だだだだだ…外の廊下を物凄い勢いで駆けてきて、たった今バタンと玉座の間の扉を開
けたのが誰であるのか。エスパーであるナツメには、姿を見る前からわかっていた。
「マサラ王国の…次期国王か」
「クリス、大丈夫か!? って…もう、終わってたのか」
中に入ってきたレッドは、持っていたポケモンや武器などは全て没収されていて、トキワ
の者に拘束されているナツメを見た。玉座の間に来たのがナツメだという予測は当たって
いたらしく、キョウを倒してからレッドは真っ直ぐ、玉座の間に向かってきていたのだ。
「…やっと会えたな、ナツメ。随分長いこと捜させられたよ」
「―…?」
いつものような毅然とした気力も失っているらしいナツメは、心なしか虚ろな目線でレッ
ドを見た。
「私を…捜していただと?」
「ああ。お前にはきかなきゃいけない事があったからな…2年前の、あの時の事を」
―2年前。その言葉を聞いた途端、ナツメの表情に凄まじい殺気が宿った。
「2年前…!! あの時、確かに私は…確かに私は、アマリロ王女をこの手で殺していたは
ずだったというのに…!! 何故あの少女は生きている。何故生きているというのだ…!!」
ナツメの周囲から熱波が発生し、ナツメを拘束していた者達が慌ててそばを離れる。ポケ
モンが無くともナツメはエスパーであり、その怒りによって増幅されたオーラが熱となっ
て放出されているようだ。一般人がそばにいるのは、大変危険な状態なのである。
「うわっ、あちっ…! しまった…!!」
既に誰も、ナツメに近寄れない状態となってしまった。つまり誰もナツメを拘束しておら
ず、そうなればエスパーであるナツメなら、自分一人ならいつでもテレポートによって逃
げる事が出来る。それに気付いたレッドは、ニョロボンの水で熱波を抑えにかかった。

 少しずつ熱が吸収され、後少しでナツメに近付けそうなところまで来た時のことだった。
「………私は再び、失敗した」
熱波が突然場から消え去り…ナツメの周囲が、今度は静寂で包まれた。
「私はもう、サカキ様の所へ…帰る資格がない…」
そうして悲痛な表情で俯いた後。ナツメの体はテレポートによって、す…と、消えて行っ
た。
「あ。…逃げられ、た?」
口に出すまでもなく、しっかり捕り逃した状態であるのはわかっていたが。しかしレッド
は、一度困ったように笑っただけだった。
「ま…いっか。ききたかった事の大半は、もうわかったような気がするし」
それにあの様子では、最早当分、彼女はアマリロと敵対する気にはならないだろう。
「さてと。それじゃあ俺は、イエローの所に戻ってやらなきゃな」
今現在イエローに何が起こっているのか、その時のレッドにはわかるはずもなかった。
 …下手をすればそれが、取り返しのつかない事態に発展する可能性を強く秘めた状況で
あったことにも。

 そしてレッドは、イエローが待っているはずのアマリロの居室へと急いだのだった。 

                                       *

「…どうして?」
その声は一体、どちらの少女が放ったものだったのだろう。
「どうして、私の邪魔をするの…?」
「どうしてボクを守ってくれるの?」
イエローとホアン。ほとんど同じ声を持つ2人が同時に喋ると、イエローのおじですら内
容を聞き分けるのは容易な事ではなかった。しかしとりあえず、イエローは生きているら
しい。それもそのはず…ホアンのそばにいたはずのピカチュウに始まり、昏倒していたは
ずのイエローのポケモン全てが。イエローの盾になろうと、ホアンのイワーク・ゴースと
イエローの間に立ちはだかっていたのだから。
「…。チュチュ…戻ってきて…」
ホアンの悲痛な声を聴いたピカチュウは、ちらっとイエローを見た後、ホアンの元に戻っ
ていった。…誰より孤独な主の元へ。
「まずい、あのピカチュウがいなければ、あいつはもう容赦はしないんじゃ…」
イエロー側のポケモンが、イエローを守ろうとしていくら犠牲になろうと、ホアンには関
係ない事のはずだ。しかし、ホアンは…先程のように、イエローを殺すために右手を上げ
て指示を出そうとはしなかった。

