にしても…と。誰に向けるともなく、彼は呟かずにはいられなかった。
(何だあのガキは、人のこと不完全不完全言いやがって−!)
先程の少女におちょくられ、怒りが頂点に達したサファエルは、苛つきのあまり壁を蹴り
出した。やはり元の姿に戻ると、喜怒哀楽が豊かなのだ。
「サファエル…  」
はたから見ていたリーウェルは手当をしながら、サファエルの意外の行動を見て
(でも可愛い…  )
な−んてことを思っちゃったりした。
 リーウェルは手当をしていた手を止めた。そして、壁にあたっているサファエルを呼ん
だ。
「サファエル、血が止まんないよ−。」
ハッとサファエルは我に返り、2人の元へと近よった。
「力を使い過ぎたんだろう。先に進まなきゃいけないし、と言って運ぶのはヤダし…。」
リーウェルは最後は聞かなかった事にした。溜め息をつきながら、サファエルは言った。
「仕方ない、力を分けてやるか。ついでに記憶も封じて…。」
そう言ってアラスに近付いた。リーウェルは服の裾を少し掴んだ。
「?」
「…口はダメだよ。」
心配そうにリーウェルは言った。サファエルは軽く笑ってアラスの頭に手をかざした。

                                     *

  その頃宝珠の持ち主軍団は、とりあえず進み出した。頼也、幻次、クラルは色々喋りな
がら歩いた。ルーファウスは3人の後ろを歩きながら、右手にある物を取り出していた。
ラーファがさらわれた時、落としていった髪止めだ。持っていたヒモをそれに通す。何し
ろポケットでは落としそうだったからである。現に一度、落としている。
「でもあの子、‘宝珠が3つ揃った’って言ってたよね。俺の赤いのとあんたの青いの。
後1つ、白いのは?」
「そう言われてみりゃそうだ。」
クラルが出した疑問に幻次はうなずいた。頼也も‘わしは持っておらぬよ’とジェスチャ
ーした。すると、3人の目線は後ろを歩くルーファウスに注がれた。

「?」
急に見られたのでルーファウスは、一歩下がってしまった。
「何だよ、いきなり…。」
「これじゃないの?」
いきなりクラルが、ついさっき首にかけたばかりの髪止めを手に取った。

                                     *

「あ−ん、退屈だよ、ラゴちゃん。」
誘拐されたラーファはサファエルの気遣いにより、何不自由無くサファエルの城で暮らし
ていた。
「そう言われましても…。」
「どうしてサァ君もリー君もいないの! もうあきちゃった…。」
実際ラーファは誘拐されたのだが、本人は‘さらわれたけどサァ君が助けてくれた’と、
思っているのだ。
「もう少しお待ち下さい。サファエル様もきっとお兄様を捜すのに少し手間取っているの
ではないかと…。」
プーとふくれてラーファはベッドの上に座り込んだ。
(でもどうして私、ゆ−かいされそうになったのかな…? あっ、もしかして私が可愛い
からかも…ってことは、さらおうとした奴はロリコン! いやだな−、可愛いのはわかる
けど私はやめて−…。)
と1人でベッドの上で百面相を始めたのでラゴはホッとした。
(モルゲニウム様はまだお気づきにはならないけど…バレるのは時間の問題ですよ…。あ
あ、早く帰ってきて下さい〜。)

                                     *

「ラァがさらわれた時にも言ったろ? 俺達は宝珠なんか持ってないって。」
明らかに不機嫌さを顔に示し、ルーファウスは言った。
「でも、その宝珠奪りに来た奴らが言ってた…
ルーファウスが思いっ切りにらんだのでクラルは、語尾を小さくしていった。
「ルゥ殿、そんなににらんではクラル殿が可哀そうじゃよ。」
見かねた頼也がなだめにかかった。

