漆黒の闇で覆われている花の御所を青白い月の光が不気味に照らし出している。

  幻次の意識も、黒くどこまでも深い闇へと沈んでいった。魅夜の前に立ち尽くす幻次の
目は虚ろで、人形達のそれに似た無機質な光を放っている。
「何てことを…魅夜、もうやめなさい!!」
こよりが飛び出した。それを魅夜は冷ややかな目でにらみ、衝撃波を起こしてこよりの細
い体を吹き飛ばした。
「きゃあっ!!」
「こより殿!!」
それを頼也が抱き止め、衝撃でこよりを抱いた頼也の体が思いきり壁に叩きつけられた。
「頼也殿っ、大丈夫かえ!?」
「ああ、ちょっと痛いけどのう。」
口から流れた血を袖で吹き取り立ち上がる。その目は、最初の優しい光を失っていた。

「魅夜殿、少しおいたが過ぎるぞ。今すぐあ奴を元に戻して大人しくすると言うのなら、
もう何も言わぬが…それを拒否するなら、覚悟が必要じゃよ。」
穏やかで、しかし殺気を含んだ口振りだ。魅夜は少し怯み、しばらく沈黙が続いた。
「魅夜ど…」
そこで言葉が途切れる。悲鳴と共に屋根で大きな音がした。

「ああああああああああああああああああああああああっ!!!」
ドーンッ!!  バリバリバリッ!!!  
「「ぎゃあああっっ!!!」」
頼也ともう1人、少年の様な声の悲鳴があがった。し…ん……数秒の間沈黙が続き、ガレ
キをかきわける音が沈黙を破った。ガラガラガラ…
「痛ててて…ひどい目にあったなぁ、もう…って…アレ?」
雰囲気の違いに目をぱちくりさせている。
「重いわ−っっ!!」
ガシャ−ン!!  と屋根を破って落ちて来た少年がガレキと共にひっくり返った。ひっくり
返した張本人は頼也だ。落ちて来た少年の真下にいたのである。口から血をだらだら流し
ている。どうやら喋りかけていた時に下敷きにされ、思いきり舌を噛んだ様だ。

「何なんじゃ一体−!? 舌がちぎれるかと思ったわ−!!」
「…はふうっ。何か俺が意識失ってる間にえらいことになってるな−。」
幻次が正気に戻って呟いた。
「おおっ、元に戻ったのかっ!! 大丈夫かっ!? ケガは!?」
「おう…大丈夫だけど。お前こそ大丈夫か? 口から流血してる…」
「これくらい平気じゃっ! いや−、良かったのう。」
頼也が喋る度に血しぶきが飛ぶ。凄い惨状だ。

「あのさ−、お取り込み中悪いんだけど、ここ、どこ? それに兄ちゃん達誰?」
ぶち。頼也がキレた。
「ここはジパング花の御所!! わしは頼也、烏丸頼也!! それよりお主、御所の屋根を破
りその上人に乗っかって舌までこんなにしおって詫びの1つもなしか、ん? 大体人に名
を尋くのならまず自分の名を名乗るのが礼儀とゆ−もんじゃろ−が!! しかも何じゃその
服は!! 妙な服着おって貴様一体どこの人間じゃ!? それに何故飛んで来た!! さては鬼
か鬼人かっ!!」
一気にまくしたてて息が乱れ、ぜ−ぜ−いっている。
「落ち着け頼也。しかし、頼也の言ってることは正しいぞ、男。お前こそ名を名乗れ。そ
れにどこから来たんだ? 後、頼也に謝れ。以上。」
最後の1つは重要なことらしく、少年をにらみつけながら言った。

「あ−、えっと、オレはアラス。何か女の子に吹っ飛ばされちゃってさ。」
「い−かげんなことを言うとど−なるかわかっておるよのう?」
恐いムードを飛ばしながら、頼也がアラスに近づいた。
「本当だよ。そ−だ、兄ちゃん舌出しなよ。」
猫に使った回復魔法を頼也にも使った。頼也の舌の傷が治っていくのを感心したように幻
次がのぞきこんでいる。
「へぇ、やるねェ。」
「本ト、ごめん。下に人がいるとは気付かなくて…。」
「…ついカッとなってしまって…悪かったのう。わしも。」

