それは遥か昔から、この世界に君臨していた。

 それは遠い世界からやってきた。大事な何かを求めてやってきた。

 大いなる力を持つそれは、天候を操り、大地を揺るがし…海をも丸ごと引っくり返す。



 そうしてそれは、時の流れと共に。
 自身の願いがゆえに、自身の滅亡を導き出す事となる。




― ドウシテ ワタシ ヲ エランダ ノ デス カ ? ―




 それは時代の終わりと引き換えに、助けられてしまった少女。
 消えていく命と絶えることのない涙に背を向けて、自分が決めた最後の願い。
 間違いである事は気付いていた。苦しませる事もわかっていた。


 ……それでも。


―これで世界が敵にまわることになっても…―

―私だけは、ココに帰ってくるから―



 だから。
 全てが狂っていく暴走した世界の中心で。


 差し伸べた手と夢の続きを。
 この世界にもやがて、夜が訪れるまで―――――――――



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DK1                                  trial edition
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「ねぇライム〜。…ライムってばぁ〜」
深い霧が立ち込める、暗く蒼い森の奥。そんな暗いイメージの森に全くそぐわない、明る
い調子の声が響く。
「ほんとにそんな所行くつもりなのー? いくら招待状が来たからって、こんなにやばげ
な森の中にあるお城なんて絶対、楽しい場所じゃないよォ〜」
颯爽とした早いペースで、獣道を歩いていくのは2つの影。1つはロングのストレートヘ
アーを持った影、もう1つはロングのポニーテールに…翼らしき付属物を背に持った影。
「何言ってんのよ、誰もついてこいなんて言ってないでしょーが。楽しくないなら、さっ
さと妖精の森に帰れば? リンティ」
翼無しの影が翼付きの影にあっさりと言い放つ。リンティと呼ばれた翼付きのその影は、
ひどーい!! と、ライムと呼んだ影に抱きつきかかった。
「うわっ、ちょっと! もーアンタって奴は、離れなさいよー!」
「やだもーん! せっかく独りで寂しいライムに付いて行ってあげてるあたしに、そんな
事言う奴にはもう一生憑いて逝ってやる!!」
「あーもー、縁起でもない上に意味のわからない同音文字を使うなってば!!」
無理矢理引き剥がそうにも、相手は何故か、自分にしがみつく事だけは百戦錬磨のツワモ
ノなので、フウ……と溜め息をつくしかない、みなしごのライムだった。

 ライムには10歳以前の記憶が無い。5年前に現在の養母、スーリー・シュアに拾われた
時がそれぐらいの年だったそうで、拾われる以前の事も、拾われた時の事すらも全く覚え
ていない。スーリーに拾われてから彼女と共に山奥に住み、剣を教えてもらったりしてい
る内に、ふとした事から彼女に出会ってしまった。妖精という、人間ではない種族である
証に、尖った耳と紫の瞳、そして背に翼を持つ少女…リトル−ティンク、通称リンティに。

「妖精って本当、子供をさらったり洒落にならない悪戯をしたり。我が侭な上に気位が高
いなんて、洒落にならないわよ本当」
「ちょっと待った。今のライムの言い分には、2つもツッコミどころがあるんだから」
急にマジメくさった顔をして、いーい? と指をたてるリンティ。
「人間をさらったり悪戯が好きだったりするのは、妖精の中でもかなりの低級霊。寧ろ妖
怪と言ってやった方がいいくらいの堕ちた奴らよ。それと一緒にされた日には、リトル−
ティンクの名が泣くの!」
リトル−ティンクというのは、妖精の中でも特別な存在が名乗るらしい。現にリンティは、
普通の妖精の蝶のような羽ではなく、鳥のような翼を持つ。また、精霊族である妖精とし
ては定番である金色の髪を持たず、桃花の派手な長い髪をいつもポニーテールにまとめて
いる。

「何と言ってもあたしは、精霊族たる高位な妖精なんだから。気位なんて高くて当たり前
でしょー? だって、低かったら寧ろ不自然なんだもの」
それに…と、リンティはライムにしがみつく腕を離すと。まっすぐにライムの顔を見て、
不服そうに言う。
「我が侭とか高飛車とか。…誰を置いてもライムにだけは、言われたくないもん!」
「…―何よ。それじゃーまるで、私の方がもっと我が侭で、もっと高飛車みたいな言い方
じゃない」
それを聞くと、リンティは大げさな溜め息をついた。
「…自覚ないって、相当重症ー!」
…何でコイツに、んな事言われなきゃならないんだか。そう思いつつも、相手がリンティ
だと何故か怒る気をなくしてしまう。

