「葵様、いよいよですね。」
妖艶な笑みを湛えながら葵は、うなずき答えた。
「ええ。今日こそはあの正宗を私の前に跪ずかせてあげますわ。」
高らかに笑おうと頬に手を当てた途端、少女の様な声が響いた。
「今はやめといた方がいいと思うよ。」
「…―!?」
心の中で怒りを静めさせながら葵は、声の主の方を向いた。その主は、頼也達の前に現れ
た光の珠をつれた謎の少女だった。
「…何者ですの?」
「葵ちゃんの名前気にいったから、特別に教えたげる。」
「葵ちゃ…!? …何ですの!?」
頭に怒りのマークをつけたまま葵は、少女を少しにらみつつ言った。
「も−すぐお客さんが沢山来るんだよ。だからやめといた方がいいよv  じゃーねぇ〜」
「まっ、待ちなさい!! 消えた……?」
少女の姿が消えた辺りをにらみながら、葵は考え込んだ。
「何だか訳のわからないことを言ってたけど…。」
しかし答えはすぐに出た。東のこの四天王城に、いくつかの強大な気配が訪れているのを
感じ取ったのだ。
「この気配は…なる程ね。確かに分が悪いわね。」
「葵様…。」
フッと笑ってそばにいる部下に告げた。
「今は待機なさい。そのうちチャンスがくるかもしれないわ。」
「ハッ。」
(正宗…せいぜい余生を楽しく過ごしなさい。)

                                     *

「は−いv  着きましたよ。サファエル様v」
「ここは…東の四天王の城じゃないか!!」
ピンポーンと言いながらシーファーは歩き始めた。サファエルも渋々姿を四天王の正装
に変えた。耳には片方だけのロザリオが付いている。
 …と。そんな2人に、少し違う場所から声がかかる。
「あら〜、シーファーじゃない。」
「あれあれ、水瑠璃じゃないですか。」
サファエルもシーファーにつられ、声のかかった方を見た。
「まあ、サファエル様まで…ご機嫌麗わしゅうございます。」
スカートの裾を少しつまんで水瑠璃は挨拶をした。
「水瑠璃殿。丁重な挨拶をありがとうございます。」
サファエルも答える様に水瑠璃の手を取り、甲にキスをした。
「水瑠璃でかまいませんわ、サファエル様。」
「それなら私も…。」
ちょんとサファエルに近付き、唇に手を当てた。
「いいえ、私が呼ぶのは意味があってのことですの。ですから、お気になさらないで。」
「水瑠璃も正宗様にご用ですか?」
シーファーが混ぜてほしそうに言ってきた。
「ええ、ちょっと、お土産をねv」

                                     *

「いや−お三方、よう来てくれたわ。」
正宗がケラケラ笑いながら迎えてくれた。サファエルは、見た瞬間がっくりとした。
(シーファーと似た様な人種だ…。)
「なァなァ、サァって呼んでもい−か? あんたにはキョーミ持っとってん。」
急に話しかけられ少しビビったが、もう割り切った。
「ああ、かまわない。あなたのことは…。」
「呼び捨てでかまわん、かまわん。ところで水瑠璃はどないしてん?」
ポンと手を叩いて水瑠璃は、ある物を取り出した。
「おーっ! それは!!」
「じゃじゃーん、等身大林吾作の林檎ゼリーよんv」
どど−んというBGMを受け、ゼリーが登場した。サファエルの顔はひきつり、正宗は手
を叩き笑い、シーファーは笑い転げた。
「アッハハッハー!! 何ですーこれーヒー苦しいー!!」
「い−やろこれ。ありがと−な水瑠璃、家宝にするわv」
絶句するサファエルと、心底笑い転げているシーファーの姿が実に対照的だった。

  1段落ついて、正宗が話を切り出した。
「さぁーって、サァ、何の用や? オレに用あるんやろ?」
「実は…。」
ルーファウス達がさらわれた事を大まかに話した。ジパングオタクである正宗は少しだけ
考え込んでから、すぐに答えを出す。
「はは〜ん、それは今ハヤリの奴らやで。異国人がキライでなァ、そこの首領はオカマや
し、まァやっとる事は気にいらんけど…。」
「それでどこに?」
サファエルが急かす様に尋いた。
「まぁ待て待て。もーすぐ公開浄化の日や。意味は大体わかるよな。土壇場で奪い返した
らいいて。オレも手伝うわ。」
それでもサファエルは心配そうだった。
「大丈夫やて、オレがついとる。」
「私、シーファーもいますよ〜  」
だから心配なんだ、という顔をサファエルはしていた。
(私もヒマだし、行こうっと。)
実は水瑠璃も、わりと乗り気だった…。

                                       *

  シーファーは正宗の城のバルコニーから月を眺めていた。そこへ水瑠璃がやって来た。
「南の城に戻らなくていいの?」
「…盗み聞きしてましたね?」
そんな事してないわ〜って顔して水瑠璃は去っていった。
「う〜ん、ワケのわかんない人だなぁ〜v …私はライエル様のおもりじゃないんですよ、
ねぇザイスィ様。あなた方など、所詮は…
その後のセリフは小さくてよく聞こえなかった。

