頼也と幻次達が与えられた部屋で眠りに落ちていた頃。ある1つの部屋で動きがあった。
「やっぱりそうじゃないかと思った。何か変な味がしたんだ、さっきのご飯。眠り薬?」
「さすが…です。気付くなんて…。」
アラスは、自分の部屋に戻った様に見せかけて、楓達の事を見ていたのだ。しかし、つい
今話した言葉は、今までのジパングの言葉に近いが、少々違うものとなっていた。
「魔界の語が直接通じるって事は魔族、もしくはそれに近い種族で、多分東の四天王の従
者だろ? あの綾と同じだ。さっきまではうまくごまかして会話してたけどね。」
「…見破られるとは思いませんでした。」
意外な伏兵、といったところだ。
「狙いはやっぱり…『静青の宝珠』?」
「そうですね…」
楓が手を振り上げると、その部屋の景色が豹変し、とてつもない吹雪の中に3人はいた。
「うわっ、寒!! ―今までの家は、お前の創った幻覚!?」
「似た様なものです。家は本当にありますし。ここから30分程歩いた所に。」
「でもオレを連れてワープしたワケじゃないだろ!」
「家の中身をそっくりマネした疑似空間を創っただけです。その証拠に、別に寒くもなけ
れば雪も入ってはこなかったでしょう。」
「成程、それぐらいの能力はあるってワケか…」
「あなたには手を出すなと言われています。母さん、行こ。」
「ここで大人しくしとくだべよ! 下手に歩くと遭難するでなあ。」
娘が標準語で何故に母が東北弁なのだろう、などと考えているうちにアラスは雪で2人を
見失った。おそらく雪を操る事が楓の得意技なのだろう、吹雪の勢いは止まらない。
「しまった…頼也兄ちゃんと幻次が…!」

  そして楓とその母は、幻次と頼也が寝ている部屋、と言っても幻覚であるが、そこまで
来て中に入った。が。
「何者じゃっ!!」
驚く事に2人は起きていた。眠そうな目つきではあるが、意識ははっきりしている様だ。
「な、何故起きているの!?」
「そんなはずはないべ!」
「ふ、ふ、ふ。…姉上のおカゲじゃ。」
そう言う頼也の目は座っていて、額には汗が吹き出ていた。
「(絶対、呪われる夢見てたな…)」
幻次は頼也の悲鳴で目が覚めたのだ。

「ま、まあいいわ、探す手間がはぶけて。」
「ほら、『静青の宝珠』とっとと出すだぁ!」
「はあ?」
「…何だそれ?」
頼也と幻次は目を丸くした。
「悪いが、人違いではないかのう。」
「しらを切るでないべ!」
「しらって…知らないものは知らないぜ。」
「あくまで逆らう気ね?いいわ。」
楓が手を振ると部屋は消え、そこは一面の銀世界になった。
「あっ、幻次、頼也兄ちゃん! 無事だったんだ!」
「さ、寒いのじゃ…。」
「アラス、お前何でここに…と言うより何で家が消えちまったんだ。」
「だって今までのはほぼ全部、楓が創り出した空間の中での幻だったんだから。」
「てめぇ、そ−いう事は早く言え!」
「それに気付いたのはついさっき!」
幻次のツッコミ、アラスの切り返し。
「それに…って事は、あの女の正体に気付いてたのか?」
「うん、詳しいことは少し前で、人間じゃないってコトぐらいは。」
ゴン。いい音がして2秒後にはアラスの頭に派手なタンコブが出来ていた。
「痛い−! 何で殴んだよォ!」
「そ−いう事は気付いたら教えろっつーの!」
「だってこんな雪野原だもん、あ−いうのがいたってフシギじゃ…
「2人共、遊んでおる場合ではない。」
アラスの声は頼也に遮られた。
「そうだべ! さっきからオラ達さ無視しでばかりだ!」
「さあ、『静青の宝珠』を渡して。」
「だから何なんだよ、それは…」
「そうじゃよ。わけがわからぬ」
「あのさァ、頼也兄ちゃんに幻次…」
アラスも少々、冷や汗な顔付きで2人を見ていた。
「もう、あくまで言わない気ね! ならば…。」
楓は目を閉じ指で何かの模様を描くとそれを空に放り投げ、返ってきたのは轟音だった。
「雪崩よ!」
「−!?  兄ちゃん達、危な…!!」
それに気付いた時は、既に遅かった。
 警告を発する間もなく、3人は雪崩に飲み込まれた。
「やったべ! あいつらこれで今度こそぐっすり…。」
「…あ、ど−しよう! 雪崩に流されて、あいつら見失っちゃったわ!」
「なっ…じゃ、じゃあ、早く雪を止めるべ!」
「あ〜ん、失敗しちまっただ−!」
こういう時は、ぽろりと本来の言葉遣いが出るらしい楓だった。

