何事も無く5日間が過ぎた。ルーファウスもようやく元のポーカーフェイスに戻り、サ
ファエルはリーウェルにしっかり守られてシーファーに襲われる事も無く、アラスは幻次
を頼也といじめつつ、戻ってきたエンジュラと友達のリーウェルと楽しそうに過ごし、ク
ラルも船を好きになり始めた頃…。
「きょ、巨大な渦潮が発生していますー!!」
その声は船内放送を通して全ての部屋に響き渡り、9人は急いで甲板に出た。そこでは、
船員と乗客がうろたえて暴れ回り、パニック状態だった。
「タイヘン! あの渦潮の中心にいるの、最強召喚獣の一つリヴァイアサンよ!」
エンジュラが警告するが他の乗客には聞こえず、聞こえても意味はわからないだろう。
「きっと、何かあるんだわ…普段はそうそう人界に干渉なんてしないもの、召喚獣って。
しかも竜なんていう最高レベルの召喚獣が、いったいどうして……!?」
理由は誰にもわからないが、その存在は厳然としてそこに現われていた。

「だーッ!!  だから俺は船と相性が悪いんだァー!!  っくそー、もォやだー!」
周りに振り回されるのが嫌いなクラルは、ジタバタ走ってパニックを助長している。
「なるようになりますってばー」
やたらに落ち着いているシーファーは、呑気に片足立ちで船の揺れを楽しんでいた。
「落ち着けクラル、うっとーしい! うわっと、おわっ」
「ルゥ殿こそ落ち着くのじゃ〜、あああ〜、こけるのじゃあ〜…」
シーファーが器用にバランスをとっている横で他の者は、必死に掴める所を掴んでいる。
「サファエル〜、また船壊れるのぉ〜!?」
「だっ、大丈夫だっ…大丈夫………?」
「大丈夫じゃないよサァ兄ちゃん! …あれ? フェンリャは?」
何だかんだとやっている内に、船の揺れは唐突に治まった。何事かと渦潮があった方を乗
客達が見ると…竜が首をちょこんと出していた。深い青の済んだ目がこちらを見据える。
その目を見た乗客は一瞬にして動けなくなった。クラル、頼也、幻次、ルーファウス、ア
ラス、サファエル、リーウェルも唖然とする。竜を見れるなんて滅多に無い事だ。

「どーしたんだろ……」
アラスがふっと、当たり前の疑問を口にした。アイツ、ひとりなのか……? 誰にともな
くそう呟いていた。
 竜はしばらく船の方を見ていたが、やがて海中深く帰っていった。騒ぎも治まり、乗客
全員が訳わからん、という顔をしている。
「ただいま〜。何とか説得にせーこーしましたぁ〜…」
エンジュラがクッタリ、という顔をして帰ってきた。せ、説得…? 全員唖然とする。
「フェンリャ、ごくろーさま。大丈夫?」
「ああ、ドキドキしたあ……あの竜、結構前からこの海にいるみたい…何か確かめたい事
があって近くまで来たらしいけど、みんな困ってるって言ったら帰ってくれたよ」
そ、そういうものなんですか;? と全員、輪をかけて唖然とした顔になった。
 何にせよ、危機は去った。全員が無事を神に感謝している瞬間…。
「…あれ? 前に何か見え…
ガガガッッ!!!
「オーノーッ!!」
船長の声と鈍い音が重なった。再び船が大きく揺れる。
「タイヘンデーっス、氷山にぶつかりマシタァー!!」
「何ー!!?」
乗客全員が叫んだ。船に氷山のカケラの雨が降る。

  船長の説明で、『体多肉号』は側面後方を損傷し、浸水しておそらく転覆することがわ
かった。船員は急いで救命ボートを用意し始めた。9人は、シーファー以外ぼー…として
いた。特にクラルとルーファウスとサファエルとリーウェルには絶望(?)の色が深い。
「…やっぱり俺、船、キライになりそ…山育ちだしィ…」
「豪華客船…脆かった…。ラァ……」
「いやー、渦潮は何とかなったけど、氷山にはかなわなかったですねー」
「…笑い事か? せっかく手に入れた切符が…」
「サファエル、元気出してよぉ…(涙)」
元気を出した方がいいのはリーウェルのような気が、と誰ともなく思った。
「よ、頼也。何か困った事になったよなあ…」
「くま太郎、わしはどうすれば…」
「フェンリャ…ど−して船長さん、氷山に気づかなかったのかなァ…?」
「さあ…渦潮ばっかし見物してたんじゃ…ない…の?」
  数分後。全員何とか我に返り、救命ボートに他の乗客を乗せる手伝いをした。自分達は
最後でいいと思ったのだ。まさか、ボートの数が足りないという事も知らず。

