「ダメだ、イエロー。いくらお前の頼みでも、こればっかりはきけねぇな。」
でもおじさん、と言いかけたところで、イエローは口を噤んだ。
「いいか?お前はこのトキワ王国で、たった一人の王族なんだぜ?そのお前が旅になんか
出たりして、もしものことがあったら…この国はどうなるんだ。」
「それは…わかってます。」
うつむくイエローに、彼は困ったように笑った。
「気晴らしがしたいなら、またこっそり連れ出すくらいしてやる。それでいいだろ?」
「…」
形だけうなずくと、憂い顔のまま彼を置いて自室に戻ったイエローだった。


「おはようございます、アマリロ様。」
広くて煌びやかな自室では、メイドの一人が朝食を用意して待っていた。

 アマリロというのが、このトキワの城に住み、トキワ王国を統治する自分の正式な名前
だ。別に嫌いではないのだが、それでも幼名のイエローで呼ばれる方が好きだった。先程
の彼のように自分をイエローと呼ぶ人は、結構少ないのが現状だが。

「どうなされました?  アマリロ様。あまり食が進まぬよう、お見受けいたしますが…」
心配そうに自分の顔を見るメイドに、いいえと笑いかける。
「後でゆっくりと頂きますから。もう下がってくださって良いですよ。」
王族とは思えぬ丁寧さで目下の者と話すのは、イエローにとっては普通のことだ。メイド
はわかりましたとだけ言って、下がっていった。

「……ハぁ〜……」
一人きりになると、大きなため息がつい口をついで出た。
「やっぱり、無理なのかなぁ…旅に出るなんて…」
ぼふっと、大きくてふかふかのベッドに倒れこむ。ドレスが少々乱れたが、あまり気にし
ない。
「でも…」
ある物をベッドの下から取り出すと、それをしげしげと見つめてから、もう一度ため息を
ついた。…が。
「―!!」
コンコンとドアをノックする音が聞こえたので、取り出した物を慌てて枕の下に隠した。
「どうしたんですか?」
「アマリロ様にお会いしたいと、ブルー様という方がお見えになっているのですが…」
「ブルーさんが?」
よっとベッドから飛び出すと、心なしか弾んだ顔つきになってドアまで駆けていった。
「ほんとにブルーさんが来てるんですか?」
「お通しいたしましょうか?」
「はい!  お願いします。」
思いもかけぬ客の来訪に、イエローの表情は明るかった。


 ブルーというのは自称『旅人』で、この世界に住む人間以外の生き物、ポケモンという
獣達を育成し、自在に操る、ポケモントレーナーと言われる者の一人だった。イエローと
出会ったのはトキワ王国の大部分を占める森の中で、腕の良いトレーナーで旅慣れている
ブルーに、イエローは色々と世界のことを教えてもらった。
「はァい、イエロー。久しぶりね。元気してた?」
そして彼女も、自分をイエローと呼ぶ数少ない者の一人だ。
「お久しぶりです、ブルーさん。ブルーさんがお元気そうで何よりですよ。」
ホホホ、当たり前よと笑う彼女。その彼女に対してイエローの表情は、何処か苦笑という
感じだったので、ブルーは少し首を傾げた。
「どーしたの?  何かどっか、暗いじゃない。」
「そ、そうですか?」
「他の人はだませても、このブルーさんの目はごまかせないわよ。…何か悩みでもあるん
じゃないの?」
少々心配そうに自分を覗きこむブルーに、イエローは笑ってごまかそうとした。
「別に、何でもないですよ。」
「そう〜?  …ますます怪しいわ。イエロー、遠慮なんていらないから話してみなさいよ。
大丈夫、ちゃんと相談料請求してあげるから。」
流石、世界中を旅してまわっている彼女は、お金のことにかけてもしっかりしている。思
わず笑い出しかけたイエローだが、そういうことなら…と気が軽くなって、話し出した。
ここ最近、自分が最も悩み抜いていたことを。

「実は…旅に出てみたいんです。ここ、トキワ王国を離れて。」
「旅ぃ?」
「はい。ブルーさんから色々話を聞く内に、自分でも色々なものを見たくなって…それに、
捜したい人がいるんです。自分自身の力で。」
ふんふんとうなずくブルーに、でも、とうつむく。
「やっぱり無理ですよね、そんなの。自分の国をほって出かけるなんて…勝手ですし…」
「そう?  そんなこと言っても、いずれあんたが成人して、本当にこの国の王になったら
自由な旅に出る暇なんて、まず無いわよ。」
…と黙りこむ。
「国のことなら、平和な内はちょっとほっといても何とかなるわよ。今だって国政をとり
しきってるのって、あんたじゃないんでしょ?」
「ええ。おじさんが一応、やってくれてます。」
「じゃあ大丈夫!  何にも問題無いわよ。いいじゃない、こっそり出ちゃえば。」
「でも、どうしたらいいのか、まるでわからなくて…」
「あんた確か、3、4匹くらいポケモン持ってるでしょ? ポケットマネーも十分なはず。」
確かにイエローも、ゴローンやドードー等というポケモンを持ってはいた。しかし…どち
らも他人の力で手に入れたものであって、イエロー自身のトレーナーとしての能力はかなり
つたないことはブルーも知っていた。

