「クラル! クラル! 起きてよ、オ〜イ!」 リーウェルは、クラルを思いっ切り蹴り跳ばした。 「ぐへェ! 何しやがるこのガキ!!」 スコーンとリーウェルの頭を叩いた。 「いたァ−い!!」 半泣きになって頭を抱えたままクラルを見上げた。さすがに(うっ)とクラルも思った。 今現在いるこの場所は、日の光も入ってこない牢獄の様な所だ。 ―それにしてもこの二人は、何故このような所にいるのだろうか? クラルはこの牢獄で目が覚める前は、確かにジパングの無人の小屋にいたはずだ。自分 をかばって重傷を負ったアンに対する、どうしようもないあの出口の無い気持ちは…少し だけ、ほんの少しだけ、ルーファウスがずっと気を遣っていてくれた事で和らいでいた。 その上訳がわからないこの状況に対応するためには、今は無理にでも気持ちを奮い起こす しかないだろう。 リーウェルはサファエルと一緒に人家を捜しに出かけたのだが、何やら事情があって途 中で引き返したらしい。そして小屋まで戻ってきた時、クラルが気絶させられ、誘拐され る現場に偶然居合わせてしまったようで、一緒に連れてこられたという顛末だった。 少しの間話し合った後2人は、自分達の置かれた状況がようやく少し理解出来た様だ。 「ったく。何だってんだよ、俺が何したってんだ…」 クラルは、壁を触ってブツブツ言っている。リーウェルは、茫然とクラルを見ていた。 「ダメだ、この壁重すぎて俺の力でもムリ…。」 「カンジンな時に役に立たないんだから−!」 「やかましい!!」 今度は軽くはたいた。リーウェルは気を取り直し、 「誰がこんなことしたんだろうね。ここに来たのは初めてだし…やっぱり魔族かナ?」 「にしてはやり方が…。今までは俺をソク殺しにかかったのに。」 それもそうだという顔をした。クラルは、しばらく考えた後、ハッとした。 「そうだ! ここ、ジパングとか言ってたよね。そうだそうだ、母さんから聞いたことあ るよ。何10年も鎖国してるって。」 「サコク?」 「うん。外部の者、国とは一切関わらないんだよ。最近、少しその考え方とか国の政治に 疑問を感じる者がいたり、不安定な国なんだって。だから危ないって言ってたっけ…!」 2人は、ハッとした。 −じゃあその危ない所に足を踏み入れたから捕まったとか…? と。 「わ−ん! クラル兄ちゃんの大バカ−!!」 「俺にだけ言わないでェ−!!」 その時2人の頭は、言うまでもなくパニくっていたろう。 …それはさておき。しばらく後の事。 「あ−っ!! ない−っ!!」 リーウェルが狭い牢獄の中で思いっ切り叫んだ。パニくって疲れていたクラルも飛び上が った。 「どうしたんだよ。」 キンキンする耳を押さえながらクラルは尋いた。すると、涙を溜めながらリーウェルが振 り向いた。 「ないんだよぉ…大切な人から貰ったイヤリングが…。」 「イヤリング…ってロザリオ型の?」 少し考え込みながらクラルは言った。片方だけ無くなっている。大方さらわれた時にでも 落としたのだろう。 「大切な人って、誰?」 興味津津でクラルが尋いてきた。リーウェルは少しビクっとなったが笑ってごまかした。 「え−それね、アハハ、気にしないで。(サファエルだなんて死んでもいっちゃいけない もんね。あ−、でも怒られそう…。う−(泣)ごめんよぉ…。)」 * ルーファウスは目が醒めてから、ずっと自己嫌悪感に襲われていた。‘真っ暗’な地下 の牢獄のせいもあるのだが。 …牢獄? ふとルーファウスは、自分自身がおかれている状況のおかしさにようやく気 がついた。苦しんでいたクラルを一人にしてやろうとあの小屋を出たのだが、剣の素振り でもしようと思って、少し歩いて良い場所を探していたところ…。とてつもない偶然にも、 何とラーファをさらっていった男を目の当たりにしたので、その男の所まで行こうとした。 ところが突然背後から打撃を受け、不覚にも気を失ってしまい、気がつけばこの有様だっ たのだ。 自分をさらったのはラーファをさらった男なのだろうか、としばらく考えていたが、そ の時自分が、男に気付かれていたとは考えにくい。ルーファウスはほぼ完全に、男からは 見えないような場所にいたからだ。それにもし自分をさらう気だったなら、ラーファをさ らった時に自分の身柄も拘束されただろう。そうでなくて、男にもしも気付かれたという のなら…今頃、殺されているのが筋ではないだろうか。よって自分は、あの男にさらわれ たわけではない。と、ルーファウスは結論づけた。何よりかにより、今自分がいる場所の 周辺には、何度探ろうと試みてもラーファの気配は感じられなかったからだ。