「ねえ頼也様、魅夜はこのコ達とも遊んでほしいのです。ほらみんな、ご挨拶は?」
人形達が無機質な目を一斉に頼也に向けた。悪寒がする。人形達の口が動きだした。
<ヨリヤサマ  アソンデ  アソンデヨ…>
人形が宙に浮かんで、頼也に向かって飛んでくる。1体1体の爪が刃物の様に鋭い。何体
もの人形がからかうように頼也の周りを飛び交う。人形がぶつかる度、頼也の服が破れ、
白い肌に真紅の血が流れた。頼也は身動きがとれず、細い腕で顔を庇っている。

「頼也!!」
見かねた幻次が人形の群れを刀で切りつけた。畳の上にボトボトと、真っ二つにされた人
形達が転がった。
「いやああっ!!  みんなっ、みんな大丈夫!?」
魅夜が慌てて人形達に飛びつき、首と体が切断された人形を手にして、目を潤ませた。
「ひどい…ひどい…魅夜のお友達なのに…魅夜の大切な…お友達なのにっ!!」
人形を抱きしめて泣き出した。しかし幻次はそれを全く気にも止めず、頼也に駆けよる。
「大丈夫か!?  頼也!!  傷だらけじゃね−かっ!!」

スパーン!!!  
「はぐわっ!!」
頼也がどこからともなく取り出したハリセンで、幻次の頭を思いきり叩いた。
「いって−な!!  何すんだよっ!?  せっかく助けてやったのに!!」
幻次には、何で殴られたのか全くわからない。むしろ、感謝されて「ありがとう幻次v」
「何、当然のことだ。お前のためだからな…。」「幻次っv」という様なシチュエイショ
ンすら考えていたのに…。
「馬鹿者!!  自分のやったことがわからないのか!?」
「何がだよ!?  お前が危なかったから敵を斬った!それのどこが悪いって言うんだよ!?」
スパーン!!!  
「あれを見ても、まだそんなことが言えるか!?」
頼也はそう言って魅夜を指さした。人形を大切そうに抱きしめて大粒の涙を溢している。
「魅夜殿には、この人形達が淋しさを忘れさせてくれる唯一の友達だったのじゃろう。」
幻次は返す言葉が無かった。魅夜にとても申し訳なく思った。

「…すまんのう。こ奴は馬鹿じゃから…。でも…悪気は無かったと思うから、許してやっ
てほしいんじゃよ。」
「ふざけないで!!  悪気がなければ、何してもいいって言うの!?あんた達なんか大嫌い!!  
私の友達返してよっっ!!」
悲鳴の様な叫びと共に、凄まじい衝撃波が頼也達を襲った。
「こより殿っ!!」
「頼也っ!!」
こよりを庇った頼也を幻次が庇った。
「私はいつだって1人だったわ。その時一緒にいてくれたのはこのコ達だけだったのに…
また1人ぼっちになっちゃった…。」
背中に傷を負ってうずくまる幻次を見下げて、哀しげに呟いた。
「ねえ…今度はあなたが魅夜の友達になってよ。ね?」
そう言って後ろにいた人形に合図をした。人形が幻次の瞳を見つめると、幻次の身体中の
力が抜けた。だんだん意識が遠のいていく…。

                                     *

  そこでは人界のどこよりも厚い黒雲が空を埋めつくし、月だけが鮮やかに光っていた。
そう、ここは…アラスの故郷、魔界。西の方角は主に吸血鬼の領域で、かなり有力な種と
されている。それもそのはず、魔族にはレベルがあり、そのレベルは瞳の色で見分けられ
るのだが、下から順に灰−黄−茶−赤−黒−緑−白となる。その黒レベルの力が、生まれ
た時から約束されているという種族なのだ。たまに力を弱く装う白レベルの魔族など滅多
に現れなく、緑は白よりかなり力が下だが、それでもそれも滅多にいない。だから吸血鬼
は有力だが…その中で黒レベルを越える者もほとんど現れない。では、黒い瞳の者ばかり
の中で、いかに弱者と強者を見分けるのか。それは吸血鬼の羽を見ればいい。コウモリの
様な羽が、何枚生えているかを。多い程レベルが高く、最高は6枚とされている…が。ア
ラスはそれを7枚持っていた。それが、アラスが例外とみなされ異端視された理由だ。強
さなどは全く未知数で、魔界の西の本城に住んでいた頃から疎まれていた。本城に住める
のは羽4枚以上の者のみで、しかもその城には人界にある吸血鬼の城に繋がるワープゲー
トがある。それでアラスは人界まで来たのだ。何しろ、魔界と人界の間の次元の壁を越え
ようとすれば、少なくとも緑レベルの力が必要なので。

