地下から何とか地上に出てきた面子を見回して、オカマ3兄弟は感嘆の息をついた。
「ふむ…異人とはいえ中々いい男ね。ねぇ、種良姉様」
「そうねェ…あのムサい侍と子供2人以外、家来にしませふ、糖良姉様」
「ダメよ、子供2人も可愛いわ。う〜ん、美少年隊に加えてあげたい…」
これは、女3人でならともかく男3人でしている会話なので、肌寒くて仕方がない。指名
されなかった幻次と呑気なシーファー以外、体の底から震え上がった。
「もーいやだー!」
「アラス、サファエル、一緒に逃げよー!」
アラスとリーウェルは揃って回れ右をし、逃げ出した。もちろんリーウェルはサファエル
を引っ張って。特にこのオカマ達を恐がる2人は逃げ(後1人引っ張って)残る5人の内
シーファー以外が、3兄弟に厳しい視線で向き直った。

「うーん、いー男揃いね。異人は大キライだけれどいー男なら許すわ♪」
「いいかげんにしろよ!」
糖種の黄色い(?)声は、クラルの一声によってかき消された。更にクラルは続ける。
「地下の人達はみんな逃がしたけど、これからまだ集めるつもりなのか?」
「そう、じゃな。幕府の再建やら何やら、色々聞かしてもらいたいのう」
疲れてあまり口をきかなかった頼也が、重々しく3人に尋ねた。
「そうよ。今ジパングは、汚らわしいバカな異人と情けない朝廷に喰い物にされているの
よ。鎖国制度が行き届かず、何人の異人がこの神国に立ち入ってきたことか」
「ジパング人は優秀な民族よ。他の民族を従えていずれはこの世界全てを支配し、指導し
なければならないの」
糖良、種良に続き、次は糖種が喋り始めた。
「そこの公家。お前は、公家の華やかな生活の陰で苦しんでいる心清き者達のことを知っ
ているのかえ?」
頼也は黙って聞いている。その表情に混じり始めた微妙な色に気付いたのは、同じジパン
グの住人である幻次だけかもしれなかった。

  ジパング異人狩り集団を代表するかのような、糖種の演説が始まった。
「武士、それに従う農民達。ところが大半は貧しくて、刀1本、いえ生活さえままならぬ
者達がどれだけいることか。ところが、公家や貴族達は誰1人贅沢な暮らしをやめようと
せず、そういう者達のことを見て見ぬふり。それどころか身分で階級をつけて差別する有
り様。税は厳しく、飢饉が起これど、魔物が襲ってこれども、自分達さえよければいいと
いうあの姿。こんな外道で、恥知らずな者共にこのジパングをまかしてはおけないのよ」
3人は揃ってうなずいた。しかしやはり気持ち悪い…。
「…そういう一面も、確かにある」
「―おい頼也! こんな奴らの言うことなんか…」
「良いのじゃ、幻次。のう、糖種と言ったの。もしもそれで、主らが政権を握ったらどう
するつもりなのじゃ」
3兄弟は下から順に答えた。
「もちろん、虐げられている正しき者達に相応しいものを与えるわ」
「そうよ。そしてジパングは誇りを取り戻し、再び神の国となるのよ」
「人をさらって殺している、という一面だけ見ないでほしいわね。後世から見れば偉人の
とてつもない偉業なのよ。第一、異人を人と呼ぶのにも抵抗があるわ」
「っお前らっ…!!」
クラルがキレた。大声を出して飛びかかりかけたが、それを幻次が抑えた。
「離せよ! あんなこと言われて、黙ってろとでも言うのかよ!」
「…少し頼也に言わせてやってくれよ。な」
「これだから男女は…ヒステリーだな。フゥ」
「何だとォー!」
ルーファウスがうまいことクラルの気を逸らす。そして、頼也が口を開いた。

