「あれー、サァ、どうしたんだよ〜。そんな嬉しそうな顔して〜♪」
部屋の近くで何やらうろついていたサファエルを、満面笑顔のルーファウスが見つけた。
「…ルゥ;  嬉しそうなのはオ前だよ…。手に入ったんだよ。」
「何がー?」
ルーファウスは笑顔を絶やさず、サファエル以外、気がふれたのかと近よらなかった。
「切符だよ。今日見つけた、豪華客船『体多肉号』の。3等客室がかなり余ってたらしく
て、安〜く手に入ったんだ、8人分。…他の人達と、これから行動を共にするんだろ?」
結局、クラル、ルーファウス、頼也、幻次は宝珠に関わる者としてしばらく一緒にいよう
という事になり、サファエル、リーウェルやアラス、エンジュラは、それぞれのオマケと
いう感じとなっていた。これだけパーティが大人数になってしまったのは、サファエルに
とっては少し動き難い状態ではあった。
「うんうん、南まわってついでに西へ行くんだ♪ ラァ…v」
「…;(ちょっと効き過ぎたな…)」
ニヤけているルーファウスはとりあえず置いておいて、サファエルは他の者にも『体多肉
号』の切符の事を報告に行った。

「体多肉…? それはよ、俺に対するイヤミか?」
「つっかかるな、幻次。確か豪華客船の名前じゃよ。わしでも知っておるのに。」
「へ−、さすが冒険家! 豪華客船ってコトは、もう沈まないよな! 俺と船ってど−も
相性悪いから〜。」
「クラル兄ちゃん、船に何されたのさ…でも、普通よりは頑丈だろうね。」
前に船が沈んだ事情を一応知るリーウェル以外多様な反応を示し、リーウェルはサファエ
ルに、いつその切符を買ったのか尋いてみた。2人でこそこそ話している。
「ついさっき、同じ宿の人からもらったんだよ。」
「ウソだぁ〜。ど−せ賭けとかやって、勝って、まき上げてきたんでしょ。」
「券が余ってたのは本当だぞ。」
「サファエル、変なトコで運強いね…。」

 そしてこちら側では、クラルとアラスが喋っている。
「あれ? そーいえばエンジュラちゃんは?」
「クラル兄ちゃん、聞いてなかったの? 今日の騒ぎでちょ〜っとだけ、干渉したから天
界に報告に戻ってるんだよ。」
そっかー、天使って色々大変だなー、とクラルは思ったが。アラスの‘天界’という言葉
に少しひっかかった。
「ねーアラス、天界ってさ。元々宝珠があった所なのか?」
「さあ…宝珠の発祥地は知らないよ。宝珠を守ってたのは、空に浮かんでる‘地’らしい
けどね。」
「そう、それ! そこの事、知ってるの!?」
「えっ? 何でそんなに興味あんの?」
そういえばアラスは、頼也と幻次には話した、クラルにあった出来事―宝珠との関わりか
ら―を聞いていなかった。再び説明するのは面倒なのでクラルは、その宝珠を受け継いだ
時の、夢の事を話した。夢で19年前に行っていた時の事を。大まかなことを話し終えると
アラスが、自分の知っていることを話し出した。

「地ってのはさ、宝珠を守る天界人達が住む、空に浮かぶ島のことだよ。そこで強い力の
家系の天界人が、宝珠を守ってきたんだって。5つの場所で、5つの宝珠をね。」
「へーっ。でも何で宝珠、天界で守らなかったのかナ?」
「そーだよね。魔族はせっかく天界に入れないのに。」
「えっ!?  そうなのオ!?」
「そうだよ。それに天界人も魔界には入れないし。お互い、魔性と聖性がそこの空気に合
わないから、らしいけど……まァ、宝珠は本来天界のものではない…らしいし。」
「‘らしい’ばっかりで、何かアテになんねーナ…。」
「オレまだ1年ぐらいしか生きてないんだから、ムリ言わないでよ〜。」
んー、そーだっけ? クラルはやる気の無い返事をした。