  そして流された3人はと言うと…。
「ぷはっ! あ〜、ヒドい目にあった。」
「何という奴じゃ、こんな雪崩を迷いもなく起こすとは…。」
どうやらアラスと頼也は巻き込まれた瞬間結界を張った様で、ほぼ無傷だった。しかし…
結界の及ばなかった者が1人、いた。頼也とアラスははたと顔を見合わせた。
「「幻次が…!」」
突然頼也は足元の雪を掘り出した。
「幻次、どこじゃ! 幻次−!」
「落ち着いてよ、兄ちゃん! そんな所掘ったって幻次が出てくるとはとは限らないよ!」
「じゃが、幻次が! …なら、どうしろと言うのじゃ!」
「術で無いの!? 人捜しの術とか…。」
「それには、幻次の持ち物が必要なのじゃ! あぁ、こうしている間にも幻次は…どうす
ればいいのじゃ…。」
「う−ん…幻次の居所がわかんないことには、炎使っても意味無いし…。」
2人で焦りつつも頭を働らかせてはみたが、いいアイデアは浮かばない。
「…やっぱ、オレと頼也兄ちゃんだけじゃどうにも出来ないよ…。」
「何がどうにも出来ないの?」
突然の声にアラスは驚いた。振り返るとそこにいたのは…しばらくぶりの人物だった。
あくまでアラスにとっては、だが。本当に、どうしてここにいるのか…アラスは少しの間
呆然としつつも、ゆっくりとその声の持ち主の名を呼んでいた。

「フェンリャ…?」
「元の名前で呼ばないでよ、私はエンジュラ!」
彼女は天使のエンジュラといった。天使がどういう存在なのかもよくわかっていないが、
偶然知った本名で彼女を呼ぶアラスを、エンジュラはいつもこう言って怒る。しかしアラ
スは全くおかまいなしに、
「ちょ−ど良かった、力を貸してよ!!」
その必死の顔にエンジュラは、何事かと目を丸くした。
「…何なの?」
「雪崩のせいで、この雪のどこかに人が埋まってんだ! 気配も雪に紛れてわかんなくて
…フェンリャならすぐに捜し出せて助けられるだろ!? 天使の特殊能力でさ!!」
「出来るけど…駄目だよ。人間に干渉しちゃいけないもの…。」
運命の歯車を干渉によって狂わせるのは、一応禁忌なのである。
「この雪崩は四天王の従者が起こしたものなんだってば!」
「わしからも頼む、エンジュラ殿。どうか幻次の奴を助けてほしいのじゃ。」
「…ふえ? 今、私に言った…? あなた、私が見えるの?」
「兄ちゃん…天使が見えるなんて、やっぱりただ者じゃ…。−でさ、フェンリャ!」
頼むよと叫ぶアラスに、エンジュラはまだためらっていた。四天王の従者の干渉…これは
禁忌と、そして…天界と魔界の盟約に触れはしないだろうか。しかし、考えている暇は無
いことにエンジュラは気付いた。考えるのは後で良い…罰があればそれでもいい。
「…わかった。アラスも手伝って、月の光が邪魔だから。」
おっけい! と二つ返事のアラスにエンジュラは少し戸惑っていた。
「…アラス、悪魔なのにどうして…。」
「速く速く!」
コクっとうなずくとエンジュラは、両手で三角の形を作る。アラスは後ろに回った。
「さて、と。…頼也兄ちゃん、隠しててごめんね。」
「は?」
次の瞬間頼也が目にしたのは…今までとは違い尖ったアラスの耳に、コウモリの様な羽が
背から7枚。アラスはエンジュラを月光の影響から守るため、人化を解いたのだ。
「アラス殿…お主は…。」
頼也が唖然と呟く間にエンジュラの手で作った三角の中に、溢れんばかりの光が漲った。

「良かった、光を使わないで貯めといて。…人が埋まってるのは…見つけた…。」
そのまま溢れる光を球状にすると、それをぽん、と上に投げた。光の球は北の方へ少し進
んだ後地面に体当りし、そこらの雪は一斉に溶け出して半径3m程のクレーターが出来上
がる。その中に幻次はいた。頼也がすぐさまかけよる。
「幻次−!」
その穴の中に降りて幻次の頬を叩くと、彼はうっすらと目を開けた。
「お…頼也?」
「幻次、怪我はないか?」
「ああ…。」
一応大丈夫そうである。代わりに
「フェンリャ、大丈夫?」
「何か、予想以上に力使っちゃって…お休み…。」
「お休みって…  」
エンジュラはその場でパタン、と倒れ込んだ。擬音語はあくまでイメージで、音は立てず。
「あちゃ。ごめん、フェンリャ。疲れるよね、そりゃ…。でも困ったなァ、夜明けまでま
だ時間あるのに、どうやって運べば…。」
思念体の彼女を持ち運ぶことは難しいと、知ってのことだ。

