リーウェルが夜中にトイレに行きたくなり、サファエルを起こしついていくと外にルー
ファウスがいた。
「ルゥ、さっきの事誤解しないでよ。」
「ああ、大丈夫だよ。船、捜しに行くのついてくよ、明日。」
「いいよ。ルゥ来たって役に立たないし…ってそんなに落ち込まないでよ。気持ちだけ受
け取っとくよ。」
いきなり何を言うかと思えば船のことかとサファエルは思ったが、明日は船を捜すついで
に魔界に行こうと思ってたので断った。

「なぁ、サァ。」
「ん?」
月を見上げながらルーファウスが尋いた。
「俺、強くなりたい。ラァを取り返すんだ。どうしたらいい?」
「…。」
「今の俺じゃ…ラァをさらったアイツを倒せない…。」
まさかサファエルがその張本人だということをルーファウスは知らない。複雑な心境だっ
たがサファエルの出した答えは…。
「オレでいいんだったら付き合うよ。」
「ホントか? じゃ、頼む。…そろそろ寝るか。ありがとう、サァ。お休み。」
「お休み。(…。)」
サファエルはあんなに安受けして良かったかなと少し困っていた。

「ねぇ、ルゥ兄ちゃんと何話してたの?」
トイレから出てきたリーウェルと連れ立って、部屋に向かった。
「…俺も行くからね。」
急にそう言われて、一瞬困ったがすぐ理解した。
「おいてっちゃヤダよ。俺、サファエルのものだもんね♪」
「でもな…。」
四天王が集まるのにはたしてリーウェルを連れて行ってもいいものか?
「大丈夫、大丈夫  そん時は猫に戻るから。ね、連れてってね。」
「…わかったよ、シーファーに手出されるのも困るし。(…リーウェルは口軽いからラァ
ちゃんのこと言っちゃうかもしれないな。)連れてくよ。」
やった−、とリーウェルは飛び跳ねた。
(オレも甘いなあ−。)
とサファエルは頬をかいた。

                                     *

  糖種の首無し死体でショックを受け、寝込んでいたエンジュラがようやく目を覚ました。
「あれ…?」
「大丈夫? フェンリャ。」
「アラス…それに、そっちの人は…?」
「俺はリーウェル。よろしくね、フェンリャちゃん。」
「今はエンジュラなのに…あ。私ひょっとして眠ってたの?」
アラスとリーウェルは揃ってうなずいた。
「えっっ! …宿着いてすぐ?」
「驚いたよ−、急に寝ちゃうんだもん、フェンリャ。」
「ふ−ん…あ…。」
突然エンジュラの表情が暗くなった。思い出したくない事を思い出してしまったのだ。
「今は…朝の5時? ずっと見ててくれたの?」
「俺はさっき目が覚めたから様子を見に来たんだけど、アラスはずっとここにいたよ。」
猫は寝起きい−んだな、とアラスはフッと思った。リーウェルがネコマタであるというこ
とは覚えている様だ。何はともあれ、夜起きているのはアラスには楽勝である。
「ありがとう、2人共。」
「じゃ、俺部屋に帰るね。サファエルそろそろ起こそ−と思ってるし。」
リーウェルが行ってから部屋はしん、と静まった。クラル、頼也、幻次は熟睡しているか
ら無理もないが、ルーファウスの姿は無かった。(いても寡黙な奴ではあるが。)おそら
く、剣の早朝特訓にでも行っているのだろう。浴衣がたたんであり、剣が無い。

「ねぇ、アラス。…あの人、誰が殺したの?」
「突然出てきた、北方四天王の配下。…止めようと思ったんだけど、気配に気づいた時に
遠くにいて…」
オカマが怖かったからとは、さすがに本人苦笑混じりに胸の内にとどめた。
「…じゃあ、干渉があったんだね。私がすぐ近くにいたのに…。」
エンジュラが、手を握るのにぐっと力を入れた、様にアラスには見えた。
 死天使にとって実際は、‘こういう時に取る行動’というのがエンジュラの無意識下で
‘手を強く握る’というものになっていて、思念体で‘手を強く握りしめる’という風に
表現して、自分にも他人にも、己の感情が外見と行動から判断出来る様にしているのだ。
  思念体自身が手を握りしめても、生の感触はない。生身の肉体とは違うのだ。思念体は
意識してその形を取っている。他者に自分が何者か、そして感情の変化をはっきりわから
せるため形を取る。人間も感情の変化が行動に現れはするが、それでも意識して人間の形
をしている訳ではない。そして思念体以上に行動の抑制がきく。その点、思念体は余程意
思の強い者でない限り、また、あらかじめ自身の投影に一定の制御をかけていない限り、
外に現れる行動は真っ直に本人の感情を表すのだ。