「しっかし、お前じゃないとしたら一体誰なんだ?」
幻次の言葉で又振出に戻ってしまった。そこへ又、謎の少女が現れた。
「も−、お兄ちゃん達にぶいな〜。そこの茶髪のお兄ちゃん。」
ルーファウスを指し、少女は言った。
「そっ、お兄ちゃんだよ。その髪止めについているのが、お兄ちゃんの『虹白の宝珠』。
光ってるの、見たことあるんでしょ?」
クラルと初めて出会ったチャランポ村が焼ける直前、クラルとアンが何故か倒れ込んでし
まった時のことを、ルーファウスは思い出した。
「覚えてないなんて言わせないよ。と−っても、不思議な色だったでしょ?」
図星をつかれてルーファウスは少しタジタジした。頼也は逆に少女に質問した。
「もう1人いると言うておったな? それはこの辺にいるのか?」
「うう〜ん。」
少女はあっけらかんに笑って首を振った。
「どこにいるかは…知らない  自分達で捜してよ。んじゃ、また  じゃ〜ね〜。」
言うだけ言って少女は去っていった。

 唐突に現れる少女が唐突に去っていった後、クラル、頼也、幻次はルーファウスに注目
した。
「やっぱり宝珠だったんじゃねえか。」
幻次はポンと言い放った。スパーン! といい音がたち、幻次はよろめいた。頼也がどこ
かから出したハリセンではたいたのだった。
「ルゥ殿は知らなかったのじゃ。口を慎め。」
(最近ひでェな…。)
心の中では少し不満をもらしている幻次だった。

「とりあえず3つ揃ったじゃん、後1つだね。」
クラルはニパっと笑って言った。
「正確には後2つじゃよ。」
頼也は訂正した。クラルはへ、という顔をしたが1分程で説明したので理解した様だ。
宝珠が正確には、5つあること…そう言えばそうだったとうなずく。
  状況を整理すると。とりあえず現在は、3人の守護者が集ったのだ。赤の守護者、クラ
ル・ギル。白の守護者、ルーファウス。青の守護者、烏丸頼也。3人共、宝珠の存在やそ
の意義など、全く知らずに育ってきた。今だってよくわかっていないだろう。それでも形
式的に、互いを互いとして認識しなければいけない。それが自分自身を知ることにつなが
るだろうと、3人共本能的に感じていたのかもしれない。しかし同時に、何故…? とい
う思いだけは当分消えそうにないことも、薄々感じ取っていただろう…。

                                     *

  一方サファエル達は―アラスもサファエルから力を分けてもらい元気になったが、当の
本人は全く知らず、ついでにサファエルに関する記憶も、リーウェルが大好きなお兄ちゃ
ん程度にしか思わないよう、そしてサファエルの魔の力の気配にも鈍くなる様封印が施さ
れていた。
 先に進んでいくと、そこら中が湿気で包まれた。
「あ、オフロだ〜!  入ろうよ。」
リーウェルが目をキラキラさせて2人を見た。
「やめとこうよ。何かヤなカンジするし…。」
「先も急ぐしな。」
アラスとサファエルが交互に口を開く。だがリーウェルはおかまいなしに進んでいった。
「もしかしたらルゥ兄ちゃん達いるかもしれないし、大丈夫だって。」
「やめといた方が…
アラスが再び注意したら、その声にリーウェルの叫び声が重なった。
「おうっ!」
「どうした?」
「腰抜けた〜…。」
アラスの脳裏に先程の嫌な思い出がよぎる。サファエルはリーウェルに近付こうとした。
「あ−サファエル来ちゃダメだよ…でも来て…。」
訳わからんという顔をしてサファエルはリーウェルに近付き、抱き上げた瞬間顔が硬直し
た。