 哀しいことに。こんな奴でも、今の自分にはたった一人の、同性の友人なわけだったり
する。

 友人というと何だか寒気がするので、友人→相棒と、頭の中でおきかえる。どうしてか
はわからないが、この妖精を友と呼ぶ事はライムの本能が拒否している。
「…こんなタチの悪い奴が友達なんて、死んでも言うもんか。ってヤツなのかな…?」
「―およ? なになに〜? 友達が何だって〜?」
「きかなかった事にして。っていうか忘れろ」
言葉と同時に行動に出す。すぐ横をふわふわ浮いていたリンティに、上段から首元へ手刀
をごんと打ち込んだ。
「にー!!!!」
…あ、しまった。どうでもいい事だったのに、体が勝手に動いてしまった…。
「…おーい。起きてるー? リンティ…」
妙ちきりんな叫び声をあげて、前のめりに倒れてからピクリとも動かない。どうやら気絶
させてしまったらしい。
「何でよけないのよ、全く。油断し過ぎだっての」
本気で言っている辺り、ライムの方がリンティの言う通り無自覚だったりする。

 ―さて、どうしたもんだか。別に運べない事もないが、このまま置いていく方が世の中
平和な気がする。
 とライムが、またしても本気で思いかけた時だった。

 ガサガサガサ……。枝という枝、葉っぱという葉っぱをかきわけて、木々を飛び移って
移動する影が2つ。ライムは一度、うげ。という顔をしてから、フウと溜め息をつき……
人間の頭程ある大きさの石を拾って、ある木の幹にひょいと投げつけた。
「―うわぁぁぁぁ!?」
「わーー!!?」
ドサ。ボテ。ライムとはかなり違う服装をした2人の少年が、ライムが石を投げつけた木
から落ちてきた。
「ってーー……ひでぇよライムさん!! やっと追いついたと思ったら、コレだもんな!!」
「だからやめよって言ったのに…兄ちゃん…」
「―何だ。また性懲りもなく、私の不意を打とうとしてるのかと思った。それにしても、
あれくらいで足を踏み外すなんて、忍者失格じゃない? 武丸、佐助」
異議アリー!! と年上とみれる方の少年が、はいはいー! と手を上げる。
「あの木、折れかけなんスけどライムさん! それの何処があれくらい≠ネんスか!?」
「―へ?」
はい? という顔で、石をぶつけた木をよく見てみる。ぶつけた石は砕け散って、ぶつけ
られた木は確かに、今にも折れそうに歪んだ状態だった。
「ライムおねいちゃんのバケモノー。ハカイシンー。」
年下の少年の方がぶうぶうと言うのを無視して、ライムは考え込む。
「何でー? かなり手加減したつもりだったのにー…」
「………いや。アレで手加減とか、言わんで下さいライムさん…」
2人の少年は顔を見合わせて、おお怖い……と背筋をふるわせるのだった。

 年上の少年は武丸(たけまる)。その弟が佐助(さすけ)という。彼らは忍の里という場所で生まれ、忍者とし
て育てられたらしいが…忍者というものがどんなものなのか、正直ライムはよく知らない。
2人はある日突然現れて、唐突にライムにケンカを売ってきた。それをちょっと軽く相手
をしてやった時から、この2人はライムにつきまとうようになった。

「大体何であんた、私につきまとうわけ? それだけならともかく、勝手にうちに来てお
ばさんから食料分けてもらったり、寝床何回も借りてたりして! そういうのね、後で全
部私にしわ寄せがきてんのよ!」
「だ、だってぇ〜…ライムさんは俺の師匠なんだから、師匠は弟子を食わせる義務が…」
「そんな義務知るかー! 大体いつ私があんたを弟子にとった!」
「ライムさんが俺に勝った時から……………ライムさんが俺に負ける日まで、てへっv」
「そんな日が来るわけないでしょーが、っていうか勝手に決めるなー!!」
あーんいけず〜〜! …何だかんだ言いつつも、武丸はとりあえず避け技には長けている
らしく、ライムの攻撃はさっきから一度も当たっていない。ライムもそもそも、追いかけ
回すというのは性に合わないのだ。
「ったく…素早さだけは一人前なんだから」
追い回すのをやめて、リンティが倒れている方に戻る。
「ところで今日は何で、ついてきたわけ? ひょっとしてこの招待状の主、あんた達の知
り合い?」
「―? 招待状?」
?? という顔をする武丸に、封筒を出して投げて渡す。武丸が中を開くと、そこには…。

