…てんてんてん。初対面におけるレッドとイエローの向かい合った印象は、まさにその
ような感じだった。
「んじゃ、これからヨロシクな、イエロー」
にっこり笑って手を差し出したレッドと、イエローは少しボー然としながら握手をする。
ブルーに吹きこまれた「悪い奴らから逃亡中の身」という設定を簡単にレッドに話し終える
と、イエローはスミマセンと一度頭を下げ、ブルーだけを連れてレッドから少し離れた所
に来た。

〈一体どーしたのよ、イエロー?〉
イエローの不審な挙動に目を丸くするブルーに、ためらいがちにイエローは切り出した。
こそこそと話をする2人をレッドは不思議そうに遠目で見ていた。
〈あの…ボクが旅に出る目的の1つに、‘捜したい人がいるから’っていうの、確か話し
ましたよね?〉
ブルーの言うままにすっかり少年になりきって一人称まで変えたイエローに、ブルーはえ
えとうなずいた。
〈それがどうかしたの? 何か都合悪いことでも?〉
〈それが、その…確実にとは言えないんですが、レッドさんのような気がするんです。ボ
クが捜そうとしていた人が〉

…てんてんてんと、今度はブルーが少しの間ボー然とした。
〈ちょっとあんた…それってどーいうこと?〉
〈ボク、2年前の『トキワ事変』の時にある人に助けられたんです。ボクが次期トキワ王
に選ばれる直前に〉
その辺の事情は、多少なりとブルーも風の噂で聞いていた。2年前にトキワで起こった、
前トキワ王の軍事的な政権に対するいわゆるクーデターの1つ、『トキワ事変』。ある理
由で革命派の切り札的存在とも言えたイエローは、前王からの刺客に日々狙われていた。
蛇足ながら、これが現在もトキワ城の警備が厳しい理由の一つだ。
「ボクはあの頃、何もわからないまま次期王にされてしまって…護衛の人達や刺客のこと
もよくわかってなくて、ある日1人で味方の陣営を抜け出して、トキワの森まで来たんで
す。しばらく大好きな森にも行けなくて、どうしてもと思って…」
それで、これこそ好都合とばかりに刺客に捕まる寸前だったイエローを、たまたま通りす
がった少年があっさりと助けてしまった。少年はイエローを安全な所まで送り届けると、
名前も言わずに姿を消したのだった。

〈後で聞いたことなんですが、その時ボクを助けてくれたのは、就任が決定したばかりの
マサラの次期国王だったらしいんです〉
マサラもトキワも、そしてその他の国でもこの世界では、王権に世襲制を採用していない。
大概の場合ポケモンバトルに優れた者が次期王となる。そしてそれ程の実力者だったから
こそ、狙われたイエローをあっさりと刺客から守ってみせたのだ。
〈へ、へぇー…そーなの〜〉
これは少し困ったことになった。ブルーはイエローに悟られないように表情を作りつつ、
素晴らしく回転の早い頭脳の中で何か考えを巡らせていた。
〈あんまりハッキリと覚えてないんですけど、何となくレッドさんがその人のような気が
するんです。コレ、あの時その人が被っていた帽子です〉
イエローが取り出した物を見て、微笑みながらブルーはぎゃふんと叫んだ…あくまで心の
中で。それは確実に、2年前にレッドがなくしていた、彼のトレードマークとも言うべき
赤い帽子だった。
「(ってことは、マジにそれはレッドなわけね…)」
やっぱり困る。何故ならつい昨日、ブルーはしっかりレッドと約束したからだ。レッドが
マサラの次期国王であるのを隠すということを。となると、ここは…。

