「よォし。これで全部、準備は整ったわね」
何処ぞの城らしき建物の中で、ブルーはある人影に向かって笑いかけた。
「―それで、レッドの奴は本当に何も気付いていないのか?」
端整で落ち着き払った感じの口調でブルーを見ている人影は、ブルーとは違う種類の茶色
の髪をした少年だ。
「多分ね。ま、厳密に言えば、レッドが気付いたところで大した問題じゃないんだけど」
「奴を通してアマリロ王女の所在が危ぶまれる。それさえ無ければいいんだろう」
「その通りよ。レッドってば本当、ほっといたら勝手に何しでかすかわからないんだから。
グリーンもそう思うでしょ?」
グリーンと呼ばれた少年はふうと腕を組むと、とりあえずは肯定するかのような仕草を見
せた。

「ところで…例の件。トキワ前国王が生きてるという話、本当なのか?」
前触れもなく重大な話題に入ったグリーンに、ブルーは一応辺りを見回してから答えた。
最もグリーンだって、人払いくらいしてるに決まっているが。
「ええ。2年前、あの爆発と共に死んだとばかり思われてたけど、王とその側近達は抜け
穴を使って窮地を凌いだはずよ。今のアマリロ王女の部屋で、確かに見つけたわ」
2年前のトキワ事変で、王とその側近は追い詰められた挙句、地下へたてこもって自害し
たと見られていた。完全に包囲された城から抜けた者は無かったというし、その後彼らの
姿を見たという者も1人といって現れなかったのだ。
「やっぱり、タダで死ぬような奴らじゃなかったな」
「悪く言えば、クーデター派が甘かったのね。元々血を流さずに事を終えようとか、理念
は立派でも現実に対応しきれてなかったもの」
現実主義的な意見に、グリーンは少しだけ眉をひそめる。聞いていたのが自分だからいい
ようなものの、一部では『聖戦』とも呼ばれているトキワ事変に対してこういう物言いを
するのは、下手をしたら袋叩きにあいかねないからだ。

 ところでと、グリーンはもう一度話題を変えた。
「レッド達が今後、余計な邪魔に合う心配の方は大丈夫なのか?」
「うーん…まぁ、レッドのことだから、大丈夫だとは思うけど。オーキド博士もついに動
き出しちゃったものね」
でも、とブルーは、携帯用通信機を取り出してにこっと笑った。
「いざとなったら、彼がいるわ」
「…」
「それに既に、アタシ達の予想通りの事が起こったって報告があったわ。これでようやく
こちらも動き出せる…もう後戻りは、出来ないけど」
黙ってうなずくグリーンに、ブルーの表情も険しかった。―危険な賭けに、なるかもしれ
ない。どちらともなくそう思い、そして小さく口に出していたのだった。

                     *

「…ふぅーっ…やっと、森を抜けたぁー…」
この世界のほぼどの国にも存在する、ポケモンとそのトレーナーのための無料回復施設で
レッドとイエローはグッタリしていた。
「やっぱ結構歩いたなぁ…まさかタマムシ王国まで来ちまうとは…」
「ゴメンなさい、ボクのせいですね…」
あの後、結局森で迷い続けていたレッドとイエローだったが、イエローが捕獲したばかり
のトキワ出身のポケモン達に道を尋ねてみようと言い出した。ポケモンの思いを読み取っ
たり、回復するイエローの能力にレッドはまだ不思議な顔をしていたが、その内に勝手に
納得していた。とりあえず個性だよなという感じで。
 問題はその後だ。両方共トキワの森にいたコラッタとキャタピーに道を尋いてみたのだ
が、2匹が違う方向に行けというのだ。この場合、どちらの言うことをきくべきなのだろ
う…。そうして散々迷った末に、キャタピーよりはレベルが上だったコラッタの言うこと
をきいて、歩き続けた2人だった。

