「ここが処刑場じゃな。いや〜、転移装置は楽じゃの。」

 何やら殺風景な場所に、公家と侍風の男が一人ずつ、そして普通の人間には見えないと
いう不思議な少女がやって来ていた。他の2人は謎だが、少女は少し前に、天界から人界
へと旅立った天使・エンジュラだった。
「何か一騒動、起きそうですね。申し訳ないですけど私、姿消しときますから。」
天使である少女には色々と行動の制約があり、不要な干渉もその一つとなる。元々普通の
人間に見えない少女の姿は、その連れにすら見えなくなった。
「じゃ、アラスを捜しに行くかね。」
彼らは突然いなくなった旅の仲間を捜しにきている者達だ。呪術に長ける家系の公家烏丸
頼也と、その兄貴分の山科幻次。元々この2人は同じ京都に住んでいたが、ジパング諸国
をまわるついでに、とある事情でアラスという吸血鬼少年を連れて行くことにしたのだ。
そしてそのアラスと何らかの関わりがあるらしく、先日から一行についてくるようになっ
た天使、エンジュラ。彼女が普通の人間に見えないのは死天使、死んだ者が霊体のまま天
使化したという、特殊な天使であるからだった。
「さてと…随分と広そーだな、ここは…」
幻次はダルそうに歩き出した。頼也もその後に続いた。

                                     *

  一方、井戸から脱出した2人は先程の暴れ方では足りなかったのか、更に戦闘準備をし
ていた。
「よ〜し、このまま突っ込むぞ!」
「おう!(早く終わらせなきゃヤバイもんね。)」
心の中でリーウェルは呟いた。

                                     *
「うわー…美しくないなあ…。」
〈クラル!〉
決してのぞく事は推奨出来ない部屋の中をのぞいてしまったクラルは、中の光景を見て、
思わず呟いた。ルーファウスは慌ててクラルの口を押さえたが、遅かった。部屋の中で化
粧をしていた人物がくるっと振り向いた。
「誰? 婦女子の部屋をのぞく奴は。」
その顔は白粉を塗りたくっていて、身長が2mはある女装の大男が立っていた。そう、あ
のお頭だった。ドスドス音をたてながらお頭が歩いてきた。
((来た〜!))
クラルとルーファウスは1歩ずつ後退りしていく。
「あんた達、異国の者よね。ホホホ。処刑には早いけど、なんたって私の部屋をのぞいた
んですもの。てんちゅ〜!」
お頭は斧を振り上げ、そのまま振り下ろした。
「うわっ!」
「クラル、逃げるぞ!」
「おう!」
間一髪で斧をよけた2人は、一目散に逃げ出した。
「敵前方にして逃げるなんて、士道不覚悟よ。」
ブンブン斧を振り回しながら、ドスドス足音をたててお頭は追いかけてくる。
「うわ〜! 追ってくるよ! ルゥ、どうすんのさ!」
必死に逃げながらクラルは尋いた。どこから奪ったのか、ルーファウスは地図を片手に持
っていた。
「ここをまっすぐ行くと出口だ!」
「OK! …前に誰か歩いてない?」
影だけが2つ、前方にぼー、と見えている。
「敵だったら踏み倒せばいいだけさ!」
ルーファウスはそう叫んで、更に前進した。

「ん? 何だろこの地響きは…。」
リーウェルとアラスは後方から聞こえてくる音に気づき、振り向いた。リーウェルは知っ
ている人物が2人、走ってくる。
「ルゥ兄ちゃん達だ−ぁ〜〜−…
語尾がおかしいのは走ってきたルーファウスに抱えられたからだ。クラルもアラスを抱え
て走り続けた。
「何だよこの兄ちゃん達、離せよ!」
アラスは見ず知らずのクラルに抱えられて、わけがわからない。
「捕まりたくなかったら、黙って運ばして。」
クラルはアラスの顔も見ず、ひたすら前方に向かって走った。
「お待ちなさーい!」
やはり音をたてながらお頭が後ろから追ってくる。それを見た2人は、言葉が出なくなっ
た。先程の恐怖が甦る。やっと出た言葉は…
「「もっと速く走ってよー!!! 」」

