一方雪野原では、楓とその母が必死に雪崩に飲み込まれた3人を捜していた。
「も−っ!! 一体どこ行ったのよ−っ!?」
「どこだべ−っ!!」
「もう死んじゃってたらどうしよう…宝珠の在処がわかんなくなっちゃうよ。」
「んだなあ、あんのべっぴんさん達が死んじまったら、もったいね−べなァ。」
「母さん…。主旨が違うよ…  」

  その頃本人達は、雪野原の真ん中で死にかけていた。
「さっ、寒い…くま太郎ですら冷たいのじゃ…。」
「しょ−がねェなあ。俺にひっついてろよ。」
「お−っ! ぬくいのじゃ−! さすが幻次じゃのう。」
「? …フェンリャ? どうしたの?」
「―っっあぁ−っ!!!」
突然のエンジュラの大声に2人は同時に振り向いた。
「っ…ごめんっ…(汗) (この幻次って人のカオ、どっかで見た事あると思ったら宝珠の持
ち主じゃないー!!)」
「? 俺の顔に何か付いてるか?」
エンジュラに見つめられ、幻次が不思議そうに尋ねた。
「えっ!? えっと−、ステキな人だな−…なんて…」
咄嗟に言った言い訳のあまりの嘘くささと、心にも無い内容から最後は小声になりながら
言った。しかも少々マズいかも、と表情を曇らせる。
「お−!! 嬢ちゃん見る目があるねェv  でも俺にホレたらヤケドするぜv」
「駄目じゃよ、そんな心にも無い事を言っては。こ奴はすぐ調子に乗る人間じゃから。」
「心にも無いたぁ、どういう事だ? 頼也」
2人が仲良く漫才をしていると、後ろから地響きがしてきた。
「…ねえ、兄ちゃん達、この地響きってさぁ…。」
「二度とお目にかかりたくなかった奴だ。」
そ−っと後ろを振り返ると、予想的中。あの親子が立っていた。

「や−っと見つけたわ! 良かった、雪の中で死んでなくて。さっ、宝珠を渡しなさい!」
「そ−すればオラが嫁っこになってやるべ−!」
絶句…。
「死んでも宝珠とか何とかは渡せねェな。」
「何の事かわからんが、わしも羆を滅多打ちにする様な嫁はいらんよ。」
〈ちょっとアラス、まさかこの2人…宝珠の事知らないの?〉
〈うん、何故か知らないんだよ。〉
「ちょっとそこの2人! 何ナイショ話してるの!? もしかしてあなた方が宝珠を!? そ
うね! そうなんだわ! さあ、宝珠をよこしなさいっ!!」
「うわ−、思い込みのハゲしい女−。」
アラスがあきれて呟いた。後ろでエンジュラは何故かほっとしている。
「渡さないなら痛い目に合わせちゃうわよっ!!」
楓が片手を天にかざすと雪が母に降り注ぎ、その体を氷の刃で出来た鎧が包んでいった。
「母さん!!」
「あいよォ!!」
楓が吹雪を起こし、視界を悪くする。隣にいたはずの人の姿さえ見えない。

「頼也! 嬢ちゃん! アラス! 大丈夫か!?」
「こっちは大丈夫! フェンリャもいるよ、おっちゃん!」
「わしも平気じゃ、くま太郎がおるからのう!!」
「よし! そこを動くなよ! 今行くからな! 頼っ…!!! うわあああっ!!!」
いきなり母の顔が目の前に現れ、幻次は思わず悲鳴をあげてしまった。母が、にやりと笑
う。おぞましくて、体が固まってしまった。
「愛の串刺しプレリュードお−っ!! オラの愛を受け取るだよ−っ!!」
母は幻次を思い切り抱き絞めた。すると、母の体を包む鎧の氷の刃が幻次の体を貫いた。
「ぐああっっ!!」
刺されている苦痛と母に抱き絞められている精神的苦痛で悲鳴をあげる。真っ白な雪が真
紅に染まっていく。
「ちく…しょおっ…」
「宝珠は誰が持ってるだ? 言わねと死んじまうべ。」
「だから…宝珠って何だよっ…」
「まだとぼけるだか!? はっ、さてはオラが嫁っこになるっちゅ−たからテレとるだべ?
テレんでええ  あれは冗談だあ。オラのハートはおとうのもんだべ。残念だろ−けど涙を
飲んで身をひいてけろ。」
「(なんちゅ−思い込みのハゲしい生物だ!?)」
口に出したかったがもう声にならない。げほげほと血を吐き、必死に刀を抜こうとした。
しかし力が入らない。
「幻次!! 大丈夫か!? 何があったんじゃ!?」
その時、急に吹雪がやんだ。

