「あなた…名前は何とおっしゃるんですの?」
まだ警戒体勢を崩していないエリカの顔付きに、イエローは少し困りながら名を名乗った。
「イエロー…です。イエロー・デ・トキワグローブ」
今なら本来の名は『アマリロ・デル・ボスケベルデ』となっているので、以前のフルネー
ムで答えたイエローだった。
「トキワグローブ…やはり…」
「―??」
何故か納得しているエリカ。
「では、ホアン・デ・トキワグローブはあなたの双子の姉妹か何かですわね?」
「…えぇっ?」
突然出された全く知らない固有名詞に、イエローは呆然とするしかなかった。


「ホアン・デ・トキワグローブ。以前にわたくしやカスミ、タケシなど、トキワ近辺の国々
の王にポケモンバトルを仕掛けてまわった少女の名です」
カスミにタケシ。この2つの名に、イエローは覚えがあった。何故なら今イエローが持っ
ているポケモン5匹の内、オムナイトとゴローンの2匹は、新トキワ王国建国記念として、
ハナダ女王のカスミとニビ王のタケシからそれぞれもらったポケモンだからだ。
「その人の姿が、ボクにそっくりだって言うんですか?」
「ええ。それはもう、うり二つと言ってもいいくらいに」
それでエリカが、自分を警戒していた理由がわかった。しかし…。
「でもボク…ホアンなんて人、聞いたこともなければ会ったこともないんですけど」
「本当に? 今そのホアンが、このタマムシ王国に来ていると言っても?」
先程エリカが側近から受けた報告。それは城下町の裏通りで彼女を見かけたという、部下
の証言だった。
 それでも黙ってうなずくイエローに、エリカはうーん…とひたすら考え込んでいた。

「それではイエロー、話題を変えましょう。本来あなたに話したかったのは、こちらのこと
なのです」
イエローはまだ自分の麦わら帽子を持ってうろうろしているモンジャラの方が気になって
いたが、仕方なくうなずいた。
「イエロー。あなたはどうして、レッドと共に旅をしているのですか?」
「えっ? それは……レッドさんは、ボクの護衛をしてくれているんです」
「護衛…確かにレッドの実力なら、そのくらいのことは朝飯前でしょうね。ご存知ですか?
レッドがあのマサラ公国の、次期王位継承者であることを」
突然エリカの口から飛び出した爆弾発言にイエローは目を見開いた。何とか驚きの叫び声
を上げるのだけは抑えたが…。とりあえずは「やっぱり…!」という感じであり、そしてと
ても、嬉しかった。
―やっぱりレッドさんが、あの時の人だったんだ。
こころなしか、ピカチュウを抱く腕にも力が入った。

 しかしそんなイエローの心中を知るはずもなく、エリカは冷静に続ける。
「では。これからはその護衛は、我がタマムシ王国が用意いたします」
最初、言われた意味がよくわからなかった。
「レッドに頼んだ、カツラさんを捜す件…おそらく、一筋縄では行かない旅になることで
しょう。レッドにはカツラさん捜しに集中してほしいのです。危険な旅になるかもしれま
せんし」
「ということは、ボクは…レッドさんから離れるべきだということですか…?」
こっくりうなずくエリカに、イエローは少し気が遠くなった。
―嫌だ、そんなの…せっかく会えたのに。
だから思わず、声に出してはっきり言ってしまった。
「そんなの、イヤです」
「どうしてですの?」
エリカはさも意外だという顔で、イエローを見た。
「あなたというお荷物がいつもくっついていれば、レッドはどんな危険な目にあうかわかり
ませんのよ? そしてそれは、あなた自身にも同じです。自ら危険な旅に身を投じること
もないでしょう」
「……」
「レッドの足かせになりたくないのなら、身をひいていただけませんこと?」
少しの間、イエローは黙ってうつむき、考え込んだ。