 一方。起き上がった幻次の第一声は、これだった。
「おめ、何だよ!? その羽は−!!」
「あ、幻次…アハハ、驚いた?」
「驚くわ−!!」
「よ、頼也兄ちゃん?」
1度叫ぶと頼也は、落ち着いて話を切り出した。
「お主はどうやら、元から物怪の類だったのじゃな?」
エンジュラを月光からかばいながらアラスは、落ち着いて頼也を見て答えた。
「吸血鬼…だよ。物怪じゃなくて、魔族。」
「そうじゃったのか。それで悪魔の事に、あの様に詳しかったのじゃな?」
「うん。でも詳しいって言ってもオレが知ってるのは本の一握りの事だけだよ…。」
長い眠りの間に精霊に教えてもらったことと、目覚めてからある人に聞いた事が、今知っ
ている全てだ。
「ともかくだ、何で悪魔のお前が、ここで1人で旅をしてるんだ?」
幻次は訳わからんと言った表情だが、嫌味なものではない。
「…オレは1度、死にかけた。この人界に来た時に。それをフェンリャが助けてくれて…
オレは同族を襲った完全な裏切り者だから、今、追われてるんだ。でもオレは生きたいか
ら…だから旅をしてるんだ…」
自分に対しても説明しているかのような、アラスの不思議な表情が見えた。
「フェンリャってのは、その女の子か?」
「そうだよ。今はエンジュラって言うんだけど。…幻次にまで天使が見えるなんて…。」
「どういう事じゃ?」
「天使は普通の人間に姿は見せないし、フェンリャは特にちょっと特殊な霊体、つまり思
念体だから触れる事も出来なくて…。それが見えるのは霊感とか、力を持った人間だけだ」
そして天界人や魔族でない限り、もうすぐ死ぬ者でない限り、天使が自分で見せない限り
とアラスは付け足す。幻次がエンジュラに触れようとすると、すっと手が通り抜けた。
「成程…。思念体、なぁ…」
「…二人共早く行きなよ、楓達が捜してる筈だし。オレはフェンリャ放ってけない…。」
どこか悲し気な目で言うアラスに、頼也は…不意に、笑いかけた。

「わしと幻次も、お主らを放ってはいけぬよ。」
「お前そんなに、根性悪そうじゃないしな。ちょっと耳が尖ってて変な髪の色で、キバが
鋭くってみょ−な羽が生えてるだけじゃね−か。」
「兄ちゃん達…?」
アラスは余程意外だった様だ。目の前で笑っている、2人の男の言動が。
「一緒に行こうぜ? なっ、頼也。」
「そうじゃよ。」
しばらく黙り込む。ようやく顔を上げた時、
「…ありがと…。」
アラスは笑顔で礼だけ言うと、再びうつむいた。
「(ホントにオレ、ヘンな奴にばっかしに会うな…。会った人みんな…ヘンな奴だよ…。
でも、何でだろ。ヘンな奴と一緒にいる時は、頭の中がばらばらになること…前よりずっ
と少ない気する…。あれは一体…何なのかな…。)」
ぼ−っと彼は考え込んでいた。今までの事、そして自分の事…。

 さて、どうしようと雰囲気になったその時。突然空から光が降ってきた。
「全く…人界に降りた途端、これね。」
光と共に降りて来たのはエンジュラの先輩である、ナーガという天使だった。が、3人は
知る由もない。
「初めまして皆さん、私はナーガ。…あなたがアラス君?」
「う、うん…。」
アラスは驚いて答えながら、何か不思議なものを感じていた。妙に気持ちが浮つくのだ。
心地良い何かが身体に流れる。と言うのも、ナーガの気配が全然天使らしくないからだ。
天使と一緒にいるとどうしても、魔性を持つ者として、多少おされるのだが。
「エンジュラ、起きなさい。ほら。」
ナーガが手から光を放ち、エンジュラはそれを受け取ると、フッと目を開けた。
「…あれ? ナーガ様?」
「起きたわね? じゃ−ね、お三方…。」
そう言うとナーガはまた光になり、空の上へ昇っていくと、そこで消えた。
「何なんだ一体…。」
とりあえず、わけがわからなかった。
「とにかく、わしら全員まずはこの雪野原を出るのじゃ。」
全員がうなずき、幻次を先頭に4人は歩き出した。いや、1人は浮いてはいるが。夜の闇
はだんだんと薄くなり、やがては朝が訪れるはずだった−…。

                                                            Tale-8 close