ジパングのある場所の地下2階では、もう訳のわからない事になっている。空はもう星
が出て、月は傾きかけている。その真上の地面では、ずっと地上の様子を見ていたライエ
ルと、ある白いものが出会おうとしていた。
「…。霊か…」
ライエルの後ろからフワリと白いものが下りてきた。ライエルは何も見ず言ったが、本当
に女性の霊であった。白かったのは光のせいで、よく見ると髪の長いジパング女である。
華やかな着物を着ているが、どことなく悲しそうな美人だ。
「(あの人もまた厄介なものを出してきた。)…里帰りか?」
女は何も答えなかった。どうやらライエルにというより、クラルにザイスィが出してきた
ようである。ライエルには一瞬でわかったらしい。
「帰るがいい、ここはあなたの来るべき所では…」
振り返り、女の顔を見て何かわかったようだ。
(まだ‘成仏’してないな…)
何とも厄介なもので、その霊はまだ死の世界へ行っていない。成仏していないとも言う。
この世に未練を残し、その思いに縛られてあても無くさまよっている。しかもそれをザイ
スィが刺激したようだ。ライエルは基本的に、そういうものは苦手だ。他人を救う力など
持っていないと、無力さを知る。彼がまだ心ある時からである。が放っておくことは決し
てしなかったそうだ。だが今の彼は‘苦手’ということすら自分でもわからないらしい。
いつものように顔にも心にも出さないが、深い所で動じているようだった。

                                     *

  ところで現在、この場所の地下には、一気に人数が8人にまでふくれ上がってしまった
あるパーティがあった。
 事の始まりはルーファウス、クラル、リーウェル、アラスという名の4人が捕まった事
だ。捕まった先は異人嫌いのオカマ3兄弟率いる武士集団。4人は脱走試みたところ一番
下の糖良と出会い悪闘苦戦。遅れてアラスを捜す頼也、幻次に、ルーファウス達を捜すサ
ファエルが合流。これならいけると思ったら今度は全員落とし穴によって地下2階へと落
とされ、何とかかんとか合流した後、一行は糖種からの刺客美少年隊を攻略して地上へ向
かったのだった。

「はー…」
頼也が大きな溜め息をついた。幻次が顔をのぞきこむ。
「どうした? 頼也」
「いや…こう長時間地下にいると息苦しくてのう…しかも先刻慣れぬ戦闘をしてしまった
から、疲れ果ててるのじゃ…」
「戦闘っつってもお前、逃げ回りながらワラ人形に釘打ってただけじゃね−かよ」
「…」
頼也がギラっという様な効果音をつけて、幻次を流し目でにらんだ。
「ほー、そんな風に言えるなら、今度やってもらおうかのう。あのワラ人形に念をこめつ
つ打つのがまた大変なんじゃが、そこまで言うならよっぽどなんじゃろうのう」
「…俺が悪かった。…しかし最近お前、俺に対して冷たくねェ?」
「今まで優しくしててもらえただけありがたいと思わなきゃ。ね−、頼也兄ちゃん」
アラスが頼也と幻次の間に割り込んで、またしても幻次をいじめた。
「あ。何か牢らしきものがあるよ」
3人の前を歩いていたクラルが道の先を指差している。
「みんなジパングの者じゃないらしいな」
ルーファウスが牢に近付いた。

