死者が起き出す前に、ライムはガレッタの懐ろに飛び込んだ。
「リンティを何処にやったわけ!? アンタの仲間の仕業!?」
今までの話は、もしや時間稼ぎだったのか…一瞬そうした憶測が頭をよぎる。しかし万一
そうだったとしたら、何のため?
「さぁ…何のことやら? それに私には主こそあれ、仲間などおりませんよ、ライム様」
「話をそらすな!! 妖精の存在恨んでるみたいな事、アンタさっき言ってたでしょうが!!」
地面に押さえつけられても、笑顔でライムを見ているガレッタ…その信念は、どうやら全
く揺るがないらしかった。そして土を割って現れ出てきた死者達が、ガレッタを押さえつ
けるライムにじりじりと迫る。
「ライムさ、危な…!!」
まだ体力が回復しておらず、自分達の元に迫る死者の相手だけで精一杯な武丸が、焦りを
満点に含んだ声で叫ぶ。大量の死者達の今にも崩れ落ちそうな手が、その一部分だけは強
化されて鋭くなった爪を、ライムに向かって振り下ろす。
 次々と地中から新しい死者が現れ、流石のライムも、ガレッタを押さえながら振り払う
事がきつくなってきた。
「ったく、あのバカ妖精…! 何処にいるのよ…!?」
ガレッタの口を割るのを諦めて意識を落とすか、まだ踏み止まるかをライムが一瞬迷った
時。意思のある死者達が示し合わせたかのように、その隙をついて鋭い爪を振り下ろして
きた。

 しまった…!! 流石にノーダメージとはいかないだろうその襲撃に、ライムが思わず身
構えた時。

 突然に、一陣の風が吹き抜けていく。強いが凶暴な攻撃性は持たないその風は、死者達
のみを吹き飛ばし…ライムへの好機の一撃を、悉く無に帰していた。

「…!?」
偶然だろうか。しかしそんな事を考える暇はない。ライムは覚悟を決めると、ガレッタの
体を片手だけで持ち上げ、そばの木に叩き付けた。
 あっさりとガレッタの意識が落ちる。同時に大量の死者達がうずくまり、ずずず……と
土に帰っていくのを、ライムは苦い顔つきで確かめていた。

「見届けてる暇なんてない…リンティ、何処にいるのよ!?」
霧の中を駆け出そうとする…が。先程の突風とは違い、さわさわと柔らかに吹き出した風
が、辺りの霧を段々と払っていき。
 そして霧が薄れていった先に、ライムはその姿を見つけたのだった。





 元々いたはずの木からは大分離れた場所で、リンティが気を失っている。外傷などは全
くなく、寧ろ…。
「…何、コイツ。何でこんな山中の獣道のど真ん中で、ここまで安らかな顔して眠ってい
られんのよ…」
すーすーすー…と表しても良さそうな程、緊張感のほぐれた様子で寝入っている。という
より、普段の警戒心がかなり和らいでいた。
「ったく…起きろっつーの、コイツ!!」
がっつーん!!
 風がやむと同時に、ライムのきつい拳骨が爽やかな直撃音をたてた。
「いったぁーい!! 誰ーー!!? 何、何なのよー!!?」
今何時ー!? と、座りながら頭を抱える。寝ぼけてんじゃない!! と怒るライムに気付き、
ひっどーい! とリンティが涙目で見上げた。
「乱暴者ー、何もこんな起こし方しなくたっていいじゃないー! ライムのバカぁー!」
「バカはどっちよ、ここを何処だと思ってんの! まずよく周りを見なさいっつーの!」
………。まだまだ不服で抗議するような目付きながら、黙って辺りを見回すリンティ。少
したってからようやく、状況を思い出したようだった。
「……ありゃ。ひょっとして、全部終わっちゃった?」
「誰かさんが寝ぼけてこんな所まで来てなけりゃ、もっと早く終わってたわ」
「―? そう言えばあの女は?」
リンティがふと、辺りを見回す。ライムがああ…と、ガレッタの気絶しているはずの方向
を見ると。
「…あれ。逃げられた、かな?」
そこには既に誰もいなかった。武丸と佐助も全くうっかりしていたようで、武丸が悔しげ
な顔をする。
「あーあー…何か色々、竜についてとか知ってそうな奴だったのに」
「―? 何、武丸、アンタも竜とか興味あるわけ?」
「え。……あ、そっか。ライムさん、結界で暴走してた時の事、知らないのか…」
という事は、武丸&佐助=竜族の末裔。のくだりを全くきいていないわけだ。
「何よ、難しい顔して。何か道端に落ちてた悪いものでも拾い食べたわけ?」
「まさかぁー。ライムじゃあるまいし」
……………。一同、沈黙のしばし後。

