ジパングの海辺の、ある小さな村外れにあるらしい小屋。気を失っていた者が全員、目
を醒ました。
「いてェ−。」
「…。」
全員疲れているせいか、いつもより怒りっぽくなっている。
「潮の流れから言ってここはジパング。…島国にはちゃんと着いている様だけど。」
「問題は、南じゃナイって事だよね−。ねぇ、サファエル」
1番最年少と見られる少年にサファエルと呼ばれた青年は、苦い顔で笑ってみせた。

 今、この小屋にいる者達は全員、ジパングへ来る予定では無かった。チャランポという
村の出身のクラルは、自分の村を滅ぼし、つい昨日に同じ村出身のたった一人の生き残り
の、幼馴染アンを傷付けて瀕死の状態にまで追い込んだ南の四天王に会うため、南の大陸
に向かっていたのだ。
 そして年齢の割に大人びた同行者ルーファウスは、西の四天王にさらわれた自身の妹・
ラーファを捜すため、何となくクラル達と一緒にいた。その内にルーファウスの幼馴染で、
そして従兄弟でもあるサファエルが同行するようになり、更にはそのサファエルを慕う少
年リーウェルまでもがいつの間にかついてきており、今や結構な人数のパーティとなった
次第だった。

 しかし、ここジパングに漂着してからは、本当に散々だった。ちょっと前までは全く元
気に笑っていたアンが重傷を負うわ、そのすぐ翌日は妙な男に襲われるわ…。ようやく少
しだけ状況が落ち着いてきて、これからどうするかを考える段階となったのである。

「とりあえず、少し捜せば近くに人家があると思うから。南行きの船が何時何処で出てる
か尋いてみようか。」
よいしょという風にサファエルが立ち上がった。
「ルゥとクラルはここにいなさい。」
急に兄貴顔になり、まだ立ち上がらない2人に言った。2人はキョトンとしている。
「じゃあリーウェルと2人で行ってくるねv」
ヒラヒラと手を振り、リーウェルの背中を押して出て行った。クラルは目が点になってい
た。ハッとして叫んでしまった。ルーファウスが冷ややかに見つめる。
「おい。いかれアンポンタン。少し静かにしろ。」
「…!! ルゥ…  君は俺に恨みでもあるのかナ?」
キビしい言葉と同時に頭を叩かれたらしい。ルーファウスはそっぽを向いたまま言った。
「元気あり余ってるナ。まァいい、その方がお前らしい。」
ルーファウスの服を掴み怒っていたクラルだったが、その言葉にギクっとして、ルーファ
ウスを止まった目で見てしまった。
「うるさいけど…。」
ボソっとルーファウスの一言でムカという顔をした。ルーファウスはクラルの方を見た。
「言っておくが俺とお前は‘一緒’じゃない。俺の方が強い。」
フイと反対を向いてしまった。クラルはしばらくそれが何なのかわからなかったが、30秒
程経つと、少々赤くなって言った。
「どうだろうね。」
クラルは少々恥ずかしい事を思い出していた。ほんの数時間前、この男に頼っていた事だ。

 2人は数十分沈黙していたが、ルーファウスがいきなり口を開いた。
「あのザイという男を、初めから信じていたのか?」
下を向いていたクラルが、目だけでルーファウスを見た。背中を向けたままのルーファウ
スは、どこか冷たい。

 敵対する立場の者でありながらクラルに助けを求め、今まで自分達の旅に同行していた
ザイスィ・トルアが裏切ったのが、つい昨日のことだった。ザイスィは自分が南の四天王
の双子の弟と偽っていたが、実は四天王となるべく宝珠を狙っていた、双子の兄だった。
アンはそのザイスィからクラルをかばって、重傷を負ったのだ。

「今更だけど…。」
珍しくクラルが口を開かない。ルーファウスだけが喋るというのは、もう見られない事か
もしれない。
「お前の気持ちは、少しはわかるつもりだ。」
少々黙っている。クラルには、彼の言いたい事がよくわからない。本人は自分の言いたい
事を伝えようと必死なのが、クラルからは見えないが顕著に顔に出ている。
「我慢するな。」
その一言に、初めて肩を震わせた。
「お前は一度だって泣かなかった。他人と言えど‘赤の他人’じゃなかったんだろう。彼
女とは…。」
ザイスィに傷付けられたアンは、今はクラルの力の上でのパートナーとも言うべきエルー
ナの保護下で眠りにつき、ただ黙ってその傷を癒している。それを指しての彼の言葉だ。
何だかんだと言って、心配らしい…16歳の少年が19歳の青年を慰めるというのも変な話だ
が、表向きはまるで逆だ。クラルが黙りこくっているとルーファウスは、自分の気持ちを
つい最近会ったばかりの、しかもどちらかと言えばムカツク奴に言った恥ずかしさと、自
分自身に対してのイラツキで、答えを待ち切れず、振り返った。
「…オ…オイ…。(聞いているのか?)」
「…とりあえず。」
クラルは顔を見せない様に小さく言った。その声は震えていた。
「…。あの2人が帰ってくるまで俺は外にいる。」
クラルを見て目を丸くしたが、照れくさそうに言うと立ち上がり。ドアの前まで歩いて行
き、そこでクラルに引き留められて止まった。
「ありがとう。」
クラルが人なつっこそうに言った。ルーファウスはスタコラと出て行った。クラルは、懐
の指輪を慎重に出すと、握りしめて頭を伏せてしまった。