「―全く。本当に甘いのはどちらだという話だな」
「―!!」
ホアンとイエローが黙って互いを見る時間がしばらく続いた後。場に現れたのは、オトリ
をしていたはずの彼だった。
「グリーンさん?」
「マサラの、グリーン…」
ホアンの表情に緊張が走る。
「話はほとんど聞かせてもらった、ホアン・デ・トキワグローブ。お前は本当に…トキワ
の森が新たに創ったガーディアンなのか?」
「…ずっと、隠れてたの…?」
イエローと自分が戦っている間、グリーンは既にここにいたというのか。だとしたら、最
初から自分は…負けていたということなのか。
「こちらの質問が先だ。場合によっては、強制的に答えさせてやってもいいんだぞ」
びくっとホアンの体が震える。…すると。
「グリーンさん! 酷い事言わないで下さい!」
何故かイエローがグリーンにくってかかった。はい!? とグリーンも、思わず冷徹な表情
を崩す。
「お前なぁ。お前は今、こいつに本気で殺されかけたんだぞ」
「だからってそんな言い方をするようじゃ、前国王派の人達と同じじゃないですか」
「あのな…お前ら本当、どっちもどっちだな…」
イエローの表情があまりにも天然な、最初に会った時のままのイエローなので。グリーン
は否応無く毒気をそがれてしまった。
「ホアンにはもう、戦う気はありません。そんな相手に実力行使に出るのは、弱い者苛め
と同じことじゃないですか」
「…どうしてそんな事がわかる」
「わかりますよ。だって自分の事だから」
ここでまた、ホアンの体が一度震えた。俯いていたホアンは目を見開いて顔を上げた。
「最も…正確な事は、ボクにも全然わかりませんけど。ボクに今わかるのは…ボクは…」
「イエロー!」
何かを言いかけたイエローを妨げるように、ホアンが口を開いた。
「…ホアン?」
「一つ答えて、イエロー。…さっき、どうして…逃げようとしなかったの」
イエローは目をぱちくりさせてホアンを見た。ホアンは再び俯いて、体を震わせている。
「―それは俺も、聞きたかったことだ。イエロー、お前は…こいつに殺されてやる気だっ
たのか?」
自分を殺すつもりのポケモン達に囲まれても、身動き一つしなかったイエロー。その目は
虚ろで、全てを諦めているかのようにも見てとれた…あの目の意味は、一体何だったのだ
ろうか。

 そしてイエローは、困ったように首を傾げながら答えた。
「うーん…ボクは、別に…自分が死ぬなんて、全然思ってませんでしたから…」
は? とグリーンが呆れた顔をする。

「だって。ホアンにはボクを、殺す理由がないから」

 その言葉が衝撃だったのは、ホアン自身だったようだ。
「イエロー…何、言い出すの? 何バカな事、言ってるの?」
まるでさっきの虚ろな目が、イエローからホアンに移ったかのように。
「私、イエローの事殺そうとしたのに……ほんとのほんとに、殺す気…だったのに…!」
後半の声は涙混じりで、ホアンはその場に崩れ込んだ。床に両手をついてうつむいている
彼女を、彼女のポケモン達が守るように囲んでいた。

 その後、ホアンは誰から何を言われても顔を上げようとしなかった。無理に近付こうと
すれば、彼女を囲むポケモン達が殺意の形相でこちらをにらむ。イエローの静止もあった
事で、グリーンはとりあえずホアンを放置して、アマリロの居室に帰ってきたレッド、ゴ
ールド、クリスと、新たにやってきたシルバーとカツラの方に向き直った。

「…この事変の予兆に気付いたきっかけは、グレン王のおかげだった」
とりあえず敵側の3幹部を倒した事により、現在敵は作戦を立て直すためか、一度退いて
いる。長く続くわけはないが、束の間の休戦によって事情を説明する時間が出来たという
わけだ。全員色々とお互いの事情を話し合った後、本題に入った状態が現在なのである。
「私は四天王にさらわれて、大事なポケモンを奪われてしまった。今もそれは奪われたま
まで、その後私自身はもう必要ないと判断され、危うく消されるところだったのだ」
カツラが苦い顔で話し始める。奪われたポケモンを取り返す事が出来ないまま、四天王の
所から必死の思いで逃げ出した彼は、四天王はまいたものの途中で力尽き、一歩も動けな
くなってしまった。四天王はそれを予期していたからこそ、ひいたのだ。それを偶然見つ
けて助けたのが、シルバーだった。もしもシルバーが通りがからなければ、カツラは死ん
でいただろう。
「しかし私が堂々とグレン公国に戻れば、口封じのために刺客が差し向けられることはわ
かりきっている。そこでシルバー君の提案に従って、密かにマサラ公国まで落ち延び、グ
リーン君とブルー君に助けを求めたのだ」
しょっちゅうトキワの森に行って国を留守にしていたレッドは、そんな事とは露知らず。
グリーンとブルーはカツラの生存を極秘にするため、「敵を欺くにはまず味方から」を忠
実に実行したのである。
「四天王の長はワタルという、ドラゴンポケモン使いの青年だ。彼はトキワ王国を狙い、
前国王派と手を結んだのだ」
ワタルの名前を聞いた時、一瞬だけホアンの肩がぴくりと動いた。