「…フェンリャは悪くないよ。あいつらちゃっかり、天使にはわからないように気配を隠
していたから。」
アラスが気付いたのは、彼も魔族だからだ。天使は天使の、魔族は魔族の気配を感じる方
が容易いのだ。。
「でも、ああいう人だったら死んで当然だって言われるのかな…ううん、殺して当然だっ
て。悪魔から見てだけじゃなくても、人間の立場から見たって…」
何がそんなに、辛いのかと言われれば…エンジュラだって別に、彼らが死んでしまった事
にではなく、それが自分の責任であるという事。それを彼女が正直に認めた言葉であり、
別に彼らの死を望んでいたわけではなかったが、彼らが死んだところで痛みは感じない、
そういう自身の感情を極端に表せば、「あんな奴ら死んで当然」という事にもなりえる。
それを恐れての言葉である事を、何故かアラスは感じ取っていた。
「そんな事ないよ。悪いことをしたら、償いをしなきゃいけないって言うけど…でもそれ
は死ねってことじゃないよ、多分さ。何かを壊した分、何かを創らなきゃいけないよね?
じゃないと壊されるばっかりで、いずれこの世界のもの全部無くなっちゃうよ、ね?」
下手なフォローだが、アラスなりに必死にエンジュラを慰めようとしているのが伝わる。
そして、本当にそうだなと思えた自分に、エンジュラは少しだけ安心した。彼らは本当に、
大嫌いなタイプの人間だったけど―…それでも彼女は、彼らの死を当然だとは感じていな
かった事を実感出来て。

「…何か、悪魔の口からそ−いうこと聞くのも変な感じがする。」
「そ−かなァ。…だって、思うんだ。」
「でも、ありがと。」
エンジュラが、少しだけふっきれた様な顔で笑った。
「…アラスってさ。悪魔としてはちょっとどころか、かなり変な悪魔だよね。」
へ? アラスは、自分をじっと見て言うエンジュラに首を傾げて目を丸くした。
 大分エンジュラが元気になってきて良かったが、何故急に自分の話になるのか、彼には
さっぱりわからなかった。エンジュラはそれもわかっているようで、一度微笑んでから穏
やかに続ける。
「ナーガ様が話してくれたの。悪魔は人間よりもずっと、他者を傷付けても平気な様に神
が創られたんだって。人間は本当に、ただ悪い事のためだけに悪い事をする人は早々いな
いって。自分だけの、歪んでいたとしても正しい事のために…それが人間の強さであり、
また弱さだって仰ってた。自分のした事は誰であれ、どこかでツケを払う時が来るとも、
仰ってて…悪魔はその点、自由なんだって。だって、他者を傷付けなければ生きていけな
い存在として元々生まれついたんだからって。」
人間が他者を傷つけるのは、究極としては自身の存在意義を守るためであり、悪魔が他者
を傷つけるのはただ単純に、とにかくまずは存在維持のため。どちらの方が、本当は罪深
いのか……悪魔が人間のような人格さえ持っていなければ、それは自然界の摂理と似たよ
うなもので、ただの純粋な弱肉強食でしかないのだ。
「私、それが人間と悪魔の違いなんですか? って尋いたら、大体はね、って仰るの。何
事にも例外がもちろんあって、何らかの理由で人の様な心を持つ変わり者もいるんだって。
アラスは、それだよね?」
「ん−…よくわからないけど、変わり者と言えばそうなのかな?」
「そうだよ。アラスが吸血鬼を裏切ったのも、結局彼らに馴染めなかったからでしょ?
アラスも何かの理由で、人間みたいな心を持ったんだよ………」
自身に言い聞かせるようなエンジュラの声。不思議とそれに、皮肉な感じは全くしない。

