突然消えたリーウェルが本気で全然姿を見せないので、クラルとルーファウスは益々、
アラスにつめよった。
「早く言えよ。言わないとこ−だゾ!」
クラルが、ルーファウスの召喚してくれた宝棒をつきつける。それを目にした瞬間、アラ
スは目の色を変えた。
「だ、だって…−! それ、そのロッドについてるのってもしかして『赤火の宝珠』…!?」
クラルとルーファウスの目つきが更にキツくなった。
「これを知ってるってことは…やっぱり魔族だナ!ねえルゥ。」
確かにアラスは魔族だ。だが、クラルとルーファウスはアラスが精霊を使うということを
忘れているのかもしれない。魔族に精霊は扱えない、基本的に。
「ああ、十分に有り得る。ここで倒して…
不意にルーファウスの言葉が止まった。誰かが彼の頭をポンポンと叩いたのだ。
「何があったのかは知らね−けどよ、3対1ってのは卑怯じゃねェか?」
「アラス殿、無事であったか。良かった良かった。」
そこにいたのは幻次と頼也だった。アラスの出した霧でまた少し迷ってしまったのだ。

 アラスは頼也に飛びついた。一気に身の緊張が解けた様だ。
「わ−ん(泣) 頼也兄ちゃーん! こないだの熊女よりも恐い奴がいるんだよォー!」
指を差されたその恐い奴ことお頭は、改めて自己紹介をした。
「いやねぇ、恐いなんて。あたしは綾小路糖良よ! それよりも、あんた…
「ところで、何があったのか話してみろ、若ぞう。」
「若ぞう…俺はルーファウスだ。お前、その格好…この変な処刑の奴らの仲間か?」
ルーファウスとクラルは頼也達に向き直った。
「幻次を、こんなジパングの恥さらし共と一緒にしてはいかんのう。お主達はやはり連れ
てこられた異国の者…
「ちょっと! 無視した上に恥さらしですって? 一体どっちのコトよ、そこの公家!」
「何じゃ、恥さらし。わしに何か文句でもあるのか。」
「大アリよ、ちょっとこっち来なさい!」
頼也が糖良に引っ張られていき、何やら言い争いを始めたので幻次は、その間にルーファ
ウス達に事情を尋いた。
「ほー、そーゆー事か。で、どーなんだ?アラス。」
「別に、オレがリーウェルを隠したわけじゃないよ。本当だって。」
「そもそも、リーウェルとはどういう関係なんだ?」
「え…ちょっとした知り合い(ってホドのもんでもないけど…)。にゃはー…。」
困った顔で笑うしかなかった。
「リーウェルはじゃあ、一体どうしたんだ。」
「さぁ…どうしたんだろうねー。」
クラルの言葉の後、ルーファウスの背後に影が差した。
「こーしたの!」
突然ルーファウスは強く押され、よろめいた時ポケットからラーファの髪止めが落ちた。
アラスはそれを見て驚いた。その、髪止めは…が、同時に寒気を感じた。その場の空気が
変わる様な…髪止めのせいではない。少し前に四天王と名乗る、水瑠璃という女に会った
時と同じだった。いや、それ以上…。
「ルゥ兄ちゃんにクラル兄ちゃん、心配かけてごめんね! サファエル見つけたからつい
嬉しくって、サファエルの方に行ってたんだ〜。」
ルーファウスの背中を押した張本人リーウェルは、サファエルと一緒だった。
「サァ! 来てくれたのか! …でもどうしてここがわかったんだ?」
「えー…そりゃ冒険家だしね、来た所の情報ぐらい集めておかないと。」

