「「「えー! アラスって165歳ー!?」」」
幻次と頼也の案内で、江戸の市内観光をしていたクラル、ルーファウス、エンジュラの3
人は揃って驚いた。幻次と頼也も一応驚いている。
「オ前、こないだの自己紹介で‘13歳で健気な少年’とか何とか言ってたのにィ−。」
「ねェ、吸血鬼とかの歳ってど−なってるの? アラス。」
「…実は年よりだったのか。」
3人3様の反応に、アラスは困った。一応説明をしてみる。
「うーん…成長する吸血鬼って他の魔族に比べたら見た目が変わるのは遅くって、大体、
13年に1才分くらい外見が成長する、みたい」
簡単に言ってのける。そもそも「成長する吸血鬼」というのが吸血鬼の中では稀な方で、
本来吸血鬼は大体の場合、元は違う種族だったものが吸血鬼の血に感染して吸血鬼となる。
ところがたまに、生物としての吸血鬼から、生殖によって生まれる吸血鬼も存在し、生ま
れた時から黒レベルを約束されている吸血鬼は、代わりに成長に時間がかかるのだ。何し
ろ妊娠期間だけでも4年程かかり、0歳から1歳になれるまでに9年はかかる。その後は
アラスの言った通り、大体13年に1歳というペースで外見は成長していく……あくまで、
人間等の他の種族の血を奪わずに、生物として成長した場合は。なのだが。

 クラルが興味しんしん、という様子でアラスに尋ね出した。
「じゃあさー、一体どれぐらいまで生きてるんだ?  165歳で13歳ってことはさ〜。」
「うーん…平均的には、500ってところかな? 200歳くらいからは吸血鬼は、自由に変身
出来るようになるみたいだけど。とにかく魔族って本来、凄い長生きらしいよ。」
「へーっ、へーっ!」
「すごいね。じゃあアラスも沢山生きるの?」
「さあ? オレ、一年前までずーっと眠らされてたからよくわかんないんだもん。」
「…じゃ、実際には1才の赤ん坊と変わらないんだろ。」
ルーファウスがボソっと皮肉を言ったが、アラスはまるで聞いていなかった。

  クラルの意識は今度は遊覧船に向いたらしく、幻次と頼也を引っ張って川の方までかけ
ていった。ルーファウスも3人を追いかけた。
「…言った方が良かったかな。兄ちゃん達天界人みたいだから、オレと同じくらい生きる
可能性もあるってこと。」
「大丈夫だよ、天界人は自分の寿命決められるから。あの人達は自分のこと人間だって意
識してるでしょ? だったら寿命も自然に、人間と同じくらいになるよ。」
しかしその反面、力に命を吸いとられ、短命となる者もいる。要するに使いたい所に自身
の力を廻せる天界人は、ある意味で不幸なのかもしれなかった。
「変な話だよねー。それで早死にの天界人って多いんだろ? 人間なんて力も全然無いの
にどうしてあんなに短命なのかな。」
「私も元人間なんだけど…何とも言えないなぁ。」
死天使となった今ではエンジュラは、太陽からエネルギーを取り出す光の力を使うことが
出来る。吸血鬼が最も苦手とする力だ。
「でもたまに、精霊使いとか人間にもいるわよね?」
「それでも精霊と契約するのに何十年かかったりするらしいから、人間って。」
結局本来、人間は魔法や戦いに向いていない種族なのだった。あくまで魔族や精霊の視点
からみれば。
「本当…宝珠やその他の力って、どうして人間が使う様に出来てないのかな。変だよね。
力を持つのは全て、もう滅びかけた千族や天界人とかばかり。どうして一番数の多い人間
が、自分の手で自分の世界守れるように出来てないのかしら…。」
素朴な疑問こそが本質をついてるのは、よくあることだった。たとえそれが、考えても意
味のない問いかけであったとしても。