〈そっかー。よーくわかったわ、イエロー。でもね、考えてみて?〉
? となるイエローに、ブルーはイタズラっぽく笑ってみせた。
〈あいつ、レッドがもしもその次期国王ならよ。こんな所で放浪者みたいな格好して、護
衛なんてやってると思う?〉
放浪者=旅人というのが常識となっている。
〈そう言えば、そうですね〉
〈2年前の記憶なんて結構あやふやなものよ。これはもう、一緒に旅をしてそれとなく真
相を確かめるしかないわ。〉
〈そうですね。じゃあちょっと尋いてきます〉
くるっとまわって、遠目から不思議そうに2人を見ているレッドの所へ行こうとしたイエ
ローをブルーは慌てて引き止めた。
〈ちょっと待って! ヘタにそんなことしたら、今度はアンタがトキワの王女ってバレちゃ
うじゃないの!〉
それは一番困るのよ、と頭の中でだけ付け足す。
〈いい? たとえどんな奴にだってアンタの正体バラさないって、約束したばかりでしょ?
だからレッドの正体知りたければ、こっそり確かめるしかないの。わかる?〉
うーんと考えこみつつ、ブルーの言うことは正しいとイエローはうなずいた。
〈わかりました。レッドさんには何も気付かれないように頑張ります〉
〈それでいいわ。―あ、そうそう。この帽子、アタシに貸しといてくれる?〉
〈?〉
赤い帽子をレッドには見えないように片付けると、不思議そうな顔のイエローに人が良さ
気に笑いかけた。
〈この帽子の持ち主が誰なのか、アタシも捜しといてあげるわ。別にこれ無くてもイエロー
は大丈夫でしょ?〉
〈ハイ! ブルーさんはとても親切なんですね〉
レッドがそれを見れば事は一目瞭然なので、証拠隠滅。とは口が裂けても言えそうにない。
〈ほほほほ、まぁね♪ …じゃ、アタシはそろそろ行くわね〉
〈えっ?〉
もう行っちゃうんですか? と驚くイエロー。
〈悪いけどアタシも、色々忙しいのよ。レッドと仲良くしてね、イエロー。じゃv〉
風船ポケモンのプリンを出すとブルーは、その上に乗ってふわふわと森の向こうへ消えて
しまった。姿が見えなくなるまで見送っていたイエローがふと振り向くと、同じようにこ
ちらを見ていたレッドと目が合った。
「…ははっ」
どうしてなのかとても楽しい気分になったイエローは、その気分のままの笑顔でレッドの
方に駆けていった。しかし彼女が駆けて行った森の中の方は、その笑顔とは対照的にだん
だんと薄暗い霧が立ち込めていったのだった。

                     *

「…なにーィ!? イエローがいなくなったぁー!!?」
ともすれば城中に響きかねなかったその絶叫は、ポケギアという通信道具を通して何百km
も先の国のある少年に届いた。
≪どーしたんスか? 何かひじょーにかじょーにに悪い事でも?≫
「どーしたもこーしたもない! 前から話してたほら、アマリロ…イエローが! 行方不明
になっちまったんだよ!」
≪!≫
ポケギアから響く声が弾んだ。
≪何やらオイしそーな事件のニオイっスね! 可憐なお嬢サンが行方不明!≫
「笑い事じゃない! ったく…あれ程外はダメだって言っておいたのに……―!」
ハッと彼は、自分の手のポケギアを気が付いたように見た。
「そうだ、ゴールド君。君の腕を見込んで頼みがある」
≪んー? どーせその、イエローとかいうお嬢さんを捜し出せとでも言うんでしょ≫
話が早い、と彼は、少し前に偶然知り合った通信相手の少年に嬉しそうに答えた。

≪そーっスねぇ…オレの方は特に問題無いっスよ。旅に出たはいいものの、最近暇だし。
とどのつまりはそのイエローってお姫様、捜し出して連れ戻せばいーんスね?≫
「その通りだ。―が、但し! イエローがトキワ王女であるということは、隠しておいて
くれ。後、出来ればなるべく隠密に事を…」
≪了解了解。じゃ!≫
最後まで聞かずあっさりと通信を切られてしまい、少し不安になった。しかし咄嗟の判断
とは言え、後から考えても彼以外には適任はいないように思えた。何故なら、彼はマサラ
やトキワが属している地方とは違う所に住んでおり、ポケモンバトルがわりと達者である
のにあまり顔が知られていないからだ。
「全く…イエローの奴、また悪い時期に…」
人知れずため息をついた彼の表情は、ちょっとした緊迫感が否応なく見え隠れしていた。

                     *

「よーっし! 聞いたか!? お前ら!」
少年は自分の周囲のポケモン達に向かって、心底楽しそうな声をかけた。
「このゴールド様の助けが必要な可憐なお嬢サンのため、たった今から目的地はカントーだ。
気合い入れて行くぜ!」
少年の声におーっとポケモン達も盛り上がる。彼とそのポケモン達の行く手を遮るものは
全く無かった。…が。
 彼は1つ、重大な勘違いをしていた。