「…一面しか見ていないのは、お主達じゃよ」

「「「なっ!?」」」
「確かに、民が貧苦の上に暮らすという一面もある。じゃが、お主達の言う‘正しき者に
相応しいものを与える’というのは、身分のことか? それなら、同じ事が繰り返される
だけじゃよ。今まで差別されていた者達が、差別していたものを差別するようになるだけ
の話じゃ。それがこの国の歴史じゃよ。ず−っと続いてきた事じゃ」
「―……頼也、さん……」
エンジュラは頼也の言っていることの意味を必死に考えていた。
「それに、少なくとも京都ではそのような事が少しずつ改善されつつある。海風、丘嵐が
進めておる『京都犯罪無々運動』も元々は、自分を守る力の無い弱き民を守るためのもの
じゃ。この差別の歴史は長い期間に渡り少しずつ作られ浸透してきたものじゃから、元に
戻すにも長い時がかかるのじゃよ。お主達のように、一朝一夕で物事を解決しようという
のには無理があるのじゃ…」
「大体少なくとも異人はこの国の差別になんら関係もねーし、頼也みてぇにそういう奴ら
のことを真剣に考えてる奴はいるんだよ。お前達は、差別する方の階級に立ってみたいだ
けだろ? そんな奴がこの国を支配したって、何も変わる訳がない。同じだよ、今までと」
幻次が最後を締めくくり、3人はしばらく呆気にとられていた。が、すぐに反撃に出た。
「お前の言うことは綺麗事じゃ!一度も貧苦の経験を味わったことなどない者が、そのよ
うな者達のことを本気で考えるなど出来るものか! 所詮、綺麗事で自己満足しているだ
けじゃ! お前に何がわかる!」
「これだから公家は公家じゃ! 口先ばかり達者で、実際は何に対しても責任を取ろうと
はせぬ! 口先でなら何とでも言えるわ! 所詮は甘ちゃん、甘すぎる!」
「正しき者が上に立つのは当然じゃ! 道をはずした者を更生させるのに、力がなくては
何も出来ぬ! 時に反感をかう事もあるが、それは何もそ奴がわかっておらぬからじゃ!
まずは力でそ奴らを抑えつけねば、つけ上がるのみじゃ!」
3人は、一度でも我が身を振り返ろうとはしなかった。何が3人をここまで歪ませたのか
―3人が女装をして、なり切っているのもそんな歪んだ心の現れなのかもしれなかった。

 要は弱肉強食、である。この摂理は何処へいっても、生き物の存在にはついてまわる。
エンジュラは見ているだけに耐えられなくなり、その場から姿を消した。
「…とにかくお前ら! 少し静かにして…
クラルが言い終わらないうちに。誰も何も気付かない内に、本当に突然、場に血がほとば
しった。
 糖種の首が、突然飛んだのだ。全員、その場に立ちつくした。

                                     *

「この先の港町に宿、取ってるんですよ  そこで皆さん1晩ゆっくり休みましょう  」
手筈が良いのかシーファーは、既に宿を手配していた。

  糖種を殺した犯人は、北方四天王である水瑠璃の部下、クラウスとテイシーだった。彼
らは何やら、アラスの正体を何も知らなかったルーファウス達にもばらした上、アラスに
不穏な呼びかけをして去っていった。その後も散々で、クラルがザイスィからの刺客らし
き女幽霊に襲われ、下手をすれば死ぬところだった。全員が周囲の事情に振りまわされた
ので、とにかく誰もが疲れ切っていた。

 宿に向かって歩いていると、どこかでpipipi…という電子音が流れた。
「何だ? 今の音」
誰となくそう尋いた。するとシーファーが、ポケットから何かを取り出した。
「スイマセン。私のベルが鳴っちゃって」
「ベル?」
アラスが不思議そうに尋いた。
「ベルとは何じゃ?」
「さあ?」
頼也と幻次も不思議そうにした。
「ベルっていうのは連絡を取るための道具ですよ。異国のグッズです」
「…俺達も知らないよね?」
「…ああ」
クラルとルーファウスも知らないような物を、何故シーファーは持っているのだろう…。
彼にまつわる七不思議と言って良いかもしれない。

 辿り着いた宿は、5人部屋と3人部屋に別れていた。5人部屋にルーファウスにクラル、
頼也に、幻次、アラス(&エンジュラ)、3人部屋に残ったサファエル、リーウェル、そ
してシーファー。ルーファウスとサファエルは少し嫌そうな顔をしていた。ルーファウス
が嫌なのはサファエルと部屋が違うから、サファエルが嫌なのはシーファーがいるからだ。

 全員、今はそれぞれ好きなことをしている。サファエルとシーファーは部屋で喋ってい
た。
 リーウェルは5人部屋の方へ行っている。部屋に着いた途端、エンジュラが倒れ込んで
しまったので、アラスと一緒にそばについて様子を見ていたのだ。糖種の死でショックを
受けていたエンジュラは、周囲に迷惑をかけぬよう、宿まで気を張っていたようだった。

「…先程。魔王様より四天王招集がかかりました」
そんな中、不意にシーファーは少しだけ真面目な顔で切り出した。内容も突然なら、真面
目なシーファーというのもあまりに突然なため、サファエルは少々戸惑った。
「―日時は?」
「明日、十時に魔界の魔王様の城の『四天王の間』だそうです。」
「…すぐ終わればいいが…」

