頼也は魅夜の部屋を出てからそこら中歩き回っていた。幻次を捜していたのだ。そこに 海風と丘嵐が通りがかったので、2人に尋くことにした。 「海風に丘嵐、幻次を知らぬか?」 「幻次殿なら、あの少年と釣りに。」 「行かれましたが。」 「そうか。」 「どうなさったのですか?」 「考え事をなさっているお顔ですぞ。」 「…うむ。旅に出ようと思ってな。」 何ですと−!? と海風が飛び上がり、丘嵐が顔色を変えた。 「一体どうなされたというのです? この京都を、頼也様以外に誰が守るというのです!」 「それは、そなた達じゃろ。姉上もおるし。諸国の検察も兼ねてのう、色々と知りたいこ とがあるのじゃよ。というわけで、ここはそなた達に任せたぞ。」 「「よ、頼也様〜!!」」 * 「ほら、もっと飲めって。」 幻次は自分の盃に酒を足すと、それを一息に飲みほした。 「本トによ、最近珍しいこともないしよ、やっぱ都に住むってのは退屈で仕方ねえ。」 「オレも−行きたいんだけど〜。」 と言いながら多少酔っている様で、頭がぼ−っとしている。 「あ−、俺もいっそ旅に出ようかね。頼也さらって…。」 突然、アラスと幻次の背後に陰が差した。 「ほ−、誰をさらっていくのじゃ?」 そこに立ったのは頼也だ。何やら彼は、不敵な笑みを2人に向けていた。 「あれ、頼也。いつの間に…。それに何だよ、後ろの荷物。」 頼也はにっこり笑うと、背後に置いていた荷物を幻次にほいと渡した。 「何だこれ。」 「旅には色々な物が必要じゃからな。ほれ、まだあるぞ。」 何度も荷物を取っては幻次に渡し、あれよと言う間に幻次の手は一杯になった。 「これを全部俺が持つのか!? 大体何でこんなたくさんあるんだよ!」 「ほう、なら幻次はお留守番じゃな。わしはしばらくジパングの諸国を検察したら北陸に 渡り、そこから船でジパングを出るつもりじゃから当分は帰ってこんが。」 「頼也ぁ−…それはないだろ?」 「じゃ、決まりじゃな♪ …さて。」 「−?」 頼也と幻次は揃ってアラスの方を向いた。いきなり見られてアラスは少し困惑したが、と りあえず気にかかっていた事を頼也に尋いてみた。 「頼也兄ちゃん、この街に精霊使いはいる?」 あの、莎夜という女の子を操っていたのは誰なのだろう。 「精霊とはまた、珍しいことを言うのう。京都どころか、ジパング中を探してもあまりお らぬじゃろうな。他国ではたまにおるそうだが…。」 元々、そういう力を持った者というのはどこでもありふれてはいないのだ。 「そっか、やっぱり。兄ちゃんの力はどうみても精霊じゃないし。でもスゴい力だね、人 間にしては。黒レベルの悪魔…?−を退けちゃったんだから。」 頼也はその言葉を聞くと、アラスを見つめなおした。 「アラス…といったのう。一緒に来ぬか?」 「…へっ? 一緒にって…兄ちゃん達と?」 「本気か? 頼也。」 「そうじゃ。お主は色々役に立ちそうじゃからの。何かと詳しいし。」 「でもさ…オレにはあんまし関わんない方がい−よ?」 アラスの不安気な顔を見ると、頼也は安心させるかの様に笑った。 「心配ない、何かあったらこの幻次がおる。こ−見えても結構強いのじゃよ?」 「こ−見えてもとは何だよ…。ま−いい、俺が強いのは本当だからな。何かあったらこの 刀で… 幻次が刀を手に持ちかえた瞬間、刀に装着している宝石が少し光った。 「あ−!! そ、それは−!!?」 アラスは咄嗟に自分の口を塞いだ。頼也と幻次はしばらくキョトンとしていた。 「…決まりじゃな。出発は明日の朝、よいな。」 * 「綾。」 「な−んだ、久しぶりに誰かが通信いれてきたと思ったら、水瑠璃だったの。何の用よ、 私今忙しいのよ。」 2人はどうやら鏡の様な物を通して互いを見ている様だ。一般的な通信装置である。 「どう? 青の気配はつかめたの? あなた元々そのためだったわね、ジパング住み込み。 …まァ、人の獲物に手を出すくらいだから、余裕あったんでしょうけど。ね。」 「何のことよ。それどころじゃなかったわよ。