                     *

「ところでイエローは、どれくらいポケモン持ってんだ?」
霧のせいで暗くなってきた森の中を、レッドとイエローは並んで歩いていた。
「ボクですか? えーっと…この3匹です」
モンスターボールを直接手渡す。3つのボールの中にはそれぞれ、ドードー、ゴローン、
オムナイトの3匹が入っていた。
「どれも人からもらっただけですけど…みんな、大事な友達です」
「へー…自分でポケモン捕獲したことはないのか?」
こっくりうなずくと、少しの間レッドが考えこむ。―と、調度良い所に、2人の前に野生
のコラッタが通りかかり、すかさずレッドは目をつけた。
「イエロー。あのコラッタ、見ててやるから捕獲してみろよ」
「ええっ!?」
突然の提案に、イエローはかなり驚いた。
「ボク、ポケモンバトルは苦手で…」
「でもさ、やっぱ自分で捕まえたポケモン1匹くらい欲しいだろ? 何でもいいからやって
みろって♪」
うう、と困るイエローをレッドは楽し気に見守る。とりあえずイエローはコラッタの前に
立つと、一番付き合いの長いドードーをボールから出した。

「えーっとー…どうしよう? ドド助」
指示をする立場の主人がこれでは、ドードーも首を傾げるしかない。
「そのドードー、使える技は?」
「? …足はすっごく速いです」
特技じゃなくて、とレッドは苦笑した。
「ほら、例えば『吹き飛ばし』とか『かぜおこし』とか。とりあえず言ってみろよ」
少し考えた後小さく深呼吸をして、イエローはドードーに向き直った。
「ドド助、『吹き飛ばし』!」
しっかりした命令を受けたドードーが、荒い風を起こしてコラッタに向ける。吹き飛ばさ
れたコラッタは木にぶつかって頭を打ち、目を回した。
「よし! 今のうちに、このボールをコラッタに当てるんだ」
渡されたモンスターボールをコラッタ目掛けて投げると、ボールに当たったコラッタは見
事捕獲されることとなった。
「やれば出来るじゃん」
「…ハイ! …でも…」
「―?」
つい今コラッタを捕獲したボールを見つめるイエローの手から、一瞬。不思議な光のよう
なものがボールの周囲に発生し、そして消えた。
「…?」
何が起こったのかレッドにはよくわからなかった。見間違いか??と首を傾げる。
「やっぱりボク、バトルは苦手だと思います…」
そっか…とだけレッドは呟いた。

「それにしても、霧…濃いですね…」
「そーだな…―!!?」
突然冷気を伴った風がレッドとイエローに強く吹きつけ、2人がバランスを崩して2、3歩
横に動いた直後。2人の立っていた場所の真後ろの木が、一瞬の異音と共にメリメリと倒れ
ていった。
「これは…『ようかいえき』!?」
折れた箇所の溶けたような痕を見て、レッドの表情に緊張が走る。
「―! レッドさん、危ない!」
イエローが切迫した顔でレッドに声をかける。そのイエローの頭上を通り抜けて、キラリ
と鋭い刃のような羽を持った何かがレッドの直前まで迫っていた。

「イエロー! そばを離れるな!」
咄嗟にフシギバナを出して見えない敵の攻撃を受け流したレッドは、フシギバナのつるで
大きい籠のような空間を作ると、あたふたとやって来たイエローと共にその中に身を隠し
た。
「急ごしらえの結界ってとこだけど…長くは持たない」
緊張した面持ちのレッドに、イエローも体が固くなる。
「野生ポケモンが襲ってきたんでしょうか…?」
「いや。さっきの攻撃も最初の不意打ちも、霧に紛れた計画的なものだ。誰か操ってるト
レーナーがいるはずだ」
でも一体、誰が? ブルーの「イエローは悪い奴に追われている」話を信じたレッドはとも
かく、イエローの方はまるで訳がわからなかった。

「!!」
フシギバナのつるに捕まって、レッドもイエローも急激に体を持ち上げられた。何事かと
思っていると、2人のいた場所に粘着質の液状の物質が大量に注がれていて、足元の草や
土などがドロドロと溶けていた。
「さんきゅ、フッシー!」
フシギバナは安全を考えて、2人を自分の花の上に置いた。これならいつ先程の液体が放
たれても、自分が動きさえすれば2人を守れるからだ。
「レッドさん、あれは…」
「『ようかいえき』だ。人間が当たったら終わりだと思った方がいい」
ぎょっと不安がるイエローに、追い討ちをかけるように
「敵が見えないのが痛いな…この霧も多分、ポケモンに作らせたんだ。相当腕が立つ奴だ」
さらっと言う。レッド自身は落ち着いているが、状況はかなり危機的らしく表情は真剣そ
のものだ。
「せめて、敵の攻撃のタイミングさえわかれば…」
フシギバナがずっと『葉っぱカッター』で応戦しているのだが、敵に届いたような手応え
はまるでなかった。相当素早い相手らしい。

