[…誰のお墓?]
その場所はとてもキレイだった…あるのはちょっとしたお墓と、沢山の花。本当なら
花なんて咲くはずがない場所なのに、それを咲かせたのは一体誰だったろう?
[何で毎日、ここに来ているんだ?]
そういう自分もほとんど毎日来ては、誰とも知らぬお墓に、花を供えていた少年…。
 変わっている。よくわからない。けれどどうしてか……心が落ち着く。
 だから何となく。今日も来るのだろうかと、待ちたい気分になってしまったのかも
しれない。

「…。」
気がつけば水瑠璃は、城の1室のソファの上で眠っていた。
「…夢…」
「ど−したん? レイン」
「クラウス…別に、何でもないわ」
女性姿の部下が話しかけたが、何故か水瑠璃は彼女をクラウスと呼んだ。

「もー行ってくるケド、本トにあのアラス君と遊んでてもいーの?」
「ええ」
「じゃ。テイシー、外で待ってるし」
そのまま見送ると水瑠璃は溜め息をついた、かに見えた。
「ネアン」
「はい」
「東の城、どうなったの?」
「面白い事になってましたわ」
ネアンは、水瑠璃の城の水鏡の中に住み、そこにいる間は大抵他の場所を覗いている。水
瑠璃が一度映した事のある場所は、いつでも見れるように設定しているからだ。
 覗く場所は、言いつけられた時以外は大体本人の趣向により変わる。と言っても覗き趣
味とかそういうものではなく、他の四天王に対して警戒を欠かさないだけのことだ…あく
までネアンは。水瑠璃はというと、たまによくわからないことをする時があった。

  とにかく、珍しく本当に面白そうな雰囲気で、ネアンは事の次第を話し出した。
「これはもう、直接正宗様本人に会われた方がよろしいかと存じますわ」
「?」
「東にもう一度行かれては?」
「そこまで言うのなら、余程面白いことなんでしょうね? …正宗の周りには、面白いこ
としか無い訳?」
そんな事はない! と、反論したいものは大勢いるだろう。しかし現在、東の城では…そ
の反論に対する不利な証拠となる、ある催しが展開されつつあったのだった。

                                     *

「まーくんのー早変わりショー!!」
「…正宗様は…いったい何をやろうとしてますの…? あんなフザけた格好で…」
「…おそらく…他の人格を見せて下さるんだろう…。元気になられて良かった」
(放っておけば良かった……)
「はてさて、オレ様は人前で他の人格を出したことがないのでー(自分の意志で)どーな
るかわからんし、奴らを出すの自体めっちゃ久々でドっキドキやけど、愛しーお前らのた
めやー! 今日は見せるでー! 出血大サービスや!!」
「…はい…」
綾と常康は正宗のテンションについていけていない。当の本人は隠しごとという胸のつか
えがとれて絶好調である。ちなみに風坐は別の部屋で楓が世話をしている。
「ちゃきちゃき行くでー! まずは正男ー! カモーン!!」
一瞬正宗の動きが止まる。次の瞬間からは別の人格になっていた。

「ま、さ、お、でぇーっす!!」
ま、さ、お、と1字ずつポ−ジングをしている。その表情はまさにスポ−ツマン、白い歯
を輝かせている。
「そこの君ぃっ! 青春とはっ、青春とは何だあっ!!」
指をさされたのは青春のせの字も知らなそうな常康だ。少し困惑している。
「先生もわからんっ! それじゃあ夕日に向かって走ろうかぁ!!」
「わ…わけわからん…」
綾が呆れ果てている。
「馬鹿はすっこんでなさいよっ!  …―はあいv あけみでぇっすv」
「茶太郎…」
綾がそう呟いた瞬間茶太郎がニラんだ。
「私はあ、け、み  やゆうとるやろがv 次それゆうたら淀川沈めんぞコラ」
v以下はドスのきいた声だ。本名のことを気にしているらしい。
「ああら、こちらイイ男v  たべちゃいたいわv」
常康にスリよる。
「常康様…いくら体は正宗様だからって、嬉しそうにしないで下さい…」
綾は気分を悪くしたらしい。顔色が青い。次の瞬間また人格が変わった。

「初めまして、お二方」
今までにない、優雅で、どことなく冷たい振舞だ。
「玲です」
その、情をカケラも感じさせない瞳は、2人の背筋を冷たくした。玲が微笑する。
「あなた方ですね。正宗が大切にしている部下というのは。ふっ…。正宗らしい。どれ程
優秀な者かと思えば…」
「ちょっと! それどういう意味?失礼よ!」
「これだから情なんて持つものじゃないんだ。奴は甘過ぎる。あんな男にこの体を支配さ
れていると思うと、情け無くなるな…」
「ちょっと! 人の話ききなさいよっ!」
「…可愛らしい人形だな。めちゃくちゃにしてやりたくなる…」
玲の手が綾の髪を触る。綾は抵抗しない。いや、出来ないのだ。その冷ややかな目に見す
えられると、動けなくなる。
「あの甘ちゃんに言っておけ。いつかお前に変わってこの体を支配してやる…とな」
熊の着ぐるみを着ていても、玲の尊大なまでの冷たさは変わらない。