別に気配を 探るのがそう得意というわけではないが、同じ所にさらわれたのなら…あのラーファの気 配を、自分が感じ取れないわけはない。という確信がある。 「(はぁ…ラァはさらわれる、変な奴には負ける、おまけに今度は自分がさらわれた…情 けない。強くなってラァを助け出すって決めたのに、こんなままではいけないんだ。でも、 暗い…恐い(泣)!)」 どうにもこうにもならないっつーのー! 何故ならルーファウスは暗所恐怖症だから。 「…―あ?」 不意に手に何か当たった。かなり暗い所なのでようやく目が慣れてきて、手に当たったの は人だということがわかった。うっすらとその姿もみとめられたので、その方向に向き直 すと、そこには…リーウェルとそんなに年は変わらなさそうな、13歳前後の少年が気絶し ていた。 「こんなガキもさらってきているのか…ど−いう奴らなんだ。…おい、しっかりしろ。」 でも誰かいて良かった〜、という安堵感がもろに顔に出ている。 ―が。少年にもう一度触れてから、驚いた。 「冷たい…死んでいるのか…?おい…。」 少年の体はまるで、死人並みの体温をしていたのだ。しかし特に、致命的な外傷は見当た らない…と、ここで、不意に少年の目が開いた。ルーファウスはギクっとしたが平静を保っ た。 「…兄ちゃん、誰だ?」 とりあえずしっかり生きているのは確かなようなので、少し安心したルーファウスだった。 「人の名を尋くのなら、まず自分から名のれ。」 「オレ? オレは一応、この体自体はアラスって名前。…う−ん、外の世界はい−なァ。 最近見てるだけだったし。」 その青銀の髪の少年が何を言っているのかさっぱりわからず、ルーファウスは少し苛つい てきた。 「ガキ、今の状況がわかってるのか? お前も俺も、何者かにさらわれてきたんだぞ。」 そう言えば、クラル達は大丈夫だったのだろうか。と、ふと思った。 「…そ−だなァ。オレをこんな所に閉じ込めて、何様のつもりだよ、ココの奴ら。…とり あえず出るか。−…精霊…」 突然場に、精霊らしき力の塊が現れた。詠唱もほとんど無しに何故こんなガキが精霊を、 と驚く間もなく…精霊は鉄格子を通り抜け、牢獄の外側の壁に力をぶつけ、少し崩した。 少年はルーファウスに、ちょっと黙っててネ。と、不敵に笑いかけながら言った。 「何事だぁっっ!」 どしどしと走って来た侍風の男が、2人のいれられている牢獄の前に立つ。 「今、何があったのか言え。言わぬと痛い目を見るぞ。」 「ねえおっちゃん。今さー、すご〜く大変な事があったんだよ!」 少年はいかにも純粋そうな声で話し始めた。 「よし、話せ。」 「い−の? このお兄ちゃんに聞かれても。すごい事なのに−!」 「なっ…早く言え! 異人めが…。」 「じゃあ耳貸してよ。聞かれちゃまずいんだって。」 「いざ仕方ない…早く言うのだ。…うっ!」 侍が耳を近づけた時に、少年がその首に手を当てると、侍の顔からは一気に血の気が退い た。侍はその場に倒れ、少年はその侍の着物から鍵を捜し、盗った。 「ガキ、何をしたんだ…殺したのか?」 厳しい目をして少年を見るルーファウスに、んに? と少年は首を傾げる。 「気絶してるだけだよ。まァ、ちょっと貧血も入ってるだろうけど。」 貧血?? このガタイの良さそうな男が…? ルーファウスは目を丸くする。 「あ−、生き返ったァ〜♪ さてと。ちょちょいのちょ〜い…。」 少年は鍵を開け、牢獄から出た。そして不敵に笑う。 「このオレをこんな所に連れて来た身の程知らずな奴ら…オシオキしてやろ〜っと!」 そのまま少年は通路を走っていった。 「おい、待て! …あのガキ、どっちへ行ったんだ? 侍があっちから来たってことは、 出口はあっちにあるはずなのに…。まあ、いいか。」 何はともあれ、とりあえず逃げる事にした。武器も無いのでどうなるかはわからないが。 それよりも気になるのは、クラル達はここにいるのかどうか…という事だった。 一方、別の扉に出会った少年、自称アラスは、侍から奪った鍵束の鍵を試し始めた。彼 もまた、わけがわかからない内にクラルやルーファウス、リーウェルのように、さらわれ てきた者の内の一人だった。今までは確か、烏丸頼也と山科幻次というジパング人、そし てエンジュラという天使と一緒に、旅をしていたはずだ。 「ったく…いくら貧血だったからって、人間程度にこのオレが拉致されちゃうとはね。吸 血鬼の名折れだよ、ほんと」 現れた幾人かの侍を倒しては、それぞれの首にすっと手を当てる。その度に少年の体には、 まともな体温が戻ってきているようだった。 