(恥ずかしい…。)
ルーファウスは一人、小屋の外で頭を抱えていた。クラルに‘ありがとう’なんて言われ
てしまい、急いで外に出て来たが、思い出しただけでも顔が赤くなる。
(これだから女はダメなんだ…ってアイツ男じゃねぇか!!)
1人で百面相の様にパッパッと表情が変わっているのに、気付かない彼だった。
(こんな事している場合じゃない。き、気分転換に剣の素振りでもしよう。)
慌てる心静めるために素振りをしようとしたが、小屋の前でやってはクラルに迷惑だ。
(どっか広い場所を捜そう…。)
そう思い、サファエル達の向かった方向へ偶然に歩き始めた。少し歩くとどこからか小さ
く人の喋る声がした。フッと顔を横に向けると、ルーファウスの位置より少し低くなって
いる所に見慣れた友人がいた。
(サァじゃないか、どうしてあんな所に…服も何だか違う人みたいだし、変な兄ちゃんも
いるし…違う人…か。サァじゃない。)
だがその場からは離れられなくなった。2人の人物の前方に鏡の様な物が現れて、こちら
からは何が映っているかは見えないが、サファエル達の前には南の四天王、クラルを裏切
り、アンを傷付けたあのザイスィが映っていた…。

 ルーファウスは、彼らの目からは死角になる所へと少し動いた。自分の方でもほとんど
彼らが見えないが。…彼らを見ていて、ようやくある事にルーファウスは気づいた。それ
は彼が捜し求めていた…男の内の1人は、彼の大切な妹、ラーファをさらった張本人だっ
たのだ。
「…!!!!」
ルーファウスは剣を握り、男達の前に出て行こうとした。
 が…その瞬間、ルーファウスにもアラスと同じ事が起きた。刀の柄で思い切り打たれた
のだ。何が何だかわからないまま、ルーファウスは気を失った。

  そして、小屋にも何者かが近付いていた。侍風の男だ。
  …一人で小屋の中にいたクラルの元へ、突然何者かが押しいってきた。驚く間もなく殴
られ、アラス、ルーファウスと同じ様にクラルは気を失った。
「今日は多いな、ジパングを汚す俗人どもめが…。」
「まだいるかもしれん、捜せ!」
男達は小屋の周りを捜し回り始めた。そして−。
「おじさん達、何やってるんだよ?」
その声を発したのはリーウェルだ。サファエルのマントの中が暑くて、抜け出して来たの
だ。どうやら自分がその場にいてはまずいらしいと彼なりに悟り、小屋の方へ引き帰して
来たところだったのだ。
「変な格好だなぁ、剣のカタチも…ー!」
妙なところに気をとられているうちに、後ろにまわった男がリーウェルの後頭部をバシっ
と殴り、やはり訳がわからないままリーウェルも気を失った。
「結構沢山集まってきたな、異人ども。公開浄化の日も近い…。」
「おう。さあ、今日は戻ろう。」
男達は1人がリーウェルとクラルを担ぎ、もう1人はルーファウスを担ぎ去っていった。