「……!!!」
「―? アラス殿? どうしたのじゃ?」
サファエルを見たアラスは、そちらに目が釘付けになってしまった。つい先刻の記憶が少
しだけ戻ってくる。
「(そうだ…リーウェルが言ってた…さっきの井戸に入る前の記憶、どうしてこんなにハ
ッキリしないんだろ。でもそれより、西の四天王がどうしてこんな所に…!!?)」
西の四天王・サファエル。彼はある意味、水瑠璃よりずっと、アラスにとっては身近な四
天王だった。何故なら、吸血鬼は西の大陸にある、西の四天王城がある場所のすぐ近くの
森に住むからだ。西の四天王と吸血鬼の対立は、魔界では有名な話である。
「(まさか、さっきの髪止めの宝珠のために…? でも、仲間みたいなのに、あの兄ちゃん
達の…)」
アラスの視線に、サファエルは気がついた。サファエルから返ってきた一瞬だけの視線に、
アラスは全身に緊張と寒気を走らせられた。

「いつの間にこんなに異国の者が…とにかく、そこの侍!」
どうやら頼也と糖良の口争いは中断されたらしい。頼也はこちらに戻ってきていた。
「侍って…やっぱ俺か。何だ?」
「お前に武士の魂がまだ残っているのなら、こっちに来なさい。もはやジパングを浄化す
るには、幕府を復活させるしかないのよ! 公家や異人はこのジパングを駄目にするのよ。
さあ! こちらにつくのよ! お前が正しき武士の血を持つのであるなら!」
「幻次…」
お頭側が正しいとは毛頭思わないが、このままでは幻次は侍の業界から孤立させられるか
もしれない。そういう不安を一瞬頼也は感じ取った。
「気にすんなよ頼也。悪いけど、救国なんぞ自分達で勝手にやれ。全く関係の無い他人を
巻き込むようなのは感心しねぇな。この地下にいる異国人達が何したってんだ? ジパン
グの事はジパングで解決すりゃいい。異国人は関係ね−よ。俺は、そういう思い込みで動く
連中は大キライだ、わかったか? じゃあ行こ−ぜ、頼也。」
あっという間に言ってのけると幻次はくるっと振り返り、歩き出した。糖良は意外に落ち
着いていた。余程己の思想に自信を持っている様だった。
「そう…せっかく情けをかけてあげたのに。」
糖良の言葉は無視して、頼也と幻次は去ろうとした。が、アラスは動かない。
「ど−したんだよ? オイ?」
アラスは正確には動けなくなっていたのだ。その視線の先にはサファエルがいた。
「あ奴がどうかしたのか…
「オホホホホッ! さよォなら、皆さん!」
頼也の声は途中で糖良の声に遮られた。そして、頼也、幻次、アラス、ルーファウス、ク
ラル、リーウェル、サファエル総勢7人の立っていた地面に穴が開いた。全員が、その穴
に落ちていった。どういう仕掛けかはわからないが、落とし穴の真上に全員いた様だ。
「種良姉様、後は頼んだわよ。さあ、地下1階に戻らなきゃ! ルルル… ラララ…」
怪しげな鼻歌を口ずさみながら、糖良は去っていった…。

                                     *

  糖良の罠で地下に落ちた者達は3つに別れていた。1つのグループはルーファウス、ク
ラル、頼也、幻次、1つはリーウェル1人、そして後1つは…。
「オレのことをどうやら知っているようだな、魔界のお尋ね者…アラス、だったか?」
「…西の四天王ともあろう者が。こんなトコで何油売ってんだよ。」
対峙する2人。突然サファエルの手から風が走り、アラスはすぐそばの壁に叩きつけられ
た。
「ってー…!」
苦しげな顔をしながらも、必死な目でサファエルの方を見る。力の差は歴然としており、
どうあってもかなう相手ではない。間近に迫った死を感じながら、アラスは一番気になっ
ていた事を口に出した。
「狙いは、さっきの兄ちゃんの持ってた…『虹白の宝珠』だよね。でも、何で仲間のフリ
なんかしてるんだよ!? 何かひどいよそ−いうの! …っ…!!」
サファエルが更に風を走らせ、アラスの腕と足に深い傷を作った。腕と足だけで済んだの
は、風が来た瞬間火をよんで、多少なりとも風を散らしたからだ。
「魔族からそういう科白を聞くとは心外だな。お前だって、仲間を裏切ったんじゃなかっ
たのか?」
「…!」
再びサファエルは風を、今度は更に力を込めて発した。先程のダメージでアラスはあまり
動けず、ほとんど直撃をくらい、その場に座り込んだ。血が大量に流れる。傷だらけだが
死んではいない様だ。
「吸血鬼…さすがにタフだな。だが、今正体を明かされるのは困るんだ…。」
とどめをさそうとしたその時。その場の空気が少し変わった。
「―! …何だ…!?」