「ところでまだ尋くけどさ、5つの場所で5つの宝珠って?」
「百何年か前まではそうだったんだって。東西南北の守護者達とは別に、『地』の統率者
格でもあった最強の守護者が、最強の『黄輝の宝珠』を守ってたんだ。メチャクチャ凄い
宝珠だから、やがてそれを扱える守護者の跡継ぎ、いなくなっちゃったらしくてさ。」
最強の宝珠なのだから、扱うのも他の宝珠以上に難しいものなのだった。
「へー……じゃあその黄の守護者は、不在のままだった?」
「うん、守護者って時々そーいうコトもあるんだよね。その後北の『黒魔の宝珠』の守護
者が宝珠ごと地から姿消して、それで19年前、守備の手薄な『地』は滅んだそ−だよ。」
「…つまりは、黄と黒の守護者が不在だったから、『地』の力は弱ってたってこと?」
クラルはわずかに複雑そうな顔をして言う。アラスの表情も同様に複雑そうだった。
「……そうだね……」

                                     *

  そして、天界。何やら調べ物をしているナーガに、エンジュラはようやく切り出した。
「…というワケなんです。」
「なるほど。表向きはアラス君の悪戯を止めるため、ね?」
「ハイ…。(だってェ…おもしろそ−だったんだもの〜。)」
「別に怒ってないわ。ただ、姿までみせたのはどうかしらね。まー、あなたがフェンリャ
だと知ってる人はいなかったんでしょう?」
「ええ。…でも、知ってる人には絶対、姿見せちゃいけないんですよね。」
「…あなたも私も、本来は死人だものね。」
体は死んだが魂の生きていた者がなるといわれる死天使。この2人は共にそうして天使と
なった者同士だ。
「じゃあ、アラス達の所にまた行ってきます。何か、あのヒト達と一緒にいると楽しいん
です。それに宝珠の守護者が3人も揃いましたし♪」
「そう、良かったわね。それじゃ、行ってらっしゃい。」
少し元気になってきたエンジュラに、ナーガは安心していた。

《…。》
「―えっ? 何?」
《ジパング近海は…
「危ないの? どうして? …へっ。まだその力は残ってたの……? …そう。大事ねー。
そのコはあの子を狙ってるの? うん、そのリヴァイアサン。そうなの…無理もないか…」
ナーガが誰と話しているのかはわからない、が独り言ではないようだ。ナーガはかなり雰
囲気が落ち着いているが、顔はまだあどけない少女で、可愛く首を傾げながら考え込んだ。
「ま、あの子のことだから、何とかなるとは思うけど…何とかするとは、思うけど…」
《…》

                                     *

  サファエルは怒っていた。何故怒っているのかというと…3等客室は4人部屋で、2つ
の船室にちょうど8人が納まったのだが、シーファーが部屋割りをクジで決めようと言い
出し、有無を言わさず切符を引かされ、シーファーと同じ部屋になってしまったのだ。船
室は、2段ベッドが2つ置いてあるだけの、寝るためだけの所だった。
(安いから仕方ないか…。)
と誰もが思う様な。3等というだけある。ベッドが狭いから、襲うのは難しいはずだよな
−…などとやけくそな気持ちに浸っていた。
 その部屋の残りの2人は幻次と頼也で、よりによってリーウェルやルーファウスと全く
離れ離れになってしまい、とにかく不安だった。勿論、クジを引く時にシーファーが色々
細工をした事には気づいていない様だ。それぐらい疑っても良さそうなものだが。

  それでサファエルはリーウェルを連れて上の方に行った。遊覧船なので南に着くまで2
週間はかかるとの話で、クラル、ルーファウス、頼也、幻次、アラスの5人は船内探索を
することにした。何かあった時に、船内の様子を知っておいた方が良いからだ。アラス、
頼也を除く3人は宝珠なる物を持っているのだから、海の上で襲われないとは限らない。
しかもアラスだって一応賞金首だったりする。