「問題はやっぱ、安全確保よね。まぁ少々のポケモンバトルくらい、教えてあげるけど…
それじゃやっぱし、一人旅はキツイかもしれないわ。」
「…。」
うう…という顔になる。
「アタシも色々と忙しいから、アタシの旅にあんたを連れてくわけにはいかないのよ。…
うーん、そうねぇ…―!」
ひらめいた! という顔つきで、ブルーはぽんっと手を打った。
「よーし、このブルーさんに任せなさい! 待ってて、イエロー。あんたにピッタリな護
衛役、捜してきてあげる。」
「護衛?」
目を丸くしてブルーを見る。
「その他の準備も、万全にしてあげる。勿論、仕事に相応しい報酬もらうけどね♪」
「ホントですか!?」
思いもかけぬ申し出に、イエローの目が輝いた。
「ええ。―いい? 明朝にポケモンと自分に必要な物だけ持って、何とか城を抜け出して。
アタシは準備万端整えて、町の酒場で待ってるわ。」
「酒場…ですね。わかりました。何とかやってみます。」
マジメな顔つきで深くうなずくと、ブルーの方もマジな顔つきになった。
「これはタイヘンなことよ、イエロー。きっとすぐに、あんたを連れ戻すための追っ手が
かかるわ。それに外の世界は、危険がいっぱい。本当に覚悟は出来てるの?」
それは大丈夫です、とにっこりとイエローは言った。
「外の世界の怖さは、ちょっとだけ知っています。だからこそ、自分でもっと、色々な事
を知りたい。この目で見てまわりたいんです。」
それならよしと、ブルーが笑う。
「きっと、いい世間修行になるわ。頑張ってね、イエロー。」
「…はい!」

元気な返事を聞いたところで、さてと、とブルーは立ち上がった。
「じゃあ早速、護衛の心当たりをまわってみるわ。」
「あ、でも、お昼くらい食べていってくださいよ。」
「そうねぇ…。お城のお昼なんて、滅多に食べられないし。有難く頂くわ♪」
まだ午前中ではあるが、早いところ昼食を作るように執事に言いつけた。
 …おじさんには悪いけどという思いがしたが、イエローはどうしても旅に出たかった。
世界中の色々なものを自分の目で見、そしてある人を捜すため。ブルーが行ってから、枕
の下に隠していた物を取り出した。
 …それは赤い、この辺りでは珍しい形の帽子だった。

                    *

 トキワの城を出てから、ブルーはある場所に向かっていた。
 …深い深い、森の奥。いつも同じ場所である事をしている人物に、彼女は用があった。
「ほんと…こう都合良く、事が動くとはね…」
彼女だけにわかる意味の含み笑いをすると、そのままブルーが歩き続けた。
 やがて、行く手に現れたのは…大小様々のポケモンが、何故か激しく戦いあっている姿
だった…。

「―ピカ! 『電光石火』!」
いつの時代も、先手必勝というのは何においても中々使える手のようだ。勿論この世界の
戦いの常道、ポケモンバトルの中においても。

 ある少年の指示通り、『電光石火』でピカチュウが行く手を阻む数体のベトベターの背
後にまわりこむ。元々動きの遅いベトベター達は、振り返る前に激しい電撃を浴びせられて
いた。
「よーし、エラいぞ、ピカ!」
戻ってきたピカチュウを笑って抱きとめると、少年は背後の視線に気付いた。さっきから
一部始終、見られていたようだ。
「…相変わらずのお手並みね。レッド。」
訳知り顔で微笑む茶髪の少女に、レッドと呼ばれた少年は何だよと顔をしかめてみせた。

「こんなとこで何してんだよ、ブルー。…随分久しぶりだけど。」
「それはこっちの台詞じゃない?  レッドこそいつもいつも、トキワの森に入り浸りで。本
トにあんた、マサラ王って自覚あるの?」
たはは、と痛いところをつかれたレッドは苦笑した。

 こう見えても彼は、トキワの隣国マサラ公国の次期王なのだ。この世界の国々の王とい
うのは、子孫が代々後を継ぐ世襲制ではなく、民衆の中から選ばれたポケモントレーナー
が就任する。レッドは過去に世界的なポケモンバトル大会で優勝した経歴を持っており、
本人の意志の有無に関わらず、いつの間にやら次期王にされてしまった次第だった。

