「―アレ? 今日はお出かけなんですか? 国王陛下」
………。
 国王陛下と呼ばれた少年はぶすーとふてくされた顔をすると、声の主に対し、素早く振り
返った。
「トキワ国王に呼ばれてんだよ。あいつ、俺がマサラ次期国王だった時には散々、王たる者
は気軽に国外をうろつく事まかりならん! とか言ってよく俺に説教してきたくせに…今日
ときたら、'話があるからトキワまで来い'。の一言で、通信切りやがった」
王らしからぬ口調で、一息に言ってのけるマサラの新国王。彼が即位したのは1週間前で、
そのキッカケはある少女との婚約発表だった。トキワの国王も実は新しく、即位したのはマ
サラ新国王よりは前だが、そう前の話ではない。
「絶対グリーンの奴、王様になったからって、いい気になってるに違いないっつーの!」
選択の余地もなく呼びつけられた国王の憤慨に、声をかけた者はくすりと笑いを噛み殺した。

「にしても……前も言ったろ? 陛下とか呼ぶなよ、イエロー。くすぐったいからさ」
「―そうですか? ボクはわりとこの響き、気に入ってるんですけど」
ピピー!! 何処から取り出したのか、妙な笛をさっと吹いてイエローと呼ばれた声の主を
ひるませ、ダメダメ! と指をふる国王陛下。
「'ボク'も禁止だってあれ程言ったろ! イエローは女のコなんだから、いい加減慣れろ
よなー。ってか…慣れてほしいよ、本当」
だってイエローは俺の…婚約者なんだから。ごにょごにょとして、きちんと言葉になって
くれない。というか、理由としても少しあやふやで、的が微妙に外れてもいる。
「…あはは。だってコレも、気に入ってるんですもの」
納得しているのかしていないのか。曖昧に微笑むイエローに、国王は溜め息をついた。

「じゃ、行ってくるな。夕飯までには帰ってくるからよ!」
「はい。いってらっしゃい、レッドさん」
イエローは柔らかく微笑んで、王となってもちっとも変わらない、元気に駆けていくレッ
ドの姿を見送っていた。

                                       *

 トキワについて顔を見るなり、ある事について苦い表情をするグリーンに。レッドはひ
とまず、カチンときた。
「―だから。お前達は未だに、ホアンの捜索を続けているのか?」
「…うるさいな。そんなの、俺とイエローの問題だろ。オマエに口出しされる筋合いはな
いよ」
フウ…とグリーンが、これみよがしに溜め息をつく。
「筋合いがなければ、口出ししたりするものか。自分達の都合で人に王なんて役目押しつ
けておいて、よくそんな事が言えたものだな」
…? と、いう事は。
「ホアンの生死が…今のトキワに、何か関わる事があるっていうのか?」
グリーンは責任感が強い。一度任されたからには、レッドよりはるかに真面目な国王とし
て日々を過ごしている。レッドが話を聞く気になったらしい事を見届けると、グリーンは
改めて、周囲に聞き耳をたてるものがいないかどうかを確認した。
「正確には、トキワの暗部に関わる話だ。だからホアンには…正直、これから先。万が一
生きていたとしても、トキワには現れてほしくない」
淡々と言うグリーンだが。それは彼の意思ではない事ぐらい、付き合いの長いレッドには
わかる。
「…ホアンが現れれば困る連中が…トキワにはいるのか?」
「…………」
否定はしないが、肯定もしない。王となったグリーンは最早、軽い気持ちで言葉を喋って
はいけない……そういった事情を、レッドは悟らずにはいられなかった。自分も言ってみ
れば、同じ穴のムジナなのだから。

 しばらくたってから。グリーンはようやく、言葉を選んで話す決心がついたようだった。

「お前…ホアンが本当に、『森がイエローの代わりにイエローそのものとして造ったガー
ディアン』、もしくは『刺客によって命を落としたイエロー本人』だと思っているのか?」
グリーンのその質問は、何故か聞いてはいけない事のような気がした。
「…どういう意味だよ」
「おかしいとは思わないか。イエローが死んだからって、新たなイエローをその場で造り
出すくらいなら…死んだイエローを生き返らせることの方が、効率的だろう。それとも何
か? 森の力は造る事は出来ても、治す事は出来ないっていうのか?」
…確かに。そのおかしな状態には、レッドだってずっと首を傾げていた。けれどそれを口
にすると、きっと…イエローを更に、苦しませる事になる。…2年前。全て自分のせいな
のだと、あれだけ苦しんでいたイエローと…自身を偽者にまでしようとした、優し過ぎる
今のイエローを。