                                     *

  5人部屋のメンバーはそれぞれ別れていた。気が合うのかクラルは頼也、幻次と喋って
いる。アラスは前述の通り、リーウェルとエンジュラを見ている。ルーファウスは1人、
寡黙に剣の手入れをしていた。何を考えているのか、あまり手入れに凝っていない。
(…ルゥ、大丈夫かな…)
クラルは心配していた。元から人と馴れ合わないルーファウスだったし、考え事があるよ
うなので今はそっとしている。急にルーファウスは剣を納め、立ち上がった。そして部屋
を出た。サファエルに相談しようと思ったからだ。

「…ところでサファエル様。今…密室で、2人っきりですよね〜」
シーファーがニッコリ笑ってそそっとよってくる。サファエルは全身をこわばらせて近付
く毎に後ろに逃げた。
「(狙ってるぞ…こいつ…!)やめろよ、手出した瞬間叫んでやる」
「叫んでも誰も来ません。もう夜も更けてきてますし、邪魔なラゴ君とリーウェル君、ル
ーファウス君もいないんですよ〜」
サファエルは壁際に追い込まれ、逃げ場を無くした。その時部屋の前についたルーファウ
スは、入口の襖を開けようとしていた。
「もう逃げ場はありませんよ。頂かせていただきま〜す♪」
「うわーっ! やめろー!!」
中でドタバタという音と、サファエルの悲鳴が聞こえたので急いでルーファウスは襖を開
けた。

「「「あっ!」」」
3人の動きは瞬時に止まった。ルーファウスはパニくった。シーファーがサファエルの上
に覆いかぶさる感じで、サファエルの服は前がはだけかかっていた。
「ル…ルゥ…」
サファエルに呼ばれハッとして。…ルーファウスはだだっと、かけ出し部屋に戻っていっ
た。
「ありゃりゃ」
とか言いながらのかないシーファーを、サファエルは張り倒した。
「お前ー!!!  絶対あいつ誤解したぞ!!!」
いたーいと言わんばかりにシーファーはおよよと手を頬に当てた。
「謝ってこい! 誤解をとっとと解いてこい!!」
「は〜い…とその前にチュ とね」
軽くサファエルにキスをしてからシーファーは、殴られる前に逃げた。

 部屋に戻ったルーファウスが血相を変えていたので、部屋のメンバーは何事かと目をみ
はった。
「どしたの? ルゥ兄ちゃん」
リーウェルがよってきた。しかしルーファウスはパニくっているので喋れない。やっと出
た言葉は…。
「サァが……」
リーウェルは何かあったとにらみ、更に尋いた。
「サァ兄ちゃんがどしたの?」
ルーファウスが口を開こうとしたら、シーファーがその口を塞いだ。
「何にもありませんよ  さぁリーウェル君、お部屋に帰りましょう」
「うん…。(何かあったな…)」
シーファーは手早くルーファウスに口止めする。
「言ったら君にも同じことしますからね」
ルーファウスはそのまま硬直した。

                                     *

「サファエル様−、解いてきました〜……―ぐわっ!」
入った瞬間枕が飛んできた。
「お前、立ち入り禁止!!」
「え〜、どうしてですかー」
「さ、リーウェル寝るぞ」
「うん」
「やーん、ひどーい!」
シーファーは追い出されてしまった。

「…ふ〜ん、いいですよ−だ。せっかくサファエル様おとしてから行こうと思ったのに」
追い出されたシーファーは、ある場所に向かう。
 そこには、オカマ3兄弟の内、生き残った2人が、地上の処刑場の前の小さめの館の中
にいた。今後のことを話し合っている様だ。
「絶対にあの公家達が姉様を殺したのよ。種良姉様、やっぱり続けるべきよ」
「そうね。姉様の意志を私達が継がなくてはね」
シーファーはそんな姿を一瞥すると、フ……と、誰にも見えない所で、誰にも見せた事の
ない顔で笑う。

「…まだそんなこと言っているんですか? 愚かな…」
冷ややかな声が、夜風にのって2人に届いた。

「お前は!」
「姉様、こいつもあの公家の仲間よ!」
2人が刀を構える。月がちょうど陰り、シーファーの表情は見えない。
「兄の後を追うがいい。死して魔界の眷族となれ」
「「…ぎぃやあああーっ!!!! 」」
残り2人も糖種と同じように首が飛んだ。その時スッと月が出てきた。そこには、人とは
思えないような顔つきのシーファーが、返り血を浴びて立っていた。
                                        
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