「成程…つまりはアマリロ王女確保にも、失敗したわけか」
「もう1つの方は、一応こちらから手を回したがねぇ。−不服かい?  ワタル」
暗い暗い、何処かの森の奥。黒い霧を従えた老婆と、白い竜の上に厳然と立っている青年
が重い口調で会話を交わしていた。
「別に。アマリロがいなかったとて、お前との契約に何の支障もない。何故なら幸運な事
に、真の目的を確保すれば全て済むからさ。手筈は整ってるんだろうな?  キクコ」
キクコと呼ばれた老婆はフェッフェッフェと笑うと、森の更に奥を指差した。そこには一
軒の、にわか造りらしいボロ小屋が建っている。
「研究は既に、最終段階に入っておるそうな。後は実地に…人間でテストをすれば済む。
−この際、ホアンを使うかい?」
「…。」
ワタルは黙って元々厳しい目付きを更にきつくすると、一言。
「その必要はない」
二言を許さないその口調に、キクコは肩をすくめてみせたのだった。
  彼らの間で結ばれた“契約”は、やがて来る始動の時を静かに待っている。

                                       *

 ―…誰かが泣いている。泣きながら何かを訴えている。あまり深刻そうな顔をして泣い
ているものだから、彼はその誰かから目が放せなくなってしまった。
―私のせいで。私が弱いから―
そんなような事を、誰かは繰り返す。慰めようにも深刻過ぎる状況が、どうやらそこには
あったらしい…何も知らない自分は、何が出来るだろう。
 いや。何も知らないが故に、何処までも無責任になってやればいい。
―心配しないでいい。もう、そんな事は起こらない―
そうでも言わなければ、目の前の少女をどうして救えるだろう。…哀しい命の運命に立ち
会ってしまった彼女を、どうして解き放てるというのだろう。それが例え、どれだけ先の
保証の無いその場しのぎであっても。
―もう、そんな事は起こらない…起こさせないから…―
だって…そう思うこの気持ちだけは本物だから。

 願わくば。人の運命というものを、ほんの少しでもこの手で。自分の想い一つ、命一つ
で守ろうとする事が許され得たのならば…。

                                       *

「…あぁー。海の旅も良かったですね、レッドさん」
「たはは…アレを良かったと言えるイエロー、俺は尊敬するよ…」
ここはグレン公国。海岸で一休みしていたイエローとレッドは、さんさんと降り注ぐ陽の
光の元、一方は何処か満足気、もう一方は心持ち疲れた顔つきで砂浜に横になっている。
「だってだって、途中で寄った無人島とか双子の島とか、色々な事があって」
「正確にはね、遭難してたって言うの。俺達ついこの間まで」
「そうなんですか?」
注意。イエローは別に、ギャグのつもりでこういう反応をしたわけではない。
 それはともかくこの2人、タマムシから真っ直ぐグレン公国の島に行くはずだったのが
途中嵐に巻き込まれてしまい、もうかなりの日数を寄り道して過ごしていた。
「ま…それはそれで、確かにいい事もあったけど」
ポソリと呟くレッドに、「?」とイエローが笑顔で反応し、顔をのぞきこんでくる。麦わ
ら帽子を被った少年姿とはいえ、その正体を知っているレッドにとっては可愛い仕草だ…
と言うより、思わず赤面しそうになる反則的な行為である。
「何でもないよ! …俺もイエローと色んなとこ行けて、まぁ良かったかなって…」
本当ですか? 嬉しそうに言うイエロー。イエローにとっては旅に出てからというもの、
全てが新鮮だった。とりわけレッドと話したり何かを一緒にしたりすると、わけもなく幸
せになれる。それが何なのか、漠然とは掴みつつ…今のままの状況を、一応楽しんでいた。

「ボク、外の世界で待っている事は何なんだろうなっていつも考えてました…実際は勿論、
悲しい事とか辛い事も込みではあると思いますけど。それでも、何も無かったお城での生
活に比べると…何だかとても、いいなって思うんです」
まだ大して辛い目にあってないから、そう言えるのかもしれないけど。そう照れくさそう
に付け加えるイエローに、レッドは何故か曖昧な苦笑で応えていた。