「アンタに言われたくないっつーのーーー!!!!!!!!」
そのライムの怒号の声が響き渡る事は想像出来なかった者は、この場にはいなかった。


「―はぁ〜……生き返った〜」
ようやく一旦落ち着いてから、何やら辺りを探っていた武丸が、何処かからある物を持っ
てきた。
「…うっえ。相も変わらず、クソ不味いわね、この実…武丸…」
「文句言うなよなー。これ一個で大概の栄養は十分量補給出来ちまう、忍の里の有り難い
秘伝アイテムだっつーに」
そう言って一行に、見つけ出してきた黒っぽくて小さな実を全て分配する。
「言っとくけどな、これ見つけるのって相当難しいんだからな! 俺の技量に少しは感謝
してくれたっていいぞ!」
「そう言えば里での兄ちゃんの取り柄って、これだけだったもんねぇ…」
不味さに顔をゆがめながらしんみりと言う弟に、武丸はあのなぁと怒りの拳を握り締める。
「上出来上出来。ほんとにこの実って滅多に生えてないもん。あのまんまエネルギー空っ
ぽ状態じゃ、少なくともみんな、ここで一夜は過ごさなきゃならなかっただろーしねー」
珍しく素直に賞賛するリンティに、いや〜…と、武丸が照れる間もなく。
「一夜を過ごす…って、冗談じゃない! 今、何時!?」
思い出したようにライムが焦り顔で立ち上がった。
「何時って……ほれほら、あの通り。もうお月様もお空に昇ってらっしゃいますけど」
くすくすと、ライムの焦り顔に心当たりのあるリンティが殊更に丁寧な口調で言う。

「しまったーー!!!! スーリーの夕飯の材料ーーー!!!!!!」
慌てて行きに来たはずの道を駆け戻っていく。あっという間にライムの姿は木々の間に消
え、残された武丸と佐助はポカン…とする。
「……えっと。本日は、解散と……そーゆー事か?」
「そうだね。ああなったライムに追いつけるヒトは早々いないし。もう帰っていいよ、2
人共…今日は本当、ごくろーさまでした」
ライムには決して見せないような微笑で言う。何か企んでいるのか、それとも本当に素直
な感謝の意を込めているのか…武丸にはどうにも、判断がつきかねていた。
「あーあ。かわいそー、ライム。あのおばさんと約束したはずの仕事をしなかった時って、
その10倍の仕事が返ってくることになってるんだよね〜♪」
「……。ま、きちんとした住むとこがあるだけ、俺達にはうらやましいけどな」
苦笑したように武丸が言う。帰っていいよとは言われても、2人の帰る場所は最早、忍の
里ではなかった。

「んじゃ行くか、佐助。また明日、ライムさんとこに御飯食べにいこーな!」
「んー……お腹減ったぁ……」
連れ立って行く2人を、ばいばーいとリンティは笑顔で見送る。2人が去っていった事を、
気配で確認すると。