「何!? ど−ゆ−事!? 吹雪が勝手にやむなんて!?」
「「幻次!!」」
アラスと頼也が同時に叫ぶ。吹雪がやみ、幻次の何とも哀れで痛ましい姿が現れたのだ。
「宝珠の在処を言うだよ!! さもねェとこの侍、死んじまうべ!」
《…もうやめろ。…》
どこからともなく声がした。不意に母の幻次を抱き絞める手の力が緩む。
「おとう…。」
《…正宗様に従うのはかまわないが、人殺しだけはしちゃいけないって、いつも言ってた
だろ?…》
母の目の前にサラリーマン風のヒョロッとした、一応狩人の姿をした男が空中に現れた。
どうやら楓の父、そしてこのゴツイ女の夫らしい。
「これがあの羆に食われたと言う…。」
アラスが感心して言った。
「おとう、違うだよ。殺す気なんてねェ。」
《…でも彼はこのままだと死んでしまう。人の死の重さを一番よく知ってるのは君じゃな
いのか? ハニー。…》
「ハニー!? げえほげほっ!」
幻次が血を吐きながら叫んだ。
「ああ…そうだあ…、ダーリンが死んだ時、オラすごく悲しかっただよ。」
《…じゃあ、その悲しみを彼の仲間に味あわせたくはないだろう?…》
「ダーリン!!」
母が歪んでいる顔を更に歪めて泣き出した。楓も泣いている。
「…今日のところは父さんに免じて退いてあげる。父さんに感謝なさい。行きましょ、母
さん。」
「また会える日を楽しみにしてるだよ!」
親子が去り、慌てて幻次の手当てをしながらアラスが尋いた。
「あの父親って、頼也兄ちゃんが出したの?」
「そうじゃよ。久しぶりの降霊術でうまくいくか心配であったが、あの父親が妻子の事を
気遣っておったんですぐに降りて来てくれたんじゃよ。」
頼也が笑顔で答えた。

                                     *

  その後親子は葵の部屋に行き、結果報告をした。壁にあるスクリーンに映った正宗が嬉
しそうに笑った。
「気に病む事なんてあらへんで。宝珠の件は失敗やったけど、十分楽しませてもろたから
な。特に楓ちゃんのおかん。自分、ごっつおもろかったで。」
葵は無関心にジュースを飲んでいる。
「今度はちゃんと動いてくれるんやろォな? 葵。」
「…はい。(作戦を失敗した無能者なんて始末しなければならないのに。まあ、せいぜい
後で悔やむがいいわ、お兄様。この葵の足元でね…。)」

                                     *

  景気の良い足音が、ある小島のある城に響いた。その城の主は何やら、水を張って造ら
れている様な鏡の前で、背伸びをしていた。
「お帰りなさい、テイシーにクラウス。」
「ただいまァ、レインv」
「遅くなった。」
レインと呼ばれたこの城の主はようやく振り返った。
「レインと呼ぶのはやめてほしいわね。全く、何のために新しい名前を頭ひねって考えた
のかしら。」
「レイスゥ、通称レイン。キレイな名前だったのにィ。」
「過ぎた事をぐだぐだと…女々しい奴だ。」
「何よっ! そりゃ、今の水瑠璃って方がサマにはなってるけどさァ。」
レイン改め水瑠璃は、溜め息をついてから微笑した。
「アレはもうもらってきたのでしょ? 行くわよ。」
「え−ッ! もお?」
「当然だろ? あまり遊んでいるヒマなどないんだ。」
「さあ、行くわよ。一番会いたくない奴の所へ、ね。」
そう水瑠璃が言うと、鏡の様な物が光り出し、3人はその中へゆっくりと入っていった。