                                     *

  サファエルは、リーウェルが小屋の方へ行ったのに気づいていたが、シーファーが出し
た鏡の中のザイスィをにらむ様に見ていた。
「お久しぶり。偉大なる四天王の1人サファエル。」
ザイスィはいつもの黒い服を着ていたが、周囲が暗いために何だか不気味だった。彼は足
を組んで座って、すぐ横に置いてある小さな机に肘をつき、手を顔の所に当てていた。い
つも優しそうな笑顔というより、何か嘘のある笑顔でサファエルを見ている。
「フンッ、何かさっそくやらかす気のある顔だな。」
冷ややかに言った。ついこの間あっさりとクラルを裏切った彼が、少しサファエルを苛つ
かせていた様だ。もっとも、自分も同じ様なものであろうが、この目の前にいる煩わしい
男とは違う、いや違いたいと思ったのだろう。
「クスクス。どうやら俺のやり方が気にいらないらしいね。」
「…お前達のことはどうでもいい。それより四天王どうしで話をするなど余程の事か?」
「ああ、ちょっとね。どうだいサファエル。俺と手を組む気はない?」
「ない。」
キッパリと0、0001秒で答えた。
「サァ…。真顔で言わないでおくれよ。」
シーファ−は、サファエルを見てニコニコしている。キッパリと言い切ったサファエルに
惚れ惚れといった感じだ。サファエルは、シーファーを一度も見ずに言った。
「弟を酒のつまみにする様な外道と組むのはゴメンだな。大体貴様は何者だ? 元は弟が
四天王だろう。他の者をだませてもオレはそうはいかない。」
ザイスィの顔から一瞬表情が消えたが、ザイスィはフッと笑った。
「俺は四天王だよ。他の者共に、昔のことを全て話し、今まで‘生き別れていた弟’と名
のっていた事も‘間違い’だと言ってもね。あいつ、ラルはどの道四天王の資格が無い。
あの状態じゃあね。だからその双子の片割れの俺が主だ。何が悪いんだい? 元々兄であ
る俺が主なんだよ? そのイスを奪い返してやっただけの事さ。」
ザイスィはサファエルの目を冷たく見て言った。
「今となっては、もうどちらでも良いことだ。」
サファエルは小さく言った。
「大体オレは、そちらの事情などどうでもいい。そんな話をするための通信なら、もう切
らせてもらう」
これでもサファエルは相当、抑えている。ザイスィも何となくそれはわかるようで、つれ
ないね。と、微妙な表情で笑い返したのだった。

「本題に戻そう、サファエル。実はこちらに切り札が出来てね。正直、今までクラルには
勝てない理由というのがあったんだが、こちらにも1人同じ様な者が入って来て、ヨユー
が出来たから君を手伝ってあげようと思って。前に色々お世話になったことだし。」
「本当は、何がしたいんだ?」
にらみつけて言った。
「…退屈なんだよ。最近、俺の‘おもちゃ’もサビついてきたらしい。」
「道楽は、もっと別の所でしてくれ。オレは、あんたの様に遊びで宝珠を捜しているわけ
じゃないんだ。」
「遊び? 俺だって遊びなわけじゃないよ。」
どうだか、という顔でサファエルはザイスィを見返した。

  今度はサファエルがザイスィに話しかけた。うっとうしくなってきたので話題を変えた
かったのだろう。
「『赤火の宝珠』の場所はわかった。しかし…1つだけ場所もわからない宝珠があるのを
知っているか?」
「ああ、あの黒…何とかとかいう奴かい?」
「あれがないと宝珠全体の力は発揮出来ない。まァ、それぞれがすごい力を持つことには
変わりないけどね。」
「北の水瑠璃嬢が今、必死ですよv」
シーファーが口をはさんだ。
「で、何が言いたいんだ、サァ。」
「何か知らないか、とね。南の者でありながら東とか他の所にいたりする者は多いから、
尋いてみただけだ。」
「知らないね。俺は『赤火の宝珠』さえ手に入ればいいんだよ。他のはキョーミない。」
本当に何も興味ないかの様に、顔を背けた。
「黒の石、『黒魔の宝珠』って確か物凄い魔の力があるんだよね。変な吸血鬼君が在処を
知ってるかも、ってハナシなら知ってるけどォ。」
ベストである。ザイスィの横からひょうきんな声で出て来た。ザイスィはベストもにらみ
つけた。ベストの情報は、一部で流れている噂に過ぎない。魔王が賞金をかけたのは、も
しもの事があって黒の宝珠を持っていたら儲け物、ぐらいの感じでしかない。
「…。初めまして、僕ベストといいます。南に住んでる遊び人でェすv」
「彼はずっと来ていたのですか、ザイ様…。」
シーファーはザイスィを見て言った。ザイスィは、うなずいてみせた。
「では、彼が切り札という奴ですか?」
元々南の部下であるシーファーが楽しそうに言うと、ザイスィはニヤっと笑った。
「え−っ、僕ゥ? そんなのこまっちゃァウ!」
頭をかきながら…いや両手を頬に当てながら言った。
「ほめてもダメだよォ。僕ノンケv」
「…。」
サファエルが絶句したのを見て、ザイスィがからかう。
「ダメだよサァ。彼は俺の所のだ!」
また始まった、この2人のコントはいつもで続いたのやら…。サファエルは咳払いをし、
「わかった、もういい。オレはこのまま1人で勝手にやる、放っておいてもらおう。」
そう言って去っていってしまった。いい加減我慢の限界だったのだろう。