 ―ボクが一緒にいない方が、レッドさんにとってはいいことなのだろうか?
エリカの理屈は、確かにわかる。仮にも一国の王を捜す旅になるのだから、ポケモンバト
ルもろくに出来ない自分は、おそらく足手まといになるだろう。
「……ピーっ!!」
「―!」
暗い顔付きのイエローをその腕の中から見上げていたピカが、抗議するように鳴き声を上
げた。
「…ピカ…」
ピカはイエローの腕にしがみついて、エリカの方をにらんでいる。イエローが暗い顔付き
になってしまったので、仮にも『護衛担当』として黙っていられなくなったのだろうか。
 そんなピカに勇気付けられたかのように、イエローは顔を上げてエリカを見た。
「…このことは、ボクとレッドさんの問題です。ボクが直接レッドさんと相談してみます」
「…」
レッドを通せば当然、足手まといだろうが何だろうがイエローを連れて行くに決まってい
る。レッドはそういう少年だ。だからこそレッドを抜いて話していたエリカは、少し苦い
顔をした。
「では…レッドの所へ行かれればよろしいわ。けれど」
エリカがパチっと指を鳴らすと、イエローの麦わら帽子を持って飛び跳ねていたモンジャ
ラが、2人の前からぴょんぴょんと離れていった。
「―!」
「わたくしはあくまで、賛成しかねます。そのことだけは覚えておいてくださいな」
モンジャラを捕まえなければ、麦わら帽子を取り戻せない。エリカの気持ちにしてみれば、
イエローの力を試す良い機会だった。イエローにしても、あの麦わら帽子が無ければレッ
ドの所へは行けない…決してアマリロである正体を公にしない、ブルーとの約束がある。
 イエローにとって、一つの試練のような追いかけっこが始まった。

                     *

「…って、おォい!! 2人がかりなんて卑怯だぞー!」
レッドはタマムシ城下町の裏通りを、クリスとゴールドの両方から逃げ回っていた。
「クリスが捕獲しちまう前に、アマリロお嬢サンの情報を聞き出さないと!!」
というのがゴールドの言い分で、
「私は別に、ゴールドとなんて協力した覚えはひとつもないわ!!」
というのがクリスの言い分だ。どういうつもりにせよ、2人で1人の人物を追いかけてい
れば2人がかりということになるのだが…。
 流石のレッドも達人トレーナー2人が相手となると、ピカを抜いた戦力では対抗しきれ
るかどうかわからない。ここは一つ、逃げ回るしかないのが悲しかった。
「もう…キリが無いわ! パラぴょん、『キノコのほうし』!!」
「げげっ!」
眠らされてしまえば、捕獲されるのは時間の問題だ。ゴールドも巻き添えを食いかねない
ので焦っている。
「お、オイオイ! えーと…バク太郎、『火炎ぐるま』!!」
凄い勢いの炎で飛ばされた胞子を燃やす。レッドの所に来た分まで燃やしてしまい、レッ
ドとしては助かったが…当然クリスは怒った。
「どうして邪魔するのよ、ゴールド!」
「うるせー! てめーこそオレの邪魔をするなっての!」
2人が互いに気を取られている内に、レッドは裏通りでも更に地味な場所へと隠れいった。

「…あれ? 可憐なお嬢サン悪辣誘拐犯が消えたぞ?」
とんでもない呼び方をされているのが聞こえたが、ここはひたすら息をひそめる。
「もーっ…ゴールドに関わるとろくなことがないわ。えーと、図鑑、図鑑っと…」
何故かポケモン図鑑を取り出しているクリス。
「―まだ近くにいるわ。今の位置から見て北にいるはず!」
ここでようやく、レッドは思い当たった。レッドもクリスと同じで、オーキド国王からポ
ケモン図鑑の一つをもらっている。最も、クリスが持っている物より古いが。オーキドの
ことだ、知らない間にレッドの図鑑に発信機の1つでも取り付けたのだろう。その電波を
追ってクリスはおそらく、ここまでやってきたのだ。
―くそーっ、博士のヤロウ…
発信機が付いていることはわかっても、図鑑を捨てる訳にもいかない。こうなればさっさ
とイエローを迎えにいって、改めてこの2人をまいた方がいいだろう。勘違いのゴールド
はともかく、特にクリスを。
 …とか何とか言っている内に2人の足音が間近に迫ってき、仕方なくレッドは今の隠れ
場所をはなれた。