  ふと、玲は何かに気付いた様な素振りをした。
「来客か」
「あらあら」
その部屋の天井の梁から、ある者が下りてきた。
「お前は、北の四天王水瑠璃…か。結界を苦もなく通り抜けてくるとはな」
「悪いわね、無作法で。ところで…正宗って多重人格なの? 綾。」
「ええ…そうらしいわ…。今のところ4人の人格がいるらしいんだけど、正宗を含めどれ
もロクな人間じゃないわよ。じゃ、玲サマ、私ももう失礼するわ」
常康が風坐の方へと行き、綾も水瑠璃の出現にさっさと出ていった。余程玲が嫌いになっ
たらしい。玲は改めて水瑠璃の方へ向き直った。
「オレの名は玲。こいつの中の人格の1人だ」
トン、と自分の胸を叩いた。
「初めましてと言うべきかしらね。この場合」
「そうだな。正宗の中にいる時に見てはいたが、実際に話すのは初めてだからな」
正宗と玲は全く対照的な人格といっても過言ではない。玲は正宗のちゃらんぽらんな行動
を軽蔑している様子だ。そのため、正宗お気に入りの熊の着ぐるみをいつまでも着ていら
れず、水瑠璃が現れたと同時に、正宗が持っている数少ないシックな服に一瞬で替え、化
粧も落としていた。それが水瑠璃にも、目の前の人物は正宗ではないということを改めて
認識させた。
「貴方は正宗とは随分違うのね」
「それぞれの人格はみんなかなり違う。一緒にされても困るしな。例えば…」
玲は少しの間目を閉じ、再び開いた時、既に人格は変わっていた。
「初めまして水瑠璃さんv  私あ、け、みっていうのv  嬉しいわあ、貴女と話してみた
いと思ってたのよv  貴女とてもキレイだもの、うらやましいわv」
「…そう?」
「ええそうよv  キレイだわv  その髪もv  私も伸ばしたいんだけどォー、何せ他の連
中が野郎だからさー」
「今のままでいいんじゃない? それが一番似合ってるわよ」
「そう!?  そう!?  ありがとーv  貴女のようなキレーな人に言われると自信つくわぁv
そうそう、こないだね…
一瞬で人格が変わる。
「初めましてぇ!!  正男だァァっ!!  茶太郎が1人でベラベラ喋ってすまなかった!!」
「茶太郎? あけみじゃなくて…?」
「奴はカマだ! 自分に正直でいいことだ!!  世の中にはどれだけ自分を偽って生きてる
人間が多いことか!!  それに比べ彼は!!」
「本当にめちゃくちゃね…。オカマが人格の中にいるなんて。正宗らしいわ」
水瑠璃はしかし、とても楽しそうに呟いている。
「さあ! あの夕日を見るんだ! 何て大きいんだ!!  人間とは何て小っぽけなんだ!!」
「月はキレイね。ほら今日はあんなに見事な満月」
「さあ、夕日に向かって走ろう!!」
「月といえば兎ね。人間の子供はそんなこと信じてるけど…どちらかといえば私はかぐや
姫が好きだわ」
し…ん…部屋が静まった。また人格が変わったようだ。

「お前…あの訳のわからん2人とまともに会話をするとは…やるな…」
会話としてきちんと成立しているか否かは、また別の話である。
「玲ね。私は貴方と話がしたいわ。他の2人はどんな人格かもうわかったし」
「そうだな。少し落ち着いて話をしよう。どうぞ」
水瑠璃の前の椅子を引いてやった。
  そして改まって、玲と水瑠璃が真っ向から向かい合う。
「正宗について…どう思ってるの?」
「アイツは甘い。自分にも他人にも…な。あの甘さがいつか必ず命取りになる。葵も言っ
ていたが、アイツは四天王に相応しくない。甘さ、あのフザけた性格、冷静さの欠如」
「自分こそ相応しい…そう言いた気ね。でもわからなくもないわ。正宗の中途半端な情は
必ず邪魔になる」
「ああ。だからこそ、オレはいつかこの体を支配する。あんな奴に支配されていたらこっ
ちまでフヌケにされちまう」
「その日はそんなに遠くなさそうね。彼は精神的にすごくもろい一面を持っているから。
まあ、貴方程度に崩せるようなシロモノじゃないけど」
「どうかな…。まァ、見ているがいいさ。オレはオレの出来ることをやる。そして必ず、
欲しい物は手に入れる」
窓から差し込む月の光が、2人の姿を白く無機質に映し出した。
「ところで、魔王様からは貴方達の人格について教えていただかなかったわ。それは、魔
王様が貴方達のことを御存じなかったのか、話す程のことでもなかったのか、どっちなの
だと思う?」
「さあな…魔王の考えていることはわからない。何しろ正宗の様な奴を四天王の座につけ
ておいて、監視する気配も無い」
「甘いのは正宗だけじゃないもの。まだ正宗は信用出来ると言われていたわ」
ふーん? と、玲の冷たい視線が水瑠璃を射抜く。
「他の奴らも全員ハ−フだそうだな。それはお前にもあてはまる」
「そうね…」
水瑠璃はフッと笑い、右手を左手の上に重ねた。
「人間らしさが魔族という魂に、プラスに働く事だって勿論あるのよ?」
人間性とは決してキレイなものばかりではないと、当たり前のように水瑠璃は笑う。
 玲は水瑠璃の目を真っ直見た。お互い相手の綺麗な、そして冷たい目を見据えていた。

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