イエローは正直、絶対絶命だった。
「ハクリュー!  『りゅうのいかり』!!」
ホアンはジュゴンを引っ込めると、ハクリューを出してきた。彼女が持つポケモンはどれ
も相当高レベルばかりで、イエローの手持ちがかなう相手ではない。
「ピカ、『でんきショック』!」
トキワの森をさまよっている間、レッドからいくつか、ポケモンバトルのことを教えても
らった。しかし…そんな生半可な知識など、ほとんど通用していない。
「ダメだよ〜。こっちの方が絶対、ダメージ大きいもの。『りゅうのいかり』はどんな鍛
えられたポケモンにだって、同じだけのダメージ与えられるんだから」
そして究め付け。
「ハクリュー、『はかいこうせん』!!」
少しずつ体力を奪われていったピカチュウは、これにほぼ直撃をくらった。
「ピカ!!」
ばたんきゅ…。生きているのが不思議なくらいの感じで、ピカチュウはダウンした。
「あーあ。それが一番、強いポケモンだったんでしょ?」
「……」
余裕で笑うホアンに、イエローはきっとした目を向ける。
「…嫌なの。イエローのそんな目、大嫌い!」
カッとして何やら、ハクリューに指示を出そうとしたが…ホアン側のピカチュウがホアン
の肩に突然乗り、指示を妨げた。
「チュチュ!?  あっ…!」
その隙にイエローは、ピカチュウを回復する。イエローの手から出るやわらかい色の光に
ホアンは、心底悔しそうな顔を見せた。
「ずるい…」
「−?」
「イエローばっかり、ずるい!」
チュチュを足元にそっと置くと、ホアンはハクリューから飛び降りた。イエローの足場で
ある氷の上へ降り立ち、イエローと真っ直ぐ向かい合う。
「ホアン…」
イエローも真剣な目つきでホアンに対峙した。

「お前は一体、何者なんだ!?」
以前よりずっと口調がきついイエロー。ホアンは少し、右手を握り締めるように力を入れ
ていた。
「わからないの?  私はイエローのために、つくられたのに」
「何だって…!?」
「イエローが弱いから…何にも守れないから、私が出来たのに。私はね…今のイエローな
んかより、ずっと強いんだから!」
ホアンはつかつかとイエローのそばによると、ガッとイエローの腕を掴んで言った。
「私だって、本当の名前は…イエローなんだから…」
周囲を包みこむ、霧の中…ハクリューの上のピカチュウは、心配そうに2人の少女を見つ
めていた…。

「くっ…」
レッド対カンナはレッドが優勢だった。というのも炎、水、雷の3つのタイプの進化形を
持つイーブイがレッド側にいるからだ。そのイーブイは特殊な方法により、どのタイプに
も進化出来、また元のイーブイに戻れる。氷のカンナ相手に炎と雷がかなりの功を賞して
いた。苦戦中のカンナはポケットから何やら、コンパクトのようなものを取り出した。
「ん…?」
レッドが観察した限りでは、カンナは何者かと携帯機器で通信をしているようだ。
「わかった…今は彼女が優先。目的のものは、他にもあてがあるのね」
《フェッフェッフェ。ぬかりはないよ。どの血統だって、多少の融通はきくのさ…》
辛うじて聞き取れたのはこれぐらいだ。はっきり言って訳がわからない。
 カンナは少々悔しそうにレッドを見ると、乗っていたラプラスにある指示を出した。
「今はあなたに用はないわ。それじゃあね、レッド」
「−!!  まずいっ…!」
ラプラスが発した『あやしい光』によって、レッドのイーブイは混乱してしまった。致命
的な技では無いにせよ、混乱が解けるには少々時間がかかる。レッドは暴れるイーブイを
抑えるのに必死で、カンナの姿を見失った。
「仕方ない。ブイ、戻れ!!」
ギャラドスをイーブイに巻き付かせて動きを止めると、イーブイをモンスターボールに戻
す。しかしこれがカンナの時間稼ぎであったことは明らかだ。
「イエロー…!!」
レッドはギャラドスに命じると、霧の中を最速の『なみのり』で渡っていった。