―私のせいで、あの子が死んでしまった。私が自分自身すら守れないから、あの子が代わ
りに殺されてしまった。
 2年前に初めて会った時、イエローはひたすら泣きながら、そんな言葉を繰り返してい
た。おそらくは、この時に死んだのがホアンなのだろう。この事を思い出したのは、イエ
ローの「自分が偽者」発言を聞いてからなのだが。
 その後に姿を現した、イエローを追ってきたナツメらしき刺客は、自身の超能力だろう
念の光をイエローに直撃させた。
 ところが、レッドがナツメを追い払った後。イエローは死んでいなかった。ただ、自分
が何をしていたのかという記憶が、さっぱりと失われていた。
 それでも言う。自分は何か、自分のせいで誰かを苦しめたはずだと。そこでレッドは彼
女に言ったのだ。
〔あのな、何でも自分のせい自分のせいって言うなよ。そんなの言ってる暇があったら、
現実の問題が何処にあるのかを考えて、解決方法考える方が早いだろ。それ忘れるなよ〕
イエローはキョトンとして、聞いていた。愛らしい丸い目つきではあるものの、何処か危
な気な…壊れそうな影を抱いて。
 レッドはその時切に、イエローをずっと守っていたいと感じたのだった。
 その後は、森をうろついていて疲れていた彼のポケモン達をイエローが回復してくれ、
後はイエローを送り届けて去ったレッドだった。…もっと強くなろう。もしあの子が全て
を思い出して、またあんな風に泣いてしまった時…今度こそ、力になれるように。そうい
う想いを胸に抱いて。

 イエローが記憶を失ったのは、ナツメの超能力によるものだろう。しかしわからないの
は…何故そんな事を、彼女はしたのか。それが気になって、その後は片手間にナツメを捜
していたレッドだった。


「成る程な…話は大体、わかった」
グリーンが重々しくうなずいている。しかしその半瞬後、大きく首を傾げていた。
「俺の推測が正しければ、事の真相はある人物が握っている。ただ…」
「―?」
「真実の全ては、おそらく闇の中だ。それに…たった一つ、おかしい事が存在する…」
グリーンはどうやら一人で納得し、一人で考え込んでいる。頭にきたレッドを見透かすよ
うに、今からそいつの所へ行くから、落ち着けと言った。
「いい加減教えろよ。ある人物って誰なんだよ?」
「…意外と鈍いな、お前。イエローに関する昔話と言ったら、知りえる人物は一人だけだ
ろうに」
…あ、そうか。ようやく納得したレッドは、呆れるグリーンの後に続いて、彼の元へと向
かったのだった。

                     *

 全ては、2年前から更に遡る。その頃イエローの叔父は、トキワの森の力を受け継いで
生まれたイエローを新たな国王として祭り上げるというクーデター派の意向に、どうして
も逆らえなかった。確かに現国王の帝国制には頭に来ていたし、変えられるものなら変え
たかった…が。幼いイエローを危険にさらす事態になる事…そして、国王となるからには
一般人のような『自由』という、些細ながら大切なものを失う事。イエローにそれを強制
する事は、胸が痛い。しかし、イエロー以外に適任なカリスマ性を持った者がいないとい
うクーデター派の現状も、嫌という程わかっていた。
「だがそこで彼らは言った。イエローには自由も安全も、与える事が出来るんだとな」
「自由も、安全も…?」
「…やはり、な」
呆然とするレッドに、ため息をつくグリーン。
「つまりはアレだ。イエロー自身は、あくまでその存在だけでいい。実際に王女として使
われ、危険にさらされるのは…別の人間の役目だった、って事だな」
「グリーン君は相当、頭が良いな」
別の人間。その言葉に、ようやくレッドはピンときた。

「じゃあ、まさか…ホアンは最初から…」
「―そう。クーデター派が用意した、イエローの影武者だ」
グリーンとブルーは、だからこそ危険な賭けと知りつつ…トキワの力を持つ方のイエロー
を本物のアマリロと見定めたのだ。最初から彼らは、その可能性を一番疑っていた。