 この船にある救命ボートは、3等乗客の分は無かった。エンジュラ以外の8人が作業を
手伝っていたが、これだけ乗客がいれば当然焦る者が1人以上いるだろう。クラルと頼也
と幻次、アラス、リーウェル、シーファーに、サファエル、ルーファウスという風に別れ
てボートを下ろすのを手伝っていたのだが…シーファーが前の方で列をまとめている時、
後ろの方で突然拳銃を構えた男がいた。ちなみに、後方はアラスとリーウェルがまとめて
いた。
「わ、わしを早くボートに乗せろ! ほら!!」
列を払い除け、その男はアラスとリーウェルの前に立った。
「何だよおっちゃん、ちゃんと並べよ!」
威勢良く出たのはリーウェルだ。だが男には聞く耳がない様子だった。
「ガキめ、わしに偉そうな口をきくな!」
男は拳銃を発射した。リーウェルの足元に弾は逸れ、何とか当たりはしなかったが、アラ
スとリーウェルはプチンとキレた。
「いいカゲンにしろよおっちゃん!  本気でリーウェルに当たるとこだったじゃないか!」
「何考えてんだよ!  みんな乗れるって船長さん言ってただろ!」
「わ、わしは知っとるんだ。ボートの数が足りん事ぐらいなあ!」
「えっ…ウソ!?」
リーウェルは驚いた。そんな事が人界であるとは。彼は、魔界のことは多少知っているが
人界のことは、はっきりいって世間知らずだ。猫である頃は興味もなかった。何故乗客の
人数分のボートが無いのだろう…。
「わしは死なんぞ、死ぬものか! どけ、ガキ共!」
男は再び拳銃を発射した。アラスが少しぼう、としていたリーウェルを庇い、その左肩を
銃弾が直撃し貫通した。
「っ…! ってー!」
「あ、アラス!  大丈夫!?」
アラスはそのまま男に近より、銃を奪い取って銃身を右手だけでぐにっと曲げた。男はそ
れを見て腰を抜かして座り込み、アラスは銃を海に投げると船の壁にもたれかかった。
 2回もの銃声を聞いて頼也達とサファエル達がかけつける。シーファーは人の波に飲
れていて、サファエルがついた頃にようやくやって来た。

「ってー…こんな時に、人が大勢いるのに銃ぶっ放すなんてアリ…?」
「ったく、大丈夫かよ? ほら、肩出せ。応急手当だ」
幻次がアラスの肩の手当をするため、体を被っている黒い服を少し脱がせようとした。が
アラスは、突然その幻次の手をばっと払った。
「アラス? 何してんだよ、傷口を出さなきゃいけね−だろ」
「あ、ごめん…これ脱ぐとキツいんだ。肩のトコだけ切り取ってよ。刀か何かで…―!」
「「あ−っっ!?」」」
アラスと幻次は揃って驚いた。幻次の刀が無いのだ。よく見ると、ルーファウスのペンダ
ントも無いし、クラルの指輪も無かった。
「兄ちゃん達! 宝珠ど−したのさっ! いてて…」
「「「お…置いてきた!!  船室に!!!」」」
3人は揃って同じことを叫んだ。
  説明しよう。実は渦潮発生の時、ちょうど全員昼寝から醒めたばっかりだったのだ。慌
てて外へ出たために、クラルとルーファウスは宝珠を外して寝ていたし、幻次は布団の下
に置いていたので、気付いて持って行く余裕が無かったのだ。ちなみに頼也は、くま太郎
と寝ているのでくま太郎を持ってきていた。
 3人は急いで宝珠を取りに走った。サファエルとリーウェルはルーファウスについてい
き、シーファーは一応クラルについていき、アラスは肩を押さえて止血しながら、頼也と
幻次についていった。

  一方エンジュラは全員いなくなったのに気づき、船上を捜しまわっていた。その間に救
命ボートは全て埋まってしまった。
「どうして!?  足りないじゃないの、ボート! ひどい…ひどいよ。まだお客さん残って
るのに……どうしよう、このままじゃみんな死んじゃう…」
アラス達だけではなく、取り残された乗客全てが。まだかなりの人数が残っているのを見
てとって、エンジュラは本気で呆然としていた。
「結界を張ればいいんだろうけど…でも私は干渉しちゃいけないし…見てるだけしか出来
ないの…? これは、このお客さん達の運命なの…? そんなのって…そんなのって…」
ポロポロと涙を落とし始めた。しかし思念体であるエンジュラの涙は、下に落ちて彼女か
ら離れると消えてしまった。
 そんな時のこと。
《…人間を全て、海へ飛び込ませなさい…》
どこからかエンジュラに、誰かが話しかけてきた。驚いて顔を上げると、そこには先程の
竜がいた。船の上まで頭を上げて、エンジュラをのぞきこんでいる。
「リヴァイアサン……助けて……くれるの…?」
《…こうなったのは異界の存在である私の責任でもある…彼らの運命ではないでしょう。
…ならば、少しぐらいなら干渉しても良いはず》
「いいの? …ありがとう、あなた、優しいのね…」
《…普段はこのような事は、する気にはならない。あなたがそこにいるからだ》
「え?」
キョトンとするエンジュラ。
《あなたは天使だが……あなたの力に私は惹かれる。私が探していたのは、あなたかもし
れない。……あなたが目覚めることがあったのならば、私はその時あなたの力となろう》
「…よくわからないけど…お願いするね。じゃあ、みんなに伝えるわ」
エンジュラは手に光を出し、それを自分へと当てた。船上に、光と共に天使が現れる。乗
客は驚いてそれを見つめ、一気にパニックは治まった。エンジュラは無意識にだが、毅然
とした顔付きで語りかけた。
「先程の竜が助けてくれます。今すぐ海に飛び込むのです。それ以外に助かる道はありま
せん。早く…!」
全員、いきなり現れた天使の指示に従った。姿形は幼くとも威厳があったからだ。そして
船には誰もいなくなった。クラル達以外は…。
「みんな…どこに行ったのー!?」

