一般的に魔族は夜を好む。アラスも吸血鬼なのだからもちろん同じで、御所で誰もが寝
入った頃に1人で庭を散歩していた。そこへ1羽のコウモリが飛んで来て、アラスの肩に
止まった。
「あれ、お前…何だ、魔族の化けコウモリじゃないのか。びっくりした−。」
どうやら彼の力に惹かれて来たらしい。しかも同系と言っても過言ではないので、そばに
いると安心でもするのだろう。とりあえずアラスはコウモリをのせたまま縁側に座った。
「月が今日はよく見える…。不思議だなぁ、次元の違う魔界でもどうして同じ物があるん
だろ。そっくりだし。誰が創ったんだろ?」
アラスの言う通り、事実魔界には、太陽は無いが月はある。そして多くの魔族達の力の源
となっているのだ。
「…ルシエラがまた刺客を送ってくるのは時間の問題だよな。」
半分はあきらめにもう半分はぐちりの入った声で呟いた。
「…初めて起きてからまだ1年しか経ってないのに、たくさん変な奴に会うんだ。…頼也
兄ちゃんも、幻次も、おいちゃんも、フェンリャも、あの兄ちゃんも…。」
コウモリはそのままアラスの肩に止まっている。1人で回想にふけるアラスは、微妙な表
情で月を見上げていた。
「それに…あの刀…−…!」
不意にアラスの言葉が止まった。誰かがアラスの後ろに立っていた。
「―幻次?」
幻次は眠そうに一つあくびをしつつアラスを見、同時にコウモリは飛び去っていった。

「な−にコウモリと戯れてんだよ、こんな夜更けに。」
「幻次こそ、頭何かボサボサだよ。」
「あ−? 本トだな…」
「寝てなくて大丈夫なの? 出発は朝なのに。」
「お前だって起きてるじゃね−か。変な奴だ。」
「…オレから見たら変なのは頼也兄ちゃんだよ。」
悪い意味では無い口調ですっと言った。幻次は黙っている。
「人間にしては何か強いし、それに…―って、幻次寝てるじゃん。  …あ。」
気が付けば、当の頼也がすぐ後ろまで来ていた。
「やれやれ、こんな所におったのか。仕方のない奴じゃ。」
頼也は普段とは少し違う、浴衣の様な物を着ていた。おそらく寝巻きだろう。
「酔いつぶれて寝ぼけるとは、らしくない…。―アラス殿も、とりあえず用意した部屋に
戻ったらどうじゃ。そのままそこにいては、誰ぞが不審に思うやもしれぬのでな。」
「月を見てたいだけだよ〜。兄ちゃんこそ休まないと、あの女の子につきっきりだったか
ら疲れてるんじゃないの? オレは疲れは治してあげられないし…。」
「…本当に不思議な奴じゃ。」
頼也はふ、と笑ってアラスの方を見た。
「―ジパング出るまでよろしくね。…兄ちゃん達はそっからどうするのさ?」
少し考え込むと頼也は、幻次の腕を自分の肩のまわして抱えつつ立ち上がった。
「その時はその時で考えるつもりじゃ。海風や丘嵐が日々守っているこの京都の、しかも
わしのおるこの御所にあのような、悪霊? が住み憑くのじゃから、諸国はどうなってい
るのか見当もつかぬ。やはりここは世情というものをしっかりとこの目で見極め…」
と頼也が真面目に話している時に、何故かアラスは目をきらきらさせて頼也を見ていた。
「…?」
「兄ちゃん細いのに、結構力あるね−!」
「…お主は話の流れというものを考えんのか?」
やれやれ、と頼也は幻次を引きずる様に帰っていき、アラスはまた1人に戻った。