「Oh! タスケテ下サーイ。私達ナンモシテナイヨー」
牢の中の数人の内1人が目を潤ませて言った。
「…なァ、何でコイツこんな片言の話し方なんだ? お前らは別にフツーなのによ」
出身地のまるで違う頼也やクラル達が普通に話せているのに対し…ということである。
「しかもどこかで見たことあるんだよなァ、このカオ」
幻次が男の顔をまじまじと見た。何故か悪寒がする。
「…幻次の大好きな吾作さんに似てるんじゃない?」
アラスの一言ではっきりわかったらしい。そう、この異国人どことなく吾作に似ている。
「Oh! 吾作をシッテルノデスカー? 彼ハ私ノ兄上ヨー!」
「…と、いうことは吾作って異国人!?」
頼也、幻次、そしてアラスの声が重なった。
「No,No,カレモ私モジパングノ人間デース。私ハシュミデ異国人ノマネヲシテイタ
ラ、ツカマッテシマッタノデース。HaHaHa! マァ、ソレトユーノモコノ吾好ガ、
異国人ノヨーニBeautyfulカツWonderfulダッタカラデショーガ。イヤ
ハヤ、‘ウツクシサハツミ’デスネー」
吾好が自分に酔って語っているうちに他の異国人は牢から出してやり、また牢に鍵をかけ
た。幻次はこういうコソドロまがいの、針金で鍵を開ける様なことは得意なのだ。
「What? Oh! 私1人ボッチジャアーリマセンカ! 出シテ下サイヨ!」
「そのカオでビューティフルって言い張るよ−なアホはキライだ。処刑されちまえ」
「Oh,オ侍サンハ私ノウツクシサニシットシテルンデスネ」
「その妙な喋り方もムカつく。やっぱり俺がこの手で始末してやろう」
幻次が刀に手をやて、スラリと刀身を抜く。
「うっ、うわっ! シャレのわかんね人だべな−! ジョークだァ! 出してくんろ!」
吾好が慌てて金髪のヅラと付け鼻をとった。やはり吾作そっくりだ。吾作よりやせてはい
るが…。その姿が頼也に吾作ゼリーの悪夢を思い出させ、頼也は最強の呪術で吾好を消し
去ろうとしている。
「落ち着いて−、頼也兄ちゃん! 気持ちはわかるけど−!」
アラスが止めなければ吾好は今頃三途の川を渡っているところだろう。
「おっかねェ人達だべ」
吾好は1人言を言いながら牢から出てきた。もちろん、弟が自分のゼリーのせいで死にか
けた事など、吾作は知る由もない。

 とまあ、そんなこんなで、途中現れた美少年隊なるものも軽くあしらった後で、一行が
ようやく辿り着いた地上では。
 …誰も予想しなかった結末が、待っていた。


  突然起こった惨劇に誰もが茫然としている中、何がどうなったかわかったのはおそらく
シーファーやサファエルだけだったろう。
 ジパングの行く末を案じる者としてお頭達が、ジパング荒廃のやり玉に上げたのが公家
である頼也だ。頼也はジパングの現状を認めつつも、急進的であるお頭達のやり方には賛
成しなかった。そこで逆上したお頭の内一人、一番年上である糖良の首が、何故か突然ご
ろんと切り落とされたのを全員が目撃した。

 …誰も、咄嗟に声が出せなかった。しかし、目の前で起こった異常事態を理解するのに、
そう時間はかからなかった。

「…そこにいるのは誰です?」
シーファーがすぐ近くの木の上の方を見る。夕闇にまぎれてはいるが、そこには確かに、
2つ程の人影が見受けられた。
「全く…人間のクセに魔族の考え方マネしちゃって。それなら、私達が正しき者と思えば
殺されるのも本望よねェ?」
「どう言っても人間は人間だ。程度が落ちるだけさ」
その場に2人、双子らしき男女が下り立った。女と見れる方の手には、血で赤く染まって
いる、氷のようなもので出来たブーメランがあった。それが糖種の首を切り飛ばしたのだ。
「何者だ、貴様らは。…何故殺した」
ルーファウスが重々しく尋く。突然兄を殺された2人は、その場に座り込んだ。ひたすら
姉様ァ…とだけ、茫然と呟いている。