せ−っかくうまくいってたのに、とんだ番 狂わせだったんだから。まさかあの公家があんな力持ってるなんて、思いもしなかったも の。まァまた会ったら、軽〜くひねってあげるけどさ」 「途中、乱入してきた子がいるでしょ?」 綾は首をかしげた。そして思い出した様だ。 「あぁ、あの変な人間。何か吹っ飛んできたわ。」 「人間じゃないわ。羽7枚の吸血鬼よ。」 「ええっ! あの、お尋ね者の…やだ、賞金損しちゃったじゃないの−。」 「良かったわねv あの子は私の獲物よ、綾。」 「水瑠璃って年下好みだったの?」 「そ−いう路線で言うなら、人形相手に愛を注ぐ方がやばいわね。」 綾の言う‘あの方’のことなのだろうか。 「ちょっと! あの方の悪口言うのはいくらアンタでも許さないわよ!」 「はいはい、それじゃ、あの子にはもう手は出さないでね。」 そこで通信は切られた。綾の方が知るか、と一方的に叩き切ったのだ。 「相変わらずおてんばだこと。」 水瑠璃は楽しそうに笑い、その場を離れた。 * ジパングを覆っていた雲は晴れ、久方ぶりに夜空に星が輝いている。その星をサカナに 幻次と頼也は久しぶりに2人で酒を酌み交わしていた。 「きれ−な星じゃのう。昨日の嵐がウソのようじゃ。」 嬉しそうに頼也は星を見上げている。 「やっぱりあの人形娘が雲呼んでたのかね−。」 その頼也の顔を満足気に眺めながら幻次が言った。 「ううむ…、あながちそうとは言い切れんが…そうかもしれんの。しかしここ数日、忙し かったのぅ。色々と。こうして2人で話すのも久方ぶりじゃの。」 月の光の様な優しい笑顔を幻次に向ける。 「そ−だな。明日からはコブ付きの旅だし。こ−やって2人っきりでいられるのってしば らく無いかもなァ。ちくしょ−。大体頼也、お前何でアイツ…ええと何だっけ、あ…?」 「アラス?」 「そ−! そのアラスを連れて行くんだよ!?アイツだって別に一緒に来たがってたワケ じゃね−んだし−。」 幻次がでかい図体ですねている。ムキムキの筋肉で固められた大男が口を尖らせてすねる のは、見ていて気持ちのいいものではない。いや、むしろ気持ち悪いぐらいだ。 「何じゃお主、‘何かあったらこの俺の刀で’なんてノリノリの調子で言うから、わしは てっきり賛成しとるのかと思っとったぞ。」 頼也がわざと驚いた顔をして言った。幻次がその場のノリで軽く言ってしまったという事 ぐらいお見通しなのだ 。 「何だよ。わかってて言ってやがるなっ。大体俺が反対したらお前、俺のこと置いていく だろ−。」 またすねている。その姿を面白そうに眺めながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。 「よく分かっておるのう。」 「…ちっ。」 舌うちをして横を向いてしまった。自分は頼也にとってその程度の存在でしかないのか、 と自分で言った事ながら少しショックを受けているのだ。 「はははっ。本当に単純な奴じゃ。」 面白そうに笑う頼也を幻次はにらみつけた。 「そう怒るな。冗談じゃよ。わしが本当に幻次を置いてどこかに行くはずなかろう? た だ幻次があまりに単純で可愛いからつい、からかってしまうんじゃよ。」 「ちぇっ、馬鹿にしやがって。」 照れ隠しに幻次は酒をあおった。 「それにの、アラス殿の事なんじゃが…。」 頼也が真顔になって言った。 「あやつ、何故か“精霊使い”とか“黒レベル”だとか悪魔の事に詳しいじゃろ? この 先必要となる知識も持っているやもしれんからな。」 「それだけじゃ、ないだろう?」 幻次が頼也の顔をのぞきこんだ。頼也は、人を利用するためだけに有無を言わせず旅に連 れて行くような奴じゃない、幻次はそう思っているからだ。 「このままアラス殿が旅をしたら、行く先々で取り調べにあうであろう。それにあの知識 とか…悪用されては取り返しのつかない事になってしまう。その時わしがそばにいれば、 取り調べも無くて済むし、悪用される、なんて事もなかろう。