最近ザイスィはライエルの部屋によく出向く。別に変わった事は全くないのだが。ザイ
スィは気分が悪くなったり、以前のようにどうしようもない感情に襲われると、決まって
ライエルの部屋に行く…誰も知る者はいないが。今回は別にそんな理由ではない気もする。
「ライエル、いるんだろ。入るゾ。」
ザイスィはスタスタと廊下を歩いてきて、ライエルに全く有無を言わさずに入ってきた。
ライエルは窓際に座り、じっと見ていた。
「…‘お帰り’ぐらい言えよ。」
当り前のようにベッドに座る。
「こっちに来てくれ。」
ライエルを自分の方に呼んだ。ここにいる時の彼は少し、いつもと違うようだ。ライエル
はザイスィの前に立った。長い髪は下ろされている。
「魔王に会ったよ。顔なんてほとんどわからなかったけどね。宝珠の集まりが悪いって、
えらソーに言ってたよ。今までも、これからも自分でしようとはしない分際でナ。」
下を向いたままペラペラと喋った。そして急に黙ると、更に俯く。
「…なァ。お前は四天王になりたかったか?」
「…。」
「俺は…何故‘こんなもの’になる必要があったんだろうナ。いろんな人を殺して。」
「…。」
「お前を殺すためかな…。」
彼には自分でもわからない感情がある。ライエルの前だとよく出てくる様で手が少し震え
ている。この彼は明らかに、母や弟を‘殺して’きた己を憎んでいる。ライエルはいつも
黙って見ていたが今回は見かねたのか、ザイスィの首に手を回すと少し強く抱きしめた。
「あなたを殺したのは私だ…。」
ザイスィの震えが止まったのは、その数分後だった。

                                     *

魔界では残った3人+シーファーが四天王の間で、全て同時に書くと訳のわからなくなる
会話をしていた。
「シーファー、その服え−な。」
「肩の所がポイントですv  正宗様のも中々イケてますよv」
「サファエル様、西の森の吸血鬼ですが私の傘下に入りましたの。ですから、もう手をや
く事もありませんわ。可愛いにゃんにゃんですわね。」
「そうだったのか、最近は全く帰っていないので、そのへんの事には少しうとくて…とこ
ろで、今は何時ぐらいですか。」
「え−と、3時やな。(どれだけ喋っとってん…)」
サファエルはスッと立ち上がり言った。
「そろそろおいとまします。」
「えっ! もう帰っちゃうんですか−。」
「お前はいればいいだろ。」
シーファーがお願いしたにも関わらずすぐ却下されてしまった。サファエルはそのまま歩
いていった。
「う−ん、つれないお、か、たv」
「な−、確かサァってあのモルゲニウムの息子やんな。」
モルゲニウムとは、知る人ぞ知る…サファエルの父親にして、前西方四天王だ。彼はある
異名で、その名をとどろかせている。『拷問親父』というのがそれで、その名の通り拷問
を趣味とする、魔族の中でも残虐性を強く持った四天王だった。
「そうなのよね。どこがどう間違ってあんな美形が生まれるワケ?」
「お母様似ですよ。後、あの人の力だと本気を出せばモルゲニウム殿は倒せますよ♪」
…知ってるわ。微妙な目付きで、水瑠璃は静かにそう返した。

                                     *

  サファエルは城に戻っていた。リーウェルもイヤリングを付け人型に戻っている。
「ラァちゃんとこ行くの?」
「その前にちょっとな。」
「どこ行くの?」
サファエルは軽く笑ったまま、場所は言わなかった。
「ついていってもいい?」
少し上目遣いでリーウェルはサファエルを見た。
「かまわないよ。」
  西の城は半分ずつに別れている。右半分はサファエルのもので、左半分はモルゲニウム
のものだ。その左半分の部分の最上階に2人は行った。
「ここは…?」
「入ったらわかるよ。入るよ、母さん。」
扉を開けると椅子に、  代前半に見える、綺麗な長い髪を持つ女性が座っていた。

「まぁ、サファエルにリーウェルちゃん。」
「あ−、ステラお母さんだ−♪」
その女性はサファエルの母親ステラだった。リーウェルのことも知っているらしい。
「母さん、元気だった?」
「ええ。あなた達に会えない以外は何も不自由ないわ。」
甘えているリーウェルの頭を撫でながら、にっこり笑って言った。
「ゴメンね。中々自由にしてあげられなくて。」
「いいのよ。こうして会えるだけで十分よ。」

                                     *

(サファエル…辛そうだったな…。)
ステラと別れたサファエルとリーウェルは無言で、ラーファのいる部屋に向かっていた。
リーウェルにとって、辛そうなサファエルの顔を見るのは悲しかった。
「サファエル…元気出してね。」
リーウェルはそう切り出した。サファエルは、今までに見せたことのない様な笑顔でリー
ウェルの頭を撫でた。
「ありがとう。」

