ジパングの、とある場所。長い髪を風になびかせ、瞳の色は深い赤を帯びたブラック。
夜の闇に溶け込む様に周囲を空から見つめている。その表情は、一瞬たりとも変わるこ
とが無い程凍りついている。
「ジパング…か。」
ぽつりと言った。その長い髪の持ち主は、ライエルだ。彼は部屋から出てこなかったので
はなく、いなかったのだ。クラルが捕まってからずっと空の方からジパングを見ている。
「ラル様。そんなところで何をしているんですゥ?」
鳥が近付いてきた。おそらくベストであろう。彼はどこにでもいる。ライエルは、その鳥
をにらむかにらまないかギリギリのラインの目線で見た。
「カゼをひきますよォ。僕がカンビョーしてあげたいですけどォ。」
パッと人間の姿になった。
「ジパングに何か?」
「…最近忙しいみたいだナ。」
ベストはニコニコしているが、ライエルはつんと前を見た。
「ええ。さっきまではザイ様の所でしたしィ〜。あ、ケレナちゃんにも会っちゃった♪」
両手を頬に当てて体を動かしている。ライエルはそれが終わるまでじっとしていた。

「…兄さんの力になるのか?」
「え? さぁねェ。僕わかんなァイ。けどどの道僕って赤い石なかったら役立たずだしィ。
まぁホントわかんないってカンジィ。」
「そうか。」
さらりとした髪をなびかせて、月を見た。今日は満月であり、魔の力も一番強くなる。

  その満月を見ている者が南に1人いた。ザイスィである。今は顔色が良い。いや別にい
つも良い訳ではないが、前程悪くはない。
「…。満月はきれいだが、どこか‘ウソ’があるナ。特にこの南から見る月は…。」
石詰めのベランダから久しぶりに顔をのぞかせ、月を見て言った。
(シーファーか…。ベストは何でも知っているナ。だが俺も奴のことは知っている。最初
から俺やラルのことはど−でもいいはずだ。何が目的でこの南にいて、しかも何故部下と
いう身分に収まっているのかはわからんが…まァどうでも良いことだナ。)
彼ははっきり言って何者なのかわからない。北の水瑠璃と同じ様に、魔王の側近の、代々
の四天王の血を受け継いだ者ではない。魔族であることは確かだが。
(おそらく、ラルがここに今いない事も知っているだろう。)
ザイスィはライエルがどこにいるのかを知っていた。
「ラルは何をするつもりかねェ。全く、夜遊びの好きな子だよ。」
クスクスと笑っている。
「まァ何をしたって、俺にとってはいい見せ物だ。」
瞳の色はライエルと同じ、だがどこか違う。不気味な程闇に合う。
「どんなにあがいたってムダなのに。本トに楽しませてくれるね。」
その夜、彼が何をしていたのかケレナも見なかった。

                                     *

「…ラル様。これ以上ザイ様のそばにいない方がいいよ。」
ベストは背を向けているライエルに話しかけた。ライエルは何も答えない。ベストは辛そ
うにしてライエルを見た。初めて見せる表情だ。ライエルの背中から手をまわして、額を
背中によせた。
「後は、僕がする。僕にはそれしかないから。けどあなたにはそんな事してほしくない。
優しいあなただけは。だからもう南には…城には帰らないでよ。」
「…。」
ベストの顔にライエルの長い髪が、風のせいですりよせられていた。

「…。兄の相手をするのは大変だ。」
ライエルがベストの手の上に軽く手を乗せて言った。ベストは目をパチクリさせてライエ
ルを見た。
「…た…確かに…。」
「これは私のせいだから。…何もお前が背負うこともなかろう。」
ライエルは決して人の目を見ようとはしない。ベストからゆっくり離れると、そのまま下
に下りてしまった。ベストはそれを見送っていた。

「あなただったら僕も喜んで力を貸すのになァ…。」
苦笑した顔をして一人言を言った。その目の前を何か白いものが通り、ライエルの下りた
方へ行ってしまった。
「…?」
ベストは、しばらくここにいることにした。