 ―我らが王へ、謁見の光栄をたまいたまえ。同封の地図の場所に来られんことを―

「…はぁ? この文章、意味わかんねぇし」
「何か…言葉の使い方が、そもそも変だよね。ねぇ、兄ちゃん」
2人は首を傾げながら文章を何度も読み返す。ライムはやっぱり…と、呆れた顔をする。
「武丸達でもわからないなら、やっぱしおかしいのよね、この文章」
「ああ。だってこれじゃ、王様に謁見させてやるって言ってるのか、王様に謁見させて下
さいって言ってるのかよくわかんねぇ。大体どっちの意味にしろ、そもそも王様って何の
事かわかんねぇ。まぁ、根本的な問題として…文法が多分、全然なってない」
冷静に言う武丸には、ライムも素直にうなずく。

「とりあえず行ってみて、下らない用だったらぶっ飛ばして帰る。それだけなんだけど、
それでもあんた達はついてくるわけ?」
「当たり前じゃん! ライムさんと俺達は一蓮托生!」
「…って、兄ちゃんが言うから…」
それをきくとライムは、ふふんと笑って2人の方を笑顔で見た。
「仕方ないわね〜。じゃ、あそこでのびてるリンティを一緒に運んできて。方法は任せる
からご自由に〜」
そう言ってさっさと歩き出す。武丸と佐助は「……」と、顔を見合わせた。

                                     *

「―ようこそいらっしゃいました。我らが王よ」
その場所に着いた時の、出迎えた者の第一声に。4人は揃ってポカンとして、誰も二の句
が次げなかった。
「わたくしはガレッタと申します。随分と長い間、王を捜し申し上げておりました。今こ
うして謁見の光栄を許していただけた事、心より嬉しく思っております」
その女はセミロングの茶色いウェーブヘアーで、とりあえず美人の部類に入るだろう容姿
をしていた。切れ長の目をほころばせてライムの方を見る。
「王って……まさか、私の事なわけ?」
「驚いてらっしゃいますね? 無理もありません……さぁ、詳しいお話はあちらで。粗末
ながら、夕餉を用意させていただいております」
「えー、御飯ー?」
佐助が嬉しそうに目を輝かせる。女、ガレッタはそれを見て微笑むと、4人を食堂まで案
内する。

 そもそも辿り着いた場所は、城ではなくて洋館だった。王だの何だのというフレーズと、
地図からみる場所の広さから勝手に城だと思い込んでいたのだが。
 そしてその王とは、ここにいるのではなく…やって来た自分だと言う。何から何までわ
けのわからないまま、ライムは案内された食堂で一番位の高いらしい席につかされていた。
 リンティがライムの席まで行ってこそこそと話しかける。
「ぜーったい怪しいよねぇ〜。御飯にもひょっとしたら毒とか入ってるかもよー」
「あんたが毒くらいで死ぬようなタマ?」
「ひどーい! ライムには言われたくなーい!」
うるさいなぁと言い返すライムは、いつもの覇気が微妙にない。それに気付いたリンティ
は、少しだけ目を細めてライムの方を見た。
「…ひょっとして、気になってる? 王様だなんだっていう、あの発言」
「まぁね。別にそうあっさり信じちゃいないけど、ひょっとしたらあいつ……私の過去を、
知ってるのかなって」
誰も、自分すらも知らない10歳以前の自分。その手がかりがもしも手に入るとしたら…そ
う思うと、流石のライムも少しは神妙になる。
 リンティは少し苦笑すると、ライムの顔を、滅多にない表情で不意に見つめた。

「やっぱり…自分の事、知りたい?」
「そりゃー…ね」

 それなら。
 自分の席へ帰ろうと振り返ったリンティは、返り際に微妙な目付きで小さく呟いた。
「ひょっとしたら何か教えてくれるかもね…話を聞いてみるくらいの価値は、ありそう」
そしてリンティが席へ帰ったと同時に、盛大な夕食の幕は切って落とされた。