「あ−、血がほしいィ〜…けど人間に手出したらフェンリャ怒るだろ−し。あ−あ−…」
1人でグチると、縁側にごろんと寝ころんだ。
「何とかしなきゃ、いけないな〜…」
そのまま目を閉じて楽にする。月の光から少しでも力をもらうためである。
「何とかしないと…ヘタしたら兄ちゃん達もまきこんじゃう…。」
ふう、と一つ。溜め息をついた。


  同じ頃、例によって吸血鬼の長ルシエラが、部下に当たり散らしていた。
「もっとたくさんの人間をさらってらっしゃい! 何のためのワープゲートなの! じゃ
ないと、あの新しい四天王になめられたまま! わかってるの!?」
「す、すみません。しかし、天使の目が…」
「地上の城は今や、あの四天王におさえつけられたも同然…魔界でまで自由をさせてなる
ものか。そのためには力、力がいるのよ。何でもいいからとにかく力!」
ルシエラは顔を歪ませながら手を握り締めた。
「おのれアラス…あの子さえ私に従い、『黒魔の宝珠』を使えたのなら…こんな…!」
そんなルシエラの前で、忠実なる部下は首をかしげた。
「…アラスが『黒魔の宝珠』の在処を知っているというのは、真実なのですね? …守護
者なのでしょうか…レーダーでは今も、守護者は不在のままなのに…。」
ルシエラは自信満々に当り前よ!と言った。

「人界の方の城の前長がそれまで『黒魔の宝珠』を持っていて、彼の隠し部屋にアラスが
いた。―これはどう考えても、アラスがその宝珠を受け継いだに決まっていると。更には
宝珠の反応は、165年前からぷっつり消えている…天空の地から失われて。ですよね?」
アラスが現在165歳なので、時期的には全くの一致をみせるのだ。
「そうよ。守護者かどうかは限らない、けれど魔王一派までアラスを追い出した。アラス
に賞金を懸けたのは魔王よ? これはもう確実な線ね、アラスが宝珠の在処を知ってる。」
そうですかね、と部下は息をついた。
「…何故に彼は、我々に刃向かうのでしょう。その結果あの魔王にまでも追われることと
なり…別に利益になることも、特に無いというのに。」
「あの天使のせいね。…あいつがアラスを助けたりするから。そもそも何故に天使が悪魔
を助けたりするの。本当に、どうなっているのかしら。」
ルシエラは知る由もなかった。アラスの中に息づく力が、彼が同族の行動を良しとせず、
あてもない旅にたたせていることに。

  魔界はまさに動乱の時代を迎えようとし、遥かな人界にまでそれは伝染りつつあった。
―…様々な者達を巻き込みながら。

                                    *

「お…重い…。」
「何じゃ幻次、武士がそれぐらいで根をあげてちゃこの国もおしまいじゃよ。」
「体のわりに非力なんだね、幻次って。」
「非力とかそ−ゆ−問題じゃね−だろ! 昨日より増えてね−か!? この荷物!!」
幻次は自分の体と同じぐらいの重さとかさの荷物を背負っている。全て頼也の物だ。
「大体何入れたらこんな大量な荷物になるんだよ!?」
「え、そりゃ−、着替えに傘に寝具におやつ、蹴鞠用の鞠とハリセンと呪術の道具と弁当
と敷物と、財布と夜抱いて寝る南蛮渡来の熊の人形、それから…。」
「もういい! 財布と呪術の道具以外置いて行く!」
幻次が中身を床にぶちまけた。
「わ−!! 何て事するのじゃ−!! 全部必要じゃろ−!!」
「あのなあ頼也、遠足に行くんじゃね−んだぞ?」
「せめてこのくま太郎だけでも…」
南蛮渡来らしい熊のぬいぐるみを抱える頼也に、冷たく言い放つ幻次。
「却下。」
「何でじゃ−! わしはくま太郎がおらんと眠れんのにわしに寝不足で死ねとゆ−のか!」
「おい、バカなこと言ってね−で、お前の姉上に挨拶しなくてい−のか?」
‘姉上’という言葉を聞いた瞬間。頼也の顔が青ざめた。
「あああ−!!! 何でそれを先に言わんのじゃ−!! うわ−!! 3時間も待たせてしまって
おるー!! 殺されるー!!」
「俺もついてってやるよ。アラスも来い!!」
「えーっ?」
3人は頼也の姉の部屋へと走った。