                                     *

シーファーは地下2階へ行くことにしたが、それはどうやら一人でのことになった。
「あれ−? 水瑠璃は行かないんですか−?」
「ええ、そろそろ良い頃合いだもの。それにここでの目的は満たされたし。」
「目的?」
シーファーが目を丸くした。しかし水瑠璃は答えようとはしない。
「ほら、早く行ってらっしゃいよ。」
こうなるとシーファーも深追いはしなかった。そして、まだ開いていた穴に電柱の着ぐる
みを着たまま飛び込んだ。それをみとどけると水瑠璃は、宙に指で輪を描き始めた。描く
と同時に溜め息をもらす。
「あなた程の人が、どうして四天王の部下なんていうつまらないことをやっているのかし
ら、シーファー。本当にくわせ者ね…天使に魔の気配を隠すのは簡単でも、同じ魔族の目
はそう欺けなくってよ…。」
輪は綺麗に描き上がり、その周囲の空間はねじれ始めた。
「…彼の力は、大体測り終わった。予想以上だけど…まあいいわ。」
水瑠璃は輪の中に消えていった。周囲の空気は静寂と秩序を取り戻した。

  魔界の西にある、吸血鬼の本城は今や大変な事になっていた。サファエルがそう簡単に
この城を落とせなかったのは、この城の周囲に張られている結界のためである。吸血鬼で
ないサファエルはその結界を無理に通るとかなり力を失ってしまい、数の多い吸血鬼と戦
うのは相当面倒くさいものがあるのだ。結界は城内にも、当然張られているので。
 ところが…そんな結界などまるで無視して城に押し入った2人組がいた。水瑠璃の部下
の、テイシーとクラウスだ。
「ほぉらほーら♪  もー来ないのォ?」
「…ふん。」
この2人の戦い方は、アラスとリーウェルが組んだ時の戦い方に酷似していた。というよ
り、アラスとリーウェルの戦い方が、こちらに似ているのかもしれないが。とにかく息が
ピッタリ合っていて、相談する間も無いのに次はどの様に攻撃するか、または退くかが互
いにわかり切っている。今や2人は赤レベルの偽装を解き、緑色の瞳になって暴れ回って
いた。緑レベルの上級2人相手に、黒レベルの吸血鬼達はどんどんやられていった。

「どーして私達2人がこんなに息が合うのか、教えてあげよ−か、ルシエラ。」
「っ、何故私の名を知っている!?」
今は、本城の長ルシエラとその側近達が必死に2人をくい止めていた。
「私達はね、レベルが全く一緒なの。違うのは性別と、それにまつわるステータスだけ。
それもあんまり差ナイし。そして、互いの攻撃パターンと戦略を知り尽くしているの」
「そこまで説明することはないのに。」
「いーじゃないのォ。そんな事が出来やすい理由の一つとして…私達、双子なんだよォ♪
 …まだ私達のコト…思い出せない?」
ルシエラが唇を噛みしめた。
「…何者なの。結界も全く通用しないなんて………―!!?」
突然、場の空気がおかしくなった。空中に輪が出現する。空間の激し過ぎる歪み方を見る
と、おそらく異次元移動のワープの輪なのだろう。普通のワープではここまでひどく空間
は歪まない。その輪からは水瑠璃が出てきた。暴れていた2人は水瑠璃にかけよった。

「お久しぶりね、ルシエラ。ざっと…百年以上かしら?」
「何者だ…何故結界の影響を全く受けない…!?」
焦りと、そして消耗感の滲み出るルシエラが息を切らせながら表情をかたくする。
「…レイスゥ、クラウス、テイシーと言えばわかるかしら?」
ルシエラの眉が跳ね上がった。瞳は大きく見開いている。
「お前達は…あの…!」
「そうよん。弱いからって城にいさせてもらえなかった、沢山の吸血鬼の内の3人組よォ」
「まあ…私達双子のことがわからないのは、無理もないがな。」
「まァね。てんでその他大勢の一人だったしね。」
でも、と。双子は同時にルシエラの方を、冷たい目つきをしてきつく見つめる。
「レインを忘れたとは言わせないわ。前長の直子であり、魔界側の城の統治を任されるは
ずだった……それなのにアンタの独断で追放された。人間と吸血鬼のあいの子、レイスゥ
のことはさ」