「四天王は裏世界の王者…決して表には出ない。だからこそ、前国王派というダミーが必
要だったわけだ。俺は何とか四天王の正体を見極めるため、奴らをおびきよせるための策
を練った」
そう言うとグリーンは、レッドとイエローの方を見た。
「そこで考え付いたのが、オトリを使う方法だ。悪いがお前達にはその役をしてもらった
…おかげで見事に、四天王の内の2人と、ついでにホアンを確認する事が出来た」
え。とレッドとイエローが、キョトンとした顔をする。
「俺達が…オトリ?」
「そう言えば確かに、旅に出てから何度も襲われたような気はしますけど…」
「悪く思うな。ちゃんとシルバーを陰の護衛につけたから、今まで何度か危機を救われて
いるだろう。トキワの森とタマムシ王国…定時報告から思い返すだけでも、少なくとも2
回はな。その他にも何かと、彼が助け船を出しているはずだ」
裏で動くのが得意なシルバーには、とことん陰にいてもらったわけだ。
「四天王の狙いはトキワ王国と、後もう二つ。“マサラの血”と“トキワの血”…グレン
王によれば、彼らは何故か、その2つの血統に異様に執着しているらしい」
それが何のための固執であるのかまでは、カツラにもわからなかったが。
「…だから俺とイエローなのか。マサラの血が俺で、トキワの血がイエロー…それが2人
揃って歩いていれば、ここぞとばかりに四天王からの刺客、もしくは四天王本人が現れる。
そういう作戦だったんだな」
グリーンは黙ってうなずいた。
「ブルーがイエローを俺と旅立たせたのも、お前とグルでの事か」
「…ああ。敵はおそらく、レッド単体でうろついていても手を出さないとふんだんだ。お
前を簡単に捕まえられるくらいなら、今まで刺客がいくらでも来てただろうからな」
「つまりボクという荷物をつける事で、レッドさんに隙が出来るのを、敵が見逃すはずが
ない。そう考えたんでしょう? グリーンさん」
何の感情も見せずに言うイエローに、グリーンは一瞬黙り込んだが。半瞬後にああ、とう
なずいた。レッドもイエローの方をはっとしたような顔で見る。何となく、今のイエロー
は何処か…話は真面目に聞いているのだが、心はここにあらず。そんな感じがしたのだ。

「そう言えば今敵は、ブルーさんを拉致したんですよね!?」
気付いたようにイエローが大声を出した。
「あっ…そうか。ブルーも“マサラの血”の持ち主だもんな」
「ブルーさんは大丈夫なんでしょうか? ボクがアマリロだって知ってるはずなのに、変
装したブルーさんの方を拉致したって事は…敵は、アマリロに変装したのが、マサラの血
を持つブルーさんだって知ってるって事じゃないですか!」
レッドは微妙な感覚にとらわれた。ブルーを心配している今のイエローと、ついさっきの
イエローは何だかアンバランスだ。ひっかかる程の事でもないような気もするが、何か…
大きな落とし穴があるような気がしてならない。勿論イエローだけでなく、ブルーも心配
だが。グリーンとシルバーが落ち着いている事には、何かわけがあるはずだ。そして彼女
の実力を自分もよく知っているから、簡単にやられるわけはない…寧ろ、拉致されたのも
策略の内ではないかと思える程だった。
「勿論助けに行くさ。だが今はまず、足元を固めなくてはいけない。本当はホアンを尋問
するのが、一番手っ取り早いんだが…」
「それはやめて下さい」
即答。のイエローだった。
「…まぁ、ここまで最前線に出されてるあいつが、事の真相を知らされてるとも考え難い
からな。それはいいだろう」
少々不本意ながらも、自分を納得させるようにグリーンが言った。相変わらずホアンは俯
いたままだ。