                                     *

  川の方へ行った4人は、その前にあった茶店に入っていった。クラルには何もかもが珍
しいらしく、ひたすらはしゃいでいる。そんなクラルをルーファウスはたしなめた。
「いいかげんにしろ、一緒に歩くのが恥ずかしい。」
「えー、だって、おもしろいじゃんか。ジパングって。」
(本トにクラルが19で、ルーファウスが16って信じられないよな。)
(そうじゃのう。むしろ、反対に見えるような気も…。)
こんな感じで各々のペアは好きにやっている。ルーファウスは少し真面目な顔をした。
「浮かれ過ぎだ。…下手をすれば、ザイスィの二の舞だぞ。」
「へっ? …何で? ルゥ。」
「あのガキだよ。…お前、もうすっかりうちとけているな。」
「だってさー、そんなに悪い奴に見えないしさ。」
ルーファウスははあ、と溜め息をついた。
「魔族をそう簡単に信用するな。ザイの時だってお前、だまされてたじゃないか。」
「で、でも、あんな子供がそこまで…。」
「165歳だって言ってたじゃないか。」
幻次と頼也はこの会話を聞いていなかったので、アラスを弁護する者はいなかった。クラ
ルは一度だまされた手前、ルーファウスに反論出来ない様だった。
「あのガキ、何だかんだで『赤火の宝珠』のことだって知っていただろう。…気をつけた
方がいい。」
「…わかったよ…。」
実はルーファウスも既に、四天王に欺かれているのだが。彼の場合は元々幼馴染だった相
手なので、仕方ないといえば仕方のない事なのかもしれない…。

 クラルは、はしゃぎ続けていた。
「ねェ、魚がいる! 俺んとこじゃ見られないやつだよ!」
川の方へ来て、珍しい魚を見ていた。そこへ、1人の少女が泣いている姿が目に入った。
「ねェ君。どうしたの?」
近付いて一言声をかけた。ルーファウスはやめておけばいいのに、と思っている。少女は
クラルに声をかけられると、涙を流しながらクラルを見上げた。その瞬間、そこにいた、
クラルの顔を知っている者全員目が点になった。もちろん本人も。
「た…助けて下さァい!」
少女はクラルに抱きついて大泣きしている。クラルも目を丸くして固まっている。抱きつ
かれたからではなく、その少女が自分とそっくりなのだ。髪は長く、色がクラルと同じで
栗色。何より大きな瞳。うり二つだ。
「何なんだよ…。」
ルーファウスは、一体今度は何なんだ、という顔をして嫌そうにしていた。

 少女はクラルに抱きついて大泣きしていたが、誰かが後ろから、その少女らしき名前を
呼んで来た時。
「きャア! 来てしまったわ! お願い、私と一緒に逃げて!!」
「ええ!」
「お願い! そっちの人達も!」
少女はクラルの手を思いっ切り引っ張り、追いかけてくる男2、3人とは逆向きに走り出
した。いつの間にかそばに来ていたアラス、エンジュラ、その前からずっといたルーファ
ウス達もいやいやながらクラルを追った。

「ふーっ、もうまけたかしら…。」
「なっ、なんなんだよォ〜…(死)」
川から街の方まで来た。結構人がいる。その少女は追ってきた男達の姿が見えなくなるま
でクラルを引っ張り走り続けた。何とも足が速く、まるで鬼の様な体力の持ち主だ。
「さっ、皆さんこっちにいらして! ここではまた見つかってしまう。」
「ひ〜っ、(まだァなのォ〜…)ホレホレヘ〜…(疲れたァ〜…。)」
またも彼を引っ張り、どこかの屋敷の陰に入った。少女はどうやらクラルの顔をまともに
見ていない様だ。
「あ−っ、疲れた! ありがと…あら? あなた…。」
「え? …あ、ああ…えっと…。」
クラルは自分そっくりな彼女の言葉に迷った…が。

「どこかでお会いしました?」
「自分の顔でしょうが、自分の!!」

 ルーファウス達はズルッと体のバランスを崩し、クラルは少女にそう言った。どうやら
彼女は根っからの天然ボケらしい。だからこう言う。
「まァ本当! うり二つとはこのことですね♪」
さすがのクラルもこの天然ボケにはがっくりきた様だ。

  少女の名は『森ノ原あずさ』と言い、歳は15、家柄の良い娘で、親に無理やり結婚させ
られそうになり、逃げてきたと言った。
「そ…それにしてもクラル殿とあずさ殿、そっくりじゃナ…。」
(性格も少し似てる…。)
と、この中では一番クラルと付き合いの長いルーファウスはそう思った。
「どうか助けて下さい! 私は顔も知らぬ男と結婚なんて…絶対嫌なんです!」
「「ええ! 顔も知らないのォ! それはひどいよォ!」」
クラルとアラスが2人一緒に声をあげた。
「そうなんです、ひどいでしょう! 父と母のことです、きっと家のことしか考えていま
せん。きっとデブでブサイクな、私より何十も上の人なんだわ!」
「お前…いい性格してるナ…」
ルーファウスが口をはさんだが、クラル、アラスは真剣に聞いている。
「何故私の様な水も滴る乙女が好きでもない男と! それを考えると夜も眠れませんの!」
「…やっぱ、いい性格…。」
「しかし、逃げ回っていても仕方ない。どうじゃ、これも何かの縁。わしが一肌脱ごう」
「本当ですか! 頼也様!」
ルーファウスはもう‘我関せず’だった。