                                     *


  お頭に追われているクラル、ルーファウス、アラス、リーウェルの4人は、外に出た。
「外だ〜v」
しかし喜んだのも束の間。そこは処刑場で、逃げ場所が1つも無かった。
「もしかしてここって…。」
「処刑場…;」
クラルが呟き、リーウェルが叫んだ。
「追いつめたわよ。」
お頭が息1つ切らさず、外に出てきた。4人は相談し始めた。

「倒す…のか。」
とルーファウス。
「うーん…。」
とアラス。
「ひけるね。」
とリーウェル。
「うん。」
とクラル。4人は互いの顔を見合わせた。
「来なければこちらから行くわよ。」
お頭は斧を振り回し、クラルの方へ迫ってきた。
「うわー、こっち来たー!」
少し逃げ惑ったが、覚悟を決めたらしく槍でお頭を突いた。
「くらえ!」
「ふん!」
と、気合いと共に槍は折れてしまった。お頭は鎖カタビラを体に何重にも巻いていた。が
クラルはそんなこととは露知らず、驚いた。
「ゲッ!?」
残った持ち手部分を捨て、逃げた。お頭は今度は、ルーファウスの方へ迫ってきた。ルー
ファウスは怯まず、使い慣れない刀をお頭の腹部に突き立てた。が、その刀は折れた。
「うそだろ…。」
「甘い甘い甘い…
甘いを連発しながら迫ってくる。やはりルーファウスも逃げた。年少組は自らは手を出さ
ない。恐いからだ。が、やはりお頭は迫ってきた。まずはアラスの方へ。
「来た−!(泣)」
そしてリーウェルの方へも。
「くんな−!(泣)」
それぞれ叫び逃げる。4人は処刑場を逃げ回った。お頭はしつこく追いかけてくる。
「武器さえ手に入れば…!」
ルーファウスは悔しそうに言い捨てた。クラルははっと思いついた様に提案した。もちろ
ん走りながら。
「俺達であいつ引き止めるから、ほら、武器召喚しなよ。下は砂地だし…リー達も協力し
てよ。」
以前に見た事のあるルーファウスの、武器における召喚術。それをクラルは思い出した。
2人はコクとうなずき、いやいやながらもお頭に向かっていった。クラルもそれに続く。
ルーファウスはその間に木の棒を捜し、地面に魔法陣を描いた。


「おい頼也、あそこで何かやってるぜ。」
「お−、あれはアラス殿ではないか。よし、行くのじゃ。」
頼也達は急いで現場へ向かった。今までずっとこの場所で迷子になっていたのだった…。
「リーウェル、大丈夫? 顔色悪いよ。」
アラスがリーウェルの異変に気づき、声をかけた。しかし、答えることが出来ない程苦し
そうだった。
(力が弱まってきてる…ダメだ…もう、保てない…。)
リーウェルの体が光に包まれた。と同時にルーファウスが叫んだ。
「クラル、武器だ!」

                                     *

〔ケガをしているのか? 力を分けてやる。〕
懐かしい光景がうつつな意識に浮かんでくる。
(この後なんだよね…俺、人化出来るようになったの…こんな風にあの人に抱かれて…抱
かれて!)
パッろリーウェルが目を開けると、そこではサファエルがあの時の様に自分を抱いてくれ
ている。
「ニャー。」
サファエル、と言ったつもりだが元の姿である猫に戻っているせいできちんと喋れない。
「人の姿が保てないぐらいに力を使ったのか?」
どうしてサファエルに抱かれているのか…お頭相手に戦っていて、アラスが何か、言って
いるのかはわからなかったが、心配してくれていたのだけは覚えている。それでもとにか
くこの状況、サファエルが助けに来てくれたということだけははっきりとわかった。
「(元の姿に戻っちゃったんだ…。)ミャー。」
すまなさそうにリーウェルは鳴いた。サファエルは無言で、リーウェルの口に自分の口を
重ねた。
「ニャ!?」
サファエルの唇を伝って、リーウェルの口の中から体中へ、サファエルの力が染み渡る。
スッとサファエルが口を離すと、リーウェルは人の姿に戻っていた。
「サファエル…。」
「心配かけさせるな。」
頭をクシャと撫でた。リーウェルはそのまま俯いた。