                                     *

「なあ嬢ちゃん、アラスどこ行っちまったのかわかんね−のかよ?」
「わからないです。本当に何処にも、気配が見つからなくて…。」
「すまん、わしが熱なんか出してしまったから…。」
頼也はまだ熱が退かず、そのせいで気分が滅入ってしまっている。
「らしくねーな。お前のせいじゃねーし、過ぎちまった事はどーにもなんねーだろ?しっ
かりしろよ。」
「すまん…薬草で少し楽にはなったんじゃが…第2波が来たのか何だか気が重くて…。」
頼也が弱々しく苦笑を浮かべた。ふと前方を見ると、行商の者らしき男が歩いている。
「なァ、あんちゃん。ヘンな格好した少年見なかったか?」
幻次が尋ねると男は人なつっこい笑顔で答えた。
「ああ、それやったらさっきそこで何や怪しげな男衆に連れさられてましたで?」
「なっ!? 一体どこに!?」
「ああ、何や転移装置があって、そこから江戸に送るとか言ってましたわ。何やったら連
れて行きましょか?」
「本当かの!? 場所がわかるならそうして戴ければ嬉しいんじゃがのう。」
「ああ、かまへんかまへん。ほな、ついて来ぃな。」
男に連れられ、頼也達一行は転移装置まで行った。もちろん、この行商の男というのは、
客をほっぽり出して城を抜けて来た正宗であった。

                                     *

「…シーファー。何を被っているんだ、何を。」
正宗が何処かへ行ってしまい、ワープゲートでジパングに着いたサファエルとシーファー
と水瑠璃だったが。サファエルが呆れ果てた顔で尋ねるのでシーファーは笑顔で答えた。
「電信柱という、ちょっと文明の発展した都市にはよく建っている物ですv」
「それぐらい知ってる! 何でそんな物を被っているのかを尋いているんだ!」
「あ−、人間バージョンでも怒った顔はりりしいですね、サファエル様v」
サファエルが無言でキレた様だ。
「私達も一応異人なんですから、怪しまれない様にしなければ!」
力説するシーファーに、サファエルより前に水瑠璃がつっこむ。
「普段も怪しいけど、きっと普段よりもっと怪しいわよ。私は面白いと思うけど。」
「え〜、そうですか〜? 水瑠璃だって怪しいですよ、着物を着ているじゃないですか。」
「それは普通だろ! いいから速く行くぞ。」

「『黒魔の宝珠』…。」
3人はかなり早足で歩いていたのだが、シーファーの一言でぴたっと止まった。
「ってどこにあるんでしょうねぇ?」
口調も顔も笑っているが、その真意はどうにもはかれない雰囲気だ。
「…そう言えば、それについて妙な噂が…知ってますか?」
「ええ。賞金首の吸血鬼の事でしょう? お気遣い有り難く思いますわ、サファエル様」
言い出したのは私ですよ〜とシーファーは笑顔で思った。
「まあ、色々ありまして…ややこしいんですのよ。揺さぶりはかけてみましたけど。」
「へ−っ、仕事早いですね−、水瑠璃は」
シーファーは意味ありげに笑った。
「私は新参者ですから。魔王様も色々と、不安なことでございましょうね。」
特に宝珠の件に関しては、と目を細めてみせる。
「『黒魔の宝珠』は謎だらけですわ。『黄輝の宝珠』程ではないにしても、かなりの力を
秘めていますもの。魔の気の濃さも、宝珠の中ではかなり強いようですし。」
そうですね、とサファエルは普通にうなずいた。他の四天王の管轄の宝珠には元々、全く
興味がないのだが、水瑠璃に対して邪険にするのは何だかはばかられた。
「部下の2人は西へ?」
「ええ。一足先に向かわせています。」
何やかんやと2人が話している間、電柱シーファーは珍しく不敵な笑みを浮かべていた。
(本当はほとんどのことを、既に掌握しているでしょうに…あなたもなかなかクセ者です
すからね。誰も、まさかその綺麗な顔の下には、氷の血が流れているとは思わないでしょ
うし。‘父上’の判断は、やはり間違ってはいませんでしたね…。)


                                     *

「ライエル様?」
ケレナはライエルの部屋の前で呼んだ。このところほとんど顔を表に出さないのである。
「何してるの? ケレナちゃん。」
それとは逆に、このところ毎日の様に城に来るベストである。ケレナは露骨に嫌そな顔を
した。ベストはそんなケレナに近付いた。
「そんな顔しないでよォ、それよりラル様どうかしたのォ?」
「…。あなたには、関係ナイことです。」
冷たく言った。ベストは目を丸くしてから、ニコニコ笑った。
「ケレナちゃんてば、つれナァイv」
「…それより、何か?」
「うーん。別に用事はないんだけどォ。1日1回はケレナちゃんの顔見ないとォ、僕腐っ
ちゃうんだよねェー。」
「今でも十分だと思いますけど。」
フッとベストが笑ってみせた。初めて見る顔である。
「僕もそう思うよ…。」
一瞬彼らしくない顔を見せると、小さな声で言った。ケレナは言い過ぎたかと顔には出さ
ないで思ったが、ほんの一瞬でまたニコニコしだしたのであまり気にしなかった。
「それより僕はケレナちゃんの方が心配だナァ。」
上の方を見ながら背中を向けるケレナに話しかけた。ケレナは振り返りキツク彼を見た。
「…。だっていつもそうやって自分を閉じ込めてるでしょ? 今だって本トはもっとびっ
くりしてるのに。」
ベストとケレナの間に、少しの間だけ沈黙が訪れる。
「…。口調が普通です。」
目が点。そんなことを返されるとは思わなかった様だ。ケレナはまた背中を向けると、
「その方が良いかもしれません。」
と、‘ありがとう’の代わりの様に言った。ベストはしばらく止まっていたが、クスっと
笑ってケレナとは違う方向に歩いていった。

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