「だ…誰だよ、オマエ?」 場に突然現れた小さな少女に、幻次と頼也は面食らっていた。 「…ー! 浮いてる!?」 少女は本当に、床から1mぐらいの所に浮いていた。よく見ると背中に小さい羽がある。 しかしそんなもので飛べるわけもなく…。 「ど、どこから入って来たんだよ!? しかもお前、何なんだ!」 少女はニコ〜っと笑うと、軽快に喋り出した。 「だ〜って、君達ってばあんまりにも宝珠のコト、わかってないんだもん。だ、か、らv ワザワザ教えに来てあげたの。ホントはこ−ゆ−のイケナイんだけど、特別v」 頼也が微妙に真剣な顔となったた。 「そうじゃ…この間、その何やらのせいで幻次は危うく死ぬところだったのじゃ。一体そ れは何なのじゃ? しかもわしらに何の関係が?」 「そりゃ−タイヘンだったね〜。 宝珠ってゆ−のはね、それ。その剣についてるやつ」 「刀だよ、これは…。これか?」 「そうv それの場合は『静青の宝珠』とゆって、東方の宝珠なの」 「東方…って事は、南、西、北、とまだ3つあるって事か?」 「察しがい−ねv 正確には後4つあるの。南、西、北、中央のがね。名前はそれぞれ、 チガウんだけどね〜」 よくわからないまま、とりあえず2人は顔を見合わせた。 「何故にわしらは狙われたのじゃ? その宝珠とかいうもののために」 「そ−だよなァ、見たところ普通の宝石とそ−変わんね−ぜ。金にでもなんのか?」 少女はち!が!う!という意思を表情と体全体で表した。光の珠もふるふると揺れる。 「宝珠にはその1つ1つに不思議で、強大な力があるの。全部集めるとその力は更に増し て、1つでもその持ち主に何らかの力を与えるの。そして宝珠は1人の守護者を選ぶ」 そこまで言うと笑顔のまま、少女は2人を黙って見た。 「…守護者…って、まさか、俺か頼也がぁ?」 「そうv 頼也君がこの宝珠の守護者v 力の相性で宝珠は守護者を選ぶから、頼也君に はこの宝珠が使えるハズよ。まァ、魔族でもその力を使えるし、宝珠の力と相性が良い者 なら誰でも、少し位なら使うことは出来るけどね。完全に使えるのは頼也君と、後数人く らい」 「ってゆ−か…そんなの全然、持ち主の俺は聞いてね−ぞ。何だよ、守護者って」 呆然としながら幻次が尋ねる。 「カンジの通りよ。宝珠を魔族から守り、そして魔族の干渉をその力を持って制す者」 「干渉…? 嬢ちゃんみたいな? じゃ、魔族とかゆ−のも干渉はご法度なのか?」 「だって魔族の住むべき場所は魔界で、こことは違う世界だもん。世界同士のバランスが 崩れちゃうよ。…まァ、言ってもわかんないだろ−から、守護の話に戻るよ。とにかく、 守護者ってゆ−のはこの宝珠と、ソレのあるこの世界を守るヒトなの」 「そ、そんなたいそ−な物なのか? …それで狙う奴もいるっていうのか?」 「そォ。魔族だけじゃなくて、人間とかでも宝珠を狙うのもいるわ。まァ使えるのは本っ 当に少ないから、今一番それを狙っているのは魔界の狂気、魔王と、その側近で、魔族の 中では魔王を除いてはかなう者のいない、四天王。四天王の存在くらい、聞いたコトある でしょ? この世界の四方、東、南、西、北に、結構前から住んでいる魔族。今までそん なに害はなかったから、放置されてたけど…最近はそうじゃない。現に、南の宝珠の守護 者の住んでいた村は、彼らの一人に破壊された。彼らの力だったら、宝珠も納得せざるを 得ないから、彼らにも宝珠は使える。絶対に奪われてはダメなの。恐ろしい事が起こる」 そんな話をしている少女の顔は笑顔のままだったので、かえって幻次と頼也は困惑した。 「え−と、つまり、今のこの宝珠の持ち主はわしで、とにかく守れというのか?」 「うんv それでそれを狙うのが、東方の四天王『正宗』かな? 綾ちゃんとか楓ちゃんと かってみんな、そのヒトの従者なの。他にも沢山部下はいるだろうネ」 「あいつらの主人が、その四天王? …四天王なんて張るぐらいだから、強えのか?」 「と〜っても。