  外のルーファウスは、ドアの前で口に手を当て、赤面していた。どうやらクラルの‘あ
りがとう’が効いたらしい。どうやら彼は‘女の子’に弱いタイプらしい。

                                     *

「へ−。この人がクラル・ギル?」
南の大陸にある、ザイスィの居城。普段から暗いその城は本日もさぞ嫌なムードだが、そ
のムードを砕く少年が1人、最近毎日のように城に来ていた。
「…。やァこんにちは、ベスト。そうだよ、実におもしろい人だよ。」
ニコニコしながら言った。ザイスィは、大鏡の前でクラルの動きを見ようとしていた。
「ふ−ん。女の子みたいだね−。ザイ様何かタイプぅ?」
ザイスィにヘバリ付き、クラルを見て言った。ベストも何らかの形で宝珠に関わる者らし
く、ザイスィはひたすら彼を好きにさせていた。
「そうだナ−、俺よりラルの方がお気に入りみたいだナ−。」
ベストがのぞきこんできたのでザイスィは、上から見下ろしている。それを陰で見ていた
南の忠実な部下ケレナは、何とも不気味なものを見るかの様に嫌そうにしていた。
「(この2人って…気が合うのかしら。)」
全く無意味な事をするベストとザイスィに、この南の城の重臣とも言うべきケレナは、ど
うしていいのかほとんどわからなかった。
「う−ん、僕はやっぱりルゥとかいう人の方がいいナ−v」
「そうかい? 2人のうちどちらかと言えばルゥよりクラルかナ−。…。」
ザイスィがマジで考えている。
「ベスト、じゃァラルがお気に入りなんじゃないのかい? 駄目だよ、彼は俺のだ!」
「え−!!」
とんとんと変な話を平気な顔でする2人を見て、
「(この2人って…(泣)…。)」
ケレナは、泣きそうになりながら『大鏡の間』から出て行った。

「ねェ、ザイ様。僕、クラルさんに会ってみたいナ−。」
「アハハハ。ダメだよ。彼は俺がしとめる。」
「別にクラルさんの命なんてどうでもいいよ。タイミングが良ければ、義兄さんに会える
かナ−と思っただけ。」
「そうか。君は一度も兄という人とは会った事がなかったね。」
「そういうシキタリってやつですんでネェ−v 腹違いと言えど、もうほぼ家族のいない
僕にとってはネェ−。会ってみたいんです。」
ザイスィはフッと笑って、ベストの頭を撫でた。
「家を裏切って君に何もかも押しつけて出て行った義兄をそこまで思うなんて、可愛い子
だね−。」
「産まれる前の話ですからv」
ベストはニッコリ笑って見せた。

                                     *

  水瑠璃は1人、物思いにふけっている様に見えた。そんな彼女の座っているソファのす
ぐそばには、キラキラという擬音語がつきそうな物体が輝いていた。
  そこにやってきた部下2人は、うげ、という顔をした。
「レ…レイン、コレ…何?」
「…誰だ? この、全く美しさのカケラも感じない人間は…。」
2人の反応は全く当然と言える物が、そこにはある。しかし水瑠璃は全くと言っていい程、
それを何とも思っていないようだった。
「吾作さんと言うのよ。正宗と綾が喜ぶから、前に消された物と全く同じ物を調達してき
たの」
それをきいて、2人はえーっという顔をした。
「正宗様はともかく…あの綾が喜ぶ?」
「ウソよねェ。じゃなきゃ、綾はますますわかんない奴だワ。それでなくともマッチョ主
人に心を預けたりとかさァ。ど−見ても正宗様の方が強いのにね?」
「あ、そうそう。正式名称は林吾作の等身大の林檎ゼリーっていうのよ。」
いや、きいてねぇきいてねぇ…。唖然とする2人に水瑠璃は、つまらなそうな顔をしてみ
せた。
「…あなた達、今帰ったばかり?」
「ああ。言われた物は持って帰ってきた」
言いながら水瑠璃に、何かの機械を手渡す。それはボロボロの、ある妙な機械だった。
「これをど−するのォ? わざわざ破片全部集めて、復元させたりしてさぁ。―そもそも
これ、何?」
元は所々血が滲み、破壊されていたある代物。水瑠璃が何故かこだわって破片を集め、魔
界の技術者に修理させたのだ。
「わからないわ。…でももうすぐ明らかになる。吸血鬼の城の、あの部屋へ行けばね。こ
れは何年か前には、あの部屋にあった物ですもの。見つけたのは最近だけど。」
「破片全部見つけんの苦労したよね−、ホント。思い出したくもないわ〜」
「そうね…あの子が無理やり、命をかけて壊した物ですもの」
それっきり水瑠璃は何も言わなかった。その瞳は遠くを見つめていた…。