「……」
ホアンは黙ってジュゴンで海上を動きつつ、海を見つめている。バラバラになった氷の足
場…最早そこに、イエローの姿は無かった。
「イエロー!  ピカ!」
霧をかきわけ、レッドが現れる。レッドはジュゴンとその上のホアンに気付くと、初めて
ホアンと対峙することとなった。
「お前は…」
「…一応初めまして。私はホアン。ホアン・デ・トキワグローブ」
レッドは目の前の少女の姿に、正直、唖然としていた。だって、彼女は…。
「ホアン…ホアン・デ・トキワグローブ…お前はイエローの何なんだよ?」
イエロー・デ・トキワグローブ。これがレッドが、イエローからきいたイエローのフルネ
ームだ。しかしレッドが驚いている理由は…これだけではなかった。
「何でお前…イエローにそっくりなんだよ?  イエロー…いや、アマリロに」
「なーんだ…やっぱり知ってるんだ。イエローがアマリロ・デル・ボスケベルデだって」
「イエローをどうしたんだ!?  イエローは何処にいるんだよ!」
「…。」
ホアンは黙って、割れた氷の足場をさした。
「−!!  まさか…」
「そう…もう、遅いの。イエローは今頃、海の底…」
一瞬レッドの中を、凄まじい怒気が走り抜けた。が…。
「私のこと、思い出してくれないから悪いんだよ…。イエロー…」
イエローを海に沈めたと思われるホアン自身が、悲痛な面持ちで割れた氷達を見つめてい
る。レッドは咄嗟に、どうしていいかわからなくなった。

                                       *

「あーあ…結局レッドさんは見失っちゃうし、もう一つの方は全然、手がかりすら見つか
らないし。ゴールドに関わると本当、ろくな事がないわ」
タマムシから海岸に出る方向に向かって、ゴールドとクリスは草原らしき所を南下してい
た。レッドを追っての事なのだが、イエローの乗っていたドードーの足跡がちょうど同じ
方向に向かっているので、とりあえずそれを辿っていた。
「何なんだよそりゃ。大体、もう一つって…あの可憐なお嬢さん誘拐犯捕獲の他に、まだ
何かあんのか?」
ゴールドも不機嫌そうな面持ちで応じる。というのも…。
「あーあー。ったく。何が悲しゅうてシルバーの野郎なんかに頼んなきゃいけなかったん
だか…」
ドードーに乗っていたのがアマリロ王女であると、偶然町で久々に会ったシルバーという
少年から教えられていたゴールドだった。それで2人はドードーの足跡も一応辿っている
のだ。
「だから最初から、目的は2つなの。レッドさんはあくまで目的の一つだって何処かで言
わなかった?  それにしても…」
クリスはちらりとゴールドを見ると、その不機嫌な表情に不可解な顔をする。どうも未だ
に、ゴールドとシルバーの関係はよくわからない…ライバルや友人という程近い関係でも
なく、かと言って互いの存在はどうしても目についてしまうらしい。

「ところでよォ。お前のもう一つの目的って何なんだよ?」
「…これも結局、オーキド国王からの頼まれ事だけど。マサキさんって人、捜してるの」
−?  ゴールドには初めて耳にする名前だった。
「知らないの?  空間歪曲性ポケモン電子郵送ゲートを開発した凄い人なのに」
何やら難しい事を言っても、つまりはポケモン転送システムの事である。そして無理やり
に考えたそれらしき文字群には、全くといって根拠はないのでツッコまないよう。
「ちょっと前から連絡がとれないらしいのよ。ポケモン転送を応用した、新たな可能性の
研究途中だったみたいだけど…」
こちらはレッドと違い、発信機を使えない。旅先でとにかく情報を集めるしかなかった。
「へ〜。誘拐犯を捕獲しつつ、有名人捜索か。忙しいこって」
「…ねぇ、ゴールド。ちょっと前から気になってたんだけど。レッドさんは多分、誘拐犯
とかそういうのじゃないと思うわ」
「ぁにー?」
ゴールドがどういった経緯でトキワの王女を捜す事になったのかはよくわからないが。誘
拐された王女が自由にドードーを乗り回す事など、普通出来る訳もなく…。
「仮にアマリロ王女が誘拐されてたとしても、レッドさんみたいな人が関わってる訳がな
いと思うの。だってレッドさん、ああ見えてもマサラの次期国王だもの」
「マサラの…次期国王ー!?」
そ、そう言えばそんな事、聞いた気がする。しかしその後のドタバタで全くと言っていい
程、忘れてしまっていたゴールドだった。
 マサラとトキワは隣国で、国同士の関係もわりと良好である。そんな時に国王関係者ぐ
るみの隣国王女誘拐事件など、早々発生するものでもないだろう。