「う゛っっ!!」
姉の部屋へと走る3人の先頭に位置する頼也が急に胸を抑えて座り込んだ。後ろの2人は
勢い余って止まれず、頼也につまずいてこけた。
「いって−な、どうしたんだよ一体?」
幻次が頼也の顔をのぞきこんだ。真っ青である。頼也は苦しそうに胸を抑え、息も絶え絶
えに答えた。
「あっ…姉上がっ…怒っておるっ…一刻も早く姉上の部屋に着かねば、本当に殺されてし
まうっっ!!」
「何あれ? 兄ちゃん一体どうしたの?」
「頼也の姉上はな、頼也ぐらい…いや、それ以上の呪術の使い手で、しかもキレたらすぐ
呪術を使うから、頼也はよくあ−やって殺されかけるんだよ。」
「こわ〜…。」

  一方噂の姉上は、自分の部屋とはいえ、3時間も待たされ、怒りMAXブチ切れ状態で
ワラ人形に五寸釘を打ち込んでいた。カツーン…カツーン…と釘を打つ音が部屋に響く。
その度に頼也はもがき苦しんだ。部屋の近くまで来た時には立つ事すらままならず、ほふ
く全身で廊下に血の跡を残しながら必死で部屋を目ざしている。
「つ…着いた…。ガク。」
部屋の襖を開け、中の畳に手をつくと、そこで頼也は力尽きた。
「一体何時間待たせたら気が済むの!? 後5秒遅かったらトドメさしてたわよ!!」
部屋の奥の御簾の向こうから女の声がした。
「お…お久しぶりっスね。あの…幻次…ですけど…  」
幻次がおずおずと中に入った。
「あらー、幻次君っ!  ホントに久しぶりねえっ。いっつもこのバカが迷惑かけてごめん
ねっ。」
「いえ、迷惑かけるのはオレの方で…  」
「ま−っ。そ−ゆ−謙虚なとこ、お姉さん好きよv」
頼也の姉は昔から幻次をよく可愛がっていた。今でも幻次が可愛くて仕方ないらしい。
「あら? そっちの童は? 変わった服ねェ。あなた、名前は?」
「アラス。お姉さんは?」
「私? 私は『すみれ』。」
「ふっ…すみれというより『らふれしあ』って感じじゃけどのう…。」
「頼也、永久に眠りたいのかえ?」
「ぎゃああっ!!」
ワラ人形が握り潰された時、頼也が悲鳴をあげた。

「さて本題に入るが、聞くところによるとそなた達はこれから諸国を巡るそうじゃな?」
「はい。とりあえず北陸をめざし、そこから船で異国へ行こうと思います。姉上とはしば
しのお別れにて、うれし…いや、寂しいのじゃが、次に会えるのを楽しみに、心の支えと
しておりまする。」
頼也がスラスラと挨拶を述べた。
「心にもない事を言うのが上手いのね、頼也は。」
すみれが笑顔で言い、白い手を御簾から差し出した。
「これを受け取られよ。」
手渡されたのは
「これは私の念をこめたもの。いつかあなた方の役に立てるでしょう。私はあなた方の無
事を心から願っています。」
すみれが初めて優しい笑顔を見せた。
「この頼也も、どの地におろうとも、姉上のご無事と幸せを切に願っております。」
「何だ、頼也兄ちゃんもすみれさんも結局お互い好きなんだね。」
「ああ。こーゆートキにしかスナオにゃならねーからな、この姉弟は。」
首を傾げて要領を得ないアラスに、訳知り顔のような幻次が嫌味の無い顔で笑っていたの
だった。

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