                                     *

  クラルとルーファウスを置いて出て来たサファエルとリーウェルは、とりあえず真っ直
歩いた。少し歩くとサファエルが急に立ち止まった。
「どうしたの? 急に立ち止まって…。」
サファエルはリーウェルを後ろに庇いながら、槍を構えた。そしてすぐ近くの樹上を見上
げて言った。
「誰だ、さっきからこそこそついて来る奴は!」
どうも先刻、妙な男に襲われたという事があったせいか、いつもより敵に対する感覚が鋭
くなっているらしい。リーウェルも大人しく隠れている。
「そんな恐い顔しないで下さいよ。サファエル様。」
ヒョイと木の上から下りて来た人物の顔を見て、サファエルの顔はひきつった。
「お前は!」
「シーファーですよ〜、サファエル様v」
下りて来た人物シーファーは一応ザイスィの部下であるが、何故かこの所は主の元にいな
いようである。そして何処にいるのかと思えば…こうだ。

 シーファーはサファエルを抱きしめ、幸せそうにスリスリしている。
「うわぁ−っ!!」
「可愛いなあ、声なんてあげちゃってv  …ぐおっ…!」
再びスリスリしようとしたシーファーは、うめき声をあげた。
「俺のサファエルに手を出すな。」
シーファーの脇腹に刺さっている剣の持ち主のリーウェルが、今にも噛みつきそうな顔を
してシーファーをにらんでいた。最初は苦しそうにしていたシーファーだが、急にニッコ
リ笑って剣を抜いた。
「全然痛くないですよv」
((バッ…化者…!))
刺されたハズの傷も既に治っていたので2人は、心の中で同時に呟いた。

「いや〜、この子、強い上に可愛いな〜v  ラゴくんみたいだね〜。ボク、名前は何て言
うんでちゅか〜?」
リーウェルにわざわざ視線まで合わせ、シーファーが戯けて尋いた。それが気に障ったの
か、リーウェルはつっかかる様に答えた。
「俺はリーウェル! 15歳なんだから子供扱いすんな!!」
アハハと笑っているシーファーを冷たく見つめ、サファエルが口を開いた。
「何の用だ? こちらにはもう用はないが…?」
「私にもありませんよv」
あっさりそう言われ、サファエルは少しコケた。本の一瞬の事だが。
「じゃ、何しに来たんだよ、え−と…。」
「シーファーですよ、リーウェル君v」
シーファーにリーウェルがつっかかったが、名前を思い出せず少しつまっていたら本人が
語尾に  マーク付きで教えてくれた。サファエルが又口を開きかけた時、pipipi…
という音がどこからか聞こえた。シーファーが慌てて服の中を探った。
「ああスイマセン。通信が入りました。」
「通信?」
リーウェルが不思議そうにサファエルに尋いた。
「あいつは南の方、南の四天王に仕えてるんだ。特別な用事がある場合とかによく使うみ
たいだ。オレは使わないけど。」
優しく説明しながらサファエルは、リーウェルをマントの中に隠した。いつの間にかルー
ファウス達の前とは違う、四天王のサファエルになっていた。そう…サファエルは、四天
王だった。それもルーファウスの妹をさらった、西の四天王。しかし本来の目的であった
宝珠が手に入らなかったため、ルーファウス達のパーティに、素性を隠し潜入中なのだっ
た。ルーファウスとラーファが、守護者の血をひく者達であったから。
 いきなりマントの中に隠されて、びっくりしたリーウェルは暴れた。
「わ−っ! ちょっとサファエル出してよ−!! ねぇってば…ん−ん−。」
マントの上からリーウェルの口を押さえた。サファエルはシーファーの方を向き言った。
「始めてもいいぞ。」
「あれ? リーウェル君は?」
質問したが即座に返された。
「気にするな。やるなら早くしてくれ。」
「は−い。」
やれやれと小さく呟きながらシーファーは、通信ゲートを開けた。

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