「…さて、と。それじゃ、あたしも……自分の仕事をしなきゃね……」

 4人の中で誰よりも気楽な彼女は。彼女以外の誰もが決して見せないような、冷たい目
で……ゆっくり歩いて、木々の中へと消えていったのだった……。

                                     *

「……失敗か…」
月が空高く昇り、すっかりと夜の闇が森一帯を支配している中。月明かりにほのかに光る
白っぽい色の髪を持った影が、一際高い木の高い場所にある枝に座り、地上を見下ろしな
がら呟く。
「―まぁね。大体予想は、してた事やけどね」
夜の闇にほとんど溶け込んでいるが、違う木の枝の上に同じように座っている影が相槌を
うった。声だけきくと、女のようだ。白っぽい影の方は中性的な声をしているので、口調
からだけなら男ととれる。
「こんなにまさに、出だしから上手くいくようじゃ…千年もうちの先祖、苦労してないや
ろうし。難儀なことやんねぇ〜」
「あの邪魔者達がいなきゃ、もっと事は進んでた。そうだろ?」
「ああ。あの途中から急に加わった…」
あれは計算外やったねぇと、苦笑したような女の声が響いた。
「それだけじゃない……全く、腹の立つ……」
「…。」
さわさわ…と、一陣の風が、2つの影の間を通り抜けていく。
「こっちはまぁ…予想はしてた事やし。それにしても何もこんなにタイミング良く、自分
の存在アピールせんでもなぁ…蒼い風≠フ奴……」
「何であんな奴を助けるんだ。あいつだって俺達と同じ立場なくせに……何で……」
心底わからないといった怒り口調の男に、女の方が溜め息をつく。
「意見の違いは、もうずっと前からやん…仕方ないて。―それより、ガレッタは? いい
加減、帰ってきてもええ頃合なんに」
「ああ? ………―!」
呆れたような声で応じた男は、唐突に黙り込んで空気に緊張を走らせる。女も身を固くし
て、男の様子を見守る。

 しばらくして。男は何とも言えず、後悔と憤怒が微妙なバランスで混じった声で…女に
向かって、呟いた。
「………やられた」
「…!」
その一言で、女も悟った。自分達の協力者の身に、何が起こったのか………そうして女も
男と同じように、悔しさと怒りの混じった声で呟く。

「…だから、早いとこ…アンタの言う通り。あの竜王の、始末をつけな…あかんのやね…」
「ああ…あの結界にあれだけ力をとられなきゃ、この風さえなきゃ…こんな屈辱を………」

 …風がまた、2つの影の間を静かに通り過ぎていく。
 それはまるで……2つの影を遠くから微かに見ていた、最後の影が。溜め息をついた瞬
間に呼応するかのように。




 まだ霧の残っていた木々の間を抜けて。消耗し切った体を休めていた彼女に、ある白い
翼が迫っていった。
「…!!」
立ち上がって警戒するガレッタの表情が、その姿を認めて即座に凍りつく。
「…ふーん。小者のくせに、逃げないんだ、アンタ…」
月の光に見事に映える白い翼。その持ち主はただ冷たいだけの表情で、夜の闇の中に凛然
と立っていた。
「これから自分がどうなるかって事くらい、わかるよね? それでも逃げようとしないの
は……他の2人の居場所を、あたしに教えないため?」
「……」
何も答えないガレッタに、彼女は「忠義なことね…」と、感心したのでも、呆れたのでも
なく。そんなガレッタのこころざしには何の興味もない様子で、冷たい目を向けるだけだ。
「あのお方達は…必ずやその目的を果たされて、世界に平穏をもたらして下さる。そのた
めなら私ごときの命の…1つや2つ…」
「……」
その言葉をきいて、彼女の目には冷たさだけでなく、あるかなきかの怒りが宿った。
「……。バカみたい……。理想郷なんて、あると思ってるの?」
白い翼が殺気と共に、月の光を受けて大きく広げられる。そこにある力は確実に、今の自
分はおろか…自分の助力者であり同様に力を消費していた2人も、十分に葬ってしまえる
ものだった。ガレッタはもう一度身を固くして、全身に絶え間ない寒気と緊張を走らせる。

「ありがたい事に、今、制約がないんだ。あたし自身もよくわからない。でもだから……
今ならアンタも、アンタに力を貸した2人の竜族も。あっさり消してあげられるよ」
「…たとえそれが、かの種族の中で特別な存在であったとしても。妖精如きのポテンシャ
ルで、今のように回復出来るはずがない……ライム様と同じ、竜族であるお2人の結界を、
相手にしたのですよ? あなたにどうして、勝てる道理があるのです」
 それをきいて彼女は、この場所に来てから初めて笑った。
「なーんだ…アンタ、ほとんど何も知らされてないんだね。やっぱり利用されてただけか
…それなのに、自分を利用していた奴らをかばおうだなんて。泣かせる奴」
そして彼女は、いいの? と…ガレッタにではなく、ガレッタに助力していたはずの者達
に向かって話しかける。
「出てこないつもりなら、この女には確実に消えてもらうけど」
情けない、と。先程までの冷たい表情に戻り、ぽつりと呟く。
「どうせアンタ達、ライムを封印するつもりだったか…殺して傀儡にするつもりだったか
の、どっちかなんでしょ?」
「…!! あなた、は…!?」
何故知っている、と。ガレッタが逆に、彼女に問い迫る。
「知ってるよ? アンタのかばう2人の目的も、その手段も。そうね……彼らは、正しい。
千年前の虐殺と滅びから、辛うじてその血を繋げる、竜族の生き残り…………そうだよね。
ライムがいなければ、あの大量虐殺は起きなかったんだものね」
彼女の目には最早、何の感情もなく。ただ冷たさだけが、その形を辛うじて保ったまま。
「―アンタが何処まで知らされてるかは、知らないけど。何であれこうして、ライムに危
害を加えたものは……ライムが見逃してやったとしても、あたしが始末をつけるって決め
てるんだよね。ライムってば本当、ああ見えても甘いから」
剣の切っ先が、ガレッタの首元まで静かに移動する。