「ちょっと、私の人形…元に戻っちゃったじゃない! もう。また1人ぼっちだよ−。」
魅夜が目を潤ませている。その後ろから少し大きめの女の子の人形が歩いて来て、魅夜に
笑いかけた。
「私がいるじゃない。」
「『綾』…。」
「でも、他の人達も欲しかったら、本当に人形にしてあげるよ?」
優しく笑いかけた様に見えるが、その人形の瞳の奥には悪意がこもっていた。
「友達になってもらおうよ、ね?」
「うん…ありがとう。じゃあ、お願いするね、綾。」
涙をため、それでもにっこりと笑った。本当にその綾という人形を大切な友だと思ってい
る様だ。
「そういうことだから。友達になってあげて!!」
不思議な光を両手から幻次とアラスに向けた。
「なっ…!?」
その瞬間、2人は人形になった。操り人形とか、そういう次元の話ではない。本当に小さ
な人形になってしまったのだ。
「さぁ、次はあなた達よ。大丈夫、痛くしないわv」

「そうか、お前か…。」
「え?」
「お前が魅夜殿をたぶらかしていたのだな?」
恐ろしい程の殺気が頼也にみなぎっている。しかしそれを気にしない様子で、綾はにっこ
り笑った。
「人聞きの悪いこと言わないで、私は魅夜が寂しくないように一緒にいてあげるの。望み
だって聞いてあげてるんだから。」
「それ以上綺麗事をならべるな。この薄汚い悪霊めが。」
頼也が吐き捨てるように言った。
「魅夜殿の望みじゃないだろう。そうするように、うまく言いくるめていたのだからな。
…こより殿、魅夜殿の耳をふさいでおいてくれ。」
「何のつもり?」
「これ以上魅夜殿に残酷な真実を聞かせたくないんじゃよ。…一緒にいたのは精気を吸う
ためであろう? おそらくその人形達の中には、さっきの2人と同様にお前に精気を吸わ
れ人形にされた者達も混ざっておるのじゃろう。」
綾がにやりと笑った。こよりによって気絶させられた魅夜をちらりと見た。
「…人間って愚かよねぇ。だまされていることになんて全然気付かないんだもん。やりや
すくていいけど。大体精気吸えなきゃこんなガキのお守なんて誰もしないわよ。」

ゴッ!!  
激しい風が巻き起こった。
「それ以上言ってみろ。かけらも残らないよう消滅させてやる。」
「あなたには無理よ。」
頼也は自分の前で手を組み、印を結んだ。烏丸の一族に代々伝わってきた呪術。激しい風
で竜巻が起こった。
「きゃあっ!!」
竜巻が綾を飲み込む。思った以上の力で、頼也も驚いている。
「なっ…か、体が動かないっ…!? この…私がっ!?」
綾の体が歪んでいく。その瞬間綾の周りの空気が歪んだ。そしてその歪みは次元の穴へと
変化した。
「あの方だわっっv烏丸頼也!!次に会う時は必ず殺してアゲルから!! 首を洗って待って
ることね!! アハハハハハ!」
高笑いと共に綾が去っていった。花の御所に静けさが戻る。

                                     *

「…頼也…様…?」
魅夜が目を開けた。あの後頼也がおおまかにいきさつを話し、知っていたとはいえやはり
ショックだったのか、魅夜はこの3日間布団から出ようとしなかった。魅夜の黒目がちな
目が充血し、涙で潤んでいる。頼也は優しく微笑んで、魅夜の頭をそっと撫でてやった。
「大丈夫、わしはここにおるよ。」
「夢を見たの。綾がね…私に愛想をつかしてどこか遠くに行ってしまったの。それで私は
また1人ぼっちになってしまうの。淋しかった…。」
そう言って魅夜はまた大粒の涙をぼろぼろ溢し始めた。

「ねえ頼也様、私、これからずっと1人ぼっちなのかな。」
「そんなことは…。」
頼也がそう言った瞬間、小さな猫が部屋に入って来た。
「おや、どこから入って来たんじゃろう…。」
頼也が抱き上げようとすると猫は頼也の腕にツメを立てた。
「痛いわ−っ!!」
慌てて頼也が猫を離すと、猫はそのまま歩いて魅夜にすりよってきた。
「どうしたの? お前、どこから来たの?」
魅夜が頭を撫でるとグルグル喉を鳴らす。
「あっ! こんな所にいたのね!?」
少女が部屋に飛び込んできた。茶色の目と髪を持つ、可愛らしい少女だ。
「ごめんなさい。珠之進が勝手にお邪魔しちゃって。」
少女が頼也に頭を下げた。
「ここはわしの部屋ではないよ。」
「じゃあ、あなたのね。ごめんなさいね、珠之進が…。」
「ううん、いいの。これ、あなたの猫?」
「そう。珠之進っていうの。あなたは?」
「魅夜。あなたは?」
「莎夜。ここの前の御所に引っ越してきたの。」
少女と魅夜が楽しそうに話すのを見て、頼也は部屋を出て行きながら微笑んだ。
「(もう大丈夫じゃな…。)」