「ボク、わかります。敵のゴルバットが次にいつ来るか」
「…―えっ!?」
レッドはあまりにも真剣に考え込んでいて、一瞬、イエローが何を言ったのか聞き逃すと
ころだった。
「敵が近付いてくれば、それだけ気が感じとりやすくなるんです。だから攻撃のタイミング
だけはわかると思います」
確かに先程、イエローはレッドに正確に「危ない」と警告を発していた。今更のようにレッ
ドはハッとした。
「でも何で、相手がゴルバットだってわかるんだ?」
「それは、攻撃を受けたこのフシギバナには、敵が見えたからです」
イエローはきちんと説明しているつもりらしいが、これで理解出来る人物は早々いないだ
ろうと思われる。

「…来ます!!」
先程と同じようにイエローが警告を発する。ここはとりあえず、イエローを信じるしかな
いレッドだった。
「行くぞ、ピカ」
ポン、とモンスターボールからピカチュウを呼び出す。ピカチュウは元気いっぱいにうなず
いた。
「―今です!!」
「よし! ピカ、『フラッシュ』!!」
眩い光がピカチュウを起点として発される。きちんと目を閉じていたこちら側の人間とポケ
モン以外は、突然のその光に視力を奪われた。
「…!」
自分達の直前で目を強く閉じ、慌ててバタバタと飛び回っているのは確かにゴルバットだっ
た。間髪を入れずにレッドはフシギバナに命じ、そのゴルバットをつるで捕らえた。
「お前だな、俺達を襲ってきたのは。トレーナーは誰だ、出て来いよ!」
その声に呼応するように、現れたのは…またしても『ようかいえき』だった。
「げっ、まだ他がいたのか!」
フシギバナが慌ててよけたが、つるをゴルバットに使っていたため人間の方を支え切れず
レッドが地面に落ちることとなった。
「大丈夫ですか!?」
「気にすんな、これぐらいしょっ中だから!」
鮮やかに地面に降り立ったレッドは、改めてゴルバットを見ようとした。

「あっ…レッドさん!?」
「…!! これは…」
霧が突然、レッドを黒く包む。レッドは呼吸が困難になったようで、苦しそうな顔をする。
ピカチュウが慌てて地面に降りたが、霧に攻撃すればレッドも巻き添えになる。せっかく
ため込んだ電気を持て余し、もがいているレッドの周りを走り回った。
「ど、どうしよう…ドド助!」
イエローは地面に滑り降り、ドードーを呼び出した。
「(イエロー!?)」
苦しいながらも対策を考えていたレッドは、降りてきたイエローに焦った。このままでは
イエローも巻き添えをくってしまう。しかし息がほとんど出来ないため、フシギバナの上
に帰れと言うことも出来ない。そしてイエローは、何をするのかと思いきや…ドードーを
真っ直ぐに見ると、凛とした声ではっきりと命じた。
「ドド助、『吹き飛ばし』!!」
コラッタを捕まえるため、レッドがイエローに教えた技だ。しかしこの場合、バカの一つ
覚えとは訳が違った。
「…っはぁっ!」
レッドを包んでいた霧が吹き飛ばされ、やっと呼吸が出来るようになった。
「ピカ、もう思いっきりやっていいぜ!」
吹き飛ばされた霧は1ヶ所に集まり、レッドの予想通りのものになった。
「『10万ボルト』!!」
霧に向かって電気を発する。イエローは目を丸くしていたが、攻撃が命中すると見事、森
中から霧の気配が薄くなっていった。

ってわけどんなわけで、話数変更の事情について。
最初に全然各話の量のバランスを考えていなかったので、後で苦労する羽目になりました(苦笑)
何処かで宣言した、15話で終わらせてやるー!! …には、話数のつけ方に無駄が多い事に気付き(^^;)
このままではまず無理だったのと、どうせならもう少し一話の量を等分化したかったのと両方の事情で、
こうして話数を変更する事とあいなったわけです。
元々は2話だったものを1話に詰め込んだり、量が多い場合は次の話にまわしたり。
これで大体、一話辺り16KB前後のボリュームになりました。
…テキストのみでこれだと、軽く読むものにしては結構な量ですか?
しかももう2年越しの連載になるんですねぇ…いくら何でも、少し反省。遅いっつーの。
とりあえず目標は、平成16年中に終らせるという事で! どうぞ見届けてやって下さいませ〜m(_ _)m