  あずさから大体の事情を聞き終わると、頼也は一度深くうなずいた。
「ふむ。ではその結婚話を断れば良い訳じゃな。ところでお主、好きな者はおるのか?」
「何尋いてんだよ頼也、今はそんなこと…
「バカ者。今だからこそ大事なのじゃ! 少し黙っとれ幻次!」
スパーンンと久々のハリセンをくらわせる。どこから出してきたのか…。
「好きな人いるの?」
クラルが仕切り直した。あずさは赤くなった。
「やだ、そんなこと言えるわけないわー!!  キャー!!」
グヘェと叫ぶクラルの背中は思い切り叩かれていた。
「良いか、あずさ殿。お主には今から家に帰ってもらう。そしてお主を好きだという男に
来てもらい、2人で逃げて…(以下略)。ということじゃ。」
「…。頼也様、それは少々ムズカシイと思います。実は、祝宴は今日、しかもあの父と母
のこと、式まで私を地下に閉じ込めておくに違いありません…。」
何とまぁ…とアラスが呆れる。

「んじゃいっそのことクラルが変れば? こいつならぶっとばせるだろ−ぜ、何でも。」
「幻次!!」
「なっ、何だよ、い−じゃね−かこのくらい…。」
「ナイス・アイデアじゃよ!」
「ハ?」
全員が目を丸くした。

  頼也は、今からあずさとクラルを入れ替えて、祝宴になったらクラルは力を使い何とか
逃げ、恋人役の者と一緒に逃げるという設定を仕組んだ。
「ちょっと待て! 何故に俺が! ジョソ−じゃね−かコレ  」
「…似合い過ぎ、クラル姉ちゃん。」
いつの間にか女の格好をさせられてしまった。しかし本当に大丈夫なのだろうか…。
「まァ、この服、動きやすいわv」
あずさはクラルの服を着ている。
「ふむ。それで恋人役じゃが…わしと幻次じゃ歳上過ぎ、アラス殿は…165歳と言えど…
…やはり、ル−ファウス殿じゃな。」
クラルとル−ファウスは頼也の言葉に何!? という顔をした。
「ああ、そりゃい−な!」
「うん、決まり!」
幻次とアラスは、これで何もしなくていいと心の中で思った。ル−ファウスとクラルの主
張は無視され、その設定でやることになってしまった。

  そしてクラルは1人で、あずさの家へ向かった。
「おい頼也、あいつ本ト大丈夫かよ。何か心配になってきた…。」
「大丈夫じゃよ。ルゥ殿にキメてもらえば良いし。」
「…。」
「まァ、本トにルーファウスさんとクラルさんよくお似合いvv」
「「本トにねー」」
後半のアラス、エンジュラの一言にではなく、あずさの一言にル−ファウスはムッときた
様だ。実は、クラルと似ているということで彼女を女とも男とも見れていない様だ。
「あのなァ! 誰のせいでこうなったと思ってんるんだよ!」
「よろしくお願いしますねvv」
「………」
彼女のボケた性格にガックリきたのと、ボケた笑顔に赤くなった。
(…ったく。何で俺が…大体何であいつ(クラル)なんだ。俺はサファ…エ…ル? え?
ああ−、違う〜  これがラァだったら、ラァだったら〜…)
ル−ファウスが1人でジタバタしていた。

  一方クラルの方は、何とかあずさの家に着いた。
「あずさ様、もう逃がしません。お父上とお母上の言いつけにより、地下にいてもらいま
す。」
「えっ? え  ちょっ、ちょっと待てよ〜(泣)」
大男3人に囲まれ、地下に連れていかれてしまっていた。
  そうこうしている内に祝宴、白無垢に着替えさせられたクラルがいた。
「あずさ、美木麻呂さんが式の前にお会いしたいと言っているわよ。」
「お母様、初めてお目にかかる方ですね。(ったくふざけんなっつ−の。)」
かなりの棒読みで言った。が、あずさとは違うクラルの声を聞いても全く気づかないのだ
から、全然無頓着でボケた親だ。あずさのボケは両親から遺伝したに違いない。
「さァ、美木麻呂さん。」
襖を開け入ってきた男は何と、先程あずさが言っていた通りデブでブサイクでどう見ても
四十代くらいの大男だ。クラルは何も言えなかった。
(助けてェ−ルゥ−アン〜…!!(泣))
                                        
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