                                     *

「ふむ…これでよしと。これで主は、この海風と…。」
「丘嵐の許可を得たのじゃから。」
「や〜っと、外に出られるの? も−、3日ぶりだよ−。」
アラスは疲れたという顔で、包帯をまいていない方の手で荷物を取った。
「主が昼間寝てばかりいるからじゃ。なあ丘。」
「のう海。おまけにその妙な格好をいくら言うてもやめぬし。」
「ほんじゃ、オレはも−行くよ。」
既に聞いていない海風という男と丘嵐という男は、互いに見つめ合った。
「丘!」
「海!」
「これからもわしら2人、頼也様のもとで。」
「『京都犯罪無々運動』、続けようではないか!」

一生やってなよ、という顔でアラスはその場所から出た。さ−行こ−、と伸びをしたら、
いきなり背後から声をかけられた。
「よっ、アラス。取り調べやっと終わったのか?」
「何だ、幻次のおっちゃんか。頼也兄ちゃんまだあの娘にかかりきりなの?」
幻次の顔がひきつった。
「おい、何で俺はおっちゃんなんだ。俺は頼也と1つしか違わね−んだぞ。」
「へ−。…ところでさ、この京都に精霊使いはいる?」
「精霊? 幽霊の親戚か?」
「幻次に尋いたのが間違いだった、ごめん。」
「今度は呼び捨てか…。」
「じゃ−オレ行くよ。色々邪魔してお世話様でしたっ。」
そう言って幻次に背を向けとことこ歩き出したアラスを、幻次は後ろから彼の荷物ごと持
ち上げた。

「…? 何…やってんの?」
「俺は最近退屈だ、頼也があの娘にかかりきりだからな。という訳で、少し付き合え。」
「へっ?」
そのまま幻次はアラスをかついで走り去った。
「何で−? −…???」

  場所は変わり、そこには釣り竿とジパング製の酒瓶があった。かなり広めの池では魚が
悠々と泳いでおり、御所内のミニ釣り堀という訳だ。
「ね−幻次、酒って何?」
「お前、酒を知らないのか? 本当に変な奴だ。服装といい登場の仕方といい…ま、飲ん
でみろ。釣りもテキト−でい−んだ。」
アラスは言われた通りにした。幻次は釣り竿を手にしている。

「ったく、何だって俺はこの間あんなについてなかったんだ? 頼也には怒られるし、2
回も人形にされちまうし…。も−ほとんど覚えてね−んだよな。」
「…何でオレまで人形にされなきゃいけなかったんだろ。精気までとられたしィ。」
2人とも酔って本性、いや本音が出てきたようだ。幻次が釣りに熱中している間アラスは
黙々と何かを考え続けていた。
「(でもあの綾っていうの、ただの魔族なのかな…。人形にはされたけど、でもオレ達生
きてるし…あの女の子にも、口先でとりいってはいたけど…魔族だったら先にあの子殺し
て、死体利用する方がやりやすいよね。普通よりあれでも甘いんだ…。)」
「オイ、ひ−てるぞ。」
「あ、うん。(あれ? そ−言えば綾…ってまさかあの兄ちゃんにきいた、東方の? …
ま、い−や。向こうはオレのこと知らなかったみたいだし。)」
アラスは魚を針からはずし、その魚の胴体に右手の人差指を当てた。暴れていた魚が大人
しくなり、白目をむく。幻次はその光景を見てはいなかった。
「ういっ、まっず−…。」
「?」
「…まっず…−まず、エサを針につけないといけないんだよね?」
「そうだけどよ…変な奴。さっき教えたばっかだろ。」
「アハハ。(やっぱ魚の血と精気なんて、大したことないや  量は少ないし、魔族より質
悪いし…。)…−!」
頭の中で声がする。[人間襲えば早いのに。]{…バカみたい。}[ムダなことしてない
で、放してやりなよ。魚。]アラス自身は、誰だよ…とだけ呟いた。

「は? お前、さっきから変だぞ。」
「何でもナイ。…いてっ」
包帯をまいた右腕から、痛みが走ったのだ。
「大丈夫か? まだその傷痛むのか。」
「ちょっと、ね。(…そろそろ精気、足りないのかな…傷の治り遅いし。はァ、不便だよ
ねェ…人襲ったら絶対魔界帰されるし…。)」
アラスは再び魚を持つと、指を当てた。魚に生気が戻り、跳ねて池の中に戻っていった。
「何だ、逃がしたのか。せっかくの夕飯。」
「あ、魚って元々食べ物か。そ−だよね。」
「?」
「幻次のひ−てるよ。」
「お−!」
「(やっぱしやばいや。このままだと立って歩くのがやっとだし。ど−しよ〜?)」
幻次の魚は逃げてしまった様だった。

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