「最も、そういうライムだから、あたしは好きなんだけど。……ライムの場合……優しさ
と言ってもいい、甘さだから………」

 ―だから。これは自分の役目だと、彼女は言うかのように。



「大丈夫よ…あのバケモノはちゃんと、あたしが殺すから……」



 一瞬の沈黙の後。ガレッタの命の灯はあっさりと消えていった。

                                     *

 …あーあー。ライムは大きな溜め息をついた。スーリーの家では実際問題として、自分
の部屋である台所の机の椅子の上で。
 台所の机で、あまりよく知らない字が大量に使われている難しい本をパタンと閉じる。
今日は本当に、色々な事があった……流石のライムも、大量に気になる事が出来てしまっ
た日だ。詳しい事はまたリンティにでも問い詰めるつもりだったが、こう仕事が詰まって
いては、次はいつゆっくり会えるかわからない。ので、慣れない本を必死に開き、襲いく
る睡魔と闘いつつ…様々な疑問を少しでも晴らそうと試みたのだった。

 しかし。家で自分の居場所を奪っている大量の本達を、自分の興味で手にとって開く事
があろうとは……明日は大雨でも降るのではあるまいか。ライムは半ば本気でそう思った。
 腹が立つ事に、これだけ頑張ってもわかったのはほんの少し。竜はやはり、幻想上の生
物とされている事。
 それなのに。この世界には少し昔に…竜暦という時代が存在していた事。
 わずか80年ちょっとくらいの間だが、現在の宝暦の前にはそういう名前の暦があり、そ
の時代を司っていた謎の種族は、今は滅んでいるらしい。

「…ん? ライム、まだ起きてるの? ………んんん!!?」
夜が更けてお腹が減り、2回目の夜食をつまみに来た(とライムが言うと怒る)スーリーが、
ライムの姿を見て驚愕の叫び声を上げた。
「アンタ、何て事を………明日世界を終末に導くつもり!!?」
「…せめて、大嵐が来るぐらいにしといてよ…」
酷いなこの親はもう…。自分が本を読んでるなんて珍しいのはわかるが、そこまで驚かれ
るのも流石にむっとくる。これでもライムは、町に出稼ぎに行く時に困らない程度には、
勉強だってする。スーリーに言われた本を嫌々読むだけではあったが、嫌々でもきちんと、
全部読んでいる。ライムなりに、スーリーにあまり迷惑をかけないように考えての事だ。

「―で、何を調べようとしてたわけ? あーあー…あんなに沢山引っくり返して…ちゃん
と片付けなさいよぉ?」
「わかってるよ。スーリーこそ、せっかく片付けたばっかりの食器、散らかしていかない
でよ」
ぎくり。やっぱり夜食・パート2だったか…。わかりやすいリアクションをする彼女に、
ライムは呆れつつも、普段は見せないような素直な笑顔を見せた。