                     *

「あっ…と。―何処に行ったっ!?」
イエローはひたすらモンジャラを追いかけて、タマムシ城内を駆け回っていた。まかれた
時はピカチュウの額に手を当て、思いを読み取る…人間よりは感覚等の発達しているポケ
モンに頼る方が、正確な状況把握が出来るからだ。そしてモンジャラの逃げて行った方向
へ走る。そんな事ばかり繰り返して、今に至る。
「どうしよう、このままじゃ逃げられちゃう…」
城の中なので、ドードーに乗って追いかける訳にもいかない。いつもすぐ近くにまでは行
けるのだが、どうしてもするりと逃げられる。何処かに追い詰めなければ、捕まえようが
ない。
「でもボク、この城の作りは全然知らないし…」
何処に追い込めば追い詰められるのか、さっぱりなのだ。うーーーん…と眉にシワを寄せ
る程に考え詰めているイエローを、ピカチュウが心配そうに見上げていた。

「…やはり、ホアンではありませんわね。あの少女」
イエローの動きを何処からか見張っていたエリカは、そう側近に話していた。
「あの彼女なら、これぐらいのことはすぐに切り抜けるでしょう。やはり町で見たという
証言を重く見なければいけませんわ」
うなずく側近と、かたい表情のエリカ。
「もう一度、彼女に会って…聞き出さなければ。何のために、各地の国王を襲うのか…」
もしかしたら、カツラの失踪と何か関係があるかもしれない。エリカはそう見ていた。
「……―!!」
「エリカ様…あの少女が…!」
イエローとモンジャラの間に、何かの動きがあった。

「よォーし…行くよ、ピカ!!」
イエローはピカチュウを何故かモンスターボールに戻すと、モンジャラの方へ張り切って
駆けて行った。当然の如く、モンジャラは余裕で逃げて行く。…と、そこに。
「―よし!!」
イエローが取り出したある物が、ピカチュウをモンジャラの行く先へと送り込んだ。慌て
て立ち止まったモンジャラが反対に逃げようとすると、そこでは当然イエローが待ってい
る。イエローだけでなく、イエローが持っていたポケモンが全員でモンジャラを囲んでい
る。
「…コレは、返してもらうよ」
逃げ場の無いモンジャラから麦わら帽子を取り返すと、改めてイエローはそれを被り、少
年イエローへと戻った。
「フウ。意外なところで役に立ったね…」
イエローが取り出した物…それは一見、何処にでもあるような釣り竿だった。それがイエ
ローの手にかかると、釣り糸の先にモンスターボールを着けた強力なアイテムへと変わる
のだ。これの力でイエローは、ピカチュウをモンジャラの眼前に送り込んだ。
「それじゃぁ…失礼します!」
イエローは自分を上の階から見ていたエリカ達に一度ぺこっと頭を下げると、ポケモン達
をモンスターボールに戻しつつ、駆けて行ったのだった。

 エリカ達はしばらく、唖然としていた。
「エリカ様…あの少女は、一体…」
「……」
2人が驚いているのには、ちゃんとした理由がある。イエローの意外な実力に面食らった
だけではなかった。
「…もしも、わたくしの記憶が確かなら…あの少女の本当の名は、アマリロですわ…」
2人共厳しい表情で、駆けて行ったイエローを見守る。
「オムナイト、ゴローン。ゴローンはともかく、古代のポケモンとして希少価値の高いオム
ナイトを持っているトレーナーは、早々いませんわ」
以前、親友であるハナダ女王カスミが確か、トキワの新王女に送ったポケモン。そのこと
をエリカは思い出していたのだった。
「どうしようもなく、ややこしい事態になってしまった…ようですわね…」
力無くうなずく側近に、エリカもしばらく、当惑の表情を崩すことが出来なかった…。