「…?」
レッドにポカりとからかうように叩かれて、イエローはキョトンとした。
「あのな、何でも自分のせい自分のせいって言うなよ。イエローのおかげで無事に森から
出られたんだから、それ忘れるなよ」
「あ…ハイ…。ありがとうございます…」
それで良しと笑うレッドに、ふっとイエローの意識の端で、何かがひっかかった。
 ―前にも似たようなことを、言われた気がする。
でも何処で…何て言われたんだっけ? レッドに会ったことがあるとしたら、2年前以外
は有り得ない。その時の少年がレッドだとしても、どんな会話をしたかもさっぱり思い出
せない。
「イエロー? どーしたんだ?」
「・・―あ、いえ。何でもないです」
「大丈夫か? やっぱりまだ休んでいくか?」
護衛役としての職業意識からなのだろうか、レッドは随分イエローに甘かった。
「ボクなら大丈夫です。ね、ピカ」
ボールの外に出て歩いていたレッドのピカチュウに笑いかけると、ピカチュウも笑ってう
なずいた。このたびピカチュウは、レッドから直々に『イエローの護衛担当ポケモン』に
任命されたのだ。トキワの森出身らしいこのピカチュウは結構ワガママな性格だったらし
く、それが何故かイエローに懐いてしまったので、丁度良いからとレッドがイエローを護
るように言いつけたのだ。
 イエローとしても、ピカチュウと一緒にいると不思議と懐かしいものを感じていた。
「じゃ、行くか! …―!?」
立ち上がったレッドとイエローの周りを、若草色の袴姿の男女数人が何故か取り囲んでい
た。

                     *

「驚かせてしまってすみません、レッド…とそのお連れさん」
レッドとイエローはあれよあれよという間に、タマムシ王国の王城に運ばれて行き、そこで
タマムシ王国の現女王である、草ポケモン使いのエリカと対面していた。
「タマムシのエリカ様って…レッドさんの知り合いの方なんですか?」
「ああ、ちょっとな」
不思議そうなイエローに、レッドは気まずげに答えた。というのも、エリカはレッドがマ
サラの次期国王である事を知っている、数少ないトレーナーの内の1人でもあるからだ。
何となく、弱味を握られたという訳ではないが、窮屈な思いになるのだった。
「本当にお久しぶりですこと、レッド。タケシやカスミから噂は聞き及んでましたわよ」
「噂?」
「最近はずっとトキワの森に入り浸って、森の異変を調べていたそうですわね」
「本当ですか!?」
レッドが何か言う前に、イエローが驚きの声をあげていた。
「レッドさんずっと、トキワの森で?」
「あー…まぁ、半分は自分の修行のためだったけど…一応心配で…」
「わざわざありがとうございます! ボクちっとも知りませんでした…」
シュンとするイエローに困るレッド。
「…どうしてあなたが謝られるんですの?」
見かねたエリカが、イエローに尋ねてみた。
「え? えっと…ボク、トキワの森が大好きだから…」
ここで、自国の森のことすらきちんと把握していなかったからとは言えない、トキワの王
女アマリロだった。

「それで、わざわざこうやって連れてきたのは、まさか世間話するためじゃないんだろ?」
不審がるレッドに、エリカは苦しく笑ってみせた。
「その通りでございますわ。…実は、折り入ってレッドに頼みたいことがあるのです」
そう言うとエリカはパチンと指を鳴らした。その音を合図に、隅の扉から何かが部屋にト
ボトボと入ってきた。
「…ポニータ?」
2人の前まで来ると、ポニータは力無くうなだれつつ、立ち止まった。
「どうしたんです? このポニータ…とても悲しそうな目です…」
「これってもしかして…カツラさんのポニータじゃ?」
イエローにはわからない固有名詞だったが、ポニータの思いを読み取ることで、そのカツ
ラというのがマサラの南の小島にあるグレン王国の王で、このポニータのトレーナーでも
あることがわかった。
「…! ご主人様が、いなくなったって言うのかい?」
そのまま普段のくせで思いを読み取っていったイエローに、エリカが驚きの目を向ける。
「どうしてそれがわかったんですの?」
「じゃあ、本当にカツラさんが?」
改めて尋ね返すレッドに、エリカはコクンとうなずいた。