 無人島などへの寄り道の数日間で、イエローはついに、2年前の事を確かめるのに成功
していた。やはりあの時、自分を助けてくれたのはレッドだった。
〔それにしてもレッドさん、いつからわかってたんですか? ボクがアマリロだって〕
〔そりゃーな。あの時、イエロー確か疲れてた俺のポケモン回復してくれたから。あの力
は中々、忘れられるもんじゃないよ〕
つまり、共に旅をしてイエローの力に気付く内、イエローの正体にも気付いていったらし
い。最初は流石に、男の格好をしている事に戸惑ったようだが…。
〔おんなじかと思ったんだ。俺がさ、マサラの次期国王だって知られたくないのと一緒で、
イエローもアマリロである事を隠したいのかなって。だからそっとしておいたんだけど…〕
黙ってて悪かったか? と自信無さ気に彼の目が語っている。イエローは慌てて手を振り
回した。
〔本当にスミマセンでした、悪いのはボクなんですってば!〕
〔何で? ブルーに言われたから仕方なかったんだろ?〕
確かに、それはそうなのだが…自分自身、今までと違った自分になる事を楽しんでなかっ
たかと問われれば、はっきりノーと答える自信は無い。
〔ま、ブルーの判断は正しかったんじゃね? その格好なら絶対誰もお前の事、アマリロ
だなんて思わないから〕
という訳で、この隠密の旅を続ける限りは、イエローは少年のまま今まで通りに行動する
事になる。
 そして現在に至る2人だった。

「―じゃ、そろそろ行くか! 仕事だ仕事。カツラさんの手がかりを探さないとな」
「はい!」
既に忘れ去られていたかもしれないが、2人は元々そのためにグレンまで来たのだ。
「…って、アレ?」
意気揚々と歩き出したレッドの後に続いたのだが、レッドが急に立ち止まった。
「レッドさん?」
「……」
レッドの表情に、わずかばかりの緊張が走っている。気になったイエローは、レッドの前
方をよく見てみた。すると、そこには…。
「久しぶりだな、レッド」
前方に立っていると確認出来た少年は、レッドの知り合いらしい。
「お前…何でこんなとこに? まさか、お前まで博士に言われて、俺の事連れ戻しに来た
っていうのか?」
「確かにな…それも悪くない。何しろ、次期国王のくせに国をほったらかして、日々放浪
にあけくれるどうしようもない奴の事だ」
ふふんと言ってのける少年に、レッドがいきりたつ。
「じゃあお前が国を継げばいいだろ! 俺は最初から、その方が絶対良かったんだからな。
大体何で博士は、実の孫に王位継承権を与えなかったんだよ…グリーン」
あのな、と、グリーンと呼ばれた少年は肩をすくめてみせた。
「伝統だよ、伝統。マサラでは代々、一番強い奴が王になるって決まってるんだ。お前に
負けた俺は、つまり王の資格はない…何度も言わせるな、こんな事」
何だか実際、かなり問題有りな王の選び方だ。しかしこの国はこれで続いている。国柄と
言うか国民性というか、強い人間にそう滅茶苦茶な性格が出ないのが、マサラという国な
のだった。

 とにかく、とグリーンは話を仕切り直した。
「別に、おじいちゃんに頼まれたわけじゃない。それでも一旦、お前にはマサラに帰って
もらう…何が何でもな」
そう言うと、手持ちのモンスターボールに手をのばす。レッドはレッドで
「つまりは力ずくって事か…望むところだ!」
応戦する気満々だ。イエローはハラハラしながら、成り行きを見守る事となった。

                                       *

「「ねーー。ワタルくーん。ワータールーくーんーってばーーー」」
「…」
先程から自分の周囲を飛びまわり、しつこくせがむ2つの物体にワタルと呼ばれた青年は
しかめっ面だ。
「ハクリュー貸してってばーー。いーでしょー? ねー、リン〜」
「いっつもハクリューも喜んでるじゃんー。貸してってば、貸してよーーー」
「…いい加減、うるさいぞ。アルファラム、シータリン」
かたや水色のウサギもどき、かたや桃色のネコもどき。2つのぬいぐるみのような物体は
えーー!! と一斉に、抗議の目を向けた。
「何よー、ワタル君てばいつからそんなケチ男になったのー!? ラムちゃんショック!」
「ハクリューの1匹や2匹、どって事ないでしょー!? 貸してよーー!」
「…」
今度は少々、めげたような顔でため息をついた。いつからなのかはもう忘れてしまったが、
この2匹はこうやってたまに、ハクリューを貸せとわめいてくるのだ。別に悪さをするわ
けではなく、ハクリューに乗って遊びに出かけるようだが…ハクリューの方も何故か、こ
の2匹にはまるで文句も言わず、付き合ってやるという変な面があった。
「生憎、この間から既に1匹は出払っている。残った1匹だけ借りても、お前達には意味
は無いんだろう?」
「げげん。今は1匹しかいないの?」
「そっかー…それは確かに、意味無しだね。私とリンちゃんで1匹ずつ借りてこそ、楽し
いんだし」
よくわからない思考回路だが、とにかくそういう事らしい。あれだけうるさかったわりに、
あっさり納得した2匹だった。