 しばらくたって。武丸と佐助が大分大人しくなった頃に、ライムはようやく切り出した。
「―それで。いい加減、私が王ってどういう事なのか、教えてもらえる?」
客の様子を不思議な表情で見守っていたガレッタは、ふふ…と微笑んだ。
「本当に何も、覚えてはおられないのですね…ライム様は」
「―そういう事言うからには、私の過去をちゃんと知ってるんでしょうね。これで知らな
いとか後で言い出したら、それ相応の報いをくれてやるわよ?」
全く本気で言い切るライムを見て、「怖ぇ…」ともらしたのは勿論、武丸だ。
「そうですね。私が直接、貴方様と面識があったわけではありませんが…貴方様が何者で
あるのかという事は、よく存じ上げております」
ライムの目線をものともせずに、にこにこと彼女は言う。

「何しろライム様はいずれ…我ら全ての力ある者の、王となられるお方。力ある者ならそ
の存在を決して忘れる事の出来ない、至上最強の種…………―竜なのですから」

 ―がちゃん。その音は武丸が、持っていたナイフとフォークを取り落とした時に響いた
ものだ。
「………竜…!?」
武丸のあまりの驚きように、ライムのガレッタに対する「何言ってんのアンタ?」という
突っ込みは封じられてしまった。

 竜。神話や伝説でよく登場する、世界最強の幻想の生物。
 大いなる力を持つそれは、天候を操り、大地を揺るがし…海をも丸ごと引っくり返す。

 話があまりに唐突過ぎて、ライム自身は呆れるばかりだったが。
「なるほど、それならライムさんの強さだって納得がいくぜ…でもまさか、竜なんて…!!」
「…ちょっと。何勝手に信じ込んで納得してんのよ、武丸」
「いいえ、ライム様。彼もどうやら力ある者の一人のようですから、知っていて当然です。
貴方様がどれだけ強大で、どれだけ貴重な存在であるか」
「何言ってんのよ。もし仮に、竜が妖精みたいに本当に存在してたとしても、それが何で
私って事になるのよ」
ライムは見ての通り、ちゃんと人型をとった生き物だ。人間ではないという事は、人間に
は到底無いような力を持っていたから、リンティに過去に言われた時も驚きはなかった。
それでも流石に…人型でないものにまでされてしまうと、本末転倒だと思う。
「誰もその姿を見た事がないし、誰もそれを捉えることは出来ない。そんなものが何でま
た、急に話に出てきたりするわけ?」
「そうよね。仮に召喚獣としては存在したとしても、現在それを使役出来るような人間は
いない。だからこの世界に竜は存在しないし、存在する所から喚ぶ事だって出来はしない。
…なのにどうして、アンタは知っているの? 竜の存在を」
突然話に加わったリンティは、ライムもほとんど見た事がないマジメな表情で喋っている。
「流石は妖精・リトル−ティンク…ライム様の事には、最初から気付いていたようですね」
「…あたしの質問に答えなさいよ」
「それは先程も申し上げたでしょう? 力ある者ならいずれは無視する事の出来なくなる
存在、それが竜です。現に彼も、竜について…その存在を知っていたではないですか」
武丸を指して言う。武丸は同意も否定も出来ないまま、うっと言葉に詰まってしまう。
「…っていうか、何。竜ってほんとに、存在してるわけ?」
そもそもの認識レベルが他と全然違うらしい事にライムは顔をしかめ、リンティに向かっ
て尋ねてみる。しかしリンティが答える前に、ガレッタが喋り出した。

「リトル−ティンク…貴方の本当にききたい事は。何故ライム様が竜種である事を、私が
知っているか…それに尽きるのでしょう?」

 皮肉な微笑みでリンティを見るガレッタ。リンティは少しだけ眉をひそめた。
「何よ、それ。ちょっと待ってよね……私が竜って、本当なわけ? リンティ…」
ライムは怒り混じりの口調でリンティに問う。ガレッタの言葉を彼女が否定しなかったと
いう事は、ライムが竜である事、それをリンティは知っていた事…その2つの事実の両方
が、あっさりと肯定されてしまうのだから。
「竜と妖精は元々、力の相性の良い種族です。気付いていても不思議ではないのですよ、
ライム様」
ライムに対してはあくまでやんわりと言う。アレ感じ悪いよなーと、武丸がこそこそ佐助
に向かって呟いた。
「貴方様は古代の最強の種族、竜族の生き残りなのです。竜族は普段はヒトとして生き、
ヒトの姿とその生態・思考様式を借りて存在していました。けれど1千年前、自らの種の
内部で動乱を起こし、滅び去ってしまったのです」
「―変なの。そんな歴史、どんな文献にだって残ってないはずの知識なのに、何でアンタ
が知ってるわけ?」
もう開き直ったのか、リンティはあくまで自身の質問を優先する。ライムは不本意ながら
も、いきなり認められてしまった「自分=竜」にわけがわからず、成り行きを見守るしか
なかった。