今のあなた達じゃ絶対勝てないv 綾は主人が四天王の従者なだけだから、 四天王の従者と言うのは微妙だけど。でも綾ちゃんにも、勝てたかど−かはわかんないよ ね?」 少女はどん底の様な事を至って明るい口調で言った。 「オイよ…じゃあいっそ、こんなの捨てて… 「ダ〜メv 宝珠には色〜んな力があるから、引き出せる様になるまで強くなりなさい! 宝珠はちゃんと、そうなれる人を守護者に選ぶんだから。まあ、中央の一番強力な『黄輝 の宝珠』は19年前に、魔王に奪われちゃったんだけどんねー」 2人は絶句した。自分達がとんでもない運命の下にいる事を、少しだけ自覚したのだ。そ れに引き換え、少女の口調の明るいこと…。何だかまるで、自分達はこの少女のおもちゃ と化しているような気分がする。 い−い? と謎の少女は幻次の刀に付いている宝石を指差し、念を押した。 「とにかく頑張って守ってね。2人とも天界人の血ひいているみたいだし、宝珠が奪われ れば最初に被害受けるのは、力無き弱いヒト達だから。可哀そうでしょ? 本来なら‘地’ に封印されてるハズだったんだけど…ま、その辺は他の守護者のヒトに聞いてv じゃ」 少女はまたしても爆弾発言をして、現れた時と同じように、突然にその場から消えていっ た。 「…わしらが…天界人とやらの血を?」 「ひいてるって…はぁ? 一体何がどうなって…」 訳が全くわからないのだが、頼也は少女に宝珠の守護者として任命されたらしい。何やら 不本意ではあるが、この刀をそばに持ち歩く限りは、守護者とみなされたようだ。 「よくわかんね−けど、まァ…親父の形見の刀、捨てるわけにもいかねーし」 宝珠は抜けるようになっているが、それだけ抜いてどうにかするのも父親に悪い気がした。 「ま、とにかく守りゃい−んだな、こいつを…―あ」 ふと幻次は気がついた。 「そ−言えば。頼也、熱はど−したんだ?」 「おお、そう言えば…かなり楽になっておるのう。多少フラフラするが…」 2人は顔を見合わせた。少女が来てからは、あまり体調の低下を感じていなかったのだ。 とりあえず訳のわからぬ日はそのまま終わらせることにし、布団に入った。 * 一方、アラスとエンジュラは無事薬草を買った直後らしい。何やら2人で言い合ってい た。 「ど−して悪魔の吸血鬼が、他人の助けになるようなコトを進んでしてるの?」 「さァ? わかんないよ。そうした方がいいかな−って思ったからやってるだけで…いい 事なんだったらつっこまないでもいーじゃん」 フェンリャは相変わらずだなーとアラスは苦笑した。初めて会った1年近く前に比べ、丸 くなったように思っていたが、その実ちっとも変わってない。 「…あの兄ちゃん達といるとさ…何か今まで、頭がバラバラになりそ−だった感じが消え るんだ。フェンリャに助けてもらった時みたいに」 ―絶対魔界にかえしてやるんだから。覚悟しなさいよ、吸血鬼!!! それが口癖だったエンジュラと、しばらく一緒に過ごしていた日々。エンジュラの目的 は台詞の通り、アラスを魔界に送り返す事だったが…アラスは後もう1人、自分がとりあ えずスピア一つでもある程度生き抜けるように、戦いを仕込んでくれた彼を思い出した。 短い間だったけれど。エンジュラと彼と3人で過ごした日々が、ふと懐かしく思い出され たのだった。 エンジュラは少し目を細めた。 「あの時の傷、まだ消えてないんでしょ? その黒いの脱いだら目立っちゃうね。…どう してあんなコトしたの?」 「わかんない。…何か、あの時にはとにかく邪魔だったんだ。何もかもがうんざりで」 う−ん…とエンジュラは考え込んだ。人間には見えることはないが、可愛い仕草だ。 「悪魔にはそんなの普通ないけどさ…心が、疲れてたんじゃないの? 色々なことに」 「疲れてた…? 心…が?」 それは一体どういう意味なのだろう…と考えたその時。 「…ー!」 何かの気配に気づいた。さっと振り返ると、物陰にいた少女がフッと隠れた。が、アラス は見逃さなかった。 「何だ、あの子…ちょっと行ってくる! 先に帰っててよ、フェンリャ。