                     *

「えーっと…レッドさん、何処かな…」
城下町をたったっと走っていたイエローに、不意に誰かが声をかけた。
「ダメだよ。レッドさんは今、忙しいの」
「…えっ?」
何故かとても聞き慣れている感じの、その声。イエローは立ち止まると、ゆっくりと振り
返った。
「…!!?」
「代わりに私と遊ぼうよ? ね…イエロー…」
イエローの背後には、メスらしいピカチュウを引き連れた自分自身が立っていた…。

                     *

「……っっああああーー!!?」
昼下がりのトキワの森に突然、激しいボリュームを伴った声が響く。
  …が。それを放ったのは、人間ではなかった。
「およろ…?  ど−したの?  ラム」
頭上の空よりはもう少し青い色をした物体に、紫がかった桃色をしている物体が尋ねる。
自らの意志で声を出している以上、物体と言うより生物と言った方がいいかもしれない。
「あ、リンちゃん…大変!  私達、こないだの人間に道案内したげるの、すっかり忘れて
たよ!!」
「ああ…あの、レッドとイエローとかいう、2人のこと?」
こくこくとうなずく水色生物は、ウサギのぬいぐるみもどきと言うべき風体をしている。
それに応える桃色の生物はネコのぬいぐるみもどきで、あたふたとしている相棒を不思議
そうな目で見た。

「どーしよ、今頃ひょっとしたらずっと迷ったまま、野垂死んでるかも…ちょっとそれは
良心が痛いなぁ。案内するって約束だったし…」
「今頃何、叫び出すかと思えば…ひょっとしてアルファラム、本気で忘れてたの?」
「…?  どーいう意味よ、シータリン」
水色の方がアルファラム、桃の方がシータリンというらしい。アルファラムはその単純な
顔には存在しないはずの眉間にしわをよせ、シータリンを見た。
「だってあたしてっきり、ラムもわかってるって思ったんだもん〜。あの子のこと…」
「あの子って何?  リンってばだから、何が言いたいのよ」
「あのイエローって子なら、絶対。森から出られたはずだよ。わざわざあたし達が案内し
なくてもさ」
「へ…ほんとに?  じゃあリンちゃん、わかってたからあいつら案内しなかったワケ?」
「うん。めんどくさい事キライだも〜ん」
少しも悪びれる様子がなく、さらりとシータリンは答えた。
「えぇー、でもさー。何でなのよー?  何であの子なら大丈夫なの?」
アルファラムはじれったい顔付きで、シータリンに問い詰める。シータリンは訳知り顔で
笑うと、たった一人の半身に向かって事もなく喋り出した。
「だって、あの子は………」

何か、出てしまいました…完全に管理人の趣味の産物、もう1人のイエローが。
PSLの作品紹介にホアンのことを付け足したので、良かったらのぞいてみて下さい。
何かエリカさん、意地悪姉さんって感じの役柄ですね…ポケスペ4巻以来、エリカさんに対して
間違ったイメージがSKYの中にはあるようです(笑) だってあのエリカさん、最初は完全に
イエローのことを見下してるんですもん〜。。。 
意外にこの辺り長くなってしまって、ちょっと焦ってます。15話で終わらせられるのか!!?(汗)
だってこんな些細なとこで長くなってたら、この後どれだけ伸びるかわかったもんじゃない…
欲望に負けてホアンを出してしまったのが運のツキです(爆)
この後もどうぞ、温かい目で見守ってやって下さい…次はいつ書けるかな…(苦笑)

そうか…ホアンのせいだったのかっ…!(´∀`;)   ←15話で終わらない理由(笑)