「このポニータがわたくし達の所まで辿り着いたのは、一月程前のことでした」
炎ポケモンであるポニータが、グレン公国からカントー本土に泳ぎ着くことは出来ない。
だからカツラと共にカントー本土に来ていた時に、はぐれたものと見られる。最初はエリ
カ達にも、このポニータが誰のものであるかはわからなかった。
「やがてわたくし達の元に、グレン公国の主が行方不明になったと知らせが届きました。そ
して同時期に現れた、傷だらけのポニータ…これはただの偶然ではないと思ったのです」
エリカは他のハナダ王国の女王カスミや、ニビ王国の王タケシと協力し、手を尽くしてカ
ツラの行方を捜した。元々タマムシ、ハナダ、ニビ、グレンはカントー内同盟国でもあっ
た。
「けれど結局、カツラさんを見つけることは出来ず…わたくし達も、この事にばかりかかず
らうわけにはいかないのです。国政を疎かにすることは出来ません」
国王たるもの、こうでなくてはいけないのだ。イエローは少し胸がズキっとした。
「それで、俺にカツラさんを捜せって?」
「ええ。…引き受けて下さいます?」
レッドは少しだけ迷いつつ、ポニータの悲しそうな顔を見ると、うなずくしかなかった。
エリカは安心したような顔で微笑んだ。

                    *

 当然のことだと言いつつ、旅の準備等は全てエリカ達が担当することとなり、レッドと
イエローは今は大してすることがなかった。
「そうそう…イエローさん、でしたわね?」
「―はい?」
街にでも行こうかと言っていた2人の内、イエローだけをエリカが引き止めた。
「少し2人で話したいことがありますの。レッドは適当に時間をつぶしてくださいます?」
「別にいーけど…じゃ、後でな、イエロー」
一応『イエロー護衛担当』ピカチュウだけ、置いていったレッドだった。

「あのー…ボクに何の用が?」
おそるおそる切り出したイエローに、エリカは何故かスーパーボールを取り出した。
「―!!?」
ボールから飛び出したモンジャラが、イエローの麦わら帽子を奪ってぴょーんと飛び去っ
て行く。狭い帽子の中から解放されて重力に従ったポニーテールが、さらりと肩の近くで
ふわふわ揺れていた。
「何を…」
「―やはり、あなたでしたのね。わたくしの目はごまかせませんわ」
「…!!」
イエローはエリカの厳しい目つきに唖然とした。イエローの方はエリカのことなど、ほと
んど知らなかったが、エリカの方はトキワの王女アマリロのことをよく知っていたのかも
しれない。そうでなければ、写真も公開されていない自分をこうも簡単に見抜けるはずが
ない。
「何のつもりですの? 今度はレッドと行動を共にするなんて」
「…え?」
今度は、という言葉が何か変だった。
「あのー…何のことを言ってるんですか?」
心底目を丸くして尋ねるイエローに、エリカも少し怪訝な顔をする。そこに、先程レッド
とイエローを城に連れてきた数人の男女の内の1人だと思われる女が、何かをこそこそと
エリカの耳に囁いた。
「何ですって? …どういうことですの…」
自問自答するようなエリカに、イエローはただ「??」の状態だ。
「…。…あなた…何者なんですの?」
もう一度イエローを真っ直ぐに見据えると、エリカははっきりとそう尋ねた。イエローの
方はひたすら訳がわからず、首を傾げるばかりだった。

                     *

「あーあー…せっかくタマムシくんだりまで来たってーのに、何1つ状況が動かないんな
んてよー。やってらんねーなー」
ゴールドが心底退屈そうな溜め息をつくので、クリスが呆れた声を出した。
「もー少しマジメに仕事すればいいでしょ? その何とかさんって人のこと、もっと真剣
に聞き込みとかしてみたら?」
「アマリロ、だよ。オレだって出来りゃーそーすっけど、どーぞこの件はご内密にって頼
まれてんの」
「それじゃーどうやって見つける気なんだか…」
クリスこそ、とゴールドは言い返した。
「てめーだって人を捜してんだろ? にしては調べ方が足りねーんじゃねーの?」
「ゴールドと一緒にしないでよね。私の目的の1人は、もうこの近くにいるもの」
ふふーんと何故かポケモン図鑑を覗き込むクリスに、へいへいと形だけうなずいたゴール
ドの視界の端を、何かが横切った。
「…―?」
何故かむしょうに神経にひっかかる。振り向いて商店街の人ごみの中をよーく眺めてみる
と…あーっ!! と思わず、ゴールドは叫んでいた。
「―いた、いた!! 可憐なるお嬢さん!!」
「えっ??」
ゴールドは確かに、その目に黄色い長い髪の少女を捕らえていた。少女はすぐに街の角に
消え、慌ててゴールドはその後を追った。クリスもとりあえず後に続いた。


