハハ…ハーッハッハッハ! 大した事のない奴だ」
男は高笑いをあげながら倒れ込んでいるサファエルに蹴りをいれた。
「お前、何者だ!!」
ルーファウスが剣を構えて男に尋いた。男は更に笑いながら言った。
「ヒャハハ。俺か? 俺はオマエラを血祭りにあげるために来たのよ!」
そう言いながら男は、ルーファウスに切りかかって来た。ルーファウスは必死に防いだ。
なかなか攻撃に移れない。
「くそー!!」
クラルが宝棒で男を突いた。
「効かんな〜」
男はその棒を掴み、それごとクラルを投げ飛ばした。
「うわーっ!」
木にブツけられて、クラルは気を失った。
「クラル!! くっ…」
クラルに気をとられたその瞬間、ルーファウスも男に一撃をいれられ、吹き飛んだ。
「くそ…こんな…とこで…」
フッとルーファウスの意識はとんだ。男は又高笑いをした。
「ヒャーハハハ。口程にもねぇな。こんな奴らに手間取るなんてよ、四天王も大した事ね
ぇなぁ。ヒャーハハハ…
更に優越感に浸るために笑ったが、その笑いは最後まで続きはしなかった。
「なっ…息が…でき…」
男は息が出来なかった。よく見ると自分の胸に槍が刺さっている。
「ま…さか…」
かろうじて振り返ると、倒れていた筈のサファエルがいなかった。
「ぐあーっ!!」
男の胸から血が吹き出した。サファエルがその槍を抜いたのだ。男は苦しそうに辺りをの
たうちまわっている。
「苦しいか? そう簡単には殺さんぞ…。肺に穴を開けてやったからな」
残酷極まる笑みを浮かべながら、サファエルは更に槍を刺した。
「ヒッ…ヤ…やめてくれ…」
「貴様のやった事…死に値する、リーウェルを傷つけた事を後悔しながら地獄に堕ちろ。
−風の精霊よ…我に刃向かいし愚か者に、死の制裁を…−“DEATH  WING”」

                                     *

「っ…。」
ルーファウスが目を醒ました所は、ある小屋だった。横でクラルが寝ている。
「確かあいつに…」
負けた。悔しさで胸がいっぱいになった。ドアが開き、サファエルが入って来た。
「大丈夫? ルゥ」
サファエルはのぞきこんで言った。先程とはうってかわった笑顔だ。まあ、ルーファウス
は見ていないのだろうが…。

「もっと強くならなきゃ…」
ギュッと布団の裾を握り締め、ルーファウスは呟いた。どうやらサファエルには気付いて
はいない様だ。サファエルはフッと笑って出て行った。
「強く…強くなってくれよ、ルゥ」
そう言い残して。

  バッとリーウェルは起き上がった。
「痛て…」
額に手を当てると包帯が巻いてあった。
「そっか、あの男にガツンとやられたんだ…あ−あ、悔しいな…あり? 誰が手当を…」
バタンと音のした方を見るとサファエルが、ちょうどルーファウス達の寝ている部屋から
出て来たのだ。
「サファエル! 痛て…」
リーウェルは驚いて叫んだ。ついでに傷も痛んだ。
「大丈夫か?」
寝ているベッドの方に近付いて来て、枕元に座った。リーウェルはまだスネているのか、
プイとそっぽを向いた。
「リーウェル…。」
声色を少し低くしてサファエルは呼んだ。リーウェルはビクっとして振り向いた。しかし
サファエルは微笑んでいた。そしてリーウェルは抱きしめた。
「悪かったよ。でも子供扱いしたわけじゃないけどな」
ポンポンと背中を軽く叩いてやる。
「じゃ、何で教えてくれなかったの?」
リーウェルはサファエルを見上げて言った。
「巻き込みたくなかっただ。お前を」
「サファエル…大丈夫。俺なら大丈夫。俺はサファエルを守るんだ。そのために来たんだ
もん。巻き込んでなんかないよ。俺が自分で決めたんだ」
「…。」
ダメか…そうサファエルは思った。本当に巻き込みたくなかった、弟の様に可愛がったリ
ーウェルを。
「でも…俺…そんなにサファエルが心配してくれてただなんて、知らなかった…ごめん…
サファエル…俺…俺…」
今にも泣き出しそうなリーウェルを、サファエルはそっと抱きしめてやった。リーウェル
が泣きやむまで。
                                       
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