「それにしても、もう1匹はどーしたの?」
水色ウサギが不思議そうに尋ねる。その横で桃色ネコがあ、そうか! と大声をあげた。
「あの黄色のコに貸してあげてるんだったよね。 あのコどう? 元気してるの?」
「…何の事だか」
「しらばっくれちゃってぇ〜。ダメだよー、拾ったものは、ちゃんと責任持って飼わない
とネー」
「何だかその言い方ってちょっとまずくない? リン…」
だってホントの事じゃない。しれっとシータリンは答えた。
「…ったく」
付き合ってられんとばかりに、ワタルは居場所を変える事にした。
「あー、行っちゃうのー?」
「ほっときなよ、リンちゃん。何だかワタル君最近忙しいみたいだよ。と言っても私には
全っ然、興味無いけど」
「うーん…残念。あたしも、ハクリューさえ貸してもらえたら別にいいんだけど〜」
この2匹は本当に、ただ単にハクリューが目当てなだけでワタルにつきまとう。そんなに
頻繁な事ではないが、いつの間にか一応の顔見知りという関係だった。
「忙しい…ねぇ…」
何故か心持ち、苦笑しているような感じで呟くシータリンだった。
「あの変なおばあちゃんに出会ってから、ワタル君…変わっちゃったね」
その思いはアルファラムも同様だったようで、うんうんとうなずく。2匹は同時に顔を見
合わせると、同時に肩をすくめて苦笑し合ったのだった。

                                       *

 えぇーっと…一体どうして、こんな事になってるのやら。イエローはしばらく、現在自
分のおかれた状況に対しての考えを頭に巡らせていた。
「あのなー…お前、ほんとにグリーンか!?」
「自分が不利だからって俺を偽者にするなよ」
「だからって、だからって…何でグリーンが、イエロー人質にとったりするんだよ!?」
そう。グリーンは普通にポケモンバトルをするのかと思いきや、レッドの後ろにまわりこ
むと、そこにいたイエローにストライクの刃をつきつけていた。
「選択は2つに1つ。俺と一緒にマサラに帰るか、こいつの命は無いか」
…。一応、困ったなぁ。イエローはとりあえず、何も喋らなかった。
「さぁ、どうする、レッド」
「んな事言われたって…くそ、卑怯だぞ、グリーン」
「卑怯もくそもない。お前がいつまでたっても甘っちょろい事を言ってるから、こういう
事になるんだ」
「何…だって?」
グリーンはフン、と腕を組んだ。
「ま、元々そうなるとは思っていた。だからこそオトリたり得たわけだしな」
「さっきから何言ってるんだよ、グリーン」
「マサラに帰ったら教えてやる。それで…どうするんだ、レッ…―!!」
ド、という声は、何故か続かなかった。何やらグリーンが唖然としているのを見たレッ
ドは、グリーンの視線の方へと振り返ると…。

「イ…イエロー…?」
「あ、レッドさん。このストライク、とってもいいコですよー♪」
イエローが何やら、ストライクをなでなでしたりと余裕満々で動き回っている。これは既
に人質とは呼べない。
「本当、ご主人様思いなんだね、お前。小さい頃から一緒に育ったのかな…」
うらやましいな、とまで言いかけて、イエローは少年2人の唖然とした視線に気付いた。
「あ…あの。ボクが、何か?」
そこでガクー。と2人共肩を下ろす。
「あのなぁ。お前は人質なんだぞ? 何処の世界にたった今、自分に刃物をつきつけてる
脅迫者と仲良くする人質がいる」
呆れ声でグリーンが言う。イエローはそうですか? と首を傾げた。
「だってこのコ、ボクを殺そうだなんてこれっぽっちも思ってないですから。だったら何
も怖いことないですよ?」
「…。そうか…そう言えば、それこそがトキワの血か…」
「はぁ?」
レッドがジロリと、グリーンをにらむ。グリーンは大げさにため息をつき、組んだ腕を放
して腰に当てた。