「にしても、じゃあオレやクリスの手伝いが必要だったわけって…」
「狙われているのはマサラとトキワ…そのどちらにも属さない者がいた方が、戦力が安定
するからですか?」
その通りだとグリーンがすぐにうなずいた。万一マサラとトキワの血を持つ者が全員敵の
手に落ちれば、どんな事になるかわからなかったのだ。この2つの血統で四天王は一体、
何をしようとしているのか…その一番肝心な件については、グリーンは首を横に振るだけ
だった。
「でもグリーン。いくら四天王をおびき出すためだからって、アマリロ王女本体をオトリ
にするなんて、やり過ぎじゃないのか? 寧ろアマリロに変装したブルーを俺と一緒にい
させる方が、絶対イエローは安全だっただろ」
レッドの表情が厳しいものとなっている。当然の如くレッドはこれまで、全力でイエロー
を守ってきたし、敵に負ける気は1つもなかった。それでもそれが、危険な賭けである事
には全く代わりがない。グリーンとブルーが自分を信じて、アマリロを任せたというなら
…せめてあらかじめ、事情を説明してくれていても良かったのではないか。そう思うのは
オトリにされたものとして、当然の事だろう。
「…その方法も考えたさ。でも敵側には、ホアンがいる」
ホアンの存在は、カツラから聞く事でわかっていた。カツラはホアンがアマリロ王女に瓜
二つである事は知らなかったが、拉致されていた時に会った敵のメンバーについては、全
てグリーン達に情報提供を惜しまなかったのだ。そしてイエローと知り合いだったブルー
が、ホアンの特徴を聞いてハッとしたというわけである。
「お前と一緒にいさせる事と、トキワの城に閉じ込めておく事と、本当に安全なのはどち
らの道か…これでも随分悩んだんだからな」
ホアンが何らかの形で、イエローに関係する者である以上。ブルーが変装したアマリロな
ど簡単に、見破られてしまうのではないか。現に敵は、少年に変装したイエローをトキワ
のアマリロだと見抜いていたはずだ。だからこそオトリにつられ、姿を現したのだ。
 本来、レッドに隙を作るという意味だけでなら、背負う荷物がアマリロであると知れ渡
る必要はない。ただ何らかの荷物を背負って、レッドに隙が出来た事を示せばいい。イエ
ローへの危険が回避出来るものならと回避しようと思って、彼女を少年に変装させたのだ。
それでもやはり、イエローがアマリロである事は、すぐに悟られてしまった。
「そもそもトキワの城が安全だと言い切れるか? 奴らが本気で動けば、王女が誘拐され
る事態なんて十分に有り得るだろう」
…グリーンの言う事は正しいだろう。しかしそれは、自分に事情を話さなかった理由には
なっていない。
「…お前に何も話さなかったのは、悪かったと思っている。四天王をおびき出すために、
ミスは許されない…万全を期したかったんだ」
結局、レッドの戦闘能力は十分に信頼していても、隠密に事を運ぶのに関しては信頼出来
なかったわけだ。

 少し気まずくなってしまった場に、淡々とした声が不意に響いた。
「グリーンさんは間違ってないと思いますよ」
先程のように、感情を見せない表情に戻ったイエローが穏やかに言った。

「だってもしも、旅に出た事でボクに何かがあったとしても。アマリロ王女本体には、影
響はないんですから」


げほげほげほ…。この回の原案を夜更けまで書いていたら、暖房無しで体が冷え切ってしまったせいか
次の日からインフルエンザで寝込んだという。いわくつきの回です(笑)
最初らへんは以前UPした所ですけどね。「…どうして?」からが、本当の更新部分です。
どうでもいいですが、ハクリューって何度かうってたら、一度吐くリューと出てきて凹みました。
ハクリュー好きなのに…。そんな誤字が他にあったら、珍しいシリアスが台無しデスワ(^^;)
…まぁ。何はともあれ。
またまた本当、毎度お馴染み。久々UPでまじにスミマセン(^^;)
話数変更とかもしてしまい、以前から読んで下さっている人には混乱を呼んだかもしれませんし。
でもこれで何とか、15話で終らせられるかもなのです(><)
終らせられたら、実はまだ他に、短編書き下ろしとかもしたいなーと思っているのですが。
何だか区切りがまずい事になってますが、話数変更の弊害です、スミマセン(苦笑)
この辺自体は1月頃に書き終わってたのですが、話の見通しをつける事と、
話数変更のためにUPが遅くなってしまいました。今後の話はどうなる事やら…。
ひょっとしたら、全部書き上げてからのUPになるかもしれなくて、その場合は本当に遅くなります。
何しろ辻褄合わせが難しいんスよ(涙) 一旦書き上げないと、自分でも訳がわからない事になりそうで…。
というわけで、ちょっとどうなるか未知数ですが。目標は今年中という事で!!