「あのさ。…私って幻の、竜の生き残りなんだって。今日、ある人からきいたんだけど」
「へ〜。そうだったんだ〜。で、それがどうかしたー?」
……。
 冗談と思っているのか、それとも本当に何とも思わないのか。多分後者なんだろうなと、
スーリーが取り出してきた本を見てライムは実感した。
「竜について調べてんなら、こっちの本のが多分いいわよ。一見はただの歴史考察だけど、
何てったって、竜っていうのは…」
「―知ってる。竜暦の時代を治めてた種族…かも、しれないんでしょ?」
……。ポカンとした顔つきで、スーリーはライムを真っ直ぐに見た。
「…驚いた。ほんとに本気で、きちんと調べ物、出来てんじゃない」
よっぽどの事があったわけ? と、スーリーは向かいの椅子に座り、頬杖をついて優しく
尋ねてきた。
「で、誰なわけ? アンタの過去を知ってるような、もうとてつもなく怪しげな輩は」
「さぁ? 全然知らない奴だった。ぶっ飛ばしておいたから当分、ちょっかいはかけてこ
ないだろうけど」
だろうね…と納得するスーリーは、次のライムの言葉をきいて、ピタ…と表情を止める。
「後、リンティかな。あいつも意地が悪いよね、わかってたんなら教えてくれりゃいいの
に」
「………あの妖精……知ってたわけ?」
「―え?」
真面目な雰囲気で、厳しい表情を見せる。そういえばスーリー、リンティの事嫌ってたっ
け…と、今更ながらにライムは思い出した。
 今まで何度か、スーリーから言われた事がある。あんな奴と付き合うな、妖精なんかと
付き合ってても、ろくな事がない…災いを呼び込むだけだと。それでなくともライムの力
は、いつどんな奴らから狙われてもおかしくない程、大きい力なのだから。
―別に付き合ってないよ。あいつが勝手に、しょっちゅう遊びにくるだけ―
それは本当だ。ライムの方からリンティに会いに行った事はないし、会おうと思って会え
る存在でもない。だから未だに、「友達」という感じはしないのかもしれない。

「全く本当、何を企んでるのやら…竜とわかっててアンタに近付いたのか、近付いてから
竜とわかったのか…どちらにせよ、ライム」
「…何?」
「今度こそ、本当にあの妖精とは、縁を切りなさい。……嫌な予感がするのよ……」
……。ライムは、スーリーの言う事は、出来るだけきこうと思っている。けれど。
「縁を切るも何も、向こうがつきまとってくるんだから、仕方ないでしょ? 言ったって
きくような奴じゃないし」
「甘い! ここはいっぺん、ガツンと痛い目に合わせてやんなさい! そうしたら懲りる
わよ、アンタに勝てる奴なんて早々いないんだから」
…うーん…。普通の人間なら、妖精にケンカを売ったりすれば、その仕返しが怖いとか、
考えそうなものなのに。剣の達人であるとはいえ、スーリー自身はあくまで、普通の人間
なのだから。彼女に限って、ライムの力を当てにしているわけではない…ライムは改めて、
スーリーのこういう所には感心してしまう。
「でもさ。あいつ、何だかんだ言って、そんなに悪い奴じゃないし」

「悪い奴じゃなくても…歪んでいるわ、あの妖精は」
静かな声でスーリーが言う。ライムは何も喋っていないのに、その考えを見通したかのよ
うに。
「ああいうコは、それと知らずに関わる者までをも歪めてしまう。アンタね………………
心配なのはわかるけど。アンタは、あのコには重過ぎる」
「―? 逆じゃないの?」
リンティの存在が、ライムに重くなるのではなく。ライムの存在が、リンティには重い?
今までの話の流れから考えると、それはどうにもおかしいような気がするのだが。
「リンティの事を考えるなら…あいつには、関わるなって言うの? スーリー」
「………」
黙り込んでしまう。スーリー自身も大方の所、直感で喋っているようで、自説を全面に押
し出せるような根拠が見つけられないのだろう。

 …ま…そんなに深く考えないでいいや。ライムの結論はいつも、ここに落ち着く。
 何かあれば、あったその時に考えればいい。何かある事を心配していちいちどうこう考
えるより、今、自分のしたいようにする。
 スーリーの言いたい事は、半分だけはよくわかった事だし。

「そーだね。あいつが私にとって、重くなるなんて有り得ない……………………だってさ。
私は誰の事だって、重いなんて思うことは、多分絶対ないからね」

 それがライムの強さだと。どんな者にあっても本当にライムはそう言い切るだろうと、
なまじわかっているスーリーは何も言えなくなった。言い切るだけでなく、実際にそうし
て、ライムは生きていくだろう……どんな道に出会っても、どんな運命に陥ったとしても、
彼女らしく。どれだけ苦しむとしても、自分の納得のいく道を貫いていくだろう。


 …願わくば。その道の先に、光があらん事を。


 ライムにこれから訪れる運命を、当然。予知出来るような能力を、スーリーは持たない。
 それでも。その力の大きさを知っているだけで十分だった。
 それが惨澹たる道である事だけは………決してその力からは、逃れられないだろう事は。



 差し伸べられた手は何処へ向かうのだろう。
 この世界が夢から醒めて……朝が訪れたその後に―――――――――



                                       了