薬草あのコウモ リに預けとくから!」 京都にいる頃からアラスのそばをたまにうろついているコウモリを指差すと、アラスはか けて行った。エンジュラはしばらくポカンとし、慌てて我に返った。 が、時既に遅く。アラスは人込みに紛れて見えなくなっていた。 「ちょっと待ちなさいよ−! …行っちゃった…。」 エンジュラがも−っと派手に怒っている頃、アラスはある建物の陰へ入っていた。 「はァ、はァ…何者、だよ…。」 少女に向かって問いかける。少女はただ、笑って返した。 「随分息が切れてるね。…精気足りてないんだね。じゃv」 そう言うと少女は消えた。アラスは知る由もないが、先程幻次達の前に姿を見せたのと同 じ少女だった。 「ちえっ…はぁ、本当に辛いや…。…最近、歩き通しだったし…」 実はいい加減、アラスの体力の限界は迫っていたのだ。喋るのもままならず呼吸を整える 彼だったが、その前に突然、人影が現れた。 「…また会ったわね」 アラスの目の前にある女が立っている。以前、京都近くの草原にある泉で会った女だ。 「…姉ちゃん…瑠璃って言ったっけ…」 「ええ。…でも本当は水瑠璃って言うのよ。この名前なら知っているでしょう?」 アラスの目つきが変わった。瞬時に、警戒体勢へと入った。 「警戒しないで。何もするつもりはないわ。確かに私は北方四天王だけど」 水瑠璃は着物の袖を直し、上品に笑った。 「その四天王にもなったばかり。で、人手が足りないの。だから、あなたが欲しいのよ… 私の側近に。別に賞金首でもかまわないわ。関係ないもの、そんな事は私には」 彼女は他とは違い、世襲制で四天王となった訳ではないのだ。それ故部下も少なかった。 「オレみたいな黒レベル程度の吸血鬼が、役に立つとは思えないけどね…」 腰から少し力が抜けた。立つのもやっとだ。血が必要な事を頼也達に悟られれば、不安が られるかもしれない。そう思ったのであまり顔には出さないようにしていたが…その最近 の無理がたたっている。少女を追いかけた時も本当は、賞金狙いの魔族なら以前のように 血を頂こうと思ったのだ。 ―どうして頼也達に不安がられたくなかったのかは、わからなかった。頼也達が不安に 思うとすれば…自分が考えているような事にではないというのが、何故か何処かでわかっ ていたけれど。 「相当辛いみたいね…魔族の血をいくら頂いても、人間の血の精気の量には中々及ばない もの。すぐに足りなくなるんでしょう?」 アラスは何も答えなかったが、苦しげな表情が、全くもってその通りである事を表して尚 余りある。 「まぁ、今日は話をしたかっただけ。今すぐ決めろとは言わないわ。じゃあね 」 水瑠璃は建物の陰の、更に奥に消えていった。 「あいつ…オレが黒の石を持ってる噂を知ってるのかな。…知ってるよね…」 夜に近付いてきたので、動く力が戻る。やれやれと歩き出したところに突然…頭に激痛が 走った。そのまま意識はブラックアウトし、アラスはその場に倒れ込んだ。何者かが刀の 柄で後頭部を強く打っていたのだ。気配に気づけなかったのは、弱っていたからだろう。 「また1人、と。神の国ジパングにこの様な者達をのさばらせてなるものか、な」 「おうよ。さぁ、早く転移装置の所まで連れて行こう。無知な町民に見つかっては厄介だ からな。他の場所からも、江戸に送っているはずだ。」 アラスの目は深く閉じられ、男達の会話が聞こえるはずもなかった。そしてアラスは男の うち1人にかつがれ、そのままどこかへ連れていかれたのだった。 「…頼也さんに幻次さん。アラス、帰ってます…?」 エンジュラはあの後、2時間程街でアラスを捜し回っていた。何処かアラスの様子が変に 見えたからだ。しかし見つからなかったので、頼也と幻次の所に戻り、眠っていた2人を 起こしたのだ。2人は眠気を何とか飛ばし、起き上がった。 「いや、まだだぜ。薬草は何かコウモリが届けに来たけど…」 そんな、とだけ、エンジュラは呟いた。その顔の焦りに頼也と幻次の表情も、少し厳しく なった。 Tale-12 close