「やァ…ベストか。」
「…どうしたんです?呼び出されたと思って来てみれば…顔色が悪いですねェ。」
ザイスィは黙っている。部屋は暗く、さっきまで寝ていたのかベッドの上に座っている。
「尋きたいことがあってね。指輪のことだけど、君はどれほど知っている。」
「…全てかどうかは、わかりませんよォ。ただ僕も義兄さんと同じで、指輪の力を引き出
すための者ですしィ。大抵はねェ−。」
いつもの言い方で体を揺らしながら、宝珠のことを話し出した。
「まァそれぞれの宝珠によって違いがあるんですよォ。僕みたいに宝珠の中に入らなくっ
てもいい宝珠もあるし、全部ちょっとずつ違うんですよォ。赤いのは僕か義兄さんがいな
いと力を全て出せないってだけで。まァそれでも大きい力だけど…。」
「お前の力はどれ程だ?」
「う−ん…宝珠の1/4くらいィ?」
ベストは宝珠の力を1/4程持っている。彼の家は、何代も宝珠の力を使う時の力の1部とし
て使われてきている。理由は不明だが。力を持って産まれた者は、指輪の中に入らなけれ
ばいけない。それが、聖、魔、どちらに力を使われようと同じことだ。だが彼の義兄エル
ーナは魔、つまり悪魔に力を貸すのが嫌だった。そのため家を捨て、クラルのそばにずっ
といたのだ。彼らの父ももちろん、1/4の力を持っていたが、長い年月のせいで体力も弱く
なっていたため、エルーナの代わり(つまり、聖、魔両方に力を与えるため、中心に立つ
者、どちらの味方でもない者)は出来ないが、既に母は死んでおり、何年か後に愛人にベ
ストを産ませ、彼を魔の側にやったという訳だ。

「…では、指輪の力は?」
「…わかりません。でも国1つは簡単に…恐ろしい物ですよ。」
「なる程…おもしろいナ。1人の一生どころか国の一生を変えるか。」
「何故そんなことを?」
ザイスィは本当に気分が優れない様だ。こんな時いつも不敵に笑う者なのに。下を向き、
頭を軽く押さえている。
「あなたは何が欲しい?」
ベストの一言に少し考えた。下を向いたままで。
「全てを壊す力?そんなもの、どうするの…。僕はそんなものいらない。」
彼らしくない。顔はかたいままなのだ。
「あなたは、こんな事をしてラル様をキヅつけて、もう本トにあなたを慕う者などいない
でしょうね。」
ザイスィは黙ったまま、彼の話を聞いた。
「シーファーという人も、あなたなどではなくもっと、他の者の下で働き、動いています
よ。知ってるでしょ?」
ザイスィは少し顔を上げ、ベストを見て言った。
「久しぶりに夢を見たよ。‘母さん’を殺した時のね。また血まみれでラルが泣いていた
よ。そしてまた言ったんだ、俺なんかが‘大切’だってね。」
「…信じてるの? 信じられてるから。」
「フンっ、元々仲間など求めていないよ。ただ‘その時’俺のために働く‘コマ’がほし
いだけだよ。信じられることも信じることもない。」
ザイスィはフイと外の暗い雲を見た。ベストは顔を変えないで
「可哀そうな人。」
それだけ言ってザイスィを見ていた。

                                     *

「サファエル様〜、サファエル様〜v」
語尾にハートをつけながら、電柱の着ぐるみを被ったシーファーが、精神を集中させてい
るサファエルにちょっかいを出していた。
「うるさい! ルゥ達の居場所を探っているんだ! 邪魔するな。」
「ルゥ君じゃなくてリー君でしょ?」
怒られているハズなのにシーファーは、間違いを冷静に訂正した。
「キサマ…一度地獄に行くか…」
手で槍を構えながらサファエルが言った。
「いや〜んv  恐いんだから。」
それでも戯けていると、水瑠璃がつっこんだ。
「まだ電柱被ってるの?」
着ぐるみから顔だけ出している姿は、どこかのお笑い芸人の様だ。
「可愛いでしょv」
「ええ。全く機能性にも実用性にも欠ける辺りが特に愛しいわ。これぞ芸術という事ね」
感情がこもっているのかこもっていないのか、微妙な口調で言う。
「そうでしょそうでしょ〜v」
2人でおちゃらけていると、サファエルがボソっと言った。
「…処刑場…。」
シーファーがピョンピョン飛び跳ねて、サファエルの横まで行った。
「処刑場ならこの先です  いっきましょう〜  あ、いてっ」
腹に一撃、サファエルに入れられてしまった。