 それはまるで、体の芯だけに氷水を注ぎ込まれたような。そんな冷え冷えとした衝撃が
レッドをまるごと襲っていた。

「ちょっと待てよ。そんなのおかしいだろ」
認めたくない真実を否定するように、レッドは声を荒げていた。
「だって…だってホアン自身、そんな事は知らなかったじゃないか!」
「その通りだ。彼女は完全に、イエローとして育てられ…イエローとして、王女の表まわ
りの役につかされていた。トキワの力こそ持っていないものの、彼女は一度も、自分がイ
エローである事を疑ったりはしなかった」
俯いて言う叔父に、グリーンが鋭い眼光を向ける。
「…それは流石におかしいだろう。そんな事で、影武者が務まるのか」
影武者というのは、最初から本物を守るために存在する。影武者自身が自分を本物なのだ
と思ってしまえば、彼女が守るのは自分であり、本当に守るべきイエローではなくなる。
「しかも、何故彼女は一度も疑わなかった。それは既に…洗脳の域ではないのか」
グリーンの冷静な指摘に、イエローの叔父も力なくうなずいた。…思い出すのは、四天王
の不意をうつために、レッドの身代わりに暗示をかけた時の事。彼には自分がレッドであ
ると思い込ませる必要があった…作戦に万全を期すために。それとホアンの状況は、本当
はよく似ているのではないだろうか?
 それもまさに完全な洗脳だった。気の強さの違いこそあれ、ホアンは確かにイエローと
似ていたと思う。彼女は本来、ポケモンにはとても優しかった。バトルの時は心を鬼にし
ていたようだが、敵側のポケモンでも殺す事は絶対になかった。そしてトキワの森への愛
情も…イエローと同程度にあったのではないだろうか。
 ワタル達に拾われたりしなければ、もっともっと…イエローに近い性格のままだったと、
容易に想像出来るのだ。
「俺は実は、細かい事は知らない。クーデター派から聞いた説明が2、3あるだけだ」
「それで…結局クーデター派の狙いは、最初から…」
呆然としながら何とか尋ねるレッドに、叔父は目を伏せながら答えた。
「クーデター側はほぼ無血で、トキワを開城出来た理由がそれだ」
無血開城。今も半分伝説の如く語られる、2年前の戦いの……残酷な真実。

「ホアンは初めから、トキワ前国王派を油断させるため。前国王派の手によって殺させる
ために、存在したんだ」

 …。
 一瞬の沈黙の後、レッドは激昂した。

「何だよそれ!! じゃあ初めっから死なせるのが目的で、ホアンは育てられたっていうの
か!? それには影武者である事を本人が知ったら不都合だから、洗脳までして自身をイエ
ローだと思わせたって事なのかよ!!!」
…命の危険があるというのに、小さな女の子が進んで影武者などするわけがない。まして
最初から死なせるつもりとあれば、少しでも影武者本人に躊躇されたらクーデター派とし
ては困る。だからこそ彼女をイエロー自身として育て、そう思い込ませた。
 ホアンが死に、イエローは死んだとクーデター派は前国王に申し出た。もう自分達に戦
う理由は無く、命を助けてもらえるなら忠誠を誓うと偽って城内にあげてもらい…難攻不
落だった城内に潜入する事に成功した。ナツメから確かにイエローを殺した報告を受けて
いた国王は、疑いもしなかったのだろう。
 ―実際に死んでいたのは、ホアンだったというのに。
「クーデター派は戦争をしないために、一人の少女のみを犠牲にした。そういう事だ」
殊更落ち着いて言い聞かせるようなグリーンに、レッドは尚更腹が立った。しかし、勢い
でグリーンを思い切り睨みつけてみると…グリーンの表情が、決して言葉通りではない事
がよくわかった。グリーンはただ、何処か虚ろな落ち着きをまとっていた。