「うーん…街は賑やかでも財布が淋しいと、どーにもならないよな〜」
レッドは次期国王のくせにやけに庶民じみたことを口にしながら、ぶらぶらと裏道を歩い
ていた。
「…―?」
ダダダダダーッと、すぐ前の角から突然旅人らしき2人が駆け込んでくる。余裕を持って
立ち止まると、2人はレッドを見て同時に叫んだ。
「おい、今ここに可憐なお嬢さんが入って来ただろ! 何処に行った!?」
「あなた、マサラの次期国王、レッドさんですね!!」
え゛っ…2つの理由でレッドは言葉を失った。1つは、この裏道をずっと歩いていたが、
可憐な少女の姿なんぞ全く見覚えが無かったこと。もう1つは、突然知らない少女に、正
体を見破られてしまったこと。
「え…そーなのか?」
レッドの前のゴールドも思わず本来の目的を忘れ、驚いてクリスを見た。
「―それはともかく、お嬢さんは何処に行ったか教えろよ!」
「えっ…知らねーよ…」
本当に知らないからそうとしか言えないレッドに、ゴールドは不審の眼差しを向けた。
「何で隠すんだよ。…さては、てめーか? 麗しのアマリロ王女様を誘拐たてまつって、
行方不明にした奴は」
そう…今の今まで、ゴールドは全くもって勘違いしていた。アマリロ王女は何者かに誘拐
されたのだと。
「…アマリロ?」
レッドの表情に、少しハッとしたような色が入った。
「―!! やっぱり何か知ってんな!?」
「ゴールドはちょっと黙ってて!」
少しの間無視されていたクリスが、ゴールドを押し退けて前へ出た。
「レッドさん。マサラのオーキド国王の依頼により、あなたを捕獲します!!」
「―げっ!! アレストボール!!?」
クリスがバっと構えたあるボールを見て、レッドの顔色が変わった。それは特定の警備隊
やゲットのスペシャリストにのみ許された、人間を捕まえるためのボールだった。普通は
犯罪者を捕らえるために使うものだ。どうやら目の前の少女、オーキド博士に依頼されて
レッドを連れ戻しにやってきたらしい。
 しっかとしたクリスの決め台詞にゴールドですら唖然としつつ、場には緊張が走った…。

うーん…区切り悪いー…(苦) 相変わらず文章も雑ですねぇ…(悩)
とりあえずこのPSL、15話くらいで終わりそうです。ってかそれで何とか終わらせます(汗)
書き出すとついつい長くしてしまうクセがありまして、これでも抑えた方なんですよー(苦笑)
何か改めて、小説って辻褄合わせが難しいなーと感じました。全然合ってないぞってツッコミは勘弁(笑)
最近忙しいので、再びペースダウンするかもしれません。楽しんで書いているので悔しいですが↓
でも必ず終わらせますので、それまで何とかお付き合い下さい〜。
読んで下さる方、ほんとに有難うですm(_ _)m

↑どうやら話数に関して宣言していたのはこの回ですね。
このままいけば、一応無謀だとはわかっていたようです…じゃあまだ楽な内に整理しとけよう(苦笑)
君がサボるから後でボクが苦労するんだ! …って、2年前の自分に怒っても虚しいだけですね〜(笑)
そういやアレストボールは確か好評でした。滅茶苦茶勝手に考えたシロモノなのですが。
人間捕獲っていいなぁっ、誰々を捕まえたいvv って、ダメですよそんな事考えちゃー(笑)
アレスト自体は「逮捕」とか、そういう意味だったと思うんですが…ま、いいって事で(^^;)