 もういいわ、とリンティは立ち上がった。
「帰ろう、ライム。これ以上ここにいても、ライムの知りたい事は教えてもらえそうにな
いわ」
「―むっ。何よ、私の事知ってながら、リンティだって隠してたくせに」
そのライムの言葉を聞いて。ぴくりとも表情を変えず、というより何の表情も持たない顔
で、リンティは静かにライムを見た。
「…知ってどうするの。竜だから何? それで何か…変えるつもりでもあるの?」
「何が言いたいのよ! 何か今日、アンタ変よ!!」
言いたい事があったらはっきり言えー!! とライムが叫んだ後。場に響いたのは、ガレッ
タの不吉な笑い声だけだった。
「ライム様、彼女は危機感を抱いているのですよ。何故なら貴方様は、この世界で正式に
王となられるべき存在…新たな王が現れれば、妖精として今までこの世界で好き放題をし
ていたツケを、払う時がくるのだとね」
―はぁ? 目を丸くするライムに、ガレッタは続ける。
「妖精はその力の強大さから、他の種族を迫害し続けてきた。まるで彼女達が、この世界
の王であると言わんばかりに。だから新たな王の存在を危険視して、貴方様をずっと監視
していたのですよ」
「………は?」
「けれど今こそ、時は来ました。ライム様…貴方様が我らの王となって、この世界に秩序
をもたらしていただきたいのです…!!」
ライムの手をがしっと握り締めて、ガレッタが力説する。
「貴方様ならそれが出来るのです!! 古代の竜族の治世において、虐げられた種族などな
く、世界はまさに、理想郷の具現だったといいます。それを今ここに再現するのです。そ
れこそが竜として生き残った、貴方様の使命なのです!!」

 対するライムの返答は。冷静というより、呆れ気味そのものだった。
「…あのさ。そういうアジテーションは、よそでやってくれると助かるんだけど」
握られっ放しの自分の手を不快そうな目で見つつ、溜め息をつくように言葉を喋る。
「要するに、世界征服したいから、私の力を貸せっつってんでしょ? 壮大なんだか無謀
なんだか、夢物語を通り越して支離滅裂なんだか、よくわからないけど……」

―そんなの、不可能に決まってるじゃない?

 当たり前の結論を至って平静に言うライムに、ガレッタはフウ……と、溜め息をついた。

「ライム様は、わかっておられない。それではそこの妖精の思うつぼです」
「…。さっきからアンタ、いちいちリンティにつっかかるわね」
「当たり前です。彼女はあなたを監視し、そして竜の復活を阻止しようと企んでいる。王
の身を案じるのは当然のことではないでしょうか?」
ライムはちらりとリンティの方を見る。彼女の表情は、呆れているのかどうでもいいのか、
微妙なところだった。
「あのコが私を、監視……ねぇ…」
複雑な顔でライムが呟く。
「―そうだったら面白いけどね。残念ながらアンタの話は、ちょっと展開が強引過ぎるわ」
ひょいっと、ライムは掴まれた手を振りほどいて立ち上がった。
「…信じているのですか。あの妖精を」
「別にー? だってそんなの、本当にどっちでもいいから」
―どっちだって私は困らないし。困るようならその時振り払うだけだし。
「例えば私が、本当に竜だったとして…それでも今まで通りに暮らしていっちゃいけない
理由なんて、何処にもないし。それをあのコが邪魔しないなら、別にいいわよ。」
自信満々にそう宣言するライムに、ガレッタは心底、失望したような表情を見せた。
「貴方様は…この世界の誰にも、持ち得ない力を持っているというのに……凡人の暮らし
に甘んじると。そう言うのですか」
「そんな力なんて、本当にあるのかどうかわかんないじゃない。本人が知らないものを何
で、ヒトに言われたからって信じなきゃいけないわけ?」
「…そう。そうですね。貴方様は自身の価値を、未だ知る事はなかったのですものね」
ガレッタの目付きが変わる。

―それなら私が。その力を、引き出して差し上げます。

 その声が聞こえたかどうか。ガレッタがそれを口に出した瞬間…周囲の風景が一変した。