「あのね…イヤリング…。」
今にも泣き出しそうな声でリーウェルはポツポツ喋った。サファエルは屈んでリーウェル
を下から見た。
「よくオレを見てみろ。」
リーウェルは目に涙を溜めてサファエルを見た。
「あ…。」
右耳にはなくしたハズのイヤリングが付いていた。
「うっ…良かった…ヒック…良かった…。」
涙をポロポロ落としながら、リーウェルはサファエルに抱きついた。サファエルは優しく
抱き止めてやった。
「良かった…なくしてなくて…ヒック…ホントに…。」
頭を撫でてやりながらサファエルは優しく言った。
「イヤリングの方の力が弱まってたからな。外れ易くなってたんだろう。また込めといて
やったから、そんなに泣くな。イヤリングが落ちてなかったら捜すのにもっと手間取った
かもしれないからな。」
そのままリーウェルを抱きながら、サファエルは立ち上がった。
「ルゥ達を助けに行かなきゃな。」
「うん。」
リーウェルも、目をゴシゴシこすってうなずいた。


「何だかおもしろくなってきましたね〜。ねぇ、水瑠璃」
一方、まだお頭と戦闘を続けている方のチームは。
ルーファウスが無事、武器を召喚したまでは良かったのだが…突然リーウェルが消えてパ
ニくっているルーファウスにクラルを見て、シーファーは呑気に笑っている。
 ルーファウス達のようにさらわれたわけでもないのに、何故ここに彼がいるかというと。
ルーファウスとリーウェルを救出にきたサファエルにくっついてきたのだが、その途中に
同行者が一人増えていた。
「サファエル様の行動の素早いことといったら…あの様子じゃ、リーウェル君の事はバレ
てないわね。」
水瑠璃と呼ばれた黒髪の女は、とりあえず冷静に状況を分析していた。
「でも今度はアラス君が大変ですよ?」
シーファーの言った通り、ルーファウスとクラル、それにお頭までもがアラスにつめより、
アラスはひぇ〜と泣き出しそうだった。実は、サファエルがリーウェルを瞬時に連れ去っ
た時、アラスは咄嗟にリーウェルが猫化したのを隠そうと、水の精霊で霧を出したのだ。
ところがそのせいで、逆にアラスが疑われるハメになったのだ。突然猫化などしてしまえ
ば格好の標的になる、と気を遣ってしまったのが災いしたらしい。
「こらガキ! お前、何をしたんだ? さっきの霧はお前だろ!」
まずルーファウスがつめより、
「リーウェルをどこにやったんだ!」
とクラルがにらみ、
「あの可愛い小さな子、一緒に遊んであげようと思ったのに! さあお出し! 出さない
と、イヤ〜ン(v)よ!」
と、かなり意味のわからない擬態語と共にお頭が身をくねらせる。3人の、特にお頭の迫
力に押されアラスは後退りしていった。
「え−、え−っとさぁ、その−…だ、だからァ…(泣)」
お頭への恐怖と嫌悪から、何を言えばいいのか全く考えつかなかった。
「あらあら。見物ねぇ。」
困りに困っているアラスの姿を楽しそうに眺める水瑠璃だった。
「いやぁ水瑠璃ってば、鬼ですねぇ♪ 仮にも自分担当の吸血鬼君の事でしょうに」
とか言いつつシーファーも楽しそうだったりする…。
 何はともあれ、シーファーの言葉通り、水瑠璃はアラスを…というより正確には、彼が
持っていると噂される黒魔の宝珠を担当する、北の四天王なのだった。5ヶ月前に四天王
となったサファエルよりも更に新人で、彼女が四天王となったのはつい3ヶ月前だ。本来
は世襲制である四天王に対し、北の前四天王を倒す事で四天王となった、元は四天王の血
筋でもなんでもないという異例の存在でもある。

「お人好しなのよね………相も変わらず…」
そう呟く水瑠璃の声は皮肉半分…そして何故か。微かに懐かしさも込めた響きだった。
                                        
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