  とにかく船には色々な人がいた。豪華客船だな−、と改めて実感してから、そのまま5
人は探索を続けた。すると。
 見知らぬ青年が1人5人に近付いてきた。普段なら、ルーファウスが真っ先に気づくの
だが、彼の感覚は今ラーファの手紙によって封じられている。という訳で、その青年の気
配にアラスと幻次が気づいた。
「ありゃー。ぼーっとした集団だなァ。大丈夫か? 宝珠の守護者達。」
「大きなオ世話だよっ! 何者だ?」
くってかかったのはクラルだ。頼也、幻次、アラスは冷静で、ルーファウスはぼーっと青
年を見ている。青年はにっこり微笑んだ。
「‘宝珠をよく知っている者’…って言ったら?」
「…魔族の気配がするよ、兄ちゃん。隠してるけど。」
ルーファウス以外の全員が厳しい目つきになった。
「お主は宝珠が目当てなのか?」
「まァ、落ち着けよ。そう恐い顔するなって。」
男は落ち着き払っていた。アラスの表情が緩んだ。
「大丈夫だよ。敵意とか殺気とかは全っ然感じない。それよりどっちかってゆーと、メン
ドくさいって感じだけどね…」
「そうそう、ワザワザ来てやったんだから話ぐらい聞けよ。全員落ち着いたか? …ん?」
青年は幻次の視線に気づいた。無理もない、青年はどう見ても全員を子供扱いしていた。
容姿でいえば幻次の方がどう見ても年上の様なのに。ただ、青年の雰囲気はやたらに落ち
着いているので、若いのに若くないといった感じだ。
「怒らない怒らない。宝珠の事を教えに来たんだから。」
「宝珠の事? …だって、ルゥ、アラス、頼也、幻次。」
4人はクラルに見つめられ、とりあえずはあ、と返した。

 ほんじゃ、一番大事なことだけ伝えときますかね。と、男は面倒くさそうに言った。
「宝珠を使うには、精神力と力両方が必要なんだ。でもまずは、宝珠の聖の力だけでなく
魔の力も引き出し、使いこなせるようにならなきゃいけない。」
「「「えっ? 何故?」」」
アラスとルーファウス以外が驚いた。青年はこう答えた。
「アラス君以外、みんな天界人じゃないか。魔の力を扱えるようになって、魔の結界で己
を守らないと天界人は魔界には入れない。復活目前の魔王も止められないし、四天王も魔
界にいっちまったら会えなくなるぜ。」
魔王は常に魔界におり、そして四天王は魔界と人界を行き来しているらしい。
「復活じゃと? じゃあまだ魔王というのは起きてはおらぬのか。」
「そうそう。『黄輝の宝珠』を奪う代償に、肉体のほぼ半分を失ったんだ。だから全ての
宝珠の力を使い、肉体を創らなきゃいけないんだ。」
「ちょっと待ってよ、あんた何者だよ。四天王じゃナイのか? そんなに詳しいなんてさ。
何者なのかぐらい答えろヨ!」
クラルの質問に青年は困った様子だ。
「う〜ん…光の珠を連れた女の子、知ってるだろ?」
「ああ、知っておるよ。」
(誰?)
アラスには訳がわからなかった。一度会ったとはいえ、ふらふらな時だったのですっかり
忘れているのだ。
「その少女の、おにーさんとでも言えばいいかな?」
「「「なっっ!?」」」
ルーファウスとアラス以外が絶叫する。
「じゃあな、強くなれよ。お前達は自分の力から逃げちゃいけない。逃げたら―…大切な
ものを失う。どうあったって、強すぎる宝珠の力が逃がしてはくれない。」
そして青年は消えた。もちろんこの青年、光の珠を連れた少女が訪ねていった先にいた青
年である。どうやら‘行く気’になったようだ。

「何者か、結局ゼーンゼンわかんねーじゃんかよー。」
「のう幻次、最近…。」
「ワケのわからないもの持ってるせいで、ワケのわからない奴によく会うな。」
「でもあの兄ちゃん、凄い力持ってた。よくわかんないけど。」
「ラァ……♪」
その場の空気が一瞬にして白けた。当のルーファウスは叫んでいた。
「強くなってから絶対迎えに行くからなー!!  ラァーっ!!」
その直後。突然船が揺れた。クラルがげえっ! という顔をする。
「なっ、何だよ−っ!」
揺れはすぐ治まり、その後は特に何も無かった。が、この揺れは今後の災難の前兆だった
ことに気づいた者はいなかった―…。
                                        
                                            Tale-23 close