「どういう事だよ、グリーン。お前…一体何のつもりなんだ? 最初からイエローには、
危害加えるつもりなんてなかったんだろ」
「当たり前だ。見くびるな」
呆れたように、グリーンはレッドを見た。
「俺が言いたかったのは、一つだけだ。今の不測な事態はともかく…護衛を気どって隙だ
らけのバカは、いつでもこんな風にしてやられるんだってな」
「どーいう意味だよ!」
2人の間の空気が緊迫する。
「お前な。今もし、敵が俺じゃなかったらどうした? あいつを人質にとられて、お前の
身と引き換えに助けてやるって言われたら…お前はどうするつもりだったんだ?」
うっとレッドは言葉につまる。グリーンの言いたい事が、少しずつ掴めてきたのだ。
「わかるか。あいつを守ろうとする事で、お前には必ず隙が出来る。お前単体がどれだけ
強かろうと、常に周囲に弱点をさらしてるようなものなんだ」
その台詞は、イエローの胸にも突き刺さるようだった。つまりは…自分と言うお荷物を抱
える事で、レッドは弱くなると。彼はそう言っているのだから。
「……」
うつむいてしまったイエローをちらりと見ると…。

 レッドはフ、と笑った。
「…何だ。まだまだ甘いな、グリーンも」
「―?」
「そうだな、さっきの件で言えば。確かに俺には、自分の身を差し出す以外、どうにも出
来なかったかもしれない…。それでも、どうにかなった。何でかって? イエローがいる
からさ」
…と、グリーンは沈黙する。
「俺が例え身動きとれないような状況になったとしても、それだけじゃ終わらない。お前
はイエローの事を甘く見てるよ、グリーン。不測の事態? 違うね。あれこそ、イエロー
の力なんだ。イエローなら…何が何でも、何とかする道を探し出す。きっと、な」
たとえレッド個体では、乗り切れない事態でも。イエローという反乱分子がれっきとして
存在する、そう言いたいのだ。
「つまり…最初から、俺のやり方は成功しないと。そう言いたいのか。お前かイエローの
どちらかが、何とかするからと」
「まぁな」
海の上での出来事、寄り道の無人島。今までの旅。レッドにはイエローに対して、ある一
つの確固たる評価があった。
「何かを守るためなら、イエローはきっと…普段からじゃ考えられない位、強くなれる」
イエローはただ、戦いをするには優し過ぎるだけ。その能力が無いのではない。寧ろ…一
般のトレーナーより、遥かに強くなれるのではないだろうか。それがレッドの実感だった。
イエロー自身は、半信半疑でレッドの声を聞いていた。どうしてレッドさんは、そんな風
に言えるのだろう…。人の事なのに…。

 グリーンはしばらく黙っていたが。不意に、成る程な…と笑った。
「流石…お前にそこまで言わせるとは、トキワの王女というのも伊達ではないわけか」
「―! …やっぱり、知ってるのか」
「当たり前だ。そもそも俺は、お前じゃなくてそっちのお姫様を迎えに来たんだからな」
はぁ? レッドは目を丸くしてグリーンを見た。
「迎えに来たって…ボクを、ですか?」
「ああ。アマリロ・デル・ボスケベルデ…マサラ公国まで、ご同行願いたい」
「―って、何でだよ、急に! グリーン!」
グリーンがイエローの前でひざまずき、レッドの事など本気で放っているので、慌てて話
に入ろうとするレッド。
「やはり、何も知らないか…トキワ王国が今、大変な事になっている」
イエローとレッドは無言で顔を見合わせた。グリーンの様子からして、とても嘘をついて
いるようには見えない。

 そしてようやく、全ての陰謀はその幕を開ける時が来る。

ってわけで、PSL本当お久しぶりです! やっと書けましたー続き〜〜〜(><)
今回からようやく、書いてる方にとっては楽しいクライマックス序章です。
そのせいかやたら、一話一話の量が多くなる予感。既に今回の話、今までの中で一番量多くなってます。
最初の方にちらほらと出ている「無人島での数日」とかの事、内容は全く考えておりません。
PSLが終わった後、余裕があれば何か考えて番外編みたいなものを書きたいな〜と思ってます(^^)。
…余裕があれば(爆)
4月からちょっと、新しい生活に入るもんで…この先どうなるか検討がつかんのですわ(苦笑)
早く続きが書けると嬉しいんですが、今の時点では何とも言えません。
読んで下さっている方、毎度こんな調子で本当にスミマセンーー(泣)
それでも読んで下さって有難うです!! 出来る限り、頑張りますねーー☆
ちなみに挿し絵グリーンは、下絵から大失敗(爆) 修正苦労しました…それでもヘボいけどー(苦笑)

この頃はずっと兵庫にいたのですが、4月からは岡山生活が始まったのです。
そして今(平成16年)もまた4月から、同じ岡山とはいえ、寮を出ての新たな生活が始まります。
何だか元々行動的でない自分にしては、動きが多いここ数年です〜。
だからこそたったこれだけのお話書くのに、やたら時間がかかってるという事で(^^;)
…単になかなか、まとまった時間とやる気が出ないってだけの話ですが…。