  アラスは外見は13だが、実際は165歳だ。1年前まで人界にある方の城で眠らされていた…
隠し部屋の培養カプセルの中で。城を検察にきた本城の長のルシエラがアラスを発見し、
魔界に連れて帰った。その城の長は死亡しており、アラスの詳細は彼しか知らなかった。
天才と呼ばれていた長の論文等は残っていたが、理解出来る者もいない。似たり寄ったり
の日記もまた然りだ。結局、誰もアラスが何者なのか、全く知らなかった。

  今、本城でルシエラは、側近の者に当たり散らしていた。
「後少しまで追いつめたのに、捕り逃したとはどういうことかしら!?」
「も、申し訳ありません。何せ奴は精霊魔法の使い手で…。」
魔界には精霊がいない。闇の力を持った精霊でさえ近よれない所、それが魔界だ。その魔
界で生まれた魔族は、どうしても‘魔性’を持つ。他者の生気を己の生気とする性質を。
その性質が精霊と相入れない。そして魔族は人間の様な理性と、弱肉強食に耐え得る精神
力の強さを持っているので、気の力を主に使う。気の力というのは、これまた精霊と相性
が悪い。アラスはやはり‘例外’だった。人の方にも、気の力を使う者は多くいる。気と
精霊を併用出来る者もいるのだ。アラスにもそれが出来た、魔族であるというのに。

「そうよね、全く潜在能力が未知数な羽7枚のあの子を、侮ってはいけないということか
しら。羽5枚のあなたではムリなのね?」
「い、いえ…すぐにでも奴を見つけ出し、かの石の在処を聞き出し始末して参ります。」
「そうよ。裏切り者を生かしておいてはいけない。」
「心得ています。必ず、アラスの首をとって御覧にいれます。他の賞金狙いの奴よりも先
に…。しかし、誰が奴に賞金などかけたのでしょう?」
魔界ではアラスに、賞金までもかかっているのだった。

  当の本人はのんきなもので、途中見つけた泉で一休みしていた。すると。
「こんにちは。こんな所で何をしているのかしら。」
泉では、他にも誰かが休んでいた。とりあえず辺りを見回し、その姿をみとめた。
「こんばんは。変な時間に起きてるね、お姉さん。」
その女は流れる様にストレ−トな黒い髪をかきあげた。エメラルドを思わせる深い緑の瞳
が、着ている瑠璃色の着物によく合っている。普通の人間でないことはすぐにわかった。
だが何者なのかは、気配をうまく隠していてわからない。
「私は瑠璃。夜のお散歩中なの。」
「オレはアラス。ちょっと休んでたんだ。」
女はあら、とアラスを見つめ、微笑みながら口を開いた。
「それなら、この先すぐに京都と言う街があるわ。ここよりはいいんじゃないかしら。」
「ありがと。それじゃ。」
相手が魔族っぽいので、賞金首の自分に気付く可能性があるので早々と泉を離れた。女は
それをただ見つめ…不敵に笑った。何処となく、楽しくて仕方ないという感じだった。
「…成程、ね。…小手調べといきましょうか、アラス。この…『水瑠璃』が、ね。」
女は立ち上がると、夜の闇に消えた。              ※水瑠璃→みずるり  