                                     *

  半日後、元気に漂流する8人の姿があった。元々このパーティーは9人だったはずだが、
誰が足りないかといえば、アラスがいなかった。
「ねえ、アラス本当に見つからなかったんですか…?」
シーファー以外、力無くうなずいた。あまり体力を使っていないシーファーは元気に魚を
釣っている。
 あの後船はどぼどぼ沈み始め、ちょうど船室で宝珠を見つけたばかりの7人に、もう駄
目だ…という思いが一瞬頭をよぎったが。水が船室を満たそうとした瞬間宝珠が光り、そ
の場にいた者は全て結界に包まれた。それから何とか船を破壊しながら脱出し、海面まで
上がってからそこらの板をかき集め、イカダを作ったのだ。ところがアラスは、幻次を頼
也と一緒に追いかけていたはずなのに、途中で姿が見えなくなっていた。捜す暇も無く船
は沈み、そして未だに見つからないままだ。それぞれで今はぼやいている。
「…アラス、どうしちゃったのかなぁ。ねえルゥ」
「さあな…。それより、船は通らないのか? クラル」
下手をすれば、今ここにいる全員も死んでしまう。イカダがあるだけでも奇跡といえる。
リーウェルなどは泣きそうになっていて、サファエルがそれを慰めた。
「サファエル…アラス、俺を庇ったんだよ、あのクソ野郎から。それであんなケガ…」
「そうか…」
「私は全然大丈夫だと思いますけどー?」
「お前の言葉はアテにならん」
「ひどいなー、サファエル様。でも上…」
バサバサという音と共に、何かが飛んできた。コウモリだ。
「アラス!」
エンジュラが歓喜の声を上げ、コウモリはイカダのマストの上にとまって、元の姿に戻っ
た。左肩には包帯が巻かれてあった。

「陸見つけたよ! 一番こっから近いのがすぐ東! 東の大陸だと思うんだ、空から見た
限りでは………―れ? みんな、どうしたの?」
「バカ野郎(怒)」
幻次がマストを蹴りつけ、ぼちゃんとアラスが海に落ちる。イカダが揺れて、引っくり返
りかけた。
「勝手にどこ行ってんだよ!  心配するじゃね−か!」
どうやら幻次が一番気にしていたらしい。アラスは傷口に塩水が染みたらしく、ひどい、
痛い、濡れたー、と不平を満面に表している。
「ちゃんと言ったよ、空からボートとかの様子見てくるって、宝珠取りにいった時に!」
「水がばがば流れてる時に聞こえるか! 大体ケガの方はどーしたんだよ!」
「あんなの大したことないし何も関係ないし! オレ、吸血鬼だもん!」
全員がとりあえず一安心した。

 その後、魚を釣る係、イカダを進める係、方角を調べる係等に別れ、何とか陸についた。
そこは確かに東の大陸で、結局、辿り着くまで船に出会うことは無かった。全員疲れ切っ
ていて、海岸のすぐそばにあった宿に泊まった。
 ところが…大変な問題が浮かび上がった。
「…みんな、もう金が無い…。それに、次の船は1ケ月後じゃないと出ないって……」
元々彼らの目的地は、南の島である。サファエルが一応マネージメントを担当していたの
だが、宿代やら替えの服代やら武器の手入れやら何やらで、一気に金が飛んだのだった…。
「こうなったら、しばらく二手にでも別れて1ケ月後までお金を稼いだ方がいいですね。
どうです? ねー、皆さん。」
「そうだね。ちょうどいーじゃん、頼也兄ちゃんと幻次、2人で旅したら? オレずっと
お邪魔してたし。1ケ月後にまたここに集まるってことでさ。」
「まあ、それも良いのう。久々にマッタリ出来そうじゃしな」
「どの道宝珠の持ち主はまた集まらなきゃいけないんだよナ。じゃあさ、それまで修行も
兼ねてさ。1ケ月後また会おーぜ!」
クラルの景気のいい一声で、とりあえず方針は決まったようだ。しかし先が不安なのは何
も変わらない。
                                        
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