 考えてみれば当然だ。これは必ずしも、彼らも人の事が言えた義理ではないのだから。
死なせる気はなかったとはいえ、死んでもおかしくないような役割を無理やり、レッドの
影武者となった者に押しつけたのは…彼らも一緒なのだから。
「…俺は正直、クーデター派がホアンを死なせるつもりまであったとは思ってなかった。
でも考えれば、同じ事だ。イエローの代わりに危険な役目を、ホアンに課すのを認めると
いうなら…俺だって、2年前にホアンを死なせた責任者の一人なんだ」
心底悲痛な面持ちでいう彼に、レッドは少しだけ気勢をそがれる。確かに、そんな事…好
きでやったりはするものか。彼はただ、イエローを守りたかっただけ。イエローと同時に
…トキワの国を、守りたかっただけ。

 みんな、そうなのか。自分達の仲間を戦いで失わないために、最良の方法をクーデター
派は選んだ。それだけだ。彼らだって、仲間を守りたかっただけだ。
 グリーンが何処か虚ろな雰囲気を持っているのは、そのどうしようもなさを先に悟って
いたからなのか。それでも…それでもだからって、ホアンだけが勝手に犠牲にされていい
ものなのか? 彼女には、何の罪も無い。ホアンにとっては理不尽そのもの。

「…だからこそ。ホアンが自分をイエローだと信じていたのは、一つの救いなのか…」

 不意にレッドは、そんな事を呟いていた。イエローの叔父とグリーンの目が驚いてレッ
ドを見る。レッド自身、どうしてそう思ったのかはわからない。が…直感のまま、喋り続
ける。
「だって、あいつがイエローならさ。敵側の手で殺される事だって、理不尽じゃないじゃ
ないか。都合良く利用されて見殺しにされたんだって事より…自分はイエローだから、ト
キワの王女だから、志半ばで殺されたんだって方が。…まだしも納得行くだろ?」
…それに洗脳であれ何であれ。ずっとイエローとして育てられて…自分がイエローなんだ
と信じて疑わなかったとすれば。
「やっぱりアイツは、イエローなんだよ。イエローとして育てられたんだから」
…ホアン自身には…それだけが彼女の真実…。




 私が自分自身を守れないから、あの子は死んだ。イエローはそう言った。確かに本来の
影武者の役目としては、本物を守るために死ぬ事も、結果としてはあるかもしれない。
 だが…初めから死なせる予定だったというなら、イエロー本人に責任なんてあるものか。
そもそも、殺した本人でもないのに、イエローが罪の意識なんて背負う必要は無い…。
 それでも。ホアンとイエローの存在の、あまりの違い。一方は殺されるために、一方は
守り愛されるために。
 その真実をイエローが知ったら、彼女は自分を許せないだろう。皮肉な事にも、自分が
偽者なんだと思っている方が、どれだけましな事だろう。

 これからもレッドは、イエローが真実を知る事がないよう…もし何かの弾みで、知る事
があったとしても。その時すぐに彼女の力になれるよう、そばにいなければいけない。
 ―とりあえずは。夕飯までには戻るという約束を、これだけ日がくれてしまった中でま
ずどうにか守らないと。
 イエローの事だから、待っててくれるだろう事ぐらいわかってはいるけど。



 そしてレッドは、来た時と同じように。
 ―いや、尚更強い足取りで。
 王の間を出て、夕暮れの日差しをものともせずに、元気に駆けていったのだった。



FIN

蛇足的エピローグ、PSLの真相締めくくり編です。
ファンタジー風味を壊す上に、ポケスペにあるまじき暗&黒めの裏設定。
でも本当に、ここまで読んで下さった方には、心の底から感謝を込めて……。
ありがとうございました!!!!
初めてちゃんと話を終わらせる事が出来たのは、一重に読んで下さる方がいたからです!!!!
もうあれだけ間を開けながらのUPでも、見捨てずにいて下さるなんて…(ホロリ)
今後の事はまだ、はっきりとは言えませんが。
時間と体力によっては、またこの世界を使って遊べたら良いなと思っております。

追記。アンケートで的を得た助言を下さった方がおられたので、
ちょっとこさエピローグ修正してみました。冷静なご意見本当に有り難うございます。
確かに他の15話に比べ、エピローグが一番長いってどうよ…; と大いに納得しました(笑)
こんな感じで他の話も、実はちょこちょこ修正してます。エピローグもまだまだ未完成です。
問題点はそこら中山積みなので、これからも修行を積みたいと思います〜(><)