 何の情も持たない目つきでルシエラを見る2人と違い、水瑠璃はあくまでにこやかに、
彼女に向かって話しかけた。
「というわけで。私達のことを、思い出してもらえたかしら? ルシエラ。」
ルシエラは握り続けている手に更に力を込めた。
「…随分変わったわね、テイシー、クラウス…そしてレイスゥ…」
ルシエラの脳裏によぎる記憶…全く取るに足らぬはずだった、3人の幼い吸血鬼の子供達。
他者の血を吸い、その他者に吸血鬼としての血を送り込む事で種を繋げていく彼らにとっ
ては珍しく、3人は赤ん坊として1から生まれた例外的な存在だった。
「羽2枚足らずが何故そこまで強くなった…黒を越える者でさえ、吸血鬼には現れないと
いうのに」
この吸血鬼達の成長は、非常に遅い。人間の1年分を、彼らは13年近くかけてやっと成長
する事が出来る。そのように弱い時期の長い者をわざわざ守り、育んでやる義務などない
と、ルシエラは3人を魔界の森へと追放した。当然その後、3人は生きていけるはずなど
ないと思われていたのだが…。
「レインは今は、北の四天王やってるワ。…外での生活の日々は伊達じゃなかったのヨ」
「人間との混血児は嫌われるが…それはどうやら、普通の魔族より強くなるかららしい」
その通説は、ルシエラも知っていた。だからこそ…レイスゥが力をつける前に、始末して
しまおうと追放したのだから。

「そんなことはどうでもいいわ。今日は他に話があったから、わざわざこんな所まで来た
のよ」
双子に一歩下がらせて、ルシエラの前に悠然とたたずむ。
「ルシエラ、私の傘下に入りなさい。他の魔族よりあなた達の方がずっと使えそうだもの」
知っての通り、私は世襲の四天王ではなく、古参の部下が存在しない。そんな事を淡々と
数秒で説明した後に、水瑠璃は優しく微笑んでみせた。
「吸血鬼は、魔界では有力な種族だものね…私の元で働いてくれるなら、悪いようにはし
ないわ」
その言葉には、偽装の優しさであれ、魔族らしからぬ情けというものがかけられているよ
うにルシエラには思えた。
「甘いな…それも、あなたが混血児である故…?」

 次の瞬間。ルシエラは、水瑠璃の深い緑の瞳に真っ向から見据えられ、動けなくなった。

「わ、わかった! 言う通りにしよう!」
答えたのはルシエラの側近だ。仮にも魔族を名乗るなら、‘プライドよりまず命’はごく
普通の事だ。
 水瑠璃はそう、とだけ感情の無い目でうなずくと。
「…魔王様は、『黄輝の宝珠』を使いこなされる、物凄く強い力の持ち主なのよ。逆らう
よりその下で生きる方が余程賢いわ。…魔界は、力が全てでしょう?」
と、これまた淡々とした声で、大したことでもないように軽く口にする。
 ルシエラにはうなずくことしか出来なかった。魔王よりも目先の、水瑠璃の秘めたる力
に圧倒されていた。
 力の気配は…どれだけ隠しても、それが大きい程その同族には感じ取れてしまうから…。

                                     *

  一方。東の城の下克上………葵は、正宗に圧倒的に負けていた。
「どーや? もーそろそろ終わりにせーへんか?」
「きーっ! なーんて憎らしーんでしょー! まだまだ本気出してませんわよっ!!」
「う〜ん、そ−言われても、もーオレあきてきたしなー。も−終わりにしよっ。5秒以内
にやりたいこと、やってしも−てv」
「5秒…い−じゃないのっ! やって差し上げますわっ!」
「い−ち、に−い、さ−ん、し−い、」
葵はボロボロの体で何度も正宗に攻撃をしかけたが、見事に全部かわされてしまった。
「ごっ♪」
パチンと正宗が指を鳴らすと、葵が猫になった。
「にゃっ!?」
「お前は今日からしばらくオレのペットやv  お前はおイタし過ぎたからなァv  常康も
こーんなにケガしてもーたし。綾なんかもーボロボロやし。楓達もや。オレの部下なんか
これで半分ぐらいになっても−たしなァ。おしおきやでv」
そう言って正宗はどこから取り出したのか、『AOI』と書いた首輪を葵の首に付けた。
「んにゃーにゃーにゃーっ! (このバカ、何てコトすんのよーっ! 元に戻せっ!)」
「可愛いーなァ♪  葵ちゃんっ♪」
葵を抱きしめる正宗の笑顔に葵は寒気を感じた。
「大丈夫か? お前ら。」
「はい。平気です。」
常康が笑顔を向けた。東の城に平穏が戻る。

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