  ラーファのいる部屋の扉を開けたサファエルは、軽く叫んだ。
「いてっ!」
「あっ…。」
飛んできた枕がサファエルの顔に当たったのだ。
「キャー! サァ君ゴメンね、大丈夫?」
枕を投げた張本人のラーファが、パタパタとかけよった。
「大丈夫、大丈夫。これくらい平気だよ。ラァちゃんは元気だね−。」
「だって退屈なんですもの−。どうして外に出ちゃダメなの?」
うっ、と少し返答に困ったサファエルにリーウェルが助け船を出した。
「ほら、外に出てこの前の誘拐犯が来たらやでしょ?」
「うん、やだ。じゃ、ガマンするね。お兄ちゃん見つかった?」
いつの間にか紅茶を入れていた手を止めて尋いた。
「もうすぐで見つかりそうなんだ。そうだ、手紙書いてみれば?」
「手紙…?」
「そっ。もし見つかった時に渡したげるよ。」
にっこり笑ってサファエルが言った。ステラに似ている笑顔で、親子とよくわかる。
「その代わりオレ達のことは内緒だよ。」
「おどかすのね。」
「そっ。」
「じゃ、書くから待ってて。」
紅茶を注ぎ終わってからラーファは手紙を書いた。

                                     *

  場所は変わって魔界。魔王の城の最上階『魔王の間』に、シーファーは立っていた。
「父様、起きてますか?」
ブン、という音をたててグラフィックが浮かび上がった。
《シーファーか。最近、南にいないそうだが。》
「ええ、従兄弟のサファエルが可愛くてv」
エヘv  と笑うシーファ−を見ても気に留めないのが魔王の凄いところである。
《南はどうだ?》
「そうですね〜、裏切る確率は高いですよ〜。」
《よいか、裏切る者には慎重にせねばならん。必要とあらば早目に対処しろ。》
「わかってますよ、父様。それではオヤスミなさい。」
グラフィック背にシーファーは歩き出した。
「《裏切り者には先なる死を…。》」
2人の言葉が宙で重なった。

                                     *

「いや−v  え−もんもろたし楽しかったなぁ、葵v」
(…も−いや…(泣)…。)
城に帰ってからも正宗は上機嫌で、水瑠璃からのプレゼントを部屋に飾っていた。
「ま…正宗様、その異様な模様や彫刻のついた品々は一体…」
部屋の入口で楓が後退りしている。
「お−、楓か。久しぶりやな−。ど−や、ええやろこれ。水瑠璃からのプレゼントや♪」
(プレゼント…? 嫌がらせの間違いでは…?)
楓は茫然としている。彼女にはどうしても正宗が嫌がらせをされている様にしか見えない
らしい。
「それとな−、楓。綾どこにおるか知らんか? せっかく吾作グッズもろてきてんから、
綾のリアクションが見たいんや  」
「あの、綾様と常康様は大事な用がおありになるとかで、正宗様と葵様の出迎えを私に言
いつけて地下の方へ…。」
「地下ぁ? 何や? 何かあったんか、地下に?」
「さあ…地下牢ぐらいしか思いつきませんけど…。」
「う−ん…楓、葵のこと頼むな。オレちょっと地下行ってくるわ。」
「はい、お気をつけて。」
「う−ん…何か…あったっけな−、地下牢に…。」
正宗はブツブツ言いながら地下牢へと足を向けた。

  一方綾は常康に抱かれて地下牢の前へと来るまでは、常康が一体何を思い出したのかわ
からなかった。しかし地下牢の、ある1つの牢の前に来て驚いた。その牢の中の人物と、
そしてその人物のことを忘れていた自分に。

  湿った地下牢の空気、カビくさい匂い、豆電球の淀んだ光。こんな中に1年でもいれば
気が滅入ってしまうだろう。生きる希望も何もかも失ってしまいそうな、そんな牢にこの
男達は一体何年の間閉じ込められていたのだろう。いくつかの牢では白骨死体が転がって
いる。他の牢では痩せ細り、生気の消えた瞳の男達が宙を見つめている。常康は1つの牢
の前に立って愕然としている。
「…お久しぶりです。風坐殿。」
男は宙を見つめていた視線を常康に向けた。綾が常康にしがみついた。既に男の瞳は正気
のものではなく、寒気がしたのだ。
「あれ−? どこかで見たことある人ですね−。どちら様でしょ−?」
ニヤニヤ笑いながら鉄格子の方に近付いてきた。
「…常康です。あなたの息子です…。」
「息子−? 私の息子の方ですか−。見たことあると思ったんです−♪ じゃ−ご飯下さ
い。お腹減ったんです−♪ ご飯−。お腹減った−。」
常康は胸が苦しかった。かつて師と仰ぎ父と慕った男の変わり果てた姿に胸を痛めた。