「は〜あ。難儀な事だなぁ、殺さないよーに少しずつ血もらうってさ。でも殺すと多分嫌 がるもんな…エンジュラも、アイツも…。そんな事気にするから、限界ギリギリ来たって 我慢するなんてバカやって、捕まるんだよ。全く」 腹立たしげに言う少年の目は、蒼い中に暗い光を宿していた。 ―ガチャリ。ようやく目前の扉に合う鍵があったようだ。 そうして、アラスが開けた扉の中にいたのは。 「あ−! クラル兄ちゃん見てよ、開いた−!」 「うわ〜、もう死ぬまでこの中かと思ったのにィ−。良かった良かった〜…あっ?」 何だ、出口じゃないやとばかりにアラスは扉をばっと閉めた。中の2人は唖然とした。 「こ、こらあ−、薄情者−! 閉めないでよ−! わ−ん!」 「そうだ、開けろ−!」 中の少年がそう叫んだ直後、アラスははたと、ある事に気づいた。そして再度扉を開けた。 「全く、ひどいや。…あっ!?」 リーウェルは、扉を開けた少年の顔を見て驚きの声をあげた。 「どうしたんだよ、リーウェル…―って、オイ!?」 クラルが驚きの理由を尋く間も無く、リーウェルは牢獄を飛び出し、扉を開けた少年と一 緒に走って、何処かへ行ってしまったようだった。 「オイ! おいてくなよ−! あァ、もう見えない…。一体どうしたんだよ…逃げたのか な? …まあ、いっか。」 クラルも牢獄から出て、とりあえず2人を追いかけた。が、見つけられることは今のとこ ろなかった…。この場所はいわゆる一つの、迷宮といっても良い造りをしていた。 そして走り去った2人は、階段らしき所にいた。今は、何やらわいわいと賑やかに話し 合っている。 「お前、あの吸血鬼だろ? わ−、魔界のおふれとおんなじカオだ〜!」 魔界では現在、黒の宝珠の在り処を知る者として、ある吸血鬼に賞金がかけられている。 それが実は扉を開けたアラスであって、とりあえず、賞金を狙う魔族全員から追われる身 なのである。 見事に自分の正体を見切ったリーウェルに、アラスもふふんと言い返す。 「お前こそ、魔族の力の気配がすっごく漂ってる。この感じからして…多分『ネコマタ』 だな? それも、かなり強い奴から力を与えられたネコだ。」 アラスはその幼い外見に似合わない、鋭い目つきを見せた。今まで誰にも悟られなかった 正体を、アラスは先程、扉を開けたその場でおそらく気付いていた…それを思うと、かな りリーウェルは感心してしまう。 「えーー。悔しいけど当たってるや…何でわかったのさ?」 「目つきといい、雰囲気といい…うん。いかにもネコって顔してるから。」 確信いっぱいで断言するアラスに、リーウェルはがくっときた。 「ど−いう意味だよ。お前なんか、魔界中に顔知られてるんだからな−。でも、別に捕ま えるつもりないから安心してよ。それよかさ、一緒に暴れようよ−。」 にっかと笑って言うリーウェルに、アラスは細めた目を丸くした。 「何でさ? 暴れるのは元からそのつもりだったけど。」 「だってお前、吸血鬼の裏切り者だろ? 俺、吸血鬼はキライだもん。敵の裏切り者は、 つまり敵の敵だから味方。って、言えない事もないじゃんか?」 吸血鬼は、サファエルに敵対する勢力だから。というのが、嫌いの主な理由である。少し へ〜と皮肉っぽい目をしてから、まァいいや。という顔で、アラスは一度伸びをした。 「オレはアラス。知ってると思うけど。」 「俺はリーウェル。お前が言った通りネコマタだけど…あ−! そうだ…どうしよう…」 急に困り果てた顔をしてうつむくリーウェルだった。 「?」 「力をくれた人が、この姿を保っていられるようにってくれたイヤリング、片っぽ無くし ちゃったんだよ…。」 成る程。それは確かに大変だろう…使い魔であるネコマタというのは、本来の猫から人化 するには多大なエネルギーを使う。その力を主人からもらうのが一定のセオリーなのだが、 リーウェルはどうやら、その力の込められた大事なアイテムをなくしたらしい。 「じゃ−、早いトコこから出て、一緒に捜してやるよ。オレ、ネコ好きだし。お前中々お もしろいし。オレ達をこんな狭っ苦しいトコに閉じ込めた奴らに、10倍返ししてやろ− ぜ。」 淡々と言われるその事実を聞いていると、リーウェルも段々、腹が立ってきた。 「そ−だそ−だ! いきなし後ろから殴りやがって、痛かったんだぞ−! よ−し、行こ、 アラス! さぁ−、暴れるぞ〜!」 そうして突如張られる事になった、危険なのか何なのかよくわからない、吸血鬼とネコマ タの共同戦線。地面の下にあるその迷宮牢獄が、にわかに騒がしくなり始める…。 Tale-13 close