  そして場所は変わり、見覚えのある植物が立っていた。
「お久しぶりです、水瑠璃様。」
「久しぶりね、ラゴ。出迎えありがとう。」
「こちらへどうぞ。」
「サファエル様はいらっしゃらないのね?」
3人はラゴのすぐ後ろに建っている城へと入って行った。
「ラゴ、客人出迎えご苦労だったな。下がれ。」
「はい…。」

 中央の一室では前西方四天王モルゲニウムが玉座に座っており、突然の客を出迎えた。
「これは水瑠璃殿。本来なら北方の統治にあたる筈のあなたが、一体何の用ですかな?」
これはモルゲニウムにとって最上級の敬語らしい。現四天王ではない彼は一応、今は四天
王の水瑠璃に敬意を払わなくてはいけない。もっともモルゲニウム自身、水瑠璃に対して
1mgの敬意すら持ってはいないが。
「用件は簡単です。ここ地上の西の城と魔界の城との周囲でひしめき合っている吸血鬼達
を、私に任せて戴きたいのですわ。」
「ほう…何故その様な事を? あの目障りな吸血鬼などあなたの手を借りるまでもない」
「ええ、それは十分に承知しておりますわ。サファエル殿と貴公の力を持ってすれば、彼
らを粛清してしまうのも時間の問題でしょうね。―ですが、彼らはとても利用価値がある
のです。そして、それを引き出すのに適役なのはおそらく私でしょう。」
「そーそー。黙ってさっさと任せてちょーだいv」
モルゲニウムの怒りのボルテージが上がったのを、誰もが感じ取った。
「水瑠璃殿…部下への教育をどうやら怠っている様ですな。」
「この2人は十分賢い者達ですわ。それと、この件に関しては既に魔王様に許可を頂いて
います。ここへもただ、挨拶に来ただけの事。」
テイシーとクラウスがニヤリと笑う。双子らしい息の合い方だ。許可を取りに魔界の魔王
の所まで行ったのはこの2人なのである。

「では失礼します。貴公はせいぜい…ご趣味にでも精をお出しになったら?」
「ほほう。ではそうさせて戴くかな。」
モルゲニウムが目で、そばにいた者に合図をするとその者は、1人の子供を引っ張って来
てモルゲニウムの目の前へと連れ出した。
「う…あぁ…」
恐怖で立ちすくむその子供の手を、モルゲニウムは引きちぎった。子供は痛みとショック
で声も出ず、ただ体を激しく震わせ、転げ回っていた。次の瞬間…。子供は心臓を剣の様
な物で貫かれ、一瞬でその命の灯を消した。刺したのは水瑠璃だった。氷で造ったらしい
刃で。
「…何のつもりだ。楽しみはこれから…。」
「いえ。子供の血は精気で溢れていますもの、少々頂きたくなっただけですわ。では。」
子供から流れ出した血はその剣に集まり、そして水瑠璃はその剣を引きよせると剣ごと左
の手の平の中へ取り込んでいた。そして、袖を翻して去って行った。
「ふん、女ギツネめが…魔王様は何故あの様な者を四天王になさったのだ。…簡単にとど
めをさしおって。つまらぬ。」
モルゲニウムが水瑠璃を、サファエルと同じ様に怯ませようとして子供を出して来たのは
明らかだった。が、自分の獲物を横取りされたせいか、しばらくの間怒りに震えていた。
それを見てラゴは水瑠璃に感謝した。こんな時サファエルがいると、また酷い目に合う。
それを知っている彼女は、サファエルのいない頃を見計らってこの城に来たのだ。
  空がまるでモルゲニウムの怒りに反応するかの様に、どす黒くなってきていた…。

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