(何故今まで、風坐殿の記憶が残っていなかったんだろう。もっと早くに思い出していれ
ば風坐殿は気がふれずに済んだかもしれないのに…。まさか、誰かが私達の記憶を…?し
かし…一体誰が?…まさか…。)
ある疑惑が常康の頭をかすめた瞬間、背後の扉が開いた。正宗だ。
「お−い、お前らこんなとこで何やっとんねん?」
2人に近付き、ふと牢に目をやった瞬間、正宗の動きが止まった。
「…おい、常康…? こいつ…。」
「あれ−? あなたも私の息子さんですか−? 見たことある人ですね−。あっ、あなた
でもい−です。ご飯、ご飯下さいよ−。」
「おい、何やコレ?」
正宗は乱暴に常康に尋ねた。
「この人、お前の義父ちゃんちゃうんか!?  この人、何で…何でこんなトコに…。」
「…わかりません。」
常康には、頭によぎった疑惑を正宗に告げることは出来なかった。
「…とりあえず、こんな所に入っておく必要はないんや、すぐ出てもらお。看守! 牢の
鍵持って来て!」
「はっ、はい!」
先刻まで居眠りしていた看守が慌てて鍵を持って来た。気まずい雰囲気の中、牢の扉が開
かれた。
「お腹−、お腹減った−。ご飯−、ご飯まだですか−?」
それでも風坐の意識は狂気の海をさまよっている。
「綾、誰か男の奴呼んでキレーにしたってくれ。」
「…わかりました…。」
「常康、ちょっと話しよ。」
「はい。」

                                     *

 東の城では、綾がさっぱりした風坐を眺めていた。牢にいた時とは違い、黙っていれば
どこから見ても立派な武士である。
(常康様と正宗様、話をするって部屋に入ったきりだけど…何の話をしてるんだろう?
あの正宗が深刻なカオしてたし…。それより何より、こんな状態の風坐様と私を2人っき
りにしておくだなんて…何て無神経な人達なの…)
ガクー。という感じでうなだれる綾。ずっと笑顔で狂人の相手をしていれば無理のない反
応だろう。
「おじょ−さ−ん、ご飯はまだですか−? ご飯−。」
「すぐに仕度出来ますので、しばらくお待ち下さい。」
5分おきにこれなので、いい加減作り笑顔もひきつってくる。風坐でなければ、もう数時
間前にコンクリート詰めにされて海に沈んでいるだろう。
(も−…早く来て下さいよ−、2人共−…。)
その瞬間扉が開き、常康が入ってきた。
「常康様!」
綾がかけよった。後ろには食事をトレイに乗せた給仕の女がいる。
「風坐殿、食事です。どうぞ。」
「わ−い♪ ご飯−v  あなたい−人ですねv」
風坐がトレイの上の食べ物をむさぼり始めた。
「ありがとう、もう下がってかまわん。」
「はい。」
給仕の女が外に出ると部屋には、食事を食べる音だけが響いている。
「常康…様…?」
常康は心ここにあらずといった様子で、風坐のことをじっと見ている。

「常康様?」
「…何だ? 綾。」
「正宗様と何のお話してたんですか? 随分長い間お話してらしたけど…。」
常康は悲しげに微笑した。彼には、答える事が出来なかったのだ。綾もそれを理解し、そ
の後この事について触れようとはしなかった。
「風坐殿が私達の前から消えた時の事…覚えているか?」
「はい。確か風坐様は、風坐様の実の息子…ええと、何て名前でしたっけ?」
「…幻次…山科…幻次といったかな…。」
「そう、その方が魔族に襲われて…助けられずに…その事に強い衝撃を受けられたのか、
そのまま…。」
「ああ…。もしかするとその時かもしれんな。風坐殿の気がふれたのは…。」
「…そうですね。人の命を救うための術を弟子に教えていながら、一番大切な実の息子の
命を救う事が出来なかったのですから…。可哀相な人…。」
風坐は無邪気な子供の様に美味しそうに肉を頬張っている。
「綾、正宗様にも食事を持っていってくれないか? お帰りになられてから何も食べてい
ないハズだから…。」
「ええ、かまいませんけど…。」
綾は怪訝に思った。正宗への用事はいつも常康がやっていたのに…。
(さっきから様子がおかしいし…何かあったのかな…。正宗様と…。)
そんな事を考えながら正宗の部屋へ食事を持っていった。

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