  一方、1人ぼっちになったリーウェルはとりあえず誰かを捜して歩き回っていた。そし
て少し経ってから、やっとサファエルの力の気配を感じ取った。
「やった、サファエル見っけ! …あれ? アラスも一緒なのかな…?」
アラスの力の気配が一緒だったのだ。少し嫌な予感がし、気配を感じた方向に走った。

 そしてその先では。サファエルにとっては理解し難い事が起きていた。
(この気配は何だ…? 今までのこいつとは、レベルが違い過ぎる…。)
アラスの気配が変わったのだ。きちんと探れば、大元はおそらく同じである事がわかるが、
それにしたって落差が激しい。
 しばらく考え込んでいると、アラスがよろよろと身を起こした。
「…何者だ。」
「アラス、だよ。それ以外に名前なんてないし。リーウェルには一度会ったけどね…」
違う。先程のアラスとは正直、身にまとう力のレベルが違った。そのレベルの上昇と共に、
目の色も黒から蒼に変わっている。蒼というのは、基本的な魔族のレベルの中には存在し
ない色だ。だが、これがもしも擬態でなく、ある事を意味しているとしたら…。
「…オレは別に、宝珠になんか興味ない…だから…ほっといて、おいてよ…。」
言い終えると、せっかく変化した意味もなく再び気を失った。それと同時気配は元に戻っ
たが、サファエルの表情は変わらず…倒れている彼を冷たく見下ろしていた。 

  サファエルはしばらくの間、もう起き上がる力も無さそうなアラスを黙って見ていた。
(やはりとどめをさしておくか…こいつは『黒魔の宝珠』の守護者かもしれないし、ルゥ
に告げ口されてはたまらない。一思いに…
「やめて!」
サファエルが手を上げた瞬間、やっと2人を見つけたリーウェルが叫んだ。
「お願いサファエル、やめてよ! は−は−…」
かなり急いで来たらしい。呼吸を整えると、リーウェルはサファエルの目を見て言った。
「アラスは友達なんだ…俺が絶対口止めしとくからさ、殺さないで。お願いだよォ…。」
リーウェルがだだをこねる事はよくある。しかし、本当にサファエルのやろうとした事に
逆らったのはこれが初めてだった。
「…わかったよ、リーウェル。悪かった、知らなかったんだ。」
サファエルの表情は完全に、四天王バージョンの厳しさを失っている。リーウェルのうる
うる目につられたのだろうと思われる。
「ありがとうサファエル、大好き!」
リーウェルサファエルに飛びつき、サファエルは危うく、こけるところだった。オレも甘
いな−と、またもサファエルは苦笑しながら思ったのだった。