「お前なぁ。そーいうことはな、知ってんならさっさと言えよ!」
「人のせいにしないでよね!  ゴールドが早とちりしたのが悪いんでしょ」
大体、最低一度は口にしたはずの事実なので、クリスが責められる謂れはない。
「くそォ、ガチガチめ。お前に巻き込まれたせいでろくな事ないぞ」
「それはこっちの台詞よ!!  大体どうして私の行く先いっつもついてくるのよ!?」
「オレはアマリロ王女を追ってるんだよ!  お前はレッドさん捕獲してりゃいーだろ!」
「レッドさんが王女と同じ方向に来てるんだから、仕方な…−!」
−とここで、2人はハタと気が付いた。
「何か…アマリロ王女とレッドさんの行く先って、いちいち重なってない?  トキワから
タマムシへといい、この足跡の向かう先といい…」
レッドの位置はタマムシからかなり南の海上で、ドードーの足跡も海岸に向かっている。
「もしかしたら2人、一緒に行動してんのか…−!」
誘拐じゃないとすれば…と考え込んでいたゴールドのポケギアから、突然通信着信音が響
いた。
「あー?  誰だよ、こんな時に…」
うっとうし気に通信回路を開いてから、数分後。
「……ぁんだってー!!?」
クリスですら驚いたその通信内容は、今後のレッドとイエローにも深く関わってくる事態
の始まりとなる…。

                                       *

「全く…。こうも都合良く、事が運ぶとはね」
嘲るカンナの前、足元をギャラドスの半身ごと氷に包まれたレッドがいた。イエローをす
ぐに捜したかったというのに、ホアンに気をとられていた直後にカンナから不意打ちをく
らったのだ。
「イエローの方は、海に沈んでしまったようね…−まぁいいわ。よくやったわ、ホアン」
「−!  お前らの狙いは、イエローの命なのか!?」
「いいえ。我らの狙いの一つは、彼女の…彼女に流れる、トキワの血」
「…」
黙ってうつむくホアンの横で、カンナは得意そうに動けないレッドを見る。
「トキワの血…!?」
「イエロー…いえ、アマリロの持つ力のことは知っているのでしょう?」
それが何だというのだろう…大体、血とか何とかいう問題ならばイエロー本人が生きてい
なければ、話にならないのではないか。もう少しカンナから情報を引き出したかったが、
今は時間に余裕が無かった。
「ギャラ!!  動け!!」
ギャラドスが自身を包む氷を破る。最初から動こうと思えば出来たのだ。
「1人ならともかく…我ら2人を相手にするというの?  ホアン」
「わかった」
黙っていたホアンが身動きする。カンナの攻撃に耐えたレッドだが、霧にまぎれてやって
きた何かに再び捕まった。
「これは…トキワの森の時の…!!」
黒っぽい霧がレッドを包み、呼吸もままならなくなる。以前に全く同じ攻撃を、レッドは
トキワの森で受けていた。あの時はイエローのドードーが霧を吹き飛ばしてくれたが、今
日はそうはいかない。
「ゴース、か…!」
おそらくホアンが出してきたゴースが霧となって、ポケモンではなくトレーナーを直接狙
う攻撃を今自分に仕掛けているのだろう。ではこの間自分達を襲ったのも、ホアンなのだ
ろうか?

  何にせよピンチだった。何がと言えば、この2人を同時に相手をしようと思えば相当時
間がかかるということだ。海の下のイエローを助けることが、不可能に近くなる。せめて
ギャラドスを解放し、イエローを捜させたかったのだが…その指示が出来ない。今この瞬
間既にイエローは、水の中で息絶えているかもしれない。焦る思いがレッドの思考を邪魔
し、なかなか打開策が生じなかった。
「レッドさん…ごめんなさい…」
「…!?」
それは、カンナには聞こえないようにホアンが小さく呟いていた一言だった。
「ホアン…お前は一体っ…」
苦し気にホアンの方を見ようとすると。…深い霧の中、ある明瞭な声がはっきりと場に響
いた。

「レッドさん!!  プテラを使って下さい!!」
「−!?」
イエローの声だ。驚愕の顔付きのホアンとカンナの前に現れたのは。
「イエロー!?  何なの…何なのよ、そんな『なみのり』聞いた事ないよ!」
  何とイエローは、ピカチュウと共に特殊なサーフボードで海を渡っていた。
「プテラ…岩と飛行が、この際何の役に?」
カンナがいぶかるのも無理はない。氷に大して岩も飛行も、むしろ弱点となるタイプだ。
「あ、ゴース!!」
レッドが自力でゴースから抜け出す。彼にだけはイエローが何を言いたいのかよくわかっ
ていた。何故ならプテラと言えば、イエローが見たその使い道は一つしかないからだ。
「今だ、イエロー、ピカ!!」
プテラを背に大空に飛び上がったレッドを見届けると、イエローはコクンとうなずいた。
「ピカ!  −『かみなり』!!」
電気ポケモンの大技である、『かみなり』。大技である分、命中率がわりと低い。その閃
光はホアンとカンナのどちらにも、命中することはなかった。…が。
「ああっ!!?」
「何っ…!!!」
海を伝った『かみなり』がラプラスとジュゴンの両方を襲う。水タイプでもあるポケモン
達にとって、それは致命的だった。その2匹が海の中にいたからこそのヒットだ。だから
イエローはレッドにギャラドスを引っ込めさせ、プテラで空を飛ばせたのだ。イエローの
策とレッドの勘の良さがあって、初めて成立する攻撃だった。
「おのれ…もう少しだったというのに…!」
「何よ、イエローのバカ!!」
海を渡るポケモンが傷付いては、カンナ達はひくしかなかった。霧と共に消えていくカン
ナ達を見届けると…。