こう見えてもわしは一応、 名の通った血筋、そして術者なんじゃからの。」 「…じゃ、しょ−がね−な。頼也がそこまで考えてやることに、俺みて−なバカが口はさ むもんじゃね−しな。」 幻次は笑顔でそう言った。 「でも、わしは幻次が2人で行きたがってくれたのは、嬉しかったぞ。」 その頼也の言葉と笑顔で、幻次もやっと納得出来たような気がした。 * 水瑠璃との通信の後、綾はずっと苛立っていた。 「あの方をバカにするなんて今日という今日は許せない!! あの高慢チキの年増ババア!!」 1人で叫びながらカベを思いきり蹴飛ばした。 ガンッ!! 「いった−い…。何なのよ! もうっ!!」 自分で蹴っておきながら、今度はカベにも怒りを向けている。その瞬間、部屋の戸が開い た。ぱっと綾の表情が変わる。 「常康様!!」 ※常康→つねやす 嬉しそうにかけよる綾をさっと抱き上げた常康という男は、2mは軽く越すだろうという 身長に、おびただしい筋肉。そして綺麗に丸めた頭。巨大な坊さんといった感じだ。 「もう帰って来ていたのか、綾。…青の気配は掴めたか?」 「それが−聞いて下さいよ−、綾一生懸命頑張っててすっごくうまくいってたんですよ。 それなのに途中から生意気な公家が乱入してきても−めちゃくちゃ。ひどいでしょ。」 綾は常康の首に抱きついて甘える様に言った。 「そうか、ご苦労だったな。…公家…か…。そいつは術者か?」 「はい、もちろんです。じゃなきゃこの私がそのまま帰ってきたりしませんわ。そうです わね…精霊とか、そういうんじゃなくて…もっとこう、私達に近い力でした。」 「呪術…か…。」 「そうだ、それと水瑠璃が言ってたんですけど、そこにあのお尋ね者の羽7枚の吸血鬼が いたらしいんです。私はそれに気付けなくて、逃してしまったんですけど。」 「かまわない。下手に水瑠璃の獲物に手を出さない方がいい。それより綾、その公家とや らの方の様子を見ていてくれないか?」 綾は泣きそうな顔になった。常康はそれに気付いた。 「どうした、綾?」 「常康様はそうやって、どんどん綾以外の者に惹かれていくのですね。あの方の時の様に …。」 目に涙までためている綾を、常康は不器用なりに優しく慰めた。頭を撫でながら言った。 「今度は違う。これは役目だ。…それに、綾の事もあの方と同じくらい大切だよ。」 綾はにっこり笑って常康に抱きついた。 「(嘘つき…。)」 綾はそれが常康の優しさから出た言葉だと知っていた。そして自分がいつまで経っても常 康の中の‘あの方’には勝つことが出来ない事も…。 * 一方水瑠璃は、綾との通信を切ってから、何やらあっちに行ったりこっちに来たりでう ろうろしていた。今は着物ではなく、淡い紫の物を羽織っていて、黒い髪がよく映える。 「変…ね。やはり『黒魔の宝珠』はレーダーにいつまで経っても反応しない。天界側のよ りも余程優れている物なのに。東西南北どこへ行っても反応ナシ、とはね。」 水瑠璃はレーダーを止め、今度は大きな平たい、水を張っている物の方へと移動した。 「綾があの調子だから、まだ東の方も苦戦しているみたい。可愛い綾、誰が高慢チキの年 増ババアなのよ。」 どうやら綾の言った事全てを、お見通しだったらしい。自尊主義の多い魔族なら普通誰で も怒るところだが、水瑠璃は楽しそうに微笑んだ。 「本当に可愛い子。」 強さや地位的基準から言えば水瑠璃は‘不敬罪’として綾を好きにする事が出来るのだが、 全くもって考え付きすらしないようだ。 「そう言えば、西の方はどうしてるのかしら。あの、趣味の悪いあいつと、よくもまあ一 緒にいられるものだわ。」 この一言を聞く限りでは、彼女は自分の強さに自信がある様だ。ただでさえ恐ろしい者の 事を、平気であいつと言ってのけるのだから。 「アラス…今度はどんな方法で遊んであげましょうねぇ。」 そう言うと水瑠璃はその場を後にした。独り言をべらべら喋っていた様に見えたが、水を 張った四角い金属の、水鏡の中で何かがいつも相づちをうっていた。 Tale-4 close