「ま、若さをやるから血をくれーみたいな、あのインチキ契約の方も、生きるためには仕
方ない事だし。仕方ないから、もう魔界に帰れなんて言わない事にしたんだ、私。」
そう言えば最近、馴染みの台詞をきいてなかったなー…とアラスはぼんやりと思った。以
前、エンジュラと初めて出会った頃は、とにかく早く魔界に帰れとうるさかったのだ。帰
らなければ天使として、魔族を排除する…つまり、殺すと。そんな事を言われつつも、帰
る気は全くなかったアラスだったが…エンジュラが気を変えてくれたのなら、何故かはわ
からないけど丁度いい。
「でもね! それでもやっぱり、嘘をついて人間をそそのかすのは絶対ダメ。もっときち
んとした対価を支払わなきゃ、人間の方が弱いんだから不公平だよ。殺さないとはいえ、
だますんだもの。」
「ちゃんと生かしてるなら別によくない? 人間だって人間同士で、だましあったり殺し
合ったりするのにさ? あんましオレ達と変わらないと思うなー、多分…だから吸血鬼っ
て、人界にも住むのを許されたんじゃないの?」
悪気なくあっけらかんと言うアラスに、エンジュラは少しむっとしたが、言い返さない。
「…ふーんだ。そう言ってもアラスは結局、契約とか全然しない吸血鬼なんだから」
信じてるから、とは口に出す必要を感じなかったエンジュラだが。アラスは全くもって鈍
かった。
「オレ変な吸血鬼だから、何か契約しないでも今のトコロ大丈夫みたいだから。それなら
もうちょっとこのままでも、いけるんじゃないかな? ってさ〜。それだけだよ」
そんな話にするつもりはなかったのが…アラスの言った事に、ふとエンジュラは考え込ん
でいた。
「…そうだよね。しなくて済むなら、やらない方がいいって思うよね。」
魔族だって好きで、魔族に生まれたわけじゃない。…アラスだって…他者を必要とするの
は、本当に生きるために必要だからなのだ。今更のように、ナーガの言っていた事の意味
を実感としてわかったエンジュラだった。
「…でも、ナーガ様はこうも仰ってた…そういうのは、アラスみたいなのは大抵、そのま
まじゃ生きていけなくなるって…人の心を持つとね、自分にとって正しい事や、信念に従
う時には意志の力だけで、普通の魔族よりよっぽど強くなれるけど…。でもね、そういう
意志の力を持つ反面、壊れやすい…脆くて弱いところもある。その隙を悪魔は見逃さない
…だから強くもなれるけど、死んでしまったり、壊れたりする事の方が多いって…」
エンジュラは言葉につまった。息を小さく吸い込んで、また始める。
「私達天使は、みんなほとんど、悪魔は悪魔だって信じてる…じゃあ、そんな心を持った
悪魔は魔界では生きていけないのに、かと言って人界に出たら、みんなで必死に追い払う
し…。」
今のままではダメなのではないかと、アラスに出会ってから、エンジュラはそう思ってし
まった。だからわからない…これからどういう風に、悪魔に対すればいいか。

「…―ねぇ、アラス…死なないよね?」
「えっ?」
突然話を振られ、少し返答に困った。
「アラスが『黒魔の宝珠』の在処を知っているっていうウワサは、私も知ってるもの。で
も悪魔だから、守護者じゃないはずだし…それなのに狙われてるじゃない。大丈夫だよね、
アラス、強いもの。ね?」
「…そんなこと心配してくれなくたっていーよ、大丈夫! 今まで大丈夫だったんだしさ
…ありがと。」
エンジュラはそれを聞いて、初めてニッコリ微笑んだ。心の中のモヤが少し晴れた様だ。
「前は魔族の事、全員消さなきゃ気がすまないって、私…ずっと考えてたのにネ…。」
 
                                     *

「じゃ、オレ達船捜してくるよ。」
「南行きだよね。」
サファエルとリーウェルは船を捜しに行くと言いつつ、山の方へ向かった。
「この辺でいいか。」
サファエルは中腹辺りで止まった。ここにワープゲートを造り、魔界に行くのだ。腕のブ
レスレットを手に取ると、それはサークレットに変わった。耳のイヤーカーフは胸のポケ
ットにアクセサリーとして付いている。リーウェルもイヤリングを取り猫の姿に戻った。
「じゃ、行くぞ。」
ブンという音をたててワープゲートは開いた。

                                     *

 クラル達は、次にどこへ行くかを話し合っていた。
「わしらは南へ行ってもかまわんよ、クラル殿。」
頼也は、クラルについていくことにした。幻次も別にそれで良いらしい。
「…。みんながいいって言うんなら…。」
クラルはルーファウスを見て言った。結局南へ行くことになった。
(あいつは元気にしているだろうか…。)
ポツリと、クラルは頭の中で呟いた。

 リーウェルが部屋に戻ろうとした時、誰かが自分達の部屋に入ったのを見た。
「誰だ?こんな朝から…。」
そして。
「や〜ん、やっぱり可愛い寝顔♪」
部屋に入ってきたのはシーファーだった。
「ぐっすり寝ちゃって、こりゃ襲いたくなるでしょう〜」
サファエルが一度寝ると中々起きないタイプで、しかも力を抑えているため本来のカンも
少し鈍くなっている。ので、シーファーのアヤしい気配も読めないので全然起きない。
「ふっふっふ。浴衣まで着て戴いて、襲って下さいって言ってるようなもんですね−。も
う、前襟が寝崩れしちゃってますよ〜。では、遠慮なく…あ痛!!」
シーファーが襲おうと前襟に手をかけたところで、入ってきた者に蹴りをかまされた。
「シーファー! 何やってんだよ!」
リーウェルが仁王立ちでシーファーをにらんで言った。
「何だ、リーウェル君ですか。さぁさぁ、お子様は出ていった出ていった。」
「ふざけるな、お前昨日も似たような事したろ! 俺のサファエルなんだから手出すな!」
「違います、私のですよ。」
「俺の!」
と大声で2人は言い合った。その時。
「うるさい!!  静かにしろ!!!」
2人よりも大きい声でサファエルが起き上がり言った。が、そのまますぐ後ろに倒れて寝
てしまった…。

                                     *

「おう、この飯うまいぜ!」
「うむ。林檎系より数千倍ましじゃ。」
頼也達は久しぶりにまともな食にありつけて幸せそうだった。
                                        
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