  ふぅ、とイエローは、乗っていたサーフボードの上でペタンと座りこんだ。
「イエロー、大丈夫か!?」
「レッドさんこそ大丈夫なんですか?  ホアン達にひどい事されませんでしたか!?」
レッドが海上に降り立って、再びギャラドスを出す。あらためてイエローをよく見てみる
と、イエローの横でピカチュウが得意そうにサーフボードの上に乗っていた。
「なぁ、イエロー…そのボードって…」
「あ、これ。ピカが『みがわり』の技と同じ要領で作ってくれたんです。ピカのHPって
水をはじくみたいで…一応ボクなりの『なみのり』、何とかやってみたんですけど」
レッドはポカンとしつつ、その不思議なサーフボードを凝視する。こんな『なみのり』を
一体、今までに誰が思いついただろう。イエロー自身は何でもない事だと思っているよう
だが、レッドにとってはイエローの底力を嫌でも感じさせられる技だった。本当、こいつ
凄いよ…。
「何にせよ良かった。イエローが無事で…」
気が抜けたようにレッドは、ギャラドスの上で息をついた。
「ったく。あんまり心配させんなよ!」
「ご、ごめんなさい」
「イエローが謝ることじゃないだろ。悪いのはさっきのあいつらなんだから…−そうだ。
あいつら本当、何者なんだ?  イエロー」
レッドはイエローとピカチュウをギャラドスの上に引き上げると。何の前触れもなく、イ
エローの麦わら帽子を取ってしまった。

「レッドさん…?」
パサリと解放されたポニーテールが肩にかかる。ひたすら唖然とするイエローに、レッド
はふむと腕を組んでみせた。
「やっぱりそっくりだな、ホアンと。…ホアンは一体、お前の何なんだよ?」
「あの…レッドさん…」
「アマリロ王女に双子がいたなんて話、聞いてないし…どうなんだよ。なぁ。」
イエローは2の句がつげなかった。レッドはどうやら、自分の正体に気付いていたようだ
…いつから?  最初に出会った時か、旅の途中か。おそらく後者だろうとは思うが。
「ホアンのことは…ボクにも全然、わからないんです」
やっとそれだけ言えたイエローだった。
「そっか。イエローにもわかんねーのか…」
うぅーんと大幅に首を傾げるレッド。どうにもこうにも、敵の目的や何やらが一本の糸に
つながらない。四天王まで出てきたとあっては、只事ではないのだから…用心しなければ
いけなさそうだった。
「さてと。とりあえずさっさと、海、渡っちまうか」
「−あ、はい!」
「イエロー、今日はよく頑張ったな。これだけ言っておくけど…今のお前は、絶対。足手
まといなんかじゃないからな」
「…!」
その言葉と同時に麦わら帽子を返してもらったが…何だかもう、イエローにはどうでもよ
かった。レッドがいつから、どうして自分に気付いていたのかなんて。
「ありがとう…ございます」
「−?」
「…いえ…」
2年前のお礼と共に、今のイエローの素直な気持ちだった。レッドが今のままの自分を受
け入れてくれている…それだけで良かった。もしもレッドが、2年前の事を覚えていない
としても。
  今気になるのは、ホアンと…そしてレッドが以前言っていた、「捜している人がいる」
という言葉の2つなイエローだった。

急遽UPしたのには理由があります。
何故って…今を逃すと次の話がこの先、いつUP出来るか本気でわからないので(爆)
詳しくはまた後日。とりあえず区切りだけ良くしておこうと思いました。
この次から一応話は果境に入るらしいです。でもUPは絶対にかなり先です(苦笑)
このまま「そしてイエローとレッドは楽しく旅をしましたとさ、めでたしめでたし」とばかりに、
読んで下さってる人から見捨てられても仕方が無さそうなくらいに(大爆)
大まかに言えば来年になると思われます。来年の前半のいつか。
でも断言します。絶対続きは、書きます!! 突然死とかしない限り(笑)。
またこの話がお目見え出来る時まで、お付き合い下さると大大大感謝です〜m(_ _;)m