「あら〜いい男。異人だけど…私好み♪ こっちの小さい子も可愛いわね♪  2人共私の
部下にしてあげるわ〜ん!」
お頭糖良によく似た、化粧がはがれ、しかし髪は結ったままの大男が美少年を脇に従えて
こちらに近付いて来たのだ。この大男は『糖種』と言って糖良の姉(?)である。化粧を
はずしているがやはり恐い。元からグロテスクだったりするのだろう。
「ちょ、ちょっと、サファエルーどうして動かないのー!」
あまりに醜すぎたので、少し意識がとんでしまっている様だ。無理もない。今までサファ
エルの近くには容姿がヘンタイなのはいなく、マトモな顔しか見てきていない。特に関係
の近い四天王は全員、美形ばかりである。アラスの方も何が起こっているのか察知し、体
が硬直していくのがわかった。アラスは何度か容姿か性格がヘンタイに近い者など、例え
ば楓の母、吾作を見てきてはいるが、彼らは容姿か性格、どちらかに限られているのにこ
のお頭兄弟は容姿も性格もどうやらヘンタイだ。恐がるのも無理はない。
「さあ、私の元へいらっしゃ〜い!」
その醜い顔を近付けた瞬間、サファエルは叫んだ。
「うわ−っ!!!!」
「いてっ!」
「あなや〜!」
気づいた瞬間顔が近くにあったので思わず、抱いていたリーウェルを持ち上げ、糖種の顔
にリーウェルの頭でアッパーをかましたのだ。
「サファエル、痛いよ−。」
リーウェルの言葉を聞きながらサファエルは、一目散に逃げた。アラスも放ってかれては
たまらないので、バッとサファエルにしがみついた。

「え−い、私の可愛い部下達、あの3人を生け捕ってきなさい!」
糖種の命令で美少年達は動き出した。そのまま走り続けたサファエルは、前方に立ってい
た青年に体当りした。ぶつかった方は揃って後ろに倒れたが、ぶつかられた方はケロっと
している。
「っ痛…ああ、スマない…ってお前は!」
「は〜い  シーファー君でぇ−す♪」
その電信柱の着ぐるみは、中の人物に対して本当は自己紹介など必要としなかった。

                                     *

「中々階段見つかんねぇな…。」
数十分歩き続けたルーファウス達だったが、上り階段が見つからなく、とうとうしびれを
切らして幻次がグチをこぼした。
「同じとこグルグル回ってるみたいだし…まるで大迷路じゃね−かァ…。」
クラルも同意しながら戦闘を行く頼也とルーファウスを見た。
「何だよ、それじゃ俺達が悪いみたいじゃないか。」
ルーファウスは怒りを顔で示し、横の頼也もうんうんとうなずいた。しかし、後ろ歩きを
しながらなのでどうも説得力に欠ける。
「あ−っ! 危ない!」
その状態でT字路を進んでいったので、角から曲がってきた人物にルーファウスと頼也は
ぶつかった。
「痛いのう…おう?」
腰をさすりながら頼也はぶつかった人物を見た。ルーファウスを下に敷きながら。
「重たい、のいてくれ。」
「おぉ、スマンのう…しかし電柱にぶつかるとは…。」
ルーファウスの上からのきながら頼也はしげしげとぶつかったものを観察した。
「電柱だって? こんな地下でか?」
幻次も頼也によってきて、そのものを見た。
「ホントだ…電柱だぁ−。」
ルーファウスを起こしながらクラルも見た。すると急に電柱が倒れてきた。今度は幻次が
その電柱の下敷きになった。
「うげっ! 重てぇ−!」
「いや−、起こして〜。」
と、幻次と電柱は同時に声をあげた。
「電柱が喋りおった。」
3人は幻次のことより喋る電柱に注目した。
「どうでもいいから助けろよ、お前ら。」
「自業自得だ。」
幻次の助けを求める声と電柱をけなす声がまたも重なり、幻次は更に無視された。その声
は闇から聞こえたので、3人がそちらに目を向けたからである。

「サァ!」
闇から出てきた友人の名をルーファウスは呼んだ。続いて出てきた少年も頼也を見て嬉し
そうに呼んだ。
「頼也兄ちゃん!」
「おおアラス殿、無事であったか。」
「うげっ!」
アラスは頼也に抱きついた。先程のうめき声は幻次のものだ。踏台にされたのだった…。
                                        
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