「ヒドイな〜、サファエル様〜。水瑠璃だってサボってるのに〜」
先々行ってしまうサファエルに置いていかれ、ぐすんと笑って言うシーファーに、水瑠璃
もにっこりと笑う。
「人聞きの悪い事言わないでくれる? 私には何の仕事も任されてないじゃない」
「えーー。だって水瑠璃にはもうわかってるんでしょう? 私達が何処へ向かうべきなの
か。何たってあなたの十八番はその、鋭敏過ぎる気配探知能力なんですから」
あまり知られていないが、水瑠璃にはそういった能力がある。シーファーが知っているの
は彼こそが、水瑠璃を四天王に相応しい者として見つけ出した張本人だからだ。
「さぁ? 私の目的とサファエル様の目的が、同じ場所にいるとは限らないもの。それに
私は、サファエル様の部下の気配までは流石に把握していないわ」
「え? 水瑠璃の目的、ですか?」
シーファーがキョトンとした顔をしてみせると、水瑠璃は魔性の笑顔で言う。
「…暇だから付いてきただけだったけど…ちょっとこれは、思わぬ展開になったみたい」
今自分達が向かっている方向の遥か先から感じる、ある気配。
「…宝珠に関わる者同士…やっぱり、導かれるものなのかしらね…」
人知れず水瑠璃は、その孔雀緑で切れ長の目を、更に細めて苦笑していたのだった。

                                     *

  一方その頃、東の城は四天王2人+シーファー、そして正宗も出ていき、後に残ったの
は正宗の部下達と葵、そしてその部下のみだった。
  彼らが出ていったのを見計らい、葵は正宗の部下へ総攻撃をかけ始めたのだ。突然の反
乱に、残っていた常康や楓母子も流石に驚き、体勢も整わず、葵方の優勢になっていた。
「さぁ、愚かな正宗の部下共よ! い−かげん負けを認めたらどおかしら? お−じょ−
ぎわが悪くてよ!」
玉座に座って床に倒れている正宗の部下を見下げ、嘲笑った。
「負けなんて死んだって認めないわよ! 正宗様さえ帰ってきたら、悔し−けど、アンタ
なんてすぐやられちゃうんだから!」
綾が傷だらけになりながらも立ち上がって叫んだ。
「あ−ら、どうかしらv  正宗なんてあんな出来損ない、私の手にかかればあっというマ
にミンチ肉よォv」
「愚かだな…葵殿…正宗様の妹君でありながら、あの方を何も理解していない…。」
綾を傷ついた手で抱え上げながら常康が言った。葵とその部下をここまでくい止めたのは
ほぼ常康、綾、楓、そしてその母の4人である。他の部下達はもうわずかしか残っていな
い。楓は葵の側近だったのだが、父が生前正宗の世話になっていたので正宗側についてい
るのだ。葵の方も、どうせ正宗側につくということはわかっていたらしく、楓にこの反乱
のことは話さなかった。