「ね−ね−。あたしは別にい−んだけどさ、手当したげないと死んじゃうよ、この子。」
突然現れた少女に、2人は驚いた。光の珠を連れてふわふわと宙に浮いている…まさに謎
の少女。少女は全くおかまいなしに、2人に笑いかける。
「誰だよ君…あ、そうだアラス…!」
リーウェルは慌ててアラスの手当を始めた。何故かわりと手当ての仕方が手慣れている。
「ここ、地下2階なんだ〜。すんごい迷宮で迷っちゃうから気をつけてねぇ♪」
「そうなのか…で、何者だお前は。」
今日は訳のわからない奴によく会う、という顔をサファエルはしている。無理もない。
「あたし? う−ん、何がいいかな…まぁ、ナゾの少女でい−よv  …ねぇ? 魔族と人
間のハーフで、不完全な魔族のサファエル君v」
この発現にサファエルが身を固くし、リーウェルが驚きの声をあげる。
「サファエルのことをどこで…!?」
「君もネv  不完全魔族が造った、完全なネコマタだけど不完全魔族リーウェルちゃんv」
サファエルは前ぶれも無くいきなり風の真空波を撃った。が少女は難無くよけて、頭上の
光の珠に吸い込ませた。
「すごい…サファエルの風を難無くよけ切っちゃった…。」
「それじゃあね、不完全な魔族さん達v  ばいば〜いv」
少女は消え、場には静寂が戻った。サファエル達の心には大きな疑問が残ったが。
(気配が全く掴めない…魔族なのか人間なのか天界の者なのかさえ…さっぱり…。)

                                     *

  そして謎の少女はクラル達の方にも現れた。
「わ−、何だよこの子−!」
「…この間の…。」
「だよな、頼也。」
最初に絶叫したのはクラルだ。ルーファウスは暗闇再来のため沈んでいる。頼也と幻次は、
とりあえずこの少女が、何故かは知らないが不意に現れ、自分達の現況を教えたり何かの
アドバイスをしたりする者であるという事だけはわかっている。それ以外は全く謎に包ま
れた少女で、出会ったのもついこの間のことだ。
「すごいね−、宝珠が3つも揃っちゃった。い−感じv」
同じみ少女の都合の良い爆弾発言である。4人は驚いた。
「何だってェ−!?」
「ちょ、ちょっと待って!こいつらが宝珠の持ち主?」
「そ−よ。知ってたでしょ? 他にも何人か宝珠の持ち主がいるって。」
「知ってた…けど、いきなり−…。」
少女はニコニコ笑っている。
「‘こいつら’とは何だ、ボーズ。失礼だゾ。」
幻次がクラルの真後ろに立つと、その大きな体で彼をビクつかせた。
「これ幻次、いぢめてはいかんぞ。しかしお主にも失礼という言葉があったとはのう。」
「それこそ失礼だぞ頼也!」
クラルは呆気に取られていた。その頼也という青年はまだ話が出来そうだと思った。

「のうお主。彼らが宝珠の持ち主というのは本トかの?」
「うん、本トよ。赤いのと白いのと青いの。後、どこかにもう1人いるわね  」
少女は淡々と話した。そして
「ああっ! もうこんな時間だわ! じゃあねお兄ちゃん達、ケンカしちゃダメよv」
「あっ! ちょっ、ちょっと待て−!」
またフッと消えてしまって、クラルはわめいた。それをルーファウスがうるさいという顔
で見ると、大人しくなった。ルーファウスは頼也、幻次を見て尋いた。
「あんたらも宝珠とかいう石のこと知っているのか?」
「…うむ。だが詳しくは知らぬよ。」
頼也、幻次は自分達が宝珠に関わる者である事を知ったのが、つい最近だった。それも先
程の少女にそう言われただけの事で、正直今も全く、実感がない。
 …が。確かに烏丸頼也は、宝珠の守護者の血をひいていた。本人が知らないだけで。そ
して幻次が宝珠を持っている事にも、過去を遡ればそれなりの必然性があるのだ…。
「それなら俺が話すよ。捜していたんだ、あんた達のこと。」
クラルは静かに言うと、夢で見てきた事や今まであった事を2人に話した。

「ふむ。ではクラル殿は赤い石を今持っておるのじゃナ。」
「うん。使い方とかは、イマイチわかんないけどね。」
「詳しい話は何となくわかったが、この先の話はまず上へ出てからの方が良くね−か?」
幻次は暑苦しそうに言った。頼也はうむとうなずいた。
                                        
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