「…あら? 常康様、通信が…。」
綾が通信装置のスイッチを入れた途端、かの行方不明となっていた吾作ゼリーが何故か飛
び出して来た。それは綾と常康と正宗のちょうど真ん中に着地した。
「キャあああ! 何これぇぇぇっっ!」
綾の顔が一気に青ざめ、常康が心配そうに綾を抱き上げた。
「アッハハハハハハハ! 何やコレ、ゼリーやないか! しかも何やねんこのオッちゃん、
アハハハハハ!!」
正宗は心底楽しそうに笑い転げ、綾はグッタリしていた。
「き、気持ち悪いぃぃ…いやあぁぁぁ…。」
「こ−ゆ−事すんのは、水瑠璃やろ? どないしてん、西に行ってたんやないのか? そ
れにしても芸術やな−、このゼリーv」
通信鏡の向こうに現れた水瑠璃に、正宗は楽し気に笑いかけた。
「少し城へ帰ってたのよ。で、ちょっとジパングのあのパーティをのぞき見してたら、正
宗の好きそうな物があったから」
「気まぐれなやっちゃな−。普段ならワザワザ送ってこんやろ−?」
「綾もそういうの、好きかしらと思ってv」
「大っっキライっっ!! 何よ、クソババアッ!!」
次の瞬間、吾作ゼリーは綾によって跡方も無く消し去られていた。
「あ−あ、せっかく家宝にでもしよか思たのに。まァい−わ、おもろい贈りもんサンキュ
−なv  ほな、な。」
かくして、頼也達一同の知らない所での騒ぎも終わり、吾作はがっかりしていたが頼也と
幻次は大喜びしていた。が、エンジュラに引っ張り出されてきて、人型に戻ったアラスと
エンジュラの2人は…。
「…フェンリャ。多分オレ達、誰かに見られてる…。」
エンジュラも真剣な顔をしてうなずいた。

                     *

「ご機嫌よう、皆さん。」
魔界の方の東の城の広間で、独演会が行われていた。優雅に壇上に上り、挨拶したのは葵
である。
「葵様−!!!」
観客席からは歓声が上がった。決して上品ではないその観客席に葵は、極上の笑顔を見せ
た。男達のボルテージが上がる。
「お久しぶりですわね。ここのところ忙しくて皆さんにこうしてお話し出来る機会が持て
なくて、残念でしたわ。その間にもあの正宗は幾度も宝珠を奪いに刺客を刺し向け、その
度に失敗していましたわ。愚かだこと…。」
「あんな男、四天王には向いてねェェッ!!」
1人の男が叫んだ。すると一斉に観客達が叫び出した。
「葵様こそ真の四天王!!」
「正宗を引きずり下ろせぇぇっっ!!」
「葵様っ!! 葵様っ!!」
葵コールが広間に響く。その様子を壇上から見下ろし、葵が笑う。
「正宗は失敗した無能者を始末しようとはしなかった…。そんな甘い考えでこの世界を支
配する魔王様のおそばにいる事など許されはしない! それをこの私が身をもって教えて
さしあげますわ! 我が身の愚かさを悔やむがいい、私の足元でね!! アハハハハハ…!!」
「葵様っ!! 葵様っ!!」

「そこまでよっ!!」
女の高い声が葵コールを沈黙に変えた。そこにいた者全ての視線が入口へと向けられる。
そこに立っていたのは小柄で眼鏡をかけていて、正宗の側近(と言っても雑用ぐらいでし
かないが)である事を示す正装をしている少女だった。
「葵様! これは一体どういう事です!? 正宗様の部下を手懐け、正宗様を四天王の座か
ら引きずり下ろすなどと…これが正宗様のお耳に入ったらどうなるか、わかっているので
しょうね!?」
葵が無言で壇上から下り、少女の方へと歩いて来た。その威圧感は凄まじいものだったの
で、少女は少し後退りをした。葵は少女の前で止まり、冷ややかで、そして嘲笑うかの様
な口調で言った。
「あなた確か正宗の側近でしたわね? ふふっ、相変わらず趣味の悪い服を着てるのね」
「この服は正装よっ!! 葵様がいくら正宗様の妹君だからって、正宗様が四天王になられ
た時、側近としてこの城に入ったからには私達と平等である事が必要じゃなくて!? あな
たも正装であるべきだわ!!」
この少女の言う通り、この城の前当主である正宗の父は古風な人間で、当主以外の者が当
主に近付く時は正装しなければならないという決まりを作ったのだ。特に、当主の側近は
統治者がおヨネという頑固ババアなので、制服を着せられていたのだ。正宗の父亡き今も
おヨネ(92)は健在なので、このしきたりは是が否でも守られている。