「理解してますわv  大切なお兄様ですものv  そう、彼は私にとってなくてはならぬ存
在。何故なら、容易に倒して私が四天王になれるんですものv  四天王にさえなれば、魔
王様のお目にかかることだって可能! 奴は私が魔王様にお会いするための大切な、踏台
なのよ! それにね常康、あの男が四天王になってから一体何をしたっていうの? 何も
してないでしょ? いえ、出来なかったのよ! 奴は非力なんですもの! ええ、そうで
すわ! 幼少の頃からずっと私は奴の愚かさを見てきた! そんな正宗が四天王になった
時、その時から私はこの日のため奴の側近という屈辱も甘んじて受け、この城に入り、少
しずつ力をつけてきたの! そしてついにこの日が来たわ! 愚かな正宗をこの足元に跪
まずかせるのよ!」
気合いの入った大演説が一区切りした途端。それは訪れた。
「へ−、そしたらアレか、葵はあん時からずっとオレのこと狙っとったワケやな?」
「―!?」
突然正宗の声が聞こえたので、葵が振り返ると、そこには城であることも構わず巨木が立
っている。
「なっ…なんですの!?」
「オレやv」
巨木がくるりと半転すると、その中央に開いた丸い穴から正宗の笑顔がのぞいていた。
「きゃああああっ!」
「ふっ…。」
「バカみたい。」
葵は悲鳴をあげて後退りし、常康は優しい笑みを浮かべ、綾は呆れ果てている。

「ど−や、完ペキやろv  オレの変装v」
「城の中にいるのに木に化けてど−するんです! バカじゃない?」
「冷たいな−、綾は。せやけどついさっきまでオレに気づかんかったやん、自分ら  」
「それはあの女の事で手いっぱいだったからですっ!」
「常康を守る事で、の間違いやないんか? ん?」
「ちっ、違いますわよっ!」
「おかげで私の方が、ケガが少なくてすんでしまって…本トは守ってあげるべきなんです
が…。」
「常康様までからかわないで下さいよっ!」
「うわっ、ま−た真っ赤になっとるv  可愛い−な−綾はv  食べてしまいたいわv」
「ちょっと! いつまで私を放っておくつもりです!?」
葵が3人の会話を断ち切った。
「そ−や、忘れとったわ。え−と、何言うとったっけ、オレ?」
「‘あの時からオレを狙っとったんか’ですわ! 全く、どこまで愚かなの!?」
「あ−、せやったな。ほんまショックやわ−。なんぼオカンが違ってもオレにとっては可
愛い妹やったのに。魔王さんもオレの妹にちょっかい出すとは、さすがお目が高いわ。」
「魔王様をそんな風に言わないでっ!」
葵が鋭い爪で飛びかかってきたが、正宗はそれを難無くかわし、逆に投げ飛ばした。
「あらら、ついつい当て身投げしてしも−た。大丈夫か−?」
「バカにしないで! ちょっと油断しただけよ! あんたなんかにこの私が負けるハズあ
りませんわ!」
「楽しませてくれそ−やなァv  さっすがオレの妹やv」
「ええ、楽しませてさしあげますからその着ぐるみ、脱いで戴けます? うっと−しいん
ですけどォ(怒)」
「ええ−、そォか? オレは気に入っとんのに。しゃ−ないなァ。戦闘モードや。」
正宗がパチンと指を鳴らすと、瞬時に服が変わった。戦闘服とは言ったが、ピエロの様な
中々フザけた格好で正宗は笑っていた。
「さァ、どっからでも来なさいなv  オレはぜ−んぜんかまへんでっv」
パチンともう一度指を鳴らし、今度は大鎌を出し、それを手にした。

「葵様、ここは我らが!」
葵の部下達が正宗へと飛びかかっていった。
「バカ! 戻りなさい! あなた達のかなう相手ではなくてよ!!」
部下達の耳に葵の声は届かなかった。正宗の目の前で彼らは力無く崩れていく。
「安心せいv  オレは無益な殺生は好かん。みね打ちやv」
「愚か…ですわね。ふふっ。その甘さが命取りですわよっ!」
倒れたはずの男達が一斉に起き上がり、正宗を襲った。激しく打ちのめされ、正宗の肉片
が床に…誰もが瞬間そう思ったのだが、よく見るとそれは痛々しく崩れた吾作ゼリーだっ
た。当の正宗は男達を切り刻み、残念そうに呟いた。
「あ−あ、せっかく家宝にしよ思とったのになァ。」
床には切り刻まれた男達の体…いや、機械の塊が落ちていった。

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