 本当に街は近かった。街に入るかどうしようかと迷ったが…ふと何かが聞こえてきた。
女の子の泣き声だ。気になったのでとりあえず声のする方向へ行ってみる。そこで小さな
女の子が猫を抱いてしゃがみ、ひたすら涙を堪えていた。
「ど−したの?こんな遅くに。」
「猫が、猫が…ふえぇん…ヒクッ…で、グスッ…なんですぅ…。」
訳がわからないのでもう一度始めから聞くことにした。
「ど−してこんな時間に外にいるの?危なくないかなァ。」
「あまり外に出してもらえないから…これを捜しにきていたの、グスッ、ヒック。」
そう言って女の子は綺麗な細工のクシをアラスに手渡した。その瞬間アラスの手は、突然
零下の世界に来た様な冷気に襲われた。その理由は…。
「お母さんの形見…なくしてしまっていたから…。」
「さ、捜しにきたら、猫がケガして倒れてたって?」
「? …どうしたの?お兄ちゃん。」
アラスが受け取ったそのクシには、その女の子の母親の思いが満ち溢れていた。魂の形見
とも言うべき、思いが。人間の愚かさを糧として生きる魔族は、そういう物は苦手なのだ。

  とにかくクシを返して寒気を堪えると、アラスは猫を抱き上げた。
「お兄ちゃん?」
「ちょっと待ってて。…。」
アラスが手を宙にかざすと、どこからともなく水が現れた。人魚の様な形にやがて収束し
てから、猫の体を包む様に形状を変え、そして…その猫の傷を癒した。大方終わるとアラ
スは猫に一回キスをしてから下ろした。すると、途端に猫は目を覚ました。
「わぁ、すご−い!」
彼が今やったことは特殊な、精霊を使った回復魔法だ。そして自分の気を少し猫に分けも
した。それはともかく、精霊をそこまで操るのは並大抵のことではないのだが…勿論その
ようなことがわかるわけもない女の子は、ただ嬉しそうにアラスから猫を受け取った。
「う−んと、今日からあなたは珠之進よ。それじゃあお兄ちゃん、本当にありがとう!」
初めは猫に向けて言った。そして女の子は帰っていった。わりと猫の好きなアラスも嬉し
かったが、気をあげたので少しクラクラしていた。何だかなー…と苦笑もしていた。

 一方、女の子はすぐ近くを歩いていた。
「…お嬢ちゃん。ちょっと手伝って…。」
「−え? 誰…?」
女の子を呼び止めたのは先程の女、水瑠璃だった。

  
 アラスは道端で休んでから、やっぱりオレって魔族らしくないな、と考えていた。
  突然背後に殺気を感じた。咄嗟に伏せると彼の真上を氷でできた刃が飛んでいった。
「これは…気の氷じゃない!? 水の精霊…!!」
その刃は次々と飛んで来て、その内1つがアラスの腕をかすり、切り裂いた。
「いて−っ! いったい誰が…!?」
気の技は魔族がよく使う。が、精霊ということは術者は人だ。刃の発生源を確かめると、
何とそこには先程の女の子が、猫を抱いて立っていた。女の子の周囲には沢山の氷の刃が
浮かび上がり、全てがアラスを狙っている。その光景に驚く間も無く、第2撃が来た。

「ヒトだと思う…? 違うの。精霊を扱える魔族は、あなただけじゃないわ、アラス…」
水瑠璃は綺麗な緑色の目を細め、どこかの蔵の屋根からその光景を見ていた。緑レベルは
黒レベルよりもレベルが上である。アラスの方は、精霊を扱える者が女の子を操っている
のはわかったが、誰なのか見当もつかず、うわ−ん!という感じで逃げ回っていた。
「ど−すれば…−!? 何だよ、誰だよ! うるさい!」
頭の中に突然[とりあえず退却!]{…変なの。}<倒しちゃえって!>という、3つの
声が同時に響いた。これはアラスにはよくあることだった…自分で考えたものではない。
つい戸惑っていると女の子は片手を振り上げ、氷を統合してアラスに向けて放った。何と
かそれはかわしたが、同時に来た衝撃波で、彼はある建物の真上に吹っ飛んだ…。

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