「あの頃は、異母兄妹の私が表に出られる程平穏な時期ではなかったので、今ではそんな
の無効ですわ。仮にこの私があの男の側近として扱われようとも、私にはその制服を着る
事は出来ませんけど。」
「なっ、何故!?」
「嫌ですわね、私にそれを言わせますの? 仕方ありませんわね。だって中身の差という
ものがありますもの。同じ服など着ようものならその差はれ、き、ぜ、ん。平等になんて
なり得るハズがないでしょう?」
「それは一体ど−ゆ−っ!!」
少女はカッとなって葵に飛びかかった。しかしそれを葵は片手で制し、少女の首を掴んで
言った。
「ハッキリ言ってさしあげましょうか?」
「っ…苦しっ…。」
「ブス。」
そう言って葵は少女の首に爪を立てた。葵の爪が少女の頸動脈を切り、血の雨が降った。
「私が四天王になれば、こんな虫ケラ共は一掃してあなた方の天下ですわ。どうです?私
と正宗、どちらについて行きまして?」
返り血を浴び紅く染まった髪をなびかせ、葵が振り返ると再び広間に葵コールが響いた。
「(すぐに私の足元へひざまずかせて差し上げましてよ、正宗…。)」

                                     *

  魔界の城で動乱が起ころうとしているところ。頼也は…熱を出して寝込んでいた。
「う〜ん…姉上がっ、姉上がああっっ…!」
「おいおい頼也、いくらすみれさんがあ−ゆ−人だからって、意味もなくお前を呪うわけ
ないだろ−が。」
「甘いっ! 幻次は姉上をわかっておらん!」
頼也の言った事は正しかった。すみれは、今晩のおかずに人参が入っていたのに腹を立て
て、怒りを静めるために手に取ったワラ人形が頼也のものだったのだ。幸運な事に2人が
離れているから、熱で済んでいる。
「頼也兄ちゃん、大丈夫?」
「いや、大丈夫じゃね−な、これは。少なくとも今日1日は起き上がれないな。」
「本当に、何か念の力を感じるけど…仲悪くないのに弟呪うなんて、ど−いう人なの?」
エンジュラが心底不思議そうに尋いた。ごもっともである。
「これが、この姉弟の愛情(?)表現なのさ  」
「うーん…わかんない…。私にも弟いたけど…。」
深く考えない方がい−ぜという幻次に、エンジュラもとりあえずうなずいた。

  頼也がようやく寝付いた時には、額からは汗が吹き出ていた。しばらく3人が交替で看
病していたが、突然アラスが何かヒラめいた様な顔をした。
「幻次、オレ、熱冷ましの薬草この先の街で買ってくるよ。」
「いやお前、呪いに薬草が効くと思うか?」
「フェンリャの光で改良してもらえば、少しは効果あると思うな。呪詛対光ってワケ。」
「なるほど…しかしよぉ、いーのか? 天使はあんまり干渉しちゃいけねーんだろ?」
「この程度のことなら多分、大した問題にはならないです。」
「決ーまりっ! じゃオレ行ってくる!」
アラスの決断は早く、行動もついでに早かった。思い立ったら動かずにはいられない性格
らしい。
「ま、待ってー。私も行く〜。」
2人が慌ただしく出て行った後、幻次はふと考えた。一応アラスは悪魔だ。
「そーいやァ、財布持ち逃げなんてしねェよな、いくら何でも…。」
「幻次…。」
今のちょっとした騒ぎで、頼也が目を醒ました様だ。

「何だ、起きたのかよ。無理するなって、体質が公家なんだからよ。」
公家という言葉にはどうもひょろひょろとした感じがある、と幻次は思っている。実際そ
ういうのも何人かいる。頼也はかなり気怠そうに身を起こした。
「吾作殿に言われた事を思い出したのじゃ…近頃、この鎖国の世のせいか、異人をやたら
と排斥しようとする者達が増えておっての。アラス殿に気をつけた方が良いと…目的は他
にあるそうじゃが…あああ〜、頭が痛い痛い痛いのじゃ〜!」
「ほら言ったろ、無理するなって。それにアイツなら大丈夫だよ、まがりなりにも吸血鬼
じゃねェか。変な事に詳しいしよ。大体そう弱いワケじゃないんだし。」
「ジパングにも詳しいとは限らないのじゃ…。それにの…アラス殿は近頃、おかしくはな
いか? ぼーっとしていたり、昼間寝ている時間が長くなった様な気がするのじゃ…。」
そこまで言うと頼也は、ドテンと布団に倒れ込んだ。
「バカやろー、今はアイツの事より自分の事を心配しろよな。又変な奴が襲って来ないと
は限らないんだぞ。理由はよくわかんねーけど…
「その通り〜、みたいなv」
突然の奇妙な声に、ぐるぐる目を回していた頼也も、説教をしていた幻次も驚いた。まる
で聞いた事のないような幼い少女の声。2人が「…?」と顔を見合わせてから、声のした
方に目を向けると…そこには本当に少女がいた。頭上に光の珠を連れた、謎の少女が。

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