「ここ、トキワの森は年々おかしくなってる…さっきのベトベターだって、本来この森に
住んでたポケモンじゃない。それがどうしても気になって仕方ないんだよ。」
少しだけシリアスの入った顔で辺りを見回すレッドに、ブルーもうんうんとうなずいた。
「2年前の『トキワ事変』からよね…この森が変になったの。でもアレはアレで、もう済
んだ事なんだし。これ以上はどうしようもなくない?」
自分の国を放ったらかして、レッドは日々、この森を見回っていた。そして先程のベトベ
ターのように狂暴なポケモンが現れる度、お灸を据えてまわっているのだ。
「このまま放っておけば、この森の生態系は狂うばっかりだってマサキが言ってた。黙って
見てられないよ、そんなの…」
「そーね。だから近々、オーキド博士が調査隊を結成するって言ってたわよ。」
「そーなのか? 博士が?」
博士、博士と呼ばれてはいるが、オーキドはれっきとした現マサラ国王である。国王にな
る前身が有名なポケモン研究者だったので、未だにその頃の名残で博士と呼ばれている。
「博士はレッドに、いい加減帰ってきて、少しはマサラの面倒も見ろって。タイヘンねー。
今度帰ったらきっと、当分の間城にカンヅメよ。ご愁傷様♪」
うっ…とつまるレッドに、ブルーはいたずらっぽく笑いかけた。好奇心旺盛で冒険心も尽
きることがないレッドが、一国の王としてじっと政務をとるなど出来るわけがないとわか
り切っている。案の定レッドは苦り切った顔付きで、どうやったらこの場でまずブルーを
ごまかし、城へ帰らないで済むか考え込んでいるようだった。

「…ところでさぁ。ちょっとレッドに頼みたいことがあるんだけど?」
切り出すなら今だ。ブルーはようやく本題を持ちかけた。
「頼み?」
「アタシの友達にね、イエローって言うんだけど。護衛を必要としてる子がいるのよ。」
護衛…? 要領を得ない顔つきで目を丸くするレッド。
「その子今、タチの悪い奴らに追われる身でね…誰か、例えばレッドみたいに強くて勇気
のある人の力が必要なの。助けてあげてくれない?」
…と、しばしまたポカンとしていた。
「助けるって…その、イエローを?」
「ええ。助けると言っても、イエローが追っ手に見つからないように、または見つかっても
捕まることのないように一緒に旅をしてほしいの。それだけよ。…レッドの他に、こんな
事頼める人思いつかなくて…でも、イエローは大切な友達なの…」
いかにもしおらしい顔付きで、さもイエローが心配でたまらないという演技をするブルー。
正義感が強くて単純なレッドはあっさりだまされた…わけでもなかった。
「…今度は何企んでんだよ?」
流石に2年以上の付き合いともなると、いくら人の良いレッドでも少しは学習する。一応
同郷出身のブルーが並々ならぬ経歴の持ち主で、油断出来ない人物であることは身にしみ
てわかっているのだ。
「企むなんてヒドいわ。アタシはただ、イエローを助けたかっただけなのに。…でもまぁ、
無理にとは言わないわ。レッドが一刻も早く国に帰ってオーキド博士を安心させてくれる
なら、それでも良いの…他をあたるわ…。」

ふうと残念そうにレッドに背を向け、歩き出す。慌ててレッドがブルーを引き止めた。
「ちょっと待った! 断るなんて言ってないだろ!」
ほーら、ひっかかった。今のレッドなら、国に帰らないで済む事はすぐに引き受けるに違
いない。ブルーの読みは見事当たった。
「レッド…別に無理しないでいいのよ?」
「してないって。要するに、そのイエローと旅に出りゃいいだけの話なんだろ?」
「早い話、そうだけど」
「わかったよ。 ―じゃ、そいつは何処にいるんだ?」
早くも乗り気になってきたらしいレッドに、ブルーは頭の中でガッツポーズをとった。
「明日の正午、アタシが人目につかないようにここに連れてくるわ。」
「ふーん…―あっ。そうだ。」
「―? 何?」
ハタと手を打つレッドに、ブルーはキョトンとする。レッドは少し決まりが悪そうに、頭
に手をやりながら喋り出した。
「一つだけ、条件があんだけど…オレがマサラの次期王って事、内緒にしてくんないかな」
「別にいいけど…どうして?」
「何か未だに、王ってピンとこないんだよな。グリーンの方がよっぽど相応しい気するし。
オレが次期王って知ってるのは一部のトレーナーだけだし、妙に特別視されたくない。」
…と半瞬ブルーは考え込んだ。レッドの気持ちは少しはわかる。
「わかったわ。誰にも言わないから、安心して。」
こうしてブルーは、レッドとその一点だけは固く約束することとなったのだった。