「いいのですか? ザイ様。」
「いいさ、奴の言う通り俺は道楽で宝珠を捜しているのかもしれん。だが、俺にとっては
サイコーの生き甲斐だ。‘復讐’するには、もってこいのな。」
クスクスと笑いながらシーファーに言った。それを黙って見ていた。
「シー、城へ戻ってこい。ラルが喜ぶよ。」
鏡の中から消えたザイスィを見送り、シーファーは一息ついた。
「フゥ…。困った人だナ。」
彼は、ザイスィとライエルのことは、全て知っていた。双子であり、表向きは四天王とさ
れているが、実はザイスィの操り人形となっているライエル。文字通り彼は人形のように
無表情で、従順だった。シーファーは城には何故かほとんどいないが、ライエルのことは
陰ながら見守ってきた様だ。
 そんな彼も南が『黒魔の宝珠』について何か知らないか、とは尋かない。南には、他の
所には無い技術や資料が色々とある。にしても南と北ではそう関わりというものが見られ
ないのだが…。165年も前から消息を断っている石だ、色々な噂が飛び交うのも無理は
ない。真実は知る人のみぞ知る…だ。

                                     *

「あー!! どいつもこいつも人の神経逆なでやがって!!」
サファエルはいつの間にやらルーファウス達と一緒にいる時の姿に戻っていた。しかもキ
レていた。どうやらこの姿だと感情が豊かなのであろう。四天王姿では見られない様な怒
りの感情を外に出していた。うまい具合にムカつく事が重なったというのもあるが…。
「ただいま〜って、あれ…? 誰もいない…。」
リーウェルは当然先に帰っているだろうし、クラルやルーファウスも小屋からは出ていな
いはずだ。けれど小屋には誰もいなかった。
「外にいるのかな…? …―! あれは!」
仕方なく小屋の外に出ると、日の光に反射し、光る物を見つけた。
「これはリーウェルの…まさかっ!!」

                                     *

「あ〜良かったv サファエル様まだいて。」
サファエルが落ちていたリーウェルのロザリオを手に握りしめて立ちすくんでいるのをシ
ーファーは見つけ、声をかけた。
「どうしたんですか…」
サファエルの表情を見てシーファーは、顔をこわばらせた。ロザリオを持つ手からは血が
にじみ出ている。瞳は冷たさが普段より増しており、その瞳ににらまれると背筋に冷水を
垂らされた様にゾクっとする。サファエルの心の中では、リーウェルをみすみす奪われた
自分の不甲斐無さを罵り、さらった相手への憎悪がそれに比例する様に増していた。シー
ファーが、血のにじみ出ている右手をそっと掴んだ。サファエルもそれに気づき、にらむ
様にシーファーを見た。シーファーはにっこり笑って言った。
「リーウェル君達を助けに行きましょう。ちょっとしたあてがあるんです。」
サファエルは怪訝そうな顔で、シーファーを見た。
「じゃ、行きましょうv」
強引にサファエルをかつぎ上げて歩き出した。いつもの事ながらサファエルは暴れた。
「おい! 下ろせったら! どこに行くんだ、それぐらい言え!!」
「う〜ん、情報通な人の所ですv」
アハハっと笑いながら、シーファーはそのままワープしたのだった。

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