 現れた人影は意外と素直に、ルーファウスの質問に応えたのだった。
「私はテイシー、こっちはクラウス。意地張っちゃってェ、死んで当然と思ったでしょ?
こんなヤな奴。うるさかったしネ〜」
「敵だろう? お前達の。礼を言われてもいいぐらいだ。」
「「冗談じゃね−ぞ!」」
クラルと幻次が同時に叫んだ。そしてクラルが続ける。
「お前ら、全然何も感じてないのかよ! 残された2人…あんなに、…あんなに悲しんで
るじゃないか!!」
クラウスとテイシーは、横目でちらりと、糖種の首無し死体を見る。しかし本当にそれは、
何も感じていないただの確認作業だった。
「それこそ勝手ってモンよ。あいつら、これから‘公開浄化’っての?」
「そういった、人間にしては性質の悪い虐殺を予定するような奴らだろう。現に、己と異
質な者達を平気で何人も殺しているのでは?」
「…だからって、お前らが殺す理由にはならね−だろ! お前ら、あいつらに何かされた
のかよ? …違うだろ! なのに…何でそんな平気な顔してるんだよ!」
2人は、「…?」と首を傾げてみせる。
「そりゃ、あいつら3人も結局人殺しだ。だからちゃんと、償いをさせなきゃいけねェん
だよ!」
「…そうじゃよ。殺したって犠牲になった者は生き返らぬ」
テイシーとクラウスは黙って聞いていたが、不敵に笑った。
「人間ってややこしい思考回路持ってるのよねェ。ヤな奴はヤな奴じゃない」
「魔界の掟は弱肉強食。こいつらもそれを施行していただろ?」
「だから、弱いのが悪い。そのルールを適応してあげたのにね。そ、れ、だ、けv」
2人に全く悪びれた様子は無かった。クラル達が優し過ぎるのかもしれないが、2人の顔
に迷いがないのが衝撃だった様だ。開き直っている者には何を言っても通じない。

「…確かに魔界じゃそうだけどさ。ココは人間界だよ?」
突然アラスの声がし、全員が声のした方向を向いた。
「これは完全な干渉行為だ。いいのかよ? 人間界の秩序を敵にまわして」
「…こいつらも、お前に干渉しただろう? 吸血鬼のアラス君」
クラウスがアラスの正体をばらし、クラルとルーファウスは驚いた。戻ってきたサファエ
ルとリーウェルは驚いたふりをしている。が、今はそれより目先の2人が問題だった。
「まぁいい。今はそんな事より、俺達には君に伝えるべきことがある」
「アラス君、こないだの水瑠璃の話忘れないでね。じゃ」
唐突に2人は、突然現れた小さな水の竜巻に囲まれて消えた。場には空しさだけが残った。
首の無い糖種の骸、泣き叫ぶ2人…。一同はどうしようという感じだ。それ以外何を思え
ば良いのかわからない。アラスは別だったが。

「お…おい。アラス…」
「……」
クラルが小さく声をかけたが、アラスはどう答えていいのか、という風だ。そこへ頼也が
口を出してきた。
「アラス殿のことは…その…別に悪い者という訳ではない。まァ、難しい話でなぁ」
珍しくこの雰囲気に呑まれ、言い辛そうだ。そこへ泣き叫ぶカマ2人の頭の上に青白い光
が出てきた。リーウェルが初めは、何だろうという風に見ていたのだが、だんだん人型を
取る光に目を丸くした。
「うっ…ア、あ−っ! あ−!! サファエル−! わ−!」
「なっ、何だ、リーウェ…
リーウェルがサファエルの服の裾を思いっ切り引っ張り、訳のわからないことを言い出し
すので勢い良く振り返ると、彼の目も丸く点になってしまった。そこには‘霊’が浮かん
でいた。糖種ではない。まるで月とスッポンの様な美しい女が、糖種の上で浮いている。
先程ライエルとすれ違った霊だ。
「な…。何かのノロイでも解けたのかのウ…? なァ幻次よ…。」
「…さァ…知らん…。」
下にある身体とはまるで違うのを見てもう頭は真っ白だ。さすがの頼也もこれ以上何も言
えなかった。ルーファウスも青い顔をして‘もうイヤだ’と下を向いた。

                                                           Tale-18 close