                    *

 そして。翌日のことだ。
「…うーん…酒場って、ここだよね…」
朝早い時間なので、開いていないのも当然なら人っ子1人見当たらない。ブルーがここを
選んだ理由が何となくわかったイエローだった。
「イエロー! こっち、こっち」
建物の陰からブルーが手招きする。良かった、あってたとイエローはホッとして、陰に近
付いていった。
「おはようございます、ブルーさん。良い天気ですね。」
丁重に挨拶など交わしてしまうのは、育ちの良さだろうか…。
「おはよ、イエロー。よく1人で城抜け出せたわね。」
「ハイ。タイヘンでした。前からそうなんですけど、凄く警備が厳しくて…でも変なもの
を見つけたんです。」
「―??」
何?とブルーは興味津々にイエローに尋ねた。

「持っていきたかった物がちょっと見当たらなくて、部屋中探しまわってたんです。そし
たら」
「そしたら??」
イエローは首を微妙に傾けつつ、さらっと言った。
「抜け穴があったんです。寝台の横の棚の裏に。」
「…抜け穴?」
ブルーは少し怪訝な顔付きでイエローを見た。
「ええ。抜け穴です。いつ頃からあったのかは、よく知らないんですが…」
イエローがある事情でトキワの次期王に選ばれたのは、今より2年前のことだった。アマ
リロと改名したのもその時だ。なのであまり、城のことに詳しいわけではなかった。
「で…そこを通って楽々、あんたは城を出てきたってわけね。」
「ハイ。」
「何にせよ良かったじゃない。これで多分、しばらくは時間稼げるわ。」
あんたには色々教えておきたいことがあったの、とブルーは言った。
「まずは、約束よ。これから旅に出ている間、何があってもあんたは自分の正体に気付か
れちゃダメ。トキワ王国の次期王位継承者、アマリロであるってことをね。」
「…わかりました。」
「そしてもう1つ。あんたを外の世界に連れ出したのが、このアタシだってことも。」
わかってます、とイエローは強くうなずいた。
「ブルーさんに迷惑がかかるようなことは、絶対にしません。約束します。」
「それなら話が早いわ♪じゃ、これ。」

ポン、とブルーは、ある物を突然イエローの頭の上に被せた。
「…? ブルーさん、これは…?」
両手でその被せられた物を取ってみると。それは黄色い、白と黒の羽がついた麦わら帽子
だった。
「見る人が見れば、今のあんたがアマリロだってことはバレバレよ、イエロー。そのため
にちょーっと、ね。」
ブルーはイエローから麦わら帽を取ると、イエローを180°回転させて後ろを向かせ、テ
キパキと帽子をきちんと被せてみせた。…イエローのトレードマークとも言える、長いポ
ニーテールの髪をその中に隠して。
「ホラ、出来た! …凄い。これでどっから見ても、あんたはアマリロには見えないわ。」
きゃっという感じの顔つきでイエローを眺めながら、手を取ってくるくる回してみたりと
ブルーはやたら楽しそうだった。
キョトン。
「あの…ブルーさん…?」
「イエローもほら。見てごらんなさいよ。」
ブルーに渡された小さな手鏡を言われた通り、覗き込んでみると。…そこには黄色い麦わ
ら帽子を被った、あどけない顔立ちの少年が不思議そうにこちらを見ていた。
「これ…」
「そう、あんたよ。どっから見ても男の子でしょ?」
「ええ…。」
「これなら、あんたがアマリロだなんて誰も夢にも思わないわ。いい考えだと思わない?」
確かに…とイエローはゆっくりうなずいた。自分ですら自分が、何か全く違う人間になっ
た気がする。そういうのも、面白いかもしれない…何となく小さくそう思った。
「じゃ、行きましょ。護衛役の話はつけてあるから。」
「―ハイ!」
これからは自分は、アマリロではなくなるのだ。小さかった頃のように、束の間でも自由
な生活を送る。今の自分には当に、イエローという名前の方が相応しいような気がした。

 …意気揚々と歩き去って行く2人の後ろ姿を、酒場の隣の建物の陰から眺めていた人物
がいたことなど、当然イエローは知る由も無かった…。

話数変更と共にコメント新たにします(旧コメントのままの場合は、この色にします)
初めて読んで下さる方には初めまして。こんな駄小説に目を向けて下さって有り難うございますv
まだまだ序盤なので、末永くお付き合いいただけると嬉しいです。
話数が変わったのでアレ? と思って見直しに来て下さった方へ。
わざわざ有り難うございます、内容は全